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執着〜Side柳瀬〜
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太郎と逢瀬を重ねるようになり、あっという間に一カ月が過ぎた。
だけど彼はやはり連絡先の交換や、次の約束を望んではいないように思える。
そのためなんとなく毎週土曜日に、いつものバーで落ち合うのが暗黙のルールとなっているというのが現状だ。
田中さんのことは、相変わらず好きだと思う。
なのに太郎に心惹かれているという宙ぶらりんの状況では、太郎のことを責めるなんて真似、出来るはずもないけれど。
「珍しいな、柳瀬君がため息って。なんか、悩み事?」
移動中の、車の中で。田中さんが、少し心配そうに聞いた。
「あぁ、すみません。少し疲れがたまってるだけなので」
片思い中の田中さんに対して、セフレとの関係についての相談なんて出来るはずもない。
アハハと適当に笑って誤魔化そうとしたタイミングで、田中さんがネクタイを緩めてボタンをふたつほどあけた。
突然の、ラッキースケベ展開。それに思わず目がくぎ付けになったのだけれど、次の瞬間俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃に襲われた。
というのも田中さんの首元に、くっきりと紅いキスマークが見えたからだ。
「えっと……、あの、田中さん? 見えてます……」
直接的ではなく、ぼかして告げた。
なのに色恋沙汰に鈍い彼は、その意味を理解しきれなかったようだ。
そのため俺は少し目のやり場に困って視線を窓の外に向け、今度は彼にもはっきり分かるように伝えた。
「キスマーク。……田中さん、恋人いたんですね」
その言葉に、彼は目に見えて動揺した。その反応に驚き、再び田中さんの方に目を向ける。
すると彼は真っ赤になって、あわてた様子でシャツのボタンを締め直した。
「いや、あの……。これは、違うくて。恋人とかじゃなくて、その……」
「は? 恋人じゃない……?」
ちょうど信号待ちのタイミングだったから車を路肩に停めて、彼の華奢な手首を掴んだ。
「恋人じゃないって、田中さん。まさかその相手って、セフレってことですか!?」
ただの部下でしかない自分には、こんな風に彼を問い詰める権利なんてない。
そんな当たり前が吹っ飛ぶくらいに、彼の言葉は衝撃的だった。
「セフレっていう言い方は、あまり好きじゃない。……少なくとも僕は、彼のことが本気で好きだからね」
ふぅとため息をひとつ吐き、彼は開き直ったように笑った。
「彼、ってことは。……その相手はもしかして、男ですか?」
自身の失言に気付き、彼は顔色を変えた。
「なんだ、そっか。……田中さんも、こっち側の人間だったんですね」
いつも彼の前では、猫を被っていた。でもそれも、もう限界だった。
乱暴に彼の後頭部を掴み、引き寄せてキスをした。
すると田中さんは、必死な様子であがき、俺から逃れようとした。
無理やり舌をねじ込み、さらに貪ろうとしたところで突き飛ばされ、彼は涙目で俺のことを睨み付けたまま言ったのだ。
「本当に最低だな、君は。……今夜のことは、忘れてやる。だけどもう二度とこんな真似、僕にはしないでくれ」
そのまま彼は唖然とする俺を放置したまま車を降りて、ちょうど通りかかったタクシーに向かい手をあげた。
***
その翌日。職場での田中さんの態度は、驚くほど普通だった。
だけど俺が謝罪しようとしたら、全力で避けられてしまった。
だから彼にとってあのキスは、完全になかったことにしたい最悪な記憶ということだろう。
でもそれも、当然のことかもしれない。田中さんは相手の男のことを、セフレだなんて言いながら心から愛しているのだろうから。
……俺なら絶対に彼のこと、セフレなんかじゃなく恋人として全力で愛するのに。
その一方で太郎に対しても似たような想いを抱く俺に、そんなことを言う権利がないということは嫌ってくらいよく分かっているけれど。
金曜の夜。太郎はきっといないと知りながら、いつものバーを訪れた。
すると俺の姿を見つけた清将が、嬉しそうに席を立ち声をかけてきた。
「わぁ、聖君だ! 平日に来るの、久しぶりじゃない?」
しなだれかかるようにして、腕に腕を絡める清将。
甘ったるい香水の香りに苛立ちながらも、ひとりでいるよりはマシだと思ったからその腕を振りほどくことなく受け入れた。
「そう? 暇だったしね、清将もひとり?」
「うん、ひとりだよ。一緒に飲も!」
いつもよりも速いピッチで、ウィスキーを飲み進めていく。
すると清将は俺の顔をのぞき込んだまま、少し心配そうに聞いた。
「聖君、大丈夫? さすがにちょっと、飲み過ぎじゃない?」
「うるせぇな。いいだろ、たまには」
クスクスと笑いながら彼の顎先に指をやり、上を向かせてキスをした。
「聖君ったら……」
ほんのり赤くなりながらも、嬉しそうに媚びた笑みを浮かべる清将。
「ねぇ、聖君。……久しぶりに俺と、ホテル行く?」
太郎と出会う前の俺は、この男と何度も関係を持っていた。
どの道太郎は今日ここには来ないと思うと、夜の相手はもう誰でもよかった。
「うん、いいよ。行こっか?」
「わーい、やったぁ! 聖君、大好き!」
俺がクスクスと笑いながら答えると、彼は嬉しそうに抱きついた。
この最悪なタイミングで、バーの扉が開いて。……そこには俺と清将のことを、信じられない目で見つめる太郎が立っていた。
かなり酔っていたせいで鈍った、思考と体。
そのせいで俺が動くより早く清将が席を立ち上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべて太郎に声をかけた。
「あれ? 君、来たんだ。でも、残念だったね。これから俺たち、ホテルに行くところだから」
「……そうなんだ。楽しんできてね」
何を考えているのか分からない、まるで人形のような笑顔でそう言うと、太郎は空いていた席に腰を下ろした。
だけど彼はやはり連絡先の交換や、次の約束を望んではいないように思える。
そのためなんとなく毎週土曜日に、いつものバーで落ち合うのが暗黙のルールとなっているというのが現状だ。
田中さんのことは、相変わらず好きだと思う。
なのに太郎に心惹かれているという宙ぶらりんの状況では、太郎のことを責めるなんて真似、出来るはずもないけれど。
「珍しいな、柳瀬君がため息って。なんか、悩み事?」
移動中の、車の中で。田中さんが、少し心配そうに聞いた。
「あぁ、すみません。少し疲れがたまってるだけなので」
片思い中の田中さんに対して、セフレとの関係についての相談なんて出来るはずもない。
アハハと適当に笑って誤魔化そうとしたタイミングで、田中さんがネクタイを緩めてボタンをふたつほどあけた。
突然の、ラッキースケベ展開。それに思わず目がくぎ付けになったのだけれど、次の瞬間俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃に襲われた。
というのも田中さんの首元に、くっきりと紅いキスマークが見えたからだ。
「えっと……、あの、田中さん? 見えてます……」
直接的ではなく、ぼかして告げた。
なのに色恋沙汰に鈍い彼は、その意味を理解しきれなかったようだ。
そのため俺は少し目のやり場に困って視線を窓の外に向け、今度は彼にもはっきり分かるように伝えた。
「キスマーク。……田中さん、恋人いたんