子守歌は眠れない

sakaki

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子守歌は眠れない2

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***


一臣は不機嫌だった。
八つ当たりでもするように弁当箱の中の春巻を勢いよく口に運ぶ。そんな一臣に真壁は苦笑するのみである。
「初対面の他人と同居するんだから、そりゃ色々あるに決まってんじゃなぁい・・・」
自販機で買って来たばかりの烏龍茶のカップを一臣の前に置き、困ったような顔で言った。分かった上で自分から言い出したのではないのか、と。
無論、一臣にだってそんなことは百も承知・・・だったのだが、
「“同居”じゃねぇ。雇用関係がある以上そんな対等な訳ねぇだろうが。“住み込みで雇ってやってる”んだ、こっちは。それがあの野郎、煙草はベランダに出て吸えだの、赤ん坊の事を気遣えだの、夜中に風呂に入るなだの、吸い殻はちゃんと灰皿に捨てろだの、ゴミ出しの日はちゃんと守れだの、ゴチャゴチャ文句つけてきやがるんだぞ!  アイツは俺の母親かなんかか!?」
青筋立てつつ愚痴を吐き出し、とどめにテーブルを叩く。
「落ち着いて三倉ちゃん、最後の方はごく当たり前のことしか言われてないわ」
真壁は呆れたように肩を竦めた。そして一臣の弁当箱を指差す。
「こ~んなお弁当まで作ってくれるなんていい人じゃなぁい?  タコさんウインナーまで入ってるし。あらヤダ、顔までちゃんとあるじゃない。芸が細かいわぁ」
宥めるような口調だったかと思えば、ウインナーをつまみ上げて感動したと言わんばかりに目を輝かせた。3つ入っているウインナーは、胡麻やチーズを駆使していてそれぞれに表情が違うのだ。
「これだってな、別に頼みもしねぇのに勝手に作って持たせやがる。・・・まぁ、別に不味くはねぇから食ってやってるが」
一臣は尊大に言ってのけ、真壁からウインナーを取り返した。それから甘い卵焼きを最後に食べて弁当は完食。
真壁がこっそりと“着々と餌付けされているのでは”と感じたのは、一臣の知るところではない。

「それより、今日三倉ちゃん家遊びに行っていいかしら?」
「あ?」
気を取り直して、という風に真壁が尋ねる。体をくねくねとさせるおねだりの姿勢に一臣は眉を顰めたが、
「キッコさんがね、赤ちゃん見たいって言ってるのよぅ」
「あぁ・・・そういうことか」
橘子の頼みと聞けば無下にはできない。難ありとはいえシッターを紹介してくれた借りがある。
それに、橘子が長らく子供を欲しがって不妊治療に励んでいるのも知っている。赤ん坊に触れたいと思うのも道理だろう。
「八雲ちゃんにも聞いてみて」
別に構わないと答えようとしたところで真壁が一臣の携帯を指で叩いた。今ここで電話しろということだろう。
「なんで俺の家に俺の知人を招くのに奴の許可を取らなくちゃならねぇんだ?」
それではまるで、友達を家に呼んで遊んでもいいかと母親に尋ねる子供ではないか。不本意極まりないと、眉間に皺を寄せて見せる。
「あら、だってご飯の準備とか色々あるじゃなぁい?  」
真壁はさも当然という顔をして言った。
「お前ら、飯までたかる気なのか・・・」
厚かましいとぼやきつつも、一臣は携帯を手に取った。



そして、一臣の退社時間を見計らって真壁はやって来た。
一臣の車で橘子を拾い、そのまま家まで連れて行けということらしい。
橘子は橘子で今回のシッターの件を恩に着せ、帰りも同じように送り届けるようにと命令してくる。本当に厚かましい夫婦だ。

