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しおりを挟む「ですから、ティナ姫様っ、こちらの棟にはお入りにならないようにと、陛下にきつく言われているはずですっ! 」
「お前、うるさいわ。
いいじゃないの別に。
お父様のお仕事を邪魔しているわけでもないんだし」
その静寂を破るように突然ドアの向こうから声が響いた。
言い争うような二つの声は先ほど窓の外から聞えてきたものと同じようだ。
それと同時に複数の足音が近付いてくる。
異変を察して窓辺の小鳥が再び羽ばたき逃げ去ってゆく。
「いいから、ここを開けなさい」
「ですが、ティナ姫様こちらのお部屋は国王陛下のお許しがないとお開けできないのですが」
困惑気味の別の声は、いつもリュシエンヌの身の回りの世話をしてくれている女のものらしい。
「ティナの言うことがきけないの?
お父様にはおまえ達がしかられないように後できちんとお話するわ。
それとも、ティナのお願いきいてくれなかったって、報告してもいい? 」
少女の声は相手を脅しているかのように聞えた。
「……わかりました、少しだけですよ」
終に根負けしたのか、脅しの言葉が効いたのか諦めたような女の声と共にリュシエンヌの部屋のドアが開く。
「……ほら、やっぱりいたじゃないの。
ティナの見間違えなんかじゃなかったでしょ? 」
突然現れた黒髪の少女の瞳が窓際に座ったリュシエンヌを見つけると勝ち誇ったように言い放った。
「申し訳ありません。姫様が失礼を…… 」
少女の後を追ってきた乳母らしき女が声をあげると慌ててリュシエンヌに頭を下げる。
「あなた、誰?
どうしてこんなところにいるの? 」
それとは正反対にリュシエンヌの顔を遠慮なく見据えたまま黒髪の少女が訊いてくる。
「えっと、あの…… 」
どう答えていいのかわからずにリュシエンヌは戸惑いの声をあげる。
少女の反応からすると、リュシエンヌが何者かもどうしてここに囚われているのかも何も知らされていないのだろう。
そんな大人の事情を自分の口から話すことが何処まで許されるのかわからない。
「……また、都合の悪いことはみんなしてティナには隠す気なのね」
あからさまに大きなため息をつくと、少女は言う。
「ですが、それは…… 」
「わかっているわよ。
どうせまた、『お父様が』って言うんでしょ?
いいわ、詳しいことは後でお父様に直接教えていただくから。
それより、ね?
暫く外にいてくれない?
ティナね、この人とお話がしたいの」
「姫様っ! 少しだけとのお約束です」
「だから、少しだけよ」
乳母らしき女の視線がリュシエンヌに向けられる。
どこか困惑したその瞳が余計なことを言ってくれるなと訴えているようで、リュシエンヌはかすかに頷いた。
「では、本当に少しだけですよ」
それを受けて諦めたように女は部屋を出てドアを閉める。
「ふぅ……
あれも駄目、これも駄目って。
いやになっちゃうわ」
女が部屋から出てゆくのと同時に少女はリュシエンヌに向き直ると大げさにため息をついて見せた。
髪と揃えたような漆黒の色の瞳が遠慮なく真直ぐにこちらに向けられリュシエンヌは戸惑った。
背丈は自分と同じくらいらしいがその顔が何処となく幼く見える。
「ね? さっきそこで小鳥を集めていたのって、あなた? 」
興味を押さえきれないかのように突然顔を近づけると少女は訊いてきた。
「小鳥? 」
てっきり身の上のことでも訊かれるかと身構えていたリュシエンヌは戸惑った声をあげる。
「そうよ、ほら窓のところ。
ここのところ毎日小鳥が寄ってくるって、皆が言っていたのよ。
野生の小鳥なんて、いくら呼んだって逃げるばっかりで間違っても寄って来てくれることなんてないじゃない。
だからすっごく不思議だったの! 」
目を輝かせて少女は声を張り上げた。
「あなた、魔法使い?
だからこんな城の奥にいるわけ? 」
次いで興味深そうに部屋の中を眺め回す。
「別に魔法を使っているわけじゃないけど。
パン屑を窓辺においてじっとしてたら寄ってくるの」
窓辺にまだ僅かに残るパン屑に視線を向けリュシエンヌは答える。
「それだけ? 」
少女は長い睫を瞬かせた。
「あとは……
そうね。
ここは毎日あんまり人の気配がないから、餌がなくても小鳥が潜んでいたからかな? 」
他にはなんと言っていいのかわからない。
何気なく手の届かないギリギリの距離をうろついていた小鳥の前に餌を置き、気配を殺していたらその小鳥が寄ってきて、それが二羽になり三羽になりと徐々に増えていっただけだ。
小鳥を呼び寄せる技術一つ持っているわけでもない。
「そうなんだ、つまらないの」
少女が退屈そうに声を漏らす。
「姫様、もうお気が済みましたか?
