子守歌は眠れない

sakaki

文字の大きさ
3 / 14

子守歌は眠れない3

しおりを挟む
***

「おかえりなさい。今日もお疲れ様でした」
帰宅した一臣を、赤ん坊を抱えた八雲が出迎える。
それに返事もせずに、一臣はまずにこやかな笑みを浮かべた頬を摘まんだ。
「・・・なんです?  昨日から」
八雲の笑顔が苦笑いへと変わる。赤ん坊はあやされていると思っているのか、八雲の顔を見て嬉しそうな声をあげている。
「能面みてぇな笑顔向けられるくらいなら顰め面でもされてた方が幾分かマシだ」
手を離して苦々しく言ってやる。
「パパはなんだか今日は一段とご機嫌斜めですね~」
八雲は赤ん坊に話し掛けながら当て擦りをした。
「パパじゃねぇ。お前があんな弁当作るからだろうが」
一臣は眉を顰め、不機嫌である理由の一つを述べる。そして八雲に弁当袋を押し付けるようにして渡した。
「あれ?  お気に召しませんでした?」
飄々と恍けて見せる八雲。
「召すか」
一臣は苛立ち露わに吐き捨てて、ネクタイを緩めながらリビングへ向かう。
「ゆうくんのクマさんとお揃いだったんですよ。ね~?」
八雲が楽しげにスタイに描かれている刺繍のクマを擽ると、赤ん坊もそれに同意するような声をあげた。
“お揃いだからなんなんだ”と突っ込むのももはや馬鹿らしい。
一臣はネクタイと鞄をソファに放り投げ、ビールを取るべくキッチンへ向かった。良い匂いがする。どうやら今日の夕食は鯖の味噌煮らしい。


「三倉さん、明日はお休みなんでしょう?」
赤ん坊にミルクを飲ませながら八雲が尋ねた。
「・・・何で知ってる?」
一臣は眉を顰め、カボチャのサラダを食べていた手を止める。
「真壁さんが教えて下さったので」
サラリと答えた八雲に、一臣は思わず舌打ちをした。八雲にというよりは真壁に、だ。なぜ逐一報告をするのか。それに、一体いつの間に連絡先を交換していたのか。
「明日はゆうくんと一緒に過ごすんですよね?  あと3日しかないんですから、少しくらい親子の触れ合いをした方がいいですよ」
八雲はにこにこと仮面のような笑顔を浮かべ、あり得ないことを口走る。
「冗談じゃねぇ」
一臣は箸を置いて、より一層の顰め面で八雲を睨んだ。
「それに、明日は好きで有休入れてるわけじゃねぇんだぞ。予定が・・・」
説明しようとしてハッとする。明日の予定・・・つまりは、一臣の機嫌が悪いもう一つの理由について、良い考えが浮かんだ。一臣はほくそ笑み、八雲を値踏みするように見つめてから言った。
「お前の言う通りにしてやる。その代わり、初めに俺に付き合ってもらうぞ」



