君たちへの処方箋

たまこ

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 赤ん坊、颯が生まれてまだ数ヶ月しか経っていない頃だった。祖父に似た口下手な旺也が上手く問いただせないこともあり、澪は息子の父親を明かすことは無かった。兄妹と颯の三人での生活が始まった。

 生活が落ち着くと、澪は颯の保育園を探し働き始めた。颯が急に体調を崩した時などは旺也が保育園へ迎えに行くこともあった。工房の職人たちは早退する旺也をいつも快く送り出してくれた。近所の人たちも親切で、颯の父親について触れることは無く、澪と颯を受け入れてくれ野菜や果物を差し入れてくれた。

 颯は愛らしく明るい子どもに育った。寡黙で取っ付き難い伯父にも懐いてくれていた。

『颯、兄ちゃんに行ってらっしゃいしておいで』

『おうちゃん、おしごと?』

『おうちゃん、いってらっしゃい!』

 たどたどしく話せるようになった甥は表情の乏しい伯父の頬を緩ませた。こんな風に家族で生きていくのは悪くないと、そう思えていたのに神はどこまでも旺也から家族を奪っていく。




「は?事故?」

 職場で受けた電話は警察からだった。呆然とする旺也を病院に連れて行ってくれたのも、颯を保育園に迎えに行ってくれたのも玄とその妻だった。



「申し訳ありません……っ!」

 旺也に何度も頭を下げたのはまだ若い夫婦だ。彼らの娘が車道に飛び出しそうになったのを澪が庇い、代わりに車と接触してしまった。打ち所が悪く、澪はそのまま儚くなってしまった。二人は震えながら深く頭を下げている。


「……っ、お前たちがっ!お前たちのせいで!」

 こんなにも大きな声を出すことも、怒りが溢れることも今までになかった。


 お前たちが子どもをちゃんと見ていたら、澪は死なないで済んだ。

 お前たちのせいで、澪は死んでしまった。

 俺と颯は澪を、家族を失ったのに、お前たちはこれからものうのうと家族と暮らすのか。


 そうぶつけてやろうとした旺也を玄が押さえ首を振って止めた。分かっている、そんなことを言っても何もならないなんて、彼らを傷付けることが澪の本意ではないなんて。




「……澪を、妹を返してくれ」

 絞り出したその言葉に返事をくれる者はいなかった。


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