そろそろ引き上げていただきませんと、本当に私どもが陛下に叱られてしまいますわ」
そのタイミングを計っていたかのようにドアの向こうから遠慮がちに声が響いた。
「わかってるわ」
不満そうに声を掛けると少女は距離をとる。
「じゃぁ、また来るねっ。
えっと…… 」
「リュシエンヌよ」
「わたしはマルティナ。
皆みたいにティナって呼んで」
慌ただしく名乗ると侍女に急かされて少女は部屋を出て行った。
窓から差し込む日差しの中で、本の頁を捲るリュシエンヌの指がふと止った。
……結局最後まで読みきってしまった。
これが最後の一冊だったから、少しずつにして一日でも先に延ばそうと思っていたのにと、軽い後悔に苛まれる。
「……ねぇ、お茶が入ったのだけど。
まだ終わらない? 」
掛けられた声に顔をあげるとマルティナ王女の顔がある。
「あ、ごめんなさい、気がつかなくて…… 」
最後の一頁だけを残した本をとじ、リュシエンヌは立ち上がった。
知らぬ間にテーブルの上にはお茶の準備が整っていることからして王女がこの部屋に来てから数分は経っている筈だ。
「お茶にしましょう。
今日のタルトはいい感じに仕上がったはずだって、クックが言っていたからおいしいはずよ」
マルティナは湯気の上がったカップの前に座り込むと早速自分でケーキを切り分けはじめた。
「ね、こんなに毎日きて叱られない?
わたしはお話し相手ができて嬉しいんだけど」
切り分けてもらったタルトを前にリュシエンヌは首を傾げた。
「平気よ。
何処でお茶の時間を過そうとティナの自由だもの。
誰かのお仕事を邪魔しない限りはね…… 」
マルティナは少し淋しそうに視線を落とした。
「でもね、その条件がなかなか難しくて今までは一人の事が多かったの。
だからお茶に付き合ってもらえる人ができてティナは嬉しいの! 」
そう言って王女は花が綻ぶような華やかな笑顔を浮かべる。
「本当ですよ。
こちらにいらっしゃるようになってからティナ様はご機嫌が悪くなることが少なくなって、私共も助かっているんですよ。
陛下からもきちんとお許しをいただいていますから、ご心配には及びませんわ」
ティーポットを手にしたまま乳母らしい女がかすかに笑みをこぼした。
その笑顔にリュシエンヌは安堵の息をこぼす。
あれ以来マルティナは毎日お茶の時間をここで過すようになった。
暇を待て余していたリュシエンヌにとって、それは嬉しいことだったけれど、相手が不必要に接触を持つことで咎められはしないかと不安だった。
「それにしても、本当に本が好きなのね」
カップを手にしたマルティナに呆れたように言われる。
「う、ん……
どうなんだろ?
本当はね、こうしているより動いているほうが好きなんだけど…… 」
リュシエンヌは曖昧な返事をした。
毎日きっちり部屋のドアは施錠される。
身の回りのことは全て小間使いの女がやってくれる。
散歩にも出られない、家事もしなくていいとなると時間を持て余してしまう。
針仕事は苦手だから避けるとなると、もう本を読むことしかやることはない。
「ね! だったら馬に乗りに行きましょうよ! 」
リュシエンヌの答えに王女が目を輝かせた。
「乳母も、家庭教師も誰も乗馬に付き合ってくれないの。
だから、ね? 」
「嬉しいお誘いなんだけど、無理、かな? 」
王女の後ろに控えた乳母が厳しい表情で首を横に振っているのを目にリュシエンヌは答える。
「どうして?
乗馬はできない? 」
王女の瞳が残念そうに潤んだ。
「馬は好きよ。
だけど、わたしは陛下の許可がないとこのお部屋から出られないことになっているから。
いくらティナ様の付き添いだからって許可が下りるとは思えないし。
お付きや、乳母の方が困ってしまうわ」
「つまらないの。
でも、お父様のご命令じゃ仕方ないわよね。
お父様、すっごく怖いんだもの」
諦めたようにマルティナは大きなため息をついた。
「それで、今日は何の本を読んでいたの? 」
「えっと、民話集。
継母に白鳥にされて国を追われた王子が復讐する話とか、人を騙そうといている悪霊を反対に騙す男の話とか。
短いお話が沢山…… 」
「それ、面白いの? 」
マルティナは胡散臭そうな視線で窓際に置かれたリュシエンヌの読みかけの本を見つめる。
「わたしには面白いんだけど、な? 」
リュシエンヌはしどろもどろに言う。
神話と小さな魔法と奇跡譚、そんなものを寄せ集めた短編は時に荒唐無稽だったりどこか真実味があったりとバラエティーさまざまで読んでいて飽きない。
「ね? ティナの本、持ってきましょうか?
貸してあげる! 」
それを読み取ったかのようにマルティナが声をあげた。
「何がいい?
神話とか歴史小説とかなら色々あるけど? 」
「ごめんなさい。
その、気持ちはありがたいんだけど……
恥ずかしい話、わたしこの国の言葉は喋るのが精一杯で」
言いながらリュシエンヌの頬が徐々に染まっていく。
まだ父が生きていた幼い頃、つけてもらった家庭教師に教わりはじめていたことと、隣国の人間がごくたまに出入りする国境付近の村で生活していたことで、かろうじて日常会話なら何とかこなせる。
しかしさすがに読み書きとなると話は別だ。
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