そして次の日。
「お邪魔しまぁ~す」
「どうも~」
朝から真壁夫婦がやって来た。
真壁はバイオレットのダイヤ柄のクレリックシャツを着て白いハンチングを被っている。今日も派手だ。
「お疲れ様でーす」
「三倉さん、おはようございまーす」
そして彼らの後ろから、大荷物を抱えた男女が続いて部屋に入った。
「悪いな、突然頼んで」
「いいのよ、三倉ちゃんの頼みだもの~」
一臣は後ろの二人に詫びたのだが、真壁が即座に返事をした。
スキップまじりの軽快な歩みで、定位置に寝かせていた赤ん坊に近付いて行く。
「仲良くしましょうねぇ~、ゆうくぅん」
クネクネとした動きをしながら赤ん坊の顔を覗きこむ。今までテレビの歌って踊る着ぐるみに釘付けだった赤ん坊も真壁を見つめて目を丸くしている。
「哺乳瓶はこれね!   ここに書いてある通りに作ればいいの?」
一方キッチンでは、橘子がミルク缶の説明文を熟読しつつ八雲に尋ねた。
八雲はいつも通りの愛想笑いで四人にお茶を用意しようとしているが、何処と無く戸惑っているようにも見える。この状況が何なのか分からないといった感じだろうか。一臣は少し楽しくなった。八雲が戸惑う羽目になるのはまだまだ、もっとこれからだ。
「茶は出さなくていい。お前はこっちに来い」
「あ、はい」
一臣が呼びつけ、素直に従う八雲を椅子に座らせる。正面には真壁達に持って来させた大きな鏡を置いてある。
「んで、どんな感じでいきます?」
八雲の髪に触れながら、一臣が連れて来た男の方:野中が尋ねる。彼は真壁の担当するファッション誌で活躍するヘアメイクアーティストだ。
「清楚系。とりあえず庶民臭さを無くして、並の女が怯むレベルに仕上げろ」
一臣は即答。女の方:水木にも同じような指示を出す。ちなみに水木はスタイリストだ。
「あ、あの、三倉さん?   一体何を・・・?」
流石に引きつり気味の笑顔で八雲がこちらを伺う。
一臣は答える代わりに不敵に笑い、水木・野中両名との打ち合わせを続けた。

そして1時間後。
「じゃーん!   どうッスか!?」
「和服で決めてみました!」
野中と水木が胸を張る。2人の間にはプロ2人の手によってすっかり様変わりさせられた八雲がいる。
「すごいじゃない! 超ド級の和服美人!!」
「流石、素材がいいと光るわねぇ~」
赤ん坊と戯れていた真壁夫婦も絶賛しながら近寄って来た。橘子に抱かれている赤ん坊もよく分からないだろうに八雲を凝視して手足をバタバタさせている。
「まぁ、悪くねぇな」
一臣もまた、八雲を上から下までまじまじと見つめてから頷いた。
「やだもぅ、素直に“やばいくらいイケてる、惚れちゃいそう”って言いなさいよ、三倉ちゃんたら照れ屋さんなんだからぁ」
すっかりテンションの上がった(いや、いつもこんな感じだが)真壁に肘で小突かれたがスルーする。
「よし、そろそろ行くぞ」
野中と水木に礼を言うのもそこそこに、一臣は八雲の腕を引いた。
「行くってどこにです?」
促されるままに腰を上げた八雲だが、いつまで経ってもこれからの予定を説明しない一臣に焦れるように至極当然の疑問を投げた。
「とある格式張った料亭で、俺の親父と何処ぞの令嬢とその親が待ってる」
一臣は腕時計の時刻を一瞥した後で答える。目的地まで車を飛ばしてギリギリ間に合うか、ほんの少し遅れてしまうかという微妙な頃合いだ。
「それって、もしかして・・・?」
「俺の見合いだ。お前に潰してもらうがな」
八雲が引きつった笑顔で問いかけるため、一臣はまた内心ほくそ笑んでハッキリと答えた。



***

一臣の見合いはつつがなく終わった。
少しばかり遅れてしまったことを先方に口先だけで謝罪した二の句には八雲を紹介して彼らの目を点にさせてやった。
一臣は八雲のことを、一生添い遂げると決めた伴侶だとうそぶいたのだ。だからいかなる縁談であっても受けることはできない、と。
当然ながら、見合い相手もその親も唖然。面子を潰された父親は顔を真っ赤にして怒っていた。
怒鳴り合い、掴み合いになるのではとも思われたが、八雲が微笑んだ瞬間に空気が変わった。そこにいた全員が目を奪われていたことを一臣は知っている。
プロ2人による仕上がりは完璧な上、八雲の煌びやかな営業スマイルが加われば向かう所敵なし。普段はいけ好かないお愛想笑いも、こういう時には持って来いと言えるだろう。
それに何より、つらつらとその場しのぎの偽りの愛を語って聞かせた一臣に、楚々として寄り添い見事に合わせた八雲の臨機応変さには一臣も感服していた。