「おかえりなさい、三倉さん」
「あぁ」
一臣が帰宅すると、八雲は玄関までやって来て出迎える。これは赤ん坊を寝かしつけている時を除いて毎回の事だ。
「お邪魔しまぁーす」
「八雲ちゃん久しぶり、赤ちゃんどこ~?」
一臣の後ろからテンションの高い2人が顔を出す。
特に橘子は挨拶もそこそこに、赤ん坊を目掛けて無遠慮に部屋に入って行った。
「やぁ~ん、可愛い~」
「きゃあ~~ん」
2人して歓喜の雄叫びを上げる。その甲高い声(真壁の方は裏声だが)に赤ん坊が驚いて泣き出さないかとハラハラしたが、目を丸くして2人を眺めているだけのようだ。
「賑やかな御夫婦ですね」
八雲が感心したように言う。
「年甲斐のねぇ似た物夫婦だからな」
一臣は呆れて溜息を漏らした。
「お夕食、皆さん召し上がるということだったのでスキヤキにしましたけど、良かったですか?」
一臣の鞄から弁当袋を取り出しながら、八雲がダイニングテーブルを示した。見れば、買ったきり一度も使っていなかった卓上コンロと土鍋がきちんとセットされている。一臣はキッチンの何処にそれらが仕舞われていたのかすら把握していなかったというのに、よく見つけ出したものだと密かに感心した。
「八雲ちゃ~ん、私赤ちゃん抱っこしてみたいわ」
「あぁん、ズルい。ボクも抱っこしたぁい」
橘子が八雲に手招きし、真壁も我も我もと手を上げて見せる。
「あ、はい」
八雲は愛想の良い笑顔を浮かべて彼らの輪に入る。赤ん坊を中心に、実に和気藹々とした雰囲気である。
(・・・ありえねぇ)
大凡我が家で繰り広げられているとは思い難いその光景に、一臣はまた眉を顰める。そして煙草を吸うべくベランダに逃げ込んだ。


「想像以上だったわ~」
帰りの車内、橘子が恍惚とした様子で言った。
「可愛かったねぇ、ゆうくん」
真壁もそれに続き、二人手に手を取って“早く子供欲しいわね~”などと言い合っている。
「ゆうくんもいて、八雲ちゃんもいて、三倉ちゃんったらとんだ果報者なんだからぁ」
真壁が背後から運転中の一臣をつつく。
「押し付けられて預かってるだけのガキとそのシッターのどこが果報だ」
一臣は苦々しく悪態をつき、煙草の煙を吐き出した。
「でもでも、八雲ちゃんってマジでいい感じじゃない?  美人だし、人当たりもいいし、何よりこーんな愛想無くて偉そうな三倉ちゃんのお世話も文句言わずにきっちりやってくれるなんてなかなか居ないわよ」
「ボクもそう思ったぁ~。意外と息合ってたわよねぇ」
後部座席の二人は勝手に盛り上がっている。
橘子の失礼極まりない描写が気になったが、一臣はひとまず聞こえない振りをした。
この夫婦の会話は意味のない“女子会トーク”のようなものだ。まともに相手にしたところでこちらが疲れるだけのこと。
「三倉ちゃん的にはどうなのよぅ?  八雲ちゃんに、“俺のムスコの世話もしてくれ”とか言ってんじゃないの~? いやん、セクハラ~」
「ま、三倉ちゃんたらイヤらしい~」
相手にしないと決めた途端にバシバシと肩を叩かれ強制的に構う羽目になった。二人ともきゃーっと甲高い声を上げて喜んでいる。
「言うか。どこのエロオヤジだ、俺は」
一臣は呆れたように吐き捨て、また眉間に深い皺を寄せた。


***


真壁夫妻を送り届けて帰宅した一臣に、八雲の出迎えはなかった。腕時計を見て、もうそんな時間かと思い立つ。リビングを覗けば、予想した通り八雲が赤ん坊を寝かし付けようとしているところだった。
小さな布団に添い寝をして、赤ん坊の胸元に手のひらで一定のリズムを刻んでいる。
赤ん坊を愛しそうに見つめるその瞳がいやに穏やかだ。いつもあの顔に張り付いている愛想の良い笑みとはまるで違う、蕩けるような柔らかい表情。
(随分油断した面だな・・・)
一臣はそっと溜息を漏らし、音を立てないように気をつけながらベランダへ向かう。
眠りに入ろうとしている赤ん坊の邪魔になろうものなら、脳天に響くような大音量で泣き叫ぶのだ。八雲は眠いのに眠れないから泣くのだと、さも当然のように言ってのけたが、一臣には到底理解できない。なぜ眠いからと言って泣き叫ぶ必要があるのか。眠いのならさっさと大人しく寝ればいい。
そんな常軌を逸する生き物に、八雲はなぜあんなにも愛情を注ぐのか。真壁夫婦は勿論一臣に対しても未だに愛想笑いを浮かべて一線を引いたようにしているくせに、赤ん坊に対してだけはあんなにも気を許した表情をする。

