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子守歌は夜明けまで続く8
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一臣が帰宅したのは日付が変わる寸前だった。
こんな時間なので当然だというのに、灯りがついていない事にほんの少しの落胆を覚えた。もしかしたら八雲がいるのではと、そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
灯りをつけて、水を飲むべくキッチンに向かう。
久々に飲み仲間に会ったからとはいえ、流石に飲み過ぎてしまった。散々聞かされ続ける惚気話に辟易して酒に逃げた結果だ。幸せそうで何よりな事だが、一臣の方は幸せとは程遠い心境だったので最早飲まなければやってられなかった。
(・・・なんだコレは・・)
キッチンのシンクが、明かりを反射しているとはいえやたらと輝いているのでギョッとしてしまった。ミネラルウォーターを吹き出しそうになったほどだ。
恐る恐る近付いて見れば鏡のごとく顔が映る。指紋一つ無く、それはもう異様なほどに磨き上げられている。
(アイツ・・・来てたのか?)
当然八雲の仕業なのだろうが、今朝まではこんな状態では無かったはずだ。
ともすれば、一臣が帰ってくる前に八雲はここに来ていたということになる。
よくよく見れば、キッチンのシンクだけではない。今朝コーヒーを飲もうとして散らかしたテーブルの上も片付けられているし、、いつも直接入れておくのはやめてほしいと言われているが変わらず脱いだらすぐに投げ入れていた洗濯機の中も空になっている。
八雲はここに来て、いつもと変わらず一通りの家事をこなしてから帰ったということなのだろう。
(あの男とは、あの後すぐ別れたってことか・・・?)
鉢合わせになった時の事を思い出す。
一臣の勘ぐり通り、八雲はあの男に会っていた。
随分八雲には似付かわしくない店から出てきていたが、二人っきりで飲んでいたのだろうか。・・・二人で飲むとしたら、店のチョイスがいまいちどころではない気がするが。
八雲が選ぶとは思えないので、相手の男の趣味なのだろう。一臣にはちっとも理解出来ない。
そもそも、長ったらしい髪が鬱陶しいのでいけ好かない。単なる無精で伸ばしっぱなしにしているというどうしようもない知り合いならいるが、敢えて伸ばして洒落付いているつもりでいるのは気が知れない。スーツはたかだかポールスミスで、時計はパテックフィリップだがあのモデルなら200万にも満たない程度。ホストか何かは知らないが、どこをどう見たって大した男ではない。
(・・・・なんで俺がそんなこと気にしなくちゃならねぇんだ)
舌打ちと共に、手の中のペットボトルが音を立てて潰れる。
無意識のうちに八雲の傍らにいた男を細々と値踏みしていた自分が腹立たしい。
八雲がどんな男と会っていようが、どんな関係であろうが関係ない・・・そう思いたいのに。
(名前・・・呼んでやがったな)
頭の中にあの男の声が何度も過ぎる。八雲ではなく、苑と呼んでいた。あの軽薄さのにじみ出る声で。
八雲は一見人当たりは良いが、実際はなかなか他人に気を許す質ではない。それなのに名前で呼ばせているというのは、二人が相当に親しい間柄だということなのではないのか。
(大体、誰が友達だってんだ)
男が一臣を見て友達なのかと問い、八雲もあっさりと認めた。それが一番腹立たしい。
あの場であの男に恋人だと紹介してもらえば満足だったのかといえばそれも違う気がするが、すんなりと友達だと流されたのは気分が悪い。
男のことを一臣に何も説明しなかったこともまた、余計な勘繰りをしてしまう種になる。
(・・・酔いが回ってきたな)
深々と酒臭い溜息をつき、潰れたペットボトルをわざと一般ゴミ用のゴミ箱に投げ入れた。
リビングに戻って倒れ込むようにソファに座ると、テーブルの上の携帯が目に入る。
八雲に電話してみようかと思い立ったが、携帯を手に取ることもなく止めにした。
”あの男はなんだ?”
”なんで二人で会ってた?”
”昔の男とよりを戻すのか?”
“俺と別れるつもりでいるのか?”
酔って働きの悪い頭では、そんな女々しい言葉しか浮かんでこない。
八雲にこんなにも情けない自分を晒すのは御免だ。
ぼんやりと天井を見つめて、そのままゆっくりと目を閉じる。寝室に行くのも億劫に感じられ、今夜はここで眠る事に決めた。
どうせ小言を言ってくる八雲はここにはいないのだから。
こんな時間なので当然だというのに、灯りがついていない事にほんの少しの落胆を覚えた。もしかしたら八雲がいるのではと、そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
灯りをつけて、水を飲むべくキッチンに向かう。
久々に飲み仲間に会ったからとはいえ、流石に飲み過ぎてしまった。散々聞かされ続ける惚気話に辟易して酒に逃げた結果だ。幸せそうで何よりな事だが、一臣の方は幸せとは程遠い心境だったので最早飲まなければやってられなかった。
(・・・なんだコレは・・)
キッチンのシンクが、明かりを反射しているとはいえやたらと輝いているのでギョッとしてしまった。ミネラルウォーターを吹き出しそうになったほどだ。
恐る恐る近付いて見れば鏡のごとく顔が映る。指紋一つ無く、それはもう異様なほどに磨き上げられている。
(アイツ・・・来てたのか?)
当然八雲の仕業なのだろうが、今朝まではこんな状態では無かったはずだ。
ともすれば、一臣が帰ってくる前に八雲はここに来ていたということになる。
よくよく見れば、キッチンのシンクだけではない。今朝コーヒーを飲もうとして散らかしたテーブルの上も片付けられているし、、いつも直接入れておくのはやめてほしいと言われているが変わらず脱いだらすぐに投げ入れていた洗濯機の中も空になっている。
八雲はここに来て、いつもと変わらず一通りの家事をこなしてから帰ったということなのだろう。
(あの男とは、あの後すぐ別れたってことか・・・?)
鉢合わせになった時の事を思い出す。
一臣の勘ぐり通り、八雲はあの男に会っていた。
随分八雲には似付かわしくない店から出てきていたが、二人っきりで飲んでいたのだろうか。・・・二人で飲むとしたら、店のチョイスがいまいちどころではない気がするが。
八雲が選ぶとは思えないので、相手の男の趣味なのだろう。一臣にはちっとも理解出来ない。
そもそも、長ったらしい髪が鬱陶しいのでいけ好かない。単なる無精で伸ばしっぱなしにしているというどうしようもない知り合いならいるが、敢えて伸ばして洒落付いているつもりでいるのは気が知れない。スーツはたかだかポールスミスで、時計はパテックフィリップだがあのモデルなら200万にも満たない程度。ホストか何かは知らないが、どこをどう見たって大した男ではない。
(・・・・なんで俺がそんなこと気にしなくちゃならねぇんだ)
舌打ちと共に、手の中のペットボトルが音を立てて潰れる。
無意識のうちに八雲の傍らにいた男を細々と値踏みしていた自分が腹立たしい。
八雲がどんな男と会っていようが、どんな関係であろうが関係ない・・・そう思いたいのに。
(名前・・・呼んでやがったな)
頭の中にあの男の声が何度も過ぎる。八雲ではなく、苑と呼んでいた。あの軽薄さのにじみ出る声で。
八雲は一見人当たりは良いが、実際はなかなか他人に気を許す質ではない。それなのに名前で呼ばせているというのは、二人が相当に親しい間柄だということなのではないのか。
(大体、誰が友達だってんだ)
男が一臣を見て友達なのかと問い、八雲もあっさりと認めた。それが一番腹立たしい。
あの場であの男に恋人だと紹介してもらえば満足だったのかといえばそれも違う気がするが、すんなりと友達だと流されたのは気分が悪い。
男のことを一臣に何も説明しなかったこともまた、余計な勘繰りをしてしまう種になる。
(・・・酔いが回ってきたな)
深々と酒臭い溜息をつき、潰れたペットボトルをわざと一般ゴミ用のゴミ箱に投げ入れた。
リビングに戻って倒れ込むようにソファに座ると、テーブルの上の携帯が目に入る。
八雲に電話してみようかと思い立ったが、携帯を手に取ることもなく止めにした。
”あの男はなんだ?”
”なんで二人で会ってた?”
”昔の男とよりを戻すのか?”
“俺と別れるつもりでいるのか?”
酔って働きの悪い頭では、そんな女々しい言葉しか浮かんでこない。
八雲にこんなにも情けない自分を晒すのは御免だ。
ぼんやりと天井を見つめて、そのままゆっくりと目を閉じる。寝室に行くのも億劫に感じられ、今夜はここで眠る事に決めた。
どうせ小言を言ってくる八雲はここにはいないのだから。
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