「ご苦労だったな」
一仕事終わった心地の一臣は、車に乗り込んだ早々に煙草を咥えて八雲へ労いの言葉をかけた。
「・・・こんな仕事は初めてです」
流石にプレッシャーもあったのか、八雲は助手席のシートにくったりと身体を預けている。
「こんなことして良かったんですか?  お見合い相手、綺麗な方だったじゃないですか。勿体無いことしたんじゃありません?」
からかうような口調で尋ねられ、一臣は“知るか”と吐き捨てた。
「いい加減見合い見合いだって煩かったんでな。仕方ねぇから“俺はゲイだから結婚なんかしないんだ”と言ってやったが、それでも信じやしねぇ」
ぞんざいに言い放ち、煙草の灰を灰皿に落とす。
「なにもそんな嘘までつかなくても・・・」
真実味がない、と八雲は苦笑した。
(別に嘘って訳じゃねぇんだが・・・)
単に事実を述べただけなのだが、親といい八雲といいすんなりとは信じられないらしい。なぜだ。
「それに幾らなんでも相手が僕なんかじゃ説得力がなかったと思いますけどね」
襟元を少し緩めながら八雲は溜息を漏らす。物憂げな仕草に、一臣は見惚れた。
「説得力、なくねぇだろ」
ポツリと呟き、八雲の頬に触れる。頬から耳に指先を辿らせ、髪をくすぐるようにしながらそのまま徐々に顔を近づけていった。・・・が、その途中で八雲に頬を摘ままれた。
「お見合い、慣れない愛想笑いなんかして顔の筋肉が凝り固まったんじゃありません?」
悪戯めかして言い、頬をぐにぐにと抓る。先日の一臣の台詞を引用しているのが些か嫌味だ。
「まぁな。筋肉痛になりそうだ」
苦々しく悪態をつき、八雲の手を払いのける。
正面に向き直してから煙草を咥え、気付かれない程度に溜息をついた。
(何を・・・しようとしてんだ、俺は)
ほとんど無意識のうちに八雲に口付けようとしてしまった・・・認めがたいその事実に、一臣は舌打ちをした。



「さて、まずは抱っこから始めましょうか」
帰宅し、着替えを済ませ、真壁夫婦らも帰って赤ん坊と3人だけになった早々に八雲はそんなことを言った。
「あ?」
ベランダで一服をしていた一臣は、一体何を言い出したのかと眉を顰める。
「三倉さんの予定に付き合った後はゆうくんと一緒に過ごす約束でしたよね?」
と、にっこり。
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
暫し躊躇した後で、一臣は渋々頷いた。確かに言った。約束は約束だ。


「ゆうくんは首も座ってますし、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
ソファに座っている一臣の膝の上に赤ん坊を乗せながら八雲が笑う。
「別に怖がってねぇ」
一臣は不本意だと眉を顰めるが、いつも以上に背筋を伸ばして指先にまで妙に力が入ってしまっているのは自分でも明らかだ。顔も強張っていることだろう。
赤ん坊はキョトンとした顔で一臣を見ている。
頼むから泣くなよ、と念じながら赤ん坊の脇辺りに手を差し入れる。
「うわっ」
八雲の手が離れた途端に赤ん坊が仰け反った。思い切り足を突っ張って一臣の膝に立とうとする。“うーうー”と声をあげながら手をジタバタさせて暴れている。
「ほら見ろ、嫌がってんじゃねぇか」
慌てて八雲に赤ん坊を押し返す。
「三倉さんがそんな怖い顔してるからですよ。支え方ももっとこう・・・」
八雲は一臣の眉間を指先でつついてから手を添えて抱き方を正した。隣に座って寄り添うような体勢になっているせいで妙に顔が近い。
(さっきはあからさまに避けた癖しやがって・・・)
車内でのやり取りを思い出して聊かの不満を感じる。キスしようとした一臣自身もどうにかしていたのだとしか思えないが、それをすんなりとかわされたのは何とも面白くない。

