ダブル・スタンダード〜亀を助けたら、若返りの魔法を手に入れました〜

ryon*

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出逢い〜Side柳瀬〜

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 バーで男の姿を目にした瞬間。……心臓が、止まるかと思った。

 というのもゲイバーのカウンター席にひとりで座る若い男が、俺が現在密かに想いを寄せる上司の田中さんにあまりにもそっくりだったせいだ。
 とはいえ目の前の男は、間違いなく別人だろう。……まず、年齢からして明らかに違う。

 そんなのは、嫌というくらいよく分かっていた。
 ……なのに、声をかけずにはいられなかった。

「見ない顔だね。ひとり?」

 いつものように軽い口調で、耳元で囁くように聞いた。
 だけどこの声は情けないくらい緊張し、それこそ少しだけ震えていたかもしれない。

 振り向いた男の顔は、びっくりするくらい本当に田中さんにそっくりだった。
 だけど間近で見るとやはりかなり若そうな感じだから、彼であるはずがない。
 それにそもそもの話、こんな場所はどこまでも清廉で真面目なあの人にはあまりにも不釣り合いだし。

 戸惑ったように揺れる、男の瞳。
 それがおかしくてクスリと笑い、彼の隣に腰を下ろした。

「大丈夫? もしかして、もうかなり酔ってる?」

 至近距離で顔を見つめると、彼はなぜか相当驚いたような表情のままフリーズしてしまった。
 だけどすぐに余裕の笑みを浮かべて、彼は媚びるような視線を俺に投げかけ答えた。

「ううん、大丈夫。そこまで酔ってないよ」

***

 結局そのまま男をお持ち帰りをして、ホテルで一夜をともに過ごした。
 彼も楽しんでくれた様子だったから気を良くして、珍しく自分の方から連絡先の交換を求めたというのに男は一瞬また惑うように自然をさまよわせ、それから何を考えているのかよく分からない笑顔で答えた。

「……ごめんなさい、連絡先の交換はすべて断ってるんだ。だからまたあのバーで会えたら、その時はよろしくね」

 それにしても、本当にびっくりするくらいよく似ていたよな。
 声は少し本人よりも高いような気もしたけれど、それでも本物の田中さんを抱いているような錯覚に何度も襲われた。
 しかも首元にある、あのエロいホクロの位置まで同じって……。
 悪い冗談かと思うくらいに、出来過ぎだろ。

 例の男の痴態を思い出し、左右に軽くブンブンと頭を振る。
 そういえば連絡先の交換を断られたショックですっかり忘れていたが、あの男の名はなんというのだろう?
 一夜をともに過ごしたというのに、そんな初歩的なミスにすら気付かないとか。
 ……せめてそれくらいは聞いておくべきだったと、今さらながら後悔した。

 だけど、二度と会えないわけじゃない。
 運が良ければ、あのバーで会うことが出来るに違いない。……彼がまた本当に、来てくれたらという条件付きではあるが。
 
 それにもし会えたとしても、彼の夜のお相手を希望する男なんてはいて捨てるほどいるだろうから、争奪戦は必至だろう。

 いくら田中さんによく似ているからといって、初対面の男相手にこれだけ自分が振り回されているこの状況。
 中々貴重な体験だよなと、ひとり苦笑した。

***

 部長に経費として落とす許可を得たことを理由に、田中さんをランチに誘うことに成功した。
 仕事をだしに使ってとはいえ、彼とふたりでの食事に自分から誘うのははじめてのことだ。
 そのため内心はめちゃくちゃ動揺しまくりだったわけだが、幸い彼にはバレていないらしい。

 フォークでパスタをキレイに巻き取り、口元に運ぶ田中さん。
 そんな些細な仕草ですらも、とてつもなく色っぽい。
 とはいえ本人はそんなこと、まったく無自覚だとは思うけれど。

 しかしそこで、ふと気付く。……バーで出会ったあの男も、笑った時に同じように自分で耳を触る癖があったよなと。

 あまりにも重なる、偶然の一致。それこそふたりが別人だというほうが、無理があるくらいに。
 だけどどう考えても年齢が違うし、真面目な田中さんが見知らぬ男との出会いを求め、あんなバーを訪れるだなんていうことは絶対にありえない。

 目の前に想い人がいるというのに、思考があの男のことでいっぱいになりかけたタイミングで、田中さんに声をかけられた。

「おーい、柳瀬君? 珍しいな、君が考えごとって。だけど早く食べないと、ランチタイムが終わっちゃうよ?」

 戸惑いと動揺はキレイに包み隠して、いつもみたいに笑顔で答えた。

「すみません、つい仕事のことを考えちゃってました」 

 本当はあの男との情事を思い出し、それに田中さんの姿を重ねていたというあまりにも酷い真相は心の奥底にグッとしまい込んだ。

***

 結局あれ以降、時間の許す限り足繁くバーへと通い詰めたのだが、目当てのあの男は現れない。
 あの店ははじめてだと話していたから、もしかしたらもう二度と会えないのかもしれないと諦めかけたタイミングで、彼に再び出会った。

 しかし彼の隣には、案の定別の男が陣取っている。
 そのためどうしたものかと思いあぐねていたら、俺の存在に気付いた彼がパッと椅子から立ち上がった。

「こんばんは。よかった、今夜は会えないかと思った」

 嬉しそうに笑い、俺を見上げる彼の視線。
 なんだよ、ひじりの連れだったのかと忌々しそうに文句を口にしながら、ナンパ男はそそくさと立ち去った。

「こんばんは。ごめん、邪魔しちゃった?」

 本心ではほんの少しも悪いだなんて思っていないくせに、神妙な表情を作り聞いた。
 すると彼は小さくふるふると左右に首を振り、笑顔で応えてくれた。

「ううん。だって僕は、お兄さんに会いに来たから」

 社交辞令だと理性の部分では分かっているはずなのに、彼の言葉に心が揺れ動く。
 俺が好きなのは、上司の田中さんで。……この男は彼の、代用品に過ぎないはずなのに。
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