【完結】君たちへの処方箋

たまこ

文字の大きさ
3 / 48

3

しおりを挟む


 赤ん坊、颯が生まれてまだ数ヶ月しか経っていない頃だった。祖父に似た口下手な旺也が上手く問いただせないこともあり、澪は息子の父親を明かすことは無かった。兄妹と颯の三人での生活が始まった。

 生活が落ち着くと、澪は颯の保育園を探し働き始めた。颯が急に体調を崩した時などは旺也が保育園へ迎えに行くこともあった。工房の職人たちは早退する旺也をいつも快く送り出してくれた。近所の人たちも親切で、颯の父親について触れることは無く、澪と颯を受け入れてくれ野菜や果物を差し入れてくれた。

 颯は愛らしく明るい子どもに育った。寡黙で取っ付き難い伯父にも懐いてくれていた。

『颯、兄ちゃんに行ってらっしゃいしておいで』

『おうちゃん、おしごと?』

『おうちゃん、いってらっしゃい!』

 たどたどしく話せるようになった甥は表情の乏しい伯父の頬を緩ませた。こんな風に家族で生きていくのは悪くないと、そう思えていたのに神はどこまでも旺也から家族を奪っていく。




「は?事故?」

 職場で受けた電話は警察からだった。呆然とする旺也を病院に連れて行ってくれたのも、颯を保育園に迎えに行ってくれたのも玄とその妻だった。



「申し訳ありません……っ!」

 旺也に何度も頭を下げたのはまだ若い夫婦だ。彼らの娘が車道に飛び出しそうになったのを澪が庇い、代わりに車と接触してしまった。打ち所が悪く、澪はそのまま儚くなってしまった。二人は震えながら深く頭を下げている。


「……っ、お前たちがっ!お前たちのせいで!」

 こんなにも大きな声を出すことも、怒りが溢れることも今までになかった。


 お前たちが子どもをちゃんと見ていたら、澪は死なないで済んだ。

 お前たちのせいで、澪は死んでしまった。

 俺と颯は澪を、家族を失ったのに、お前たちはこれからものうのうと家族と暮らすのか。


 そうぶつけてやろうとした旺也を玄が押さえ首を振って止めた。分かっている、そんなことを言っても何もならないなんて、彼らを傷付けることが澪の本意ではないなんて。




「……澪を、妹を返してくれ」

 絞り出したその言葉に返事をくれる者はいなかった。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

処理中です...