不器用な愛慕

sakaki

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変わらぬ年を重ねましょう

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---変わらぬ年を重ねましょう---


大晦日は友人の所へ泊まった。酒も入っていたことは確かだが、こんな幻覚は見ようがない。寧ろ、酔いなんてものは一気に醒めた。
朝になって帰宅した宇佐美響一朗の目の前にあるのは、ただただ空っぽになった部屋。家具も家電も何もない、まるで入居前の内見に来たときのような状態だ。
念のため一度外に出て部屋番号を確認したが、間違いなく自分の家だ。鍵だっていつものように開けて入った。
だというのに、これは一体何が起きたというのか・・・

その疑問はあっという間に晴らされた。
機を見計らったように携帯電話にメールが届いたのだ。
『愛すべきバカ息子へ』
そんなタイトルで始まったメールの送り主は暴君。女王様。もとい、実母の御剣朝香だ。
『ちょっと知り合いになった占い師に今年の運勢を見てもらったところ、お前のマンションの間取りや方角が良くない事が分かった。善は急げなので引き払う手筈を整えてやった。新しいところをすぐに見繕ってやるから、それまで咲夜の所にでも泊めて貰え。分かったな。 お母様より』
読み終えて、とりあえず眩暈がした。いつもの事ながらツッコミどころがありすぎる。
とはいえ電灯すら取り外されているこの部屋に留まっているのも無意味な気がして、深いため息と共に再び外に出た。
所詮逆らうだけ無駄なのだ。恐るべき強引さと人間ものとは思えない行動力には誰も勝てない。それは幼い頃から刷り込まれていることだ。
駐車場を一瞥すると、帰って来た時には気付きもしなかったが、愛車すら姿を消していた。
響一朗は舌打ちをして溜息を押し殺し、タクシーを拾うべく大通りに向かった。


「新年早々、お前も大変だなぁ。響一朗」
命令通りに咲夜のもとへと赴くと、既に事情知ったる様子だった。どうやら咲夜の方にも命令は下っていたらしい。
ひとまずシャワーと着替えを借り、ようやく落ち着けた。
下着くらいは途中立ち寄ったコンビニで買えたので良いが、服に関しては咲夜と背格好が同じくらいで助かった。
咲夜の服を着た自分を鏡で見ると改めて似ていると実感して多少ギョッとしたが。

「いきなり押し掛けて悪いな。今日は綾華は来てないのか?」
ソファに腰を下ろしながら尋ねる。もしや邪魔者になってしまったのではないかと懸念していた。
咲夜は“気にするな”と首を振り、テーブルの上に置いてあった煙草を勧める。
朝香の横暴さを経験する同士として、その辺りの理解は深いのだろう。響一朗は差し出された煙草に肖りながらそんなことを思った。
それに、他にも理由はあるらしい。
「残念ながら、美琴は里帰り中だよ。藤乃と一緒にな」
あっけらかんと言われ、響一朗もそういえばと思い出す。
「正月は良美さんの命日でもあるんだったな」
「そういうこと」
響一朗の言葉に咲夜も頷いた。
“良美さん”というのは美琴の母で、藤乃の姉だ。彼女の墓参りも兼ねて、美琴と藤乃は年末年始は毎年里帰りをしているのだった。
「じゃあ一人寂しい正月を迎えようとしてたって訳か。逆に俺が来て良かったな」
「おーよ、ウサギと俺は寂しいと死んじまうからな」
軽口を叩けば、咲夜もそれに応戦する。
二人の掛け合いには子供の頃から全く進歩がない。互いにそれは自覚していて、そしてそれで良いのだと思っている。続柄でいえば叔父と甥だが、実際には兄弟や幼なじみといった感覚に近いのだ。

