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sakaki

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***

バス停からマンションに戻るまでの間、手はずっとつないだままだった。
美琴は手を振りほどこうとはせず、それでも握り返そうとはしない。
お互いに何も話さず、ただ雨音だけが煩かった。部屋に入れば聞こえなくなったが、その代りに黙っていることが苦痛になった。

「ほい、タオル」
靴を脱ぐのに手間取っている美琴に一足先に室内に入った咲夜がタオルを投げ渡す。
「ありがとうございます」
美琴はぼそりと言ってから、のろのろとした動作で髪を拭いた。
あまり目を合わせようとしないでいるのは気のせいではないだろう。
「美琴」
呼び掛け、美琴の手を掴む。
引き寄せてから、力任せに髪を拭いてやった。
「こんだけ冷え切ってると、タオルで拭くよりさっさと風呂入ったほうがいいな」
クシャクシャになってしまった髪を不満そうに戻す美琴の頬に触れる。
帰り道でずっと握っていた手と同じく、美琴の顔もやはり冷たくなっていた。
唇も何処となく赤みを失っているようにも見える。
「眼鏡も・・・そんなんじゃ外してた方が見えるんじゃねーの?」
冗談交じりに言いながら、咲夜は美琴の眼鏡を外した。
水滴だらけの眼鏡はとてもじゃないがクリアな視界を提供できているとは思えない。
改めて顔を覗き込むようにして視線を合わせると、美琴は居心地の悪そうに俯いた。
表情は硬いのに、その瞳だけは変わらず物言いたげに揺れている。
「美琴? 」
何も言わないでいる美琴を呼びかける。
両手で包み込むようにして顔を上げさせ、半ば無理やりに視線を合わせると、美琴の表情は一気に崩れた。
「名前・・昔みたいに呼ばないで」
声を必死に絞りだして呟く。
「なんで? 名前くらい好きに呼ばせろよ」
咲夜は美琴をじっと見据えたままで言った。
「だって・・・気持ち・・・抑えられなくなる・・・」
美琴の声は震えている。一際大きく瞳が揺れて、たちまちのうちに涙が溢れた。
「・・・なれば?」
美琴を抱き寄せて耳元で囁く。
涙を拭ってから、未だ冷たいままの唇に触れた。
「・・・っ・・・ん・・」
ゆっくりと口づけて、ひんやりとした感触を味わう。
抱きしめたまま壁際に追い詰めて、何度も角度を変えて唇を塞いだ。

「・・ぃや・・・」
シャツのボタンに手を掛けたところで、美琴が顔を背ける。
思いがけない制止に咲夜は眉を顰めた。
「嫌じゃねぇだろ? 」
美琴の首筋に顔を埋めながら囁く。
耳の付け根に舌を這わせ、手のひらで胸元を撫でた。
「俺のこと好きなくせに、いい加減素直になれよ」
意地悪く言いながら、服越しに胸の突起を舌先で擽る。
びしょ濡れの所為でシャツは張り付き、肌の色が透けているのが益々そそられた。
「っ・・やめて、ください」
声を詰まらせながらも、美琴は必死に首を振る。力一杯手を突っぱねて、咲夜の身体を引き離した。
「好きなら黙って抱かせろっていうんですか? 人の気も知らないくせに」
眉を顰めて咲夜を睨み、消え去りそうな声で詰る。
泣くのを堪えることはもはやせず、幾度となく大粒の涙を零した。
「お前が何考えてるかなんて知らねーよ」
咲夜は眉を顰め、不機嫌そうに言い捨てる。
今度は手のひらで乱暴に美琴の涙を拭った。
「黙って抱かせてほしいとも思ってねぇ。抱くだけ抱かせといて、黙って消えられるのなんかもう二度と御免なんだよ」
噛み付くように言ってから、力任せに抱きしめる。美琴の身体は、咲夜がもう少し力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほどに細かった。
「おかげでこっちは散々引き摺りまくりの未練タラタラ。俺をこんな情けない男にして満足か?」
身体を離し、至近距離で見つめながらぶっきら棒に言い放つ。
咲夜の言葉に美琴の瞳はまた大きく揺れた。
「俺は、ずっと忘れられなかったよ」
慈しむような仕草で、未だ涙の伝う頬に口付ける。
美琴の髪に指を差しいれて艶やかな感触を味わい、額同士を合わせて熱を含んだ視線を交わした。
「お前だってそうだろ? 俺のこと好きだって認めろよ。ちゃんとこの口で、俺のこと好きだって言え」
キュッと結ばれた唇に指先で触れながら、わざと強い口調で囁く。
美琴は一瞬だけ瞳を伏せ、遠慮がちに咲夜を見つめた。
「・・・好きです。ずっと・・・」
声は震えて、言葉尻は殆ど消え去りそうなほど儚い。
それでもようやく確かな言葉が咲夜の胸に届いた。
「もう絶対逃がさねぇからな」
満足げに微笑み、美琴の耳にキスをする。
首筋に、頬に、唇に何度も口づけると、美琴は擽ったそうに微笑んだ。



