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sakaki

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***

外は雨が降っている。
明るいうちには雨雲一つ無かったというのに、職員会議が終わって家路に着く頃にはもう土砂降りだった。
車に置きっぱなしにしていたのはビニール傘一本だけで、駐車場から建物に入るまでの間は美琴と二人小さな傘に身を寄せて入ることとなった。
束の間ながらの至近距離に肩の一つも抱き寄せてみると、またも可愛げなく怒られてしまったが、それも一興。
咲夜にとっては美琴と共に過ごす時間が楽しくて仕方がないのだ。
藤乃の言うとおり、初日にあんなに思い悩んでいたのが嘘のように。

「肩濡れてんじゃん。だからもうちょいこっち来いって言ったのに」
エレベーターに乗り込んで早々、咲夜が呆れたように呟く。
案の定と言うべきか、傘に入りきらなかったらしい美琴の左肩は雨滴で濡れてしまっていた。
「誰かさんがふざけるからいけないんです」
美琴が眉を顰めて言い返す。
咲夜が一度肩を抱き寄せて怒られてからは、美琴は頑なに若干の距離を保って歩いていたのだ。
「濡れないようにしてやろうっていう俺の気遣いじゃねーか」
言い訳のように言ってみる。
だが美琴は顔を背けて、あっという間に2階に着いたエレベーターを降りて行ってしまった。
「冷てぇヤツだな・・・」
不満げに呟きながら咲夜もすぐ後に続く。
一人でさっさと部屋に入ってしまうのだろうと思ったが、美琴はなぜか立ち止まって待っていた。
「綾華?」
追いついてから、美琴の顔を覗き込む。
その視線の先を辿ると、咲夜の部屋の前にいた人物に行き当たった。
「倫子・・・」
どれほどの時間そうしていたのか、倫子は扉を背にするように立ち尽くしていた。
いつものような派手な恰好ではなく、顔もほとんどノーメイクに近い。
心なしか目が赤く腫れているようにも見えて、罪悪感を覚えた。
「待ってたの。やっぱり、もう一回話したくて・・・」
一歩二歩とこちらに歩み寄ってから、倫子が言う。口調こそ冷静だが、真っ赤な傘を握る手は震えていた。
「あ、あの・・・」
何も言わないでいる咲夜に変わり、美琴が遠慮がちに口を開いた。
「僕、今日は他の所に泊まりますね」
「は?」
突然の申し出に咲夜は目を見開く。
美琴は人の良さそうな笑顔を作り、咲夜の背中を押した。
「ちゃんと話して、仲直りすればいいじゃないですか。ね?」
倫子に軽く会釈をしてから、踵を返して立ち去ろうとする。
突然の展開に付いて行けず、咲夜は戸惑うばかりだ。
「お、おい。綾華・・」
「それじゃ、さよなら。御剣先生」
引き留めようとする咲夜に、美琴はまたも笑顔を向ける。
そしてまるで逃げるように、速足でエレベーターに乗り込んでしまった。
「あの馬鹿っ・・・」
「待って!!」
すぐに美琴の後を追おうとした咲夜だったが、倫子に腕を掴まれ引き留められた。
「何のために私がずっと待ってたと思ってるの!? せっかく雨の中待ってたんだから、ちゃんと気が済むまで話してよ!!」
倫子は涙声になりながらも、ものすごい剣幕で怒鳴る。
咲夜は思わず眉を顰めた。
「急に別れるなんて言われても納得できない! 別れたくないの!!」
咲夜の袖を握りしめ、噛み締めるように言う。普段に比べると格段に目力の無い瞳から大粒の涙が零れた。
「私の悪いところがあったらちゃんと直すから、だから別れるなんて言わないで!」
もはや見た目など気にしている余裕もないのか、顔をクシャクシャにして泣き縋る。
いつも気丈な倫子の泣き顔を見るのはこれが初めてだった。

咲夜は倫子を見つめ、自分の腕にしがみ付いている彼女の手に触れた。
「お前は悪くねぇよ」
宥めるように言って、倫子の手を離させる。
「俺が最低で、馬鹿なだけだ」
罪悪感を感じながらも、咲夜が気にしているのは美琴のことばかりだ。
自分勝手だと分かっていても、この気持ちはもはや誤魔化しようがない。
美琴が今何を考えて、どんな思いでいるのか、そればかりが気にかかる。
「ごめん」
真摯な瞳で倫子を見つめて、口にするのは謝罪。
倫子は自分の手をぎゅっと握りしめ、何度も大粒の涙を流した。
そして俯いたままでゆっくりとハイヒールの音を鳴らす。
「・・・バイバイ」
すれ違いざまに呟いて、その後は一度も振り返らない。
再び口をついて出そうになった“ごめん”の言葉を、今度は密かに飲み込んだ。


***

雨の勢いは留まることはない。まるでバケツの水をひっくり返したようなどしゃ降りだ。
ビニール傘を差していても、もはやほとんど意味をなしていなかった。
スーツが雨に濡れるのも構わずに駆けずり回って、ようやく美琴の姿を見つけることができたのは思いがけないことにマンションからほど近い、最寄のバス停だった。
探すのに手間取った割に追いつくことができたのは、バスの運行便数の少なさのためだろう。
よくよく考えれば、“他の所に泊まる”と言っていた時点で真っ先にバス停に向かうべきだったのだ。
美琴の性格上、夜更けに突然、それも雨に濡れた状態で友人・知人のところに押しかけるとは考えづらい。
それならば行先はビジネスホテルやカプセルホテルだろう。
咲夜のマンションは駅からも遠い。ホテルに行く手段は徒歩か、もしくはバスになるというわけだ。

バス停に立ち尽くす美琴は、雨に濡れる姿が妙に絵になって、何だかひどく寂しげに見えた。
「よぉ、美人さん。こんなとこで佇んでると妙な男に声かけられちまうぞ」
後ろから歩み寄り、傘をさしかけながら咲夜が笑いかける。
「御剣先生・・・」
美琴は顔を上げてぼんやりと咲夜を見つめた。
「なんで・・・?」
眉を顰め、こちらの表情を伺うように首を傾げる。“なんで追いかけてきたのか”と聞きたいのだろう。
「さっさと帰ろうぜ。そのままだと風邪引くし」
迎えに来たことを伝えるため、美琴の手を握って少しばかり強引に引き寄せる。
そのまま歩き出そうとしたところで、すぐさま手を振りほどかれた。
「でも、倫子さんは?」
戸惑いを露わにして尋ねる。
咲夜はため息をついてからもう一度美琴の手を取った。
「とっくに帰ったっての。ほら、行こうぜ」
再び歩き出すと、今度は遅れがちになりながらも美琴も歩き始めた。
流石に9月ともなれば夜の気温は低い。雨に打たれ続けていた美琴の手はかなり冷たくなっていた。

「・・・倫子さんと仲直りできたんですか?」
ポツリと美琴が尋ねる。
咲夜はまた一つため息を漏らした。
「仲直りも何も・・・倫子とより戻す気はねぇよ」
片眉を上げ、呆れながら美琴を見つめる。
十二分にびしょ濡れのためもはや手遅れと言う気もするが、美琴がきちんと傘の中に入るようにと、もう少しだけ引き寄せてからさらに続けた。
「俺が一緒にいたいのは美琴なんだよ」
聊か乱暴に“分かったか”と言い捨てて再び歩き出す。
一瞬だけ美琴の瞳が大きく揺れたが、敢えて見ないふりをして美琴の手を強く握った。

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