その溺愛は青ざめた月の見せる幻影のようで、

弥湖 夕來

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 鳥かごの中で、燭台の光に小鳥の羽が金色に輝く。
 今朝からずっとさえずり続けていた小鳥もさすがに疲れたのか、止まり木の上で目を閉じた。
「姫君、小鳥はそのくらいにしてそろそろベッドに入っていただけますか? 
 このお部屋は冷えますから」
 鳥かごの小鳥から目を離し振り向くと、侍女が着替えを手に立っている。
「本当にこの小鳥が気に入ったんですね」
 ドレスの縫い目を解き、コルセットを緩めながら侍女は感心したように訊いてくる。
「うん。
 鳴いている時の様子がね。すっごい可愛くて、気が付くと目が離せなくなってるの。
 国では見たことのない鳥なんだけど、なんていうの? 」
「見なくて当たり前なんですよ。
 元々は南の島から入ってきた鳥だとかで、この国の南方の神殿で巣引きして、市場なんかに卸しているんです。
 卵を産む雌は絶対に売らないって評判悪いんですけどね」
「じゃ、やっぱり高価なのよね」
「姫君はそんなこと、気になさらなくていいんですよ。
 陛下のことです。入手はそんなに難しくなかったと思いますよ。
 一声かければ神殿の方から十羽でも二十羽でも献上してくる程度のものですから」
「俺が、どうしたって? 」
 茶化すように言った侍女の言葉に男の声が聞いてくる。
「いえ、何でも…… 」
 何時の間にか部屋の中に入って来ていた国王の顔に侍女は慌てて口を噤む。
「それでは姫君、お休みなさいませ」
 余計なことを口走ってしまったとばかりに、普段ならベッドに入るまではいてくれる侍女は逃げるように部屋を出て行ってしまう。
 男の背後には普段なら必ずついてくる御付きの人間が一人も居ない。
 男と二人部屋に残され、リュシエンヌはこれ以上ないほどに戸惑った。
「何も、逃げなくても良いものを」
 侍女の後ろ姿を見送りながら国王は呟く。
「俺と二人になどなったら、この姫がどれほど怯えるか忘れてないか? 」
 言いながらも男はリュシエンヌとの間を詰め、伸ばした手がその小さな肩を捉える。
 それだけで、リュシエンヌは躯を震わせて怯えた瞳を男に向けた。
「やはり、な…… 」
 予想通りだと言いたそうに呟くと大きな両でが背中に伸び、抱き寄せられた。
 胸の中にすっぽりと収まってしまったリュシエンヌの頭部に頬を寄せ、男はいとおしそうに息を吐く。
「……抱かせてくれるか? 」
 リュシエンヌの金色の巻き毛に頬を埋めたまま、男はかすかに呟いた。
「え? 」
 妙な言葉にリュシエンヌは思わず顔をあげる。
 このことに関して今まで自分に主導権などなかった。
 先日だけじゃない、ジュリアスだって戸惑うリュシエンヌをなだめ透かしつつもこちらの気持ちなど確認してきたことなどない。
 そう言うものだと思っていた。
 ただ、答えを待たずに男の唇が無防備に緩んだリュシエンヌの唇へと重なる。
 両肩にまわった腕と、後頭部を支える手のせいで逃げることもできずにそのキスを受け入れるしかない。
 遠慮なく深くなるキスに次第に息が上がる。
 口腔内に受ける柔らかな刺激だけで次第に躯は熱を帯び、何かを期待したかのように下腹がかすかに疼く。
「っ…… は…… 」
 キスの間に漏れたかすかな声にようやく男の唇が離れた。
 少し得意げな満足そうな顔を向けられたと思ったらふわりと躯が宙に浮く。
 抵抗する間もなくベッドに下ろされリネンのシーツに横たえられた。
 抵抗を阻止するかのように四肢を押さえつけられてしまうと、リュシエンヌには逃げる術がない。
 啄ばむようなキスを何度となく繰り返してきたかと思えばそのまま深くなるキスを受け入れているうちに躯が帯び始めた熱は更に高まる。
 何時の間にかはだけられむき出しにされた胸を這う熱を帯びた掌の感触に引き出され、背筋がぞくぞくとする。
 思わず白い咽をのけぞらせるとすかさず唇が寄せられた。
 
