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子守歌は夜明けまで続く3
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里帰りをすると大仰に宣言するほどには八雲の目的地は遠くなかった。電車とバスを乗り継いで1~2時間程のところにある病院だ。
相談がてら、久々に連絡をしてみたのがきっかけだった。
実は少し前から入院しているのだという、水くさいことこの上ない近況を聞かされ、八雲は慌てた。
呑気な相談など持ちかけているヒマはなかった。
一臣に不便をかけてしまうことは気になったが、何しろそれもやむを得ないと思えるほど切迫した病状だ。
・・・と思っていたのだが、
「わざわざ来てくれなくてもいいのに、相変わらず気ぃ遣いねぇ」
病室に赴いた八雲を出迎えた当人は、昨年会った時と何ら変わりない快活な様子で宣った。
お取り寄せしたのだというあんパンを大口で頬張りながら八雲にもどうぞと勧めてくれる。
「思ったより顔色も良くて何よりです。美恵子さん」
あんパンを受け取りつつ八雲は苦笑を浮かべた。
きっと食欲もないだろうと考えて花にした見舞いの品を渡すと、さも残念そうに“食べ物じゃないのねぇ”と言われてしまう。
「ホントにねぇ、これでいつ死んでもおかしくないなんて嘘みたいよねぇ」
ガハハと笑い、八雲の背中を叩く。相変わらず力が強い。
八雲も全くもって美恵子に同感だ。電話で話を聞いた時も、今こうして入院している彼女を目の当たりにしても、大病を患っているなんて冗談だろうと思う。
入院着から覗く腕は逞しいし、肌ツヤの良い顔にはクマ一つない。気分が沈んでいる風でもなく、丸きり以前のまま。明るく元気な美恵子そのものだ。
(そういえば花那も、最期まで明るかったんだっけ・・・)
美恵子の笑顔に似た顔をダブらせ、八雲は少しだけ息が苦しくなった。
美恵子も同じことを思ったのか、わざとらしく大きな溜め息を吐き出した。
「まさか娘とおんなじ病気で死ぬことになるなんてねぇ。そういう体質の家系なのかねぇ・・・あ~あ、やだやだ」
笑い飛ばしてみせるが、その声には一筋の悲しさが宿る。
花那は美恵子の娘だ。病魔に侵され、若くして亡くなった。
もう何年も前のことなのに、彼女の死は八雲に絶望を与える。
だから普段は彼女との思い出に蓋をして、考えないようにと意識している。決して忘れる事が出来ないから、自分の中の奥深くに閉じ込めておくのだ。
八雲とって花那の死という事実はそれほどまでに受け入れ難かった。
花那は幼なじみであり、かけがえのない妻だった。八雲が人生で初めて愛した女性だった。
僅か一年にも満たない結婚生活だったのだが。
「ま、こんな訳だしさぁ、苑君もちゃんと好きなように生きなさいよ。もう私や花那に遠慮しなくて良いんだから」
美恵子が八雲の肩を今度は軽く叩いた。
あんパンを持ったままで黙り込んでしまっていたことに気付き、八雲は苦笑を浮かべる。
美恵子は八雲の義母だが、幼い頃から両親のいなかった八雲にとっては初めて感じる母親像だった。
いつも優しく、敢えて無遠慮に、本当の親子のように接してくれていた。
花那が居なくなって辛いはずなのに、自分のことは差し置いて八雲を元気付けようとしてくれた。
八雲がシッターの仕事に就き、陥ってしまった最大の苦境の時も、ただただ信じて支えてくれた。
その美恵子が、そう遠くないうちに死んでしまうなんて・・・
(バチが当たったのかもしれない・・・)
八雲は美恵子に気づかれないように一瞬だけ目を伏せる。そして悔いた。
花那のことを心の最奥に眠らせておきながら、八雲は一臣に惹かれ、差し伸ばされたその手を掴んでしまった。
一臣との暮らしがあまりに幸せ過ぎで、ずっと抱いていたはずの花那に申し訳ないという気持ちが徐々に薄らいでいたのだと思う。
花那を幸せにしてやれなかった自分が、一臣に幸せにしてもらおうとするなんて、酷く狡猾だ。
だからきっと神様は、八雲を戒めるために美恵子を失わせようとしているに違いない。
花那の死を忘れてはいけない。乗り越えてはいけない。ずっと抱えて生きていくことが、花那を幸せに出来なかった八雲の償いなのだから。