「三倉さん、おかえりなさい」
一臣がほとんど無意識に二本目の煙草を取り出そうとした頃に八雲が顔を出した。赤ん坊が無事に眠ってくれたらしい。いつもは一時間以上かかることもざらなので、今日は随分と早い。
「ゆうくんもはしゃいでいましたから疲れていたんでしょうね」
一臣の考えを読み取ったように八雲が説明した。
「まだ人見知りもない時期ですし、とっても楽しそうにしてたから良かった」
安堵したように言いながら、一臣の隣までやって来る。そして冗談めかして言った。
「ゆうくんはパパより社交的かもしれませんね」
「・・・パパじゃねぇ」
思わず持っていた煙草をへし折り、苦々しく言う。思い切り眉を顰めて八雲を睨むと、涼しげな顔で微笑んでいた。いつも通りの、判で押したようなあの笑顔だ。
「・・・クソ」
喉奥で呟き、八雲の顔に手を伸ばす。
そしておもむろに頬を抓った。
「い、いきなり何でしょう?」
当然、八雲は困惑した顔をする。笑顔が崩れたことに、一臣はなんとなく気分が晴れたような気がした。
「作り笑いのし過ぎでさぞかし凝り固まってるだろうと思ってな」
勝ち誇ったように言いながら、八雲の頬をぐにぐにと抓り続ける。
「それなら」
今度は八雲が手を伸ばした。払い除けられるのかと思いきや、一臣の手を通り過ぎてガシッと頭を掴まれる。
「三倉さんこそ、いっつも眉間に皺を寄せてるんですから凝ってるんじゃありませんか?  ハゲますよ」
こめかみや眉間の辺りをグリグリと押しながら嫌味たっぷりに言った。
「余計なお世話だ」
ムッとした一臣が尚も八雲の頬を抓り、八雲もまた負けじと一臣の頭を押さえる。
暫しの攻防が続いた後、堪らず吹き出したのは八雲だった。
「三倉さん変な顔」
ようやく互いに手を離し、八雲は目尻を拭いながらクスクスと笑う。愛想笑いとも赤ん坊に向けるものともまた違う、初めて見る笑顔だ。
「それはお互い様だ」
一臣はつられて頬が緩みそうになったのを誤魔化すためにわざと不機嫌そうな顔を作って言った。

「俺はもう風呂に入って寝る」
「あ、はい」
気を取り直したように言い、八雲に背を向けて部屋に向かおうとする。そしてふと思い立って振り返った。
「弁当・・・ウインナーをタコにするのはやめろ」
少し眉を顰めて呟く。
八雲は一瞬だけキョトンとした後で、いつも通りの笑みを浮かべた。
「承知しました」



次の日。
(あの野郎・・・)
弁当箱を開けた一臣は頭を抱えた。
一臣の言った通り、ウインナーはタコの形はしていない。だが、問題は弁当箱の大半を占めているそぼろご飯だ。鶏そぼろと炒り卵、そして鮭のほぐし身と海苔を巧みに用いて、愛嬌をふりまくクマが描かれているではないか。
通りすがりに弁当を目にした同僚や部下達が口々に“愛妻弁当ですか”だの“器用な彼女ですね”などと言ってくる。一臣はその度に眉間の皺を深くした。
苛立ち露わにそぼろを混ぜてクマを消失させる。
こんなにエスカレートするくらいならば、表情豊かなタコウインナーの方がマシだったと言えるだろう。いや、寧ろ何も言わなければクマとタコの共演だったのかもしれない。
(俺は幼稚園児か・・・)
溜息を漏らす。
子供相手ならば喜ばれるのだろうが、いい年をした男にキャラ弁はきつい。嫌がらせのつもりなのか、はたまた単なる八雲の趣味なのかはよく分からないが。
(なんなんだアイツは)
昨夜見た笑顔を思い返す。勿論作り笑顔ではない、あの無邪気とも思えた表情を、だ。
一臣はまた溜息をついてブロッコリーを箸で摘まむ。・・・と、一緒にうずら卵もついてきた。まるでミ二チュアのカブのような形になっている。
(だから・・・なんなんだアイツは)
小さなカブもどきをまじまじと見つめ、一臣はそれを丸ごと一口に放り込んだ。


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