***

いつ眠りについたのかは覚えていない。
一日の終わりの疲労感と、ようやく手に入れた幸福による安堵感により自然と睡魔に誘われたのだろう。
ベッドで寝るのは数日ぶりであることだし。
未だ夢見心地で、隣で眠っているはずの美琴を手探りで探す。
(・・・ん?)
何度かの空振りをして、咲夜はようやく目を開けた。
そこに美琴の姿はなく、シーツにほのかなぬくもりを残しているだけだった。
「美琴?」
身体を起こし、部屋を見渡してみるがやはり美琴の姿はない。
3年前の光景が過る。
初めて美琴を抱いた翌朝、咲夜が目覚めると美琴はいなくなっていた。
それから3年・・・ただひたすらに後悔の日々が続いたのだ。

サッと青ざめ、慌ててベッドから飛び出す。
「美琴!!」
勢いよく扉を開けて、もう一度名前を呼んだ。
「はいっ!?」
丁度部屋に戻る所だったのか、扉のすぐ前に美琴が立っていた。
咲夜のあまりの剣幕にひどく驚いた顔をしている。
「一体何事ですか? こんな夜中に大声出して・・・」
拍子抜けしている咲夜に向かい、美琴は呆れたように言った。
言われてようやく周りを見ると、まだ空は暗いまま。掛け時計は深夜2時を差していた。

「お前が横にいなかったからだよ・・・」
言い訳のように呟く。
美琴はまた一段と呆れたような顔をした。
「シャワーを浴びてたんですよ。誰かさんが結局お風呂に入らせてくれなかったから」
“風邪引いたらどうしてくれるのか”などと文句を言いつつ、ベッドに向かう。
言われてみれば、髪をタオルで拭いていて、しっかりパジャマも着込んでいて、どこからどう見ても風呂上がりだ。
「風邪引かなくて済むようにちゃんと暖めてやっただろ」
冗談混じりに言いながら美琴に続いて再びベッドに入る。
咲夜の言葉に真っ赤になってしまった美琴は背を向けてしまったが、それでもお構いなしに抱き寄せた。
「また消えたのかと思って焦った」
美琴の首筋に顔を埋めながらポツリと呟く。
それまで咲夜の手を退かそうとしていた美琴はふっと抵抗を弱めた。
されるがままに腕の中に納まり、咲夜の手を握る。
「3年前は・・・朝になって、貴方に会うのが怖かったんです」
自嘲気味に微笑んで言った。
「怖かったって・・・何が?」
握られた美琴の指先に触れながら咲夜が尋ねる。
美琴は両手で咲夜の手を包みこむような仕草をしながら、少しばかり言い淀んだ後で口を開いた。
「いつも通りに戻るのが。・・・僕とのことなんて、なかったことにされるんじゃないかって思ったから」
当時のことを思い出しているのか、美琴は何処か遠い目をして悲しげな表情をしている。
咲夜は思い切り眉を顰め、力任せに美琴の身体をこちらに向けた。
「なかったことになんかする訳ねーだろ」
覆い被さるようにして圧し掛かり、息がかかるくらいの至近距離で美琴を見下ろす。
「お前といい藤乃といい、俺をなんだと思ってんだよ・・・」
藤乃には再会早々に美琴を押し倒すような反省が全くない男だと思われ、美琴には自分と寝たことをなかったことにしてしまえるような男だと思われているらしい。全く持って不本意極まりない。
「よっぽどお軽い最低野郎だと思われてんだろーな」
不貞腐れながら美琴の額に指先で触れる。
美琴はバツの悪そうに目を逸らした。
「だって・・・御剣先生は昔から女の人にモテるじゃないですか」
唇を尖らせ、拗ねたように言う。
「だから・・・僕なんかって・・・」
仄かに染まった頬や自信なさげに揺れる瞳は三年前の美琴のままだ。
あの時・・・三年前に気持ちを確かめないままミコトを抱いてしまったのはやはり過ちだった。
分からないままにしていたのは美琴の気持ちだけではない。
欲望と罪悪感に苛まれるだけで、自分の気持ちすら伝えていなかったのだから・・・本当に情けない。
「俺は美琴が好きだよ」
美琴の頬に触れながら囁く。
咲夜の言葉に、美琴は目を見開き、その長い睫を揺らした。そして安堵したような、蕩け切ったような眼差しに変わる。
「なぁ、俺の名前・・・呼んで」
「・・・え?」
まだ乾ききっていない黒髪を撫でながらの咲夜の懇願に、美琴はキョトンとした顔をした。
「“御剣先生”じゃねえぞ?」
冗談交じりに釘を刺す。
美琴は呆れたような笑みを漏らした。
「咲夜」
少しばかり照れくさそうに、それでも咲夜を真っ直ぐに見つめて名前を呼ぶ。
満足しつつ、咲夜は美琴に口付けた。
「・・・ん・・」
触れるだけのキスを徐々に深いものにしていく。
流れるような所作で美琴のパジャマのボタンを外した。
「・・・せっかく、シャワー浴びたのに・・・」
美琴が不満そうに呟く。・・・とはいえ、その熱っぽい表情を見ればそれが照れ隠しなのは明らかだ。
「朝にでも、一緒に風呂入ればいいだろ?」
飛び切り甘い声で囁き、咲夜は美琴の首筋に唇を落とした。