「花那や美恵子さんに遠慮なんて全くしてませんよ。今までもこれからも、僕は好きなように生きてますから」
丁寧な笑顔を作り、八雲は嘘を吐いた。
相談がてら、久々に連絡をしてみたのがきっかけだった。
実は少し前から入院しているのだという、水くさいことこの上ない近況を聞かされ、八雲は慌てた。
呑気な相談など持ちかけているヒマはなかった。
一臣に不便をかけてしまうことは気になったが、何しろそれもやむを得ないと思えるほど切迫した病状だ。
・・・と思っていたのだが、
「わざわざ来てくれなくてもいいのに、相変わらず気ぃ遣いねぇ」
病室に赴いた八雲を出迎えた当人は、昨年会った時と何ら変わりない快活な様子で宣った。
お取り寄せしたのだというあんパンを大口で頬張りながら八雲にもどうぞと勧めてくれる。
「思ったより顔色も良くて何よりです。美恵子さん」
あんパンを受け取りつつ八雲は苦笑を浮かべた。
きっと食欲もないだろうと考えて花にした見舞いの品を渡すと、さも残念そうに“食べ物じゃないのねぇ”と言われてしまう。
「ホントにねぇ、これでいつ死んでもおかしくないなんて嘘みたいよねぇ」
ガハハと笑い、八雲の背中を叩く。相変わらず力が強い。
八雲も全くもって美恵子に同感だ。電話で話を聞いた時も、今こうして入院している彼女を目の当たりにしても、大病を患っているなんて冗談だろうと思う。
入院着から覗く腕は逞しいし、肌ツヤの良い顔にはクマ一つない。気分が沈んでいる風でもなく、丸きり以前のまま。明るく元気な美恵子そのものだ。
(そういえば花那も、最期まで明るかったんだっけ・・・)
美恵子の笑顔に似た顔をダブらせ、八雲は少しだけ息が苦しくなった。
美恵子も同じことを思ったのか、わざとらしく大きな溜め息を吐き出した。
「まさか娘とおんなじ病気で死ぬことになるなんてねぇ。そういう体質の家系なのかねぇ・・・あ~あ、やだやだ」
笑い飛ばしてみせるが、その声には一筋の悲しさが宿る。
花那は美恵子の娘だ。病魔に侵され、若くして亡くなった。
もう何年も前のことなのに、彼女の死は八雲に絶望を与える。
だから普段は彼女との思い出に蓋をして、考えないようにと意識している。決して忘れる事が出来ないから、自分の中の奥深くに閉じ込めておくのだ。
八雲とって花那の死という事実はそれほどまでに受け入れ難かった。
花那は幼なじみであり、かけがえのない妻だった。八雲が人生で初めて愛した女性だった。
僅か一年にも満たない結婚生活だったのだが。
「ま、こんな訳だしさぁ、苑君もちゃんと好きなように生きなさいよ。もう私や花那に遠慮しなくて良いんだから」
美恵子が八雲の肩を今度は軽く叩いた。
あんパンを持ったままで黙り込んでしまっていたことに気付き、八雲は苦笑を浮かべる。
美恵子は八雲の義母だが、幼い頃から両親のいなかった八雲にとっては初めて感じる母親像だった。
いつも優しく、敢えて無遠慮に、本当の親子のように接してくれていた。
花那が居なくなって辛いはずなのに、自分のことは差し置いて八雲を元気付けようとしてくれた。
八雲がシッターの仕事に就き、陥ってしまった最大の苦境の時も、ただただ信じて支えてくれた。
その美恵子が、そう遠くないうちに死んでしまうなんて・・・
(バチが当たったのかもしれない・・・)
八雲は美恵子に気づかれないように一瞬だけ目を伏せる。そして悔いた。
花那のことを心の最奥に眠らせておきながら、八雲は一臣に惹かれ、差し伸ばされたその手を掴んでしまった。
一臣との暮らしがあまりに幸せ過ぎで、ずっと抱いていたはずの花那に申し訳ないという気持ちが徐々に薄らいでいたのだと思う。
花那を幸せにしてやれなかった自分が、一臣に幸せにしてもらおうとするなんて、酷く狡猾だ。
だからきっと神様は、八雲を戒めるために美恵子を失わせようとしているに違いない。
花那の死を忘れてはいけない。乗り越えてはいけない。ずっと抱えて生きていくことが、花那を幸せに出来なかった八雲の償いなのだから。
「花那や美恵子さんに遠慮なんて全くしてませんよ。今までもこれからも、僕は好きなように生きてますから」
丁寧な笑顔を作り、八雲は嘘を吐いた。
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