「まったくもう、パパがそんなにおっかなびっくりでどうするんですか」
八雲がわざと呆れたように肩を竦めて言う。明らかに面白がっている。
「・・・パパじゃねぇ」
一臣は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
赤ん坊は八雲に支えられてからはすっかり大人しくなっていた。小さな手は一臣の襟元を無遠慮に握りしめている。
「じゃあ次はミルクですね。その後はオムツ替えと、スリングでお出かけもしてみますか?  あ、夜はお風呂も一緒に入ってあげて下さいね。ちゃんとアシストはしますから」
「!?」
実にテキパキとした口調で八雲が言い、一臣は言葉を失った。いつも以上にこの笑顔が癪に障る。
「とりあえずミルク作って来ますね」
「お、おい!?」
凍りついている一臣を後目に、八雲はするりと手を離す。途端にまた赤ん坊が動き始めた。身を捩り、何とかして一臣の手から逃れようとする。
「おい、無理だ! 八雲!!」
一臣はおろおろとして八雲を呼んだ。
「はいはい、急いでますよー」
八雲は実に呑気な声で返事をする。言葉とは裏腹に、急いでいる様子は微塵もない。
「早くしろっつってんだろうが!!」
一臣が怒鳴ると、それを合図にしたように赤ん坊はビクッと硬直した後で大音量で泣き出した。
「お、おい、八雲!」
一臣はますます戸惑う。縋るように八雲を見ると、実に楽しそうにクスクスと笑っていた。



***

(疲れた・・・)
一臣はソファに身体を投げ出すようにして倒れこんだ。
髪がまだ濡れているが、ドライヤーで乾かす気力がない。
折角風呂に入ったのに、疲れが取れるどころか疲労を困憊したのは初めてのことだ。赤ん坊を風呂に入れるのがこんなにも重労働だとは思わなかった。・・・殆どは八雲がこなして一臣は赤ん坊と一緒に湯船に浸かった程度のことしかしていないのだが。
(ったく、なんで俺が・・・)
ぐったりして天井を見上げる。八雲の言う通りに赤ん坊と一緒に過ごす、などと軽はずみな約束をした自分を呪った。
それでも寝かしつけだけは無理だ無理だと突っぱねて、何とか免れたのは助かった。
(あいつはこれを毎日やって平気なのか・・・ありえねぇ)
八雲はいつも嬉々として赤ん坊の世話をしている。契約通り24時間。一臣が耳栓をして耐え忍んでいる夜泣きにだってその都度起きて対応しているはずだ。
それでも寝過ごすことなくわざわざ手間のかかるであろうあのキャラ弁を作って一臣に持たせ、朝食の準備も怠らない。
一臣が仕事に行っている間に掃除洗濯までこなしているので、今週はハウスキーパーを呼ばずに済んだ。
(流石はキッコの推薦ってか)
初めこそ“たかがシッター”だと思っていたが、赤ん坊の世話抜きにしても八雲は有能だ。
手放すのが惜しくなってくるほどに。

「三倉さん」
八雲が缶ビールを持って傍らにやって来る。赤ん坊の寝かしつけは終わったらしい。
「はいどうぞ。慣れない事したから冷蔵庫まで行く気力もないんでしょう?」
何処か意地の悪い笑みを浮かべて、キンキンに冷えた缶を一臣の額に当てた。
「寝たのか?」
ビールを受け取り、尋ねる。八雲は頷いた。
「えぇ。パパの緊張が移って疲れちゃってたんですね、きっと」
そんなことを言いながらソファのすぐ側の床に腰を下ろす。
「パパじゃねぇ。・・・今日は随分嫌味が多いじゃねぇか。得意のお愛想笑いはどうした?」
一臣は眉を顰めて身体を起こす。ビールを開けようとしたところでふと気付き、八雲にも一緒に飲めと誘った。
「愛想笑いより顰め面の方がマシだって仰ったのは三倉さんでしょう」
自分の分を取って来た八雲は、わざとらしく眉間に皺を寄せて見せる。そして今度は一臣の隣に座った。
「わざわざそんな顔しろとは言ってねぇだろうが。・・・・・・・・・自然にしてろっつってんだよ」
一臣は八雲を一睨みしてからポツリと呟く。八雲に見つめ返されると、なんとなくバツの悪いような心地がしてすぐに視線を逸らした。