***


藤乃が帰国したのは2日後のことだった。
荷物持ちがてら咲夜も美琴と共に空港に迎えに行くと、藤乃はこちらを見るなり満面の笑みを浮かべた。
「すっかりラブラブみたいでなによりね」
開口一番この言葉。
咲夜からも美琴からも何の報告もしていないというのに、相変わらず随分と鋭いようだ。
「なんで分かったんだ?」
後学のために、とまでは言わないが、なぜ藤乃に美琴とうまくいったことが伝わったのか気になって問いかける。
藤乃は声高らかに言い放った。
「分かるわよ、だってミコちゃんったらフェロモン出まくりじゃな~い」
“うりうり”と肘で突かれ、美琴は一瞬にして湯気が出るほど真っ赤になる。
咲夜もバツの悪そうに口元を掻いた。


「咲夜」
藤乃の家に送ってからの別れ際、美琴が思い立ったように呼び止めた。
「合鍵、返しておきますね」
当然のように差し出したのは二日目に渡したきりになっていた咲夜の部屋の鍵だ。
「あぁ」
咲夜はそれを受け取り、ポケットから取り出したキーホルダーに取りつける。
キャメルを主体とした革製のキーホルダーは咲夜の行きつけの店で購入したものだ。
「ほい、プレゼント」
「・・え?」
美琴から渡されたばかりの鍵を再び差し出す。呆けている美琴の手に強引に握らせた。
「俺とお揃いだからな、なくすなよ」
ニッと笑い、自分の部屋の鍵と車のキーの付いたキーホルダーを目前に示す。
咲夜が長年愛用しているそれは、美琴に渡したものと全く同じデザインの色違い。
「咲夜・・・」
潤んだ瞳で、美琴が合鍵と咲夜を交互に見つめる。
その表情が可愛くて、思わずからかってやりたくなった。
「俺はいつでも夜這い大歓迎だから」
耳元に唇を寄せ、軽口を叩く。
美琴は忽ち真っ赤になって咲夜の身体を押しのけた。
「くだらない事ばっかり言わないでくださいっ!」
思い切り怒鳴りつけ、そそくさと部屋の中に入ってしまう。おまけに鍵まで掛けられた。
「・・・可愛くねーの」
咲夜は舌を出しつつ呟く。けれどすぐにまた自然と頬が緩んでいた。



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