その溺愛は青ざめた月の見せる幻影のようで、

弥湖 夕來

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「それより、リュシー。
 あの仔馬どう思う? 」
 先ほどの小さな仔馬を指差してジュリアスが訊いてきた。
「すっごく可愛い! 
 大きくなったらきっと綺麗な馬になるわよね」
 僅かに金色を帯びた白い毛色だけでもそれが予想できる。
「あげるよ」
 それを受け事もなく言われた。
「な、に? 」
 リュシエンヌは思わず目を見開く。
「だからあげるって言ってるんだけどな。
 そこは喜んでくれるところじゃないわけ? 」
「だって、馬なんて贅沢だもの」
 移動手段や荷物運び等、生活には必要不可欠な馬だがこれまでのリュシエンヌの生活水準だと持てる代物ではない。
「これからはここで暮らすんだし、遠乗りやハンティングとか必要になるよ。
 あの仔馬は牝だったんだ。
 成長すれば、リュシーが乗るのは丁度いいと思う」
「ありがとう、お兄様」
 そう言われてしまうと断るのも申し訳なくて、リュシエンヌは頷いた。
「風が冷たくなってきた。
 そろそろ、戻ろうか」
 啄ばむようにキスをされそっと肩を抱かれると、促された。
 どこか熱をはらんだ声にリュシエンヌの背筋が甘く疼く。
「あの仔もう少し見ていたら駄目? 」
 何故かあの部屋に戻りたくなくてリュシエンヌは呟く。
「馬は逃げたりしないよ。
 それにリュシーに風邪なんかひかせたら、侍女に僕が叱られる」
 そう言われると、抵抗するわけに行かなくて肩を抱かれたまま歩き出す。
 何かを体よくはぐらかされたような納得できない気持ちを抱えたまま。
 
 
 日の暮れかかった寝室には、それでもまだ夕日が差し込んでいた。
 長い日差しが部屋の家具を鮮やかなオレンジ色に染め上げている。
 背後でドアが閉まる音が響くと同時にリュシエンヌは横抱きに抱き上げられた。
 抵抗する間もなくベッドに卸される。
 唇を寄せられ深いキスに溺れているうちに知らずにローブを剥かれドレスの裾が乱された。
「白い肌が夕日に染まるのも綺麗だね」
 まろびでた乳房にまじまじと視線を落とし呟かれ、リュシエンヌの肌が羞恥で赤く染まる。
「そんなの、嫌っ…… 」
 ジュリアスの視線から逃れようとリュシエンヌは胸を覆い、背を向ける。
「駄目、よく見せて」
 からかうように言われて抱き寄せられた。
 小さなリュシエンヌの躯を膝に抱えあげるとその感触を確かめようとするかのように抱きしめ頬を寄せられる。
 肌を這う男の手の感触がくすぐったくて、それから逃れようと身をよじるが背中から廻された腕にしっかり抱え込まれ動くこともままならない。
 それに気をよくしたのか、男の手が徐々に熱を帯びてきた。
 
「お願い、お兄様っ…… 
 もっ、や…… 」
 どのくらいそうやって弄ばれていたのか、湧き上がる疼きが全身を苛みリュシエンヌは悲痛な声をあげた。
 男の手によってもたらされる数え切れないほどの絶頂によって全身に苦痛が混じりはじめた。
 もうこれ以上感じたら躯がおかしくなる。
 そんな危機感さえ湧き上がり、途絶えそうになる意識の下でリュシエンヌはかろうじて途切れ途切れ懇願する。
 ただその声さえも甘さを帯び、絶え間なく肌を這う男の行為を拒絶しているのか煽っているのか自分でもわからなくなる。
 声に促されたように男の手が白い乳房を鷲掴み乱暴に絞り上げる。
 もう胸の先には甘い疼きではなくひりひりと痛みまで発しているのに、どんなに訴えてもやめてはもらえない。
 ジュリアスの床はいつも乱暴で執拗だ。
 まるで何かの感情を吐き出すように。
 この一年、掌中の珠を愛でるような労わるような優しい愛撫に慣らされた肌には、苦痛以外の何者でもない。
 脳裏に一瞬浮かんだもういない男の面影に現実に引き戻された。
 湧き上がる躯の疼きが瞬時に消え、変わりに背筋がすーっと冷える。
「……何を考えている? 」
 その反応を察したように、胸元に寄せられていた顔をあげジュリアスが責めるような声色で訊いてくる。
「何も…… 」
 その言葉をはぐらかすようにリュシエンヌは男から視線を逸らすとその顔をできるだけ見られないように肩に埋め指の甲に歯を立てた。
 いけないことだとわかっている。
 閨の最中に他の相手とのことを思い出すなんて。
「リュシーは僕のことだけ考えて、感じてくれていればいいんだよ」
 言い聞かせるように普段と変わらない優しい声で囁くと男は握りこんだ胸のいただきへ舌を這わす。
 柔らかな刺激に反応し躯がかすかにのけぞる。
「やっぱりリュシーは可愛いね」
 それだけのことに気をよくしたのか、満足そうな笑みをこぼしたジュリアスの行為が再び熱を帯びた。
 
 時間にしてどのくらい肌を合わせていたのかわからない。
 何度となく苛まれ、最後には気が遠くなり、何がなんだかわからなくなっていた。
 気が付くと暮れかかった夕日はすっかり落ち、部屋の中は暗闇に染まっていた。
 肌寒さを感じて起き上がると肩に掛けられた毛布がするりと落ちる。
 先ほどまで躯をあわせていたジュリアスの姿はもう何処にもなかった。
 横たわっていたリネンのシーツの傍らにそっと掌を這わせると、完全に熱を失い冷たくなっている。
 あの男は違った。
 どんなに忙しくても肌を合わせたあとは必ず寄り添っていてくれた。
 時に寝過ごし目覚めの前に起こされることさえあったが、それでも目覚めると必ず満足そうな男の表情を向けられて、幸せな気分に浸れた。
 だが、ジュリアスはどうだろう。
 こんな風にベッドから知らぬうちに消えられると、まるで置き去りにされたようだ。
 たまらない淋しさがこみ上げ、ふと涙が滲む。
「仕方ないわよね。
 お兄様、お忙しいんだもの」
 自分に言い聞かせるように呟いて、浮かんだ涙を拭いベッドを下りた。
 
 そのまま眠る気にもなれず、庭にでる。
 少し冷たい夜風を感じながら、ゆっくりと夜空に視線を向ける。
 今夜も夜会が催されているのだろうか、ひっきりなしに馬車が出入りする音と、人々の喧騒が何処からともなくかすかに響いて耳に届く。
 戦勝の祝賀気分も手伝ってか、城内では毎晩のように夜会や舞踏会が催されている。
 ただ同じ城内にいるのに、その席には一度も招かれることはなかった。
 それ自体はどうとも思わない。
 マナーもよく知らない、ダンスも満足に踊れるかどうかわからない自分がパートナーではジュリアスに恥をかかせることになる。
 それ以前に、優しいジュリアスのことだ。
 リュシエンヌをあの時のような好奇の目に晒したくないと思ってくれているのだろう。
 ただ先ほどの淋しさも手伝って、酷く取り残された気分になる。
 またしてもこぼれそうになる涙にリュシエンヌはもう一度夜空に視線を向け歩きだした。
 
「……ぁ、嫌よ。
 こんなところじゃ。ベッドへ行きましょうよ」
 傍らの東屋辺りから女の艶めいた声が漏れ聞えた。
 誰かが夜宴を抜け出して情を交わしているのだろうとすぐに察しがついた。
 ばつの悪い場所に出くわしたことに気付きリュシエンヌは慌てて引き返そうとする。
「大丈夫だよ。
 ここまでは誰も来ないから」
 女に言い聞かせるような声に遠ざかりかけたリュシエンヌの足が止る。
「あの毒…… 
 本当に使ったのね、ジュリアス」
 何かを思い出したように女の声が男の名を呼ぶ。
「ああ、おかげで大勝利だ。
 君にはいくら感謝してもしきれないな、レディ・オルガ。
 君と、あれを作った君の祖父君には」
 闇の中に冷たい声が響く。
「ね? 貴方が溺愛するあの小娘に被害が及ぶこと考えなかったの? 
 言ったはずよ、致死率百パーセントだって」
「溺愛? 僕が? 」
「そう言う噂よ。
 国王陛下は、姫君を隣国から連れ帰ってから夜会にも出さないで、大事に隠しておくって。
 ま、あれだけ美しければ無理はないかも知れないけど…… 
 悔しいけど、綺麗になったわよね、あの娘。
 一年前とは比較にならないほど。
 さすがあのレディ・フローレンスの血を引いてるって皆が口をそろえて言うのもわからなくはないわ。
 その大事な小娘を危険に晒すなんて、あなたにできるとは思えないもの」
「あの毒は傷口から体内に入らなければ効果はないとも言ったよね? 
 リュシエンヌは僕の言いつけには絶対だからね、あの娘が封を切ることなんてありえないさ。
 長い時間をかけてそう言うふうに育てたんだから、ね。
 もしそうなって命を落としても、こっちは隣国に攻め入る口実ができる。
 被害はたいしてないさ。
 おかげで念願だった岩塩坑も手に入った。
 君には感謝しているよ」
「だったら、ご褒美くらい貰ってもいいんじゃない? 
 あの小娘には仔馬をあげたんですってね」
 非難がましい女の声が訴える。
「ああ、あげたよ。
 それがどうかしたかい? 」
「酷いわ、あれはわたくしに下さいってお願いしたじゃないの」
 時より甘い声をもらしながら女は男を責めているようだ。
「心配しなくても君には他の馬を用意しているよ」
「嫌よ、あれが欲しかったの。
 あなたの持ち馬の中で一二を争う名馬の血を引いた月毛の馬なんて、もう二度と出ないかも知れないのに」
「おいおい、あれはまだ仔馬だよ? 
 これから調教して乗れるまでにどのくらい掛かると思っているんだ。
 明日の遠乗りに間に合うとでも? 」
「ねぇ、それって。
 少なくとも調教がすむまではあの小娘と遠乗りに行くつもりはないってこと? 」
 ようやく機嫌を直したかのような艶めいた女の声が闇に広がる。
 会話は途絶え、女の甘い声と男の荒い息遣いだけが聞えてくる。
 リュシエンヌはそれ以上聞きたくなくて耳をふさいでそっとその場を離れた。
 
 
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