「まぁミコがいなくても、ちゃんと綺麗どころは呼んでやったから心配すんなよ」
煙草を吹かしながら意味深に咲夜が笑う。
悪ガキが悪戯を仕掛けたときのようなその表情に、響一朗は眉を顰めた。
もしや、という考えが過ぎった所でタイミング良くインターフォンの音が鳴る。軽快な足取りで出迎えに行った咲夜を後目に、響一朗は煙草を灰皿に強く押し付けた。
「響一朗、あけましておめでとう」
「あ、あぁ・・・」
予想通りの人物、夏喜が顔を出す。手には買い物袋を下げている。
「すぐにお雑煮作るから待っててね~」
響一朗と咲夜にニッコリと微笑みかけると、上機嫌でキッチンに向かった。
どういうつもりなのかと咲夜を睨んでみるが、素知らぬ顔・・・いや、心底面白がっている顔でこちらを一瞥するだけだ。
「なっちゃん、俺卵焼きも食いたいな~。甘いヤツ」
再びソファに腰掛けてからキッチンに向かってそんなリクエストまでしている。
「は~い」
夏喜は楽しそうに答え、テキパキと料理の支度をする。わざわざ持参して来たらしいチェック柄のエプロン姿がとても愛らしい。・・・勿論そんなことを思っているとはおくびにも出さないが。
「いやぁ、ど~してもなっちゃんの作った雑煮が食いたくなったんだよ。なぁ~、響一朗?」
咲夜が咥えていた煙草を灰皿に押し付けながら、わざとらしく同意を求めてくる。“謀ったな”と言いたかったが、咲夜の言葉を聞いた夏喜が嬉しそうにしているため大人しく同意した。
「まぁ、こんな風に集まることもないしな」
下手なことを言えば咲夜にこれでもかというほどからかわれるのが目に見えているため、あたり障りのない言い方で留めておく。とはいえ実際のところ夏喜の手料理を食べられるのは久々で、喜ばしい事ではあるのだ。
「はい、咲ちゃん卵焼き」
夏喜が卵焼きの乗った皿を持ってくる。食べる前からその柔らかさが伝わってくるようなふわふわの卵焼きがででんっと2本。その片方を指差して、夏喜は響一朗に微笑みかけた。
「こっちはだし巻きだよ。響一朗はだし巻き派でしょ?」
「あぁ、ありがとう」
響一朗も頬を緩めた。夏喜の気遣いが嬉しい。こんな些細なことまで覚えてくれているのだということも。
夏喜が再びキッチンに戻り、ほどなく三人分の雑煮を盆に乗せて持って来てから、三人揃って行儀よく手を合わせる。
声を揃えて“いただきます”と言ってから、誰ともなく噴き出した。
「なーんかガキの頃みてぇだな」
咲夜が何処か照れ臭そうに言えば、響一朗も夏喜も確かにと頷く。
「座り順まで昔と同じだしな」
咲夜、夏喜、そして自分を指差して響一朗は苦笑した。夏喜は咲夜と響一朗とを順番に見た後で“ホントだ”と声を上げて笑う。
「響一朗と咲ちゃんが喧嘩ばっかりするから僕が真ん中に入ってたんだよね」
悪戯っぽく唇を尖らせて言う夏喜に、響一朗も咲夜もバツの悪い顔をした。
「やーっぱなっちゃんの卵焼きは世界一だな。超美味い」
咲夜が誤魔化すように卵焼きを頬張る。
「とんだブラコンだな。あとで綾華に言いつけよう」
意地悪く舌を出して言い、響一朗もだし巻きを口に運んだ。すぐにほわほわとした感触が広がって、それから懐かしい味がする。
「美琴の手料理も世界一だっての。けど、なっちゃんのはまた別。格別。冷血宇佐美先生殿にはこの温かみが分かんねーかな」
「・・・俺はただ、軽薄な御剣先生のように空々しい褒め言葉を使わないだけだが」
刺々しい言葉のやり取り。互いにピクリと目元が動く。
「なんだとテメェ!!」
「やるか!?」
同時に勢いよく立ち上がり、同時に夏喜に手を掴まれた。
「はいはい、二人ともいい子だから静かに食べましょうね~」
小さい子供を宥めるように言い、腕を引いて二人を座らせる。そして咲夜、響一朗の順で額をペチッと叩いた。
「ホントに子供の時のまんまなんだから」
「「すみません」」
眉を八の字にして窘められ、響一朗も咲夜も身を小さくする。
他愛もない事で喧嘩をして暴れては、一番身体の小さい夏喜に“ダメでしょー”と叱られる・・・幾つになってもこの構図は変わらないらしい。おそらくこの先何年経っても同じだろう。

「来年のお正月も一緒に過ごせたらいいなぁ・・・すっごく楽しいし」
夏喜が咲夜と響一朗の手を繋ぎ、満面の笑みで言う。えらく気の早いことだが、夏喜の笑顔を見ていると同意してやりたくなる。夏喜を見つめている咲夜の顔を見れば、恐らく響一朗と同じ思いであろうことが分かった。
だが、
「あ、来年は朝香ちゃんも一緒が良いよね! 早目に言ってたおいたらスケジュール空けてくれるかなぁ?」
夏喜が名案とばかりに手を叩く。響一朗も咲夜も声を揃えて言った。
「「それは嫌」」
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