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sakaki

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熱帯夜

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―― 熱帯夜 ――

高速道路をひた走る真っ赤なスポーツカー。
運転席には上機嫌な咲夜、助手席にはぼんやりと遠くを眺める美琴がいる。
「目的地には一体どのくらいで着くんです?」
美琴が視線を外に向けたままで尋ねる。訂正、“ぼんやり”ではなく“不機嫌そうに”だったようだ。
咲夜はそんな美琴の様子に笑いを堪えながら答えた。
「あと30分もすれば着くって。ほら、海も見えてきた」
咲夜の言葉通り、美琴側の景色は眩い日差しを反射して輝く水平線へと変わった。

二人の目的地はとある民宿。
帝城高校夏休み恒例行事である臨海学校の下見にやって来たのだ。
本来ならば、臨海学校の引率をする予定の教師一人と教頭とが伴って行くはずなのだが、今年は咲夜と美琴の二人が選出された。
なぜなら・・・
「教頭のオッサンと顔付き合わせて一泊旅行なんて面白くもなんともねーからな」
鼻歌交じりに咲夜が言ってのける。
そう、この不自然な人選は咲夜の画策によるものなのだ。
「“予約をするのが一足遅く、教頭先生にお泊りいただくには忍びないような質素な部屋しか抑えられませんでした”とか言ったらあっさり引き下がりやがったぜ、あのジジイ」
ケラケラとせせら笑う。
休み返上だというのに機嫌が良いのは、計画通りに事が運んでいるためだろう。
「美琴と二人で旅行なんて初めてだしな」
「職権乱用・・・」
嬉しそうな咲夜を呆れたように見据え、美琴が苦々しく呟く。
それでも咲夜は気に留める様子もなく、さらに得意気に付け加えた。
「職権だけじゃなく身内特権も乱用してるぜ? “生徒の怪我や健康面を考慮するために是非綾華先生に行っていただいた方が”って、響一朗に助言させたからな」
他の教員からの信頼も厚い宇佐美教諭の発言であれば説得力は絶大という訳だ。
「ホント、そんなことにばっかり頭が回る人ですね」
一際大きなため息を漏らし、美琴はまた呆れたように言った。
とはいえ、“楽しくて仕方がない”というような咲夜の横顔を見ていたら美琴の心も自然と弾む。
方法はともかくとして、咲夜が二人きりの旅行を画策してくれた事は美琴だって嬉しいのだ。そんなことは絶対口には出さないが。



「へぇ・・立派なところですね」
民宿に着き、美琴は感心したように言った。
昔ながらの日本家屋という感じの趣のある建物で、築年数はかなりのものだろうが手入れが行き届いているためか、古臭さは感じられない。
「なんでも朝香が放浪の旅に出てた時にここのオーナーと知り合って意気投合したんだとさ。その翌年から臨海学校開始」
「さすが朝香さん」
咲夜の解説に美琴も感心。
咲夜の姉であり理事長の御剣朝香はなんでもありの自由人のため、学校行事は全て彼女の気まぐれ・一存で決められているのだ。
自然な流れで美琴の鞄も持ってくれている咲夜を速足で追いかけ、美琴も民宿の中へと急いだ。



臨海学校は二泊三日の日程で行われる。
内容は定番の海水浴、ビーチバレー大会、水難救助訓練。あとは希望者別に地引き網体験、バナナボート体験、水族館見学。
そして夜には一日目は肝試し大会、二日目は花火と企画目白押しだ。
臨海学校は学校行事ではあるものの強制ではなく、毎年参加希望者を募っている。
比較的人気は高いため、毎年定員割れをしたことはないらしい。

毎年恒例なので民宿の従業員を始めとする地元の人々も慣れたもので、打ち合わせも兼ねた挨拶回りに行った二人に、勝手知ったるといった様子で出迎えてくれた。
特に咲夜は、漁業組合のおばさま方や水族館の館員の女性達に代わる代わる声を掛けられていた。
昨年も臨海学校に参加していたらしいので、彼女たちの記憶に残っていたのだろう。
(こんなところでもモテるんですね・・・)
美琴としては内心、ほんの少しだけ面白くないような気持ちにもなる。
咲夜はとにかく愛想が良いのでおばさまたちは大喜びだ。
それはまだ良いのだが、若い女性からコッソリ連絡先を渡されていたのは流石に笑えなかった。