「三倉さんって、おぼっちゃまだったんですね」
2人で酒を飲み交わしながら、不意に八雲が言った。
“おぼっちゃま”などという自分にはおよそ不似合いな肩書きを付けられた一臣は、否定も肯定もせずにビールを煽る。
八雲は以前、経済誌で一臣の父を見たことがあるのだという。関心のない一臣はよく知らないが、有名ブランドの会長ともなれば雑誌に取り上げられることもあるらしい。
「通りで、一介の編集者にしては贅沢な生活してるなぁって思ったんですよね。僕の事だって、お給料2倍3倍出すなんて簡単に仰いますし」
ふぅ、とため息をつく。呆れたように、というよりは、拗ねているような、面白くないというような、そんな表情をしている。
「何ならもっとふっかけてみるか?」
「そんなことしませんよ。正規料金で結構です」
一臣が面白がって問うと、八雲はつんとした口調で言った。けれどふと思い立ったように“でも”と続けた。
「今日の・・・お見合いの分は、オプション料金で請求しようかな」
「そうしろ」
独り言のように呟く八雲に、一臣は思わず頬を緩める。表情だけでなく八雲の敬語が一瞬でも崩れた事に妙な満足感を覚えた。

「ゆうくんのこと、お父さんに会わせてあげなくて良かったんですか?」
酒をハイボールに変えてから暫くして八雲が言った。
「なんでだ?」
ピンと来ず、一臣は大量の“?”を浮かべる。一臣的には赤ん坊と自分の父親は一切結びつかない項目だ。
「だって・・・離婚してるとはいえ、お孫さんであることには変わりないですし・・・」
八雲は察しの悪い一臣を責めるような眼差しで見つめながら、淀みがちに言った。
(孫・・・)
そこで繋がるのか、と一臣は頭を抱える。暫し悩んで髪をかきあげた。
「あのな・・・」
深いため息をついた後でグラスを置き、八雲に向き直る。
「何度も言うが、俺はあいつのパパじゃねぇ」
改めて、という風にキッパリと言った。
八雲は眉を顰めて一臣を睨む。そして諌めるように口を開いた。
「だから、三倉さんの気持ちも分かりますけど、事実としてゆうくんは・・・」
「だから、」
一臣は八雲の頬を抓ってその言葉の続きを止める。顔を覗き込むような体勢で八雲を見つめ、一語一句をゆっくりと伝えた。
「そういう問題じゃなく、“事実として”俺の子じゃねぇんだよ」
「え・・・?」
一臣の言葉に八雲は目を見開く。
「ただ籍入れてただけでガキが出来るってんなら俺の子なんだろうけどな。現実的には可能性はゼロだ」
茫然として固まってしまった八雲から手を離し、一臣は再びハイボールを口に含んだ。
「俺はゲイだって言っただろうが」
溜息交じりに言う。
八雲は戸惑い露わに一臣を見つめている。いつもの余裕ある作り笑いとはかけ離れた表情だ。
「なんだか・・・混乱してます」
髪をかきあげ、やっと絞り出したような声で呟いた。
その揺れる瞳に誘われ、一臣は八雲の手に触れる。
今度はかわす隙も与えないようにと早急に唇を奪った。
「三倉さん!?  何・・・」
八雲はひどく困惑した様子で一臣を押し戻す。けれど、一臣は掴んでいた八雲の手を力任せに引き余せて再び唇を塞いだ。
「んっ・・・ん・・・」
強引に舌を挿し入れ口内を犯す。八雲が顔を背けるのを力尽くで抑え込んだ。
「三倉さん・・・やめて・・・」
瞳を潤ませ、震える手で一臣から逃れようとする。それは初めて見る表情で、自分でも驚く程に煽られた。
「随分いい表情じゃねぇか」
「・・・ゃ・・」
耳元で囁き、八雲の身体を押し倒す。
もっと八雲の表情が見たい。怯えた顔でも苦痛に歪む顔でも快楽に溺れる顔でも何だっていい。
「抱かせろ」
一臣は欲求のままに、再び八雲に口付けを落とした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...