子守歌は眠れない

sakaki

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子守歌は夜明けまで続く7

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歓楽街で酒と食事。こういうのはあまり八雲の好みではない。酒は嫌いではないが、好きな量を好きなペースで楽しめる家飲みで十分だと常々思っている。
それでも連れに誘われれば、強く嫌がる理由も無いので付き合う。
「おいおい苑~、飲んでるか~?」
本日の連れである陽気な男が、長髪を揺らしながら八雲に絡む。両脇には煌びやかなドレスに身を纏った、戸籍上は男性であろう淑女達を侍らせている。明るい髪の色はライトで照らされてほとんど真っ赤に見えた。
八雲を電話で呼び出した彼は、西浄 尚(さいじょう ひさし)という。とてもそんな風には見えないが、列記とした医者である。美恵子の見舞いに行った際に偶然再会し、連絡先の交換をした。・・・まさかこんなにすぐに連絡がくるとは思わなかったが。
「西浄さん、僕はそろそろお暇したいんですが」
周りの音がうるさいので、八雲は些か声を張って帰宅の意思を伝える。
とても楽しんでいるところに水を差すのは申し訳ないとも思うが、呼び出された用件もとっくに終わっているのにダラダラダラダラと・・・流石に付き合っていられない。
一臣に遅くなることは伝えているが、放っておけばすぐに灰皿が山盛りになって、吸い殻の山が崩れて、テーブルの上は勿論最悪ソファやラグまで汚れて・・・というのがたやすく想像できるので、気になって仕方がない。できれば早く行ってやりたい。いや、素直に言えば、単に早く一臣に会いたい。
結局、一臣との関係をこのまま続けていくのかどうかの結論もまだ出ずにいる。別れるべきなのは分かっているのに。

「えー、もう帰るのかよ。お前も連れないねー」
西浄は如何にも酔っぱらいという風な呂律の怪しい口調で不満を述べる。周りの淑女の方々も口々に野太い声で残念そうな雄叫びを上げた。
「十分付き合って接待したじゃありませんか。なので、仕事の件はよろしくお願いします」
八雲は悪戯めかして言い、深々と頭を下げてみせる。
仕事の件というのは、今日西浄に呼び出された本題のことだ。
西浄の勤める病院・・・つまりは美恵子の入院している病院の託児所で保育士が不足しているらしく、八雲に白羽の矢が当たった。短期間でも長期間でも構わないため来てくれないか、というのが西浄の頼みだ。
美恵子の元に通うためにシッターの仕事を休業する事にした八雲としては願ってもない話なので、すぐに引き受けることを決めた。
明日には早速託児所の責任者と顔合わせをする予定で話を進めている。
「はぁ~~~~~あ・・・ま、仕方ねぇなぁ~、タクシー拾うとこまで送ってやろう」
わざとらしく深い溜息を付いてから、西浄が八雲の肩を抱こうとする。
「気になさらず引き続きお楽しみ下さい」
八雲はその手をさらりと交わして出口へと向かった。それでも西浄は見送ってくれるつもりらしく、ガタイの良い淑女達に断りを入れてから後ろに付いてきた。
携帯を見ながら、少し先にある大通りでタクシーを拾うか電話して配車依頼をかけるかを暫し悩む。早く一臣のところに向かいたいが、どちらが早いだろうか。
「八雲・・・?」
店を出てすぐのところで怪訝そうな声に呼ばれる。
「三倉さん!」
たった今まさに考えていた不機嫌そうな顔がこちらを睨むように見ていた。なんという偶然だろうか。
「お、苑の友達?」
八雲の後ろにいた西浄がいつも通り呑気な声で問いかける。
「え、えぇ・・・まぁ・・」
それに曖昧に頷きながらも、八雲はただ一点に注視していた。一臣の腕に絡みつくようにして、綺麗な顔をした青年が寄り添っているのだ。
「一臣ぃ~? どしたの~? 」
甘えたような声で言いながら、一臣の顔を覗き込む。今にも口付けそうなほど顔が近付いていたが、一臣に嫌がるような素振りはない。余程親しい間柄なのだろう。・・・というより、二人の間には明らかにただの友達とは違う雰囲気が漂っているような気がする。
(三倉さん・・・紹介してくれる気もなさそうですね)
一臣は八雲の方を一瞥しただけで、何も言わずにただ不機嫌そうに眉を顰めている。
「・・・行くぞ」
一際低い声で呟いて、さっさと青年の腕を引いて行ってしまった。青年は様子を伺うようにこちらを振り返っていたが、一臣の方は全く意に介さず足早に雑踏の中へと紛れた。



一臣の家に着いてからは、いつものように一通りの家事を済ませた。食事の支度や片付けがない分早く終わってしまい、手持ち無沙汰なのでシンクをピカピカに磨きあげた。
店の前で鉢合わせてから3時間ほど経つが、まだ一臣は帰ってこない。
まだあの青年と一緒なのだろうか。もしかして今夜は帰らないのだろうか。・・・そんな考えが浮かんでは、胸の辺りに靄がかかったような心地になった。
一臣が今まで、特定の相手を作らずに遊んでいた・・・というのは真壁夫妻から聞いたことがあるし、一臣自身もあっさりと認めていた。
あの青年も、そんな中の一人なんだろうか。
(やだなぁ・・・僕、結構自惚れてたんですね・・・)
無意識のうちに、自分は一臣にとって特定の存在なのだと信じ込んでいたのかもしれない。あの手に触れられるのは自分だけなのだと、そんな幻想を抱いていた。
「あ~ぁ、帰ってこないなぁ」
誰に聞かせるわけでもないのに、わざと明るい声を出してみる。
特注らしきバカラの置き時計をちまちまと磨いて、それに映った自分の情けない顔に思わず溜息を漏らした。
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