 
 躯を包み込む、優しい温もりにリュシエンヌは目を開いた。
 男の腕の中にすっぽりと収まったまま眠っていたらしい。
 胸のあたりがなんだかくすぐったくて目をやると、男の大きな手がそっと乳房を包み込んでいる。
 今夜の行為は先日のものとは全く違っていた。
 男は何か壊れ物でも扱うかのようにそっと優しく丁寧にリュシエンヌの躯を扱った。
 あの普段優しくて穏かなジュリアスでさえも行為の途中からは我を忘れたように性急に乱暴にリュシエンヌの躯をむさぼっていたのに。
 比べてはいけないとは思いながらも、そんなことを考えてしまう。
 
「そなた、夫の名はなんと言う? 」
 剥き出しになった躯をリネンのシーツで覆いながら起き上がると、眠っているとばかり思っていた男が問い掛けてきた。
 その問いにリュシエンヌは口を閉ざす。
 その名を口にしてはいけない相手だ。
 それに正式に婚約しているわけでもない。
 ただ、どうしてそれがこの男にわかるのか、リュシエンヌには不思議だった。
「答えられないか? 
 まさか、そんな相手は居らぬとは言わないだろうな」
「……夫など居ません」
 絞り出すようにリュシエンヌは答えた。
 本当は、今ここでジュリアスとの約束を口にしてしまいたい。
 しかし、相手が敵国の王だとは正式な婚姻を結んでいない以上は口にはできない。
「嘘をつくな。
 男であれば誰でも構わずベッドへ引きずり込むあばずれには見えぬとなれば、夫が居るほかにどう考えればいい? 
 そなたの純潔を奪い、その躯に快楽を植え付けた男のことを。
 それに…… 」
 男の手が、無意識に握り締めていたリュシエンヌの胸元に下がる指輪に伸ばされた。
「明らかに男物だ。
 夫からの贈り物は隠しておくように、あの王に言われたのであろう? 」
 男は悔しそうに唇を噛んだ。
「どうりでこちらが申し入れた婚姻を頑なに拒否するわけだ」
「婚姻? 」
「ああ、人質などと面倒なだけだからな。
 血縁の姫を一人嫁によこせと申し入れたのに、あの男はなんとしても首を縦に振らなかった」
「それは…… 」
 そんな話になっているなんて思いもしなかった。
「そのはずだな。
 まさか唯一の血縁が既に人妻では、花嫁に差し出すわけには行かぬか。
 そなたにはすまぬ結果になったというべきだな」
 言いながら男はベッドを下りた。
「まあよい、夫の名前は後々聞き出そう」
「それを知ってどうする気? 」
 男の浮かべた表情にいやなものを感じ、リュシエンヌは呟いた。
「一度結んだ婚姻の契約を解消することを神殿が認めぬ以上、消えてもらうしかなかろう? 」
 身繕いをしながら、なんでもないことのように男はさらりと言う。
「な…… 」
「そなたを、名実共に俺の手に入れるためには必要なことだ」
 どこか怒りを込めた目でリュシエンヌを見据える男の手が髪に伸びる。
 リュシエンヌの金色の巻き毛を乱暴に掴むと頭を引き寄せた。
 頤を捕えられ上向かされると、唇が合わせられる。
「……そう、待たせはしない」
 言い置いて男の背中で閉まるドアの音がリュシエンヌの耳に冷たく響いた。
 
 
 夕食のテーブルを片付けた後、暖炉の前に座り込んだ侍女の背中をリュシエンヌはぼんやりと眺めていた。
 燃え上がる炎がかすかに女の顔を照らしている。
 その手元から突然煙が上がる。
「ひめぎ、み。
 ケホン、コン…… 
 申し訳ありませんが窓を開けていただけませんか? 
 コン! ゴホン」
 立ち上がった煙をまともに吸い込んでしまったのか、侍女は激しく咳き込んだ。
 言われたままに窓を開けると、冷たい風が吹き込んで部屋に拡散した煙がふわりと動き出した。
「大丈夫? 」
 次いで侍女に駆け寄り顔を覗き込む。
「すみません。
 薪の中に湿気たものが混じっていたみたいです」
 暖炉の中で燃え始めた薪の一本を引っ張り出した。
 確かに引き出されたその薪からは煙が激しく上がっている。
 古い建物のこの部屋は改装が行われていないらしく、部屋の片隅に設けられた暖炉の煙突は上手く機能していない。
 そのため、暖炉で発生した煙が部屋の中に充満する。
 かといって窓を開けたらせっかく薪を焚いて造った熱が全て煙と一緒に抜けて行ってしまう。
 効率が悪いことこの上ない。
 それでも、屋根裏の子供部屋だった祖母の家の居室から比べたら暖炉があるだけでもましだ。
「無理しなくていいわ。
 ベッドに入ってしまえば暖かいもの。
 ただ、できたら毛布を一枚欲しいかな? 」
 リュシエンヌは部屋の片隅に置かれた鳥かごに視線を向けた。
 侍女の話ではこの鳥は南国産だったはず。
 あまり寒くては凍えてしまうかも知れない。
「あ、はい。
 今お持ちしますね」
 意図を察して侍女は立ち上がるとすすで汚れた手をエプロンで拭った。
 その間にリュシエンヌはチェストの中からナイトドレスを取り出す。
 やはり着替えに人の手を借りるのはなんだか恥ずかしい。
 祖母の家できていた村娘と変わらない簡素な衣服は一人で着替えができたが、ここでの衣裳は着付けに侍女の手が不可欠だ。
 でも、せめて一人で着られるナイトドレスだけは侍女が来る前に着替えてしまいたい。
 そんな思いで大急ぎで前を縫い合わせた糸を切り、ドレスを肩から滑らせた。
 ナイトドレスの胸紐を締め、着ていたドレスをチェストに戻している背後でドアが開く。
「ありがとう。
 ごめんなさい、手間を掛けさせて…… 」
 てっきり侍女だと思って声を掛けながら振り返ると、国王の顔がある。
「何の礼だ? 」
 思いもかけない言葉に気をよくしたかのように、男が笑みを浮かべた。
「いえ、侍女だと、思って…… 」
 予期していなかった男の来訪にリュシエンヌは戸惑った。
「そう警戒するな。
 機嫌を伺いに来ただけだ」
 遠慮なく部屋の中に踏み込んでくる男を前にリュシエンヌは少しあとずさる。
 
 その「機嫌伺い」が問題なのだ。
 
 心の中で呟く。
 あれ以来この男は感情の機嫌だけではなく、躯の機嫌まで探ろうとするから始末が悪い。
「姫君、小鳥に使うのならこの毛布でいいですか? 」
 毛布を手に部屋に戻ってきた侍女の姿にリュシエンヌはようやく息を吐いた。
「小鳥に、毛布? 」
 侍女の言葉に男が首を捻った。
「ええ、このお部屋は少し冷えますから。
 せっかく陛下からいただいた小鳥を凍えさせてはいけませんので」
 遠まわしに部屋が寒いと訴えながら、侍女は臆することなく国王に言う。
「確かに…… 少し寒いな。
 それに何だ? この煙臭さは」
 確認するかのように部屋を見渡し男が呟いた。
「よし、ではこうしよう」
 何かを思いついたように口にすると王はリュシエンヌに歩み寄り手を伸ばすと腰を引き寄せる。
 ふわりと躯が宙に浮いたと思ったら男の肩に担ぎ上げられた。
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