「・・・おーい、聞いてるか?」
「え・・」
目の前でヒラヒラと手を振られ、美琴は自分が考え込んでしまっていたことに気付いた。
「こっち側の舗装されてる道を歩いて奥の祠まで行って戻ってくるのが肝試しコース。んで俺たちは幽霊のカッコで脅かし役やんの。って、聞いてなかっただろ」
窘めるように言いながら美琴の額にコツンと触れる。
「す、すみません」
間近に見る咲夜の笑みにドキリとしてしまったことを隠すように、美琴はさっと俯いた。
(何やってんだろ・・・これも一応仕事なのに)
自分で自分を窘める。
これは臨海学校の下見で、咲夜は先輩教師として説明をしてくれているというのに、ろくに話も聞かずにぼんやりとしてしまうなんて・・。
(二人だけの旅行だからって浮かれてるのは僕の方みたい・・・)
恥ずかしいとすら思い、気を取り直して顔を上げる。
しっかり気を引き締めて仕事に臨もう、そう思ったのだが・・・
「念のためにコース一回りして行こうぜ」
咲夜が美琴の指先を絡め取る。
昼間にこんな街中で手を繋がれたのは初めてで、美琴は慌てて振りほどいた。
「何するんですか!? 人目が・・」
「ねぇよ。こんな薄気味悪いトコ、地元の人間は好き好んで来ねーっての」
咲夜は美琴の言葉じりをとらえ、肩眉を上げて不満げに言う。
周囲を見回してみれば、確かに人っ子一人見当たらなかった。
「ほら、な」
“言うとおりだろ?”とにやりと笑い、再び手を差し伸べてくる。
やっぱり美琴よりも咲夜の方がずっとずっと浮かれている。そんなことを思いつつ、美琴はおずおずと咲夜の手を握った。



民宿に戻り、食事を終えると部屋には布団と浴衣が用意されていた。
お風呂は臨海学校では大浴場を使わせてもらう予定だが、今日のところは部屋に備え付けのシャワーで済ますことにする。
真夏日の気温の中、タイトなスケジュールであちこち回るのは少しばかり骨が折れた。

美琴が浴室を出て部屋に戻ると、先にシャワーを浴び終えていた咲夜はノートパソコンに向かっていた。おそらくメールで今日の報告をしているのだろう。
「やっぱ、今年はいつもより定員を増やした方が良いかもな。じゃなきゃ先着順か抽選だと結構あぶれちまうだろーし・・・」
美琴が隣に腰かけると、咲夜は溜息交じりに呟く。
臨海学校の内容は例年と同じはずなのに、そんなに希望者が集まるものなのだろうかと首を傾げる美琴。
咲夜は美琴を見つめ、からかう様に言った。
「綾華先生のこんな色っぽい浴衣姿が拝めるんだから、希望者殺到するに決まってるだろ」
手を伸ばし、美琴の首筋に触れる。
そのまま浴衣の合わせに手を差し入れられそうになり、美琴は思わず後ずさった。
「何言ってるんですか。そんなわけないでしょう」
咲夜に背を向け、素っ気なく言い放つ。
すると、咲夜が敷いてくれたらしい布団が視界に入った。ぴったりと端が重なるようにして敷かれたそれに思わず身構えてしまう。
「そんなわけあるって。めちゃくちゃ色っぽい」
「・・・っ・・」
後ろからぎゅっと抱きしめられる。耳元に感じる甘い声色に心臓が跳ね上がりそうだった。
「なに・・考えてるんですか、不謹慎ですよ・・・」
身を捩り、咲夜の腕から逃れる。
咲夜はふっと笑い、美琴の手を引いた。
「・・ぁ・・・」
いとも簡単に布団へ押し倒されてしまい、美琴はますます戸惑う。
戸惑いながらも、自分を見つめる咲夜の熱っぽい眼差しに見惚れていた。
「布団に浴衣ってのも、エロくていいな」
そんな軽口を叩きながらゆっくりと美琴に伸し掛かる。
耳元や首筋に何度も唇を落とし、耳元で吐息とともに囁いた。
「不謹慎で結構。仕方ないだろ? お前との初めての旅行で浮かれてんだよ」
「咲夜・・・」
至近距離で一番好きな笑顔を向けられれば、美琴もすっかり陥落。
抵抗することもなく、素直に咲夜のキスを受け入れた。


―――その頃、民宿のおばちゃんたち。

「若い先生方だからてっきりハメを外して遊びに行くのかと思ってたけどねぇ」
「全然よ。食事が終わってからずっと二人で部屋に籠りっきり」
「打ち合わせでもしてるのかねぇ。夜遊びにも行かないで」
「熱心な先生方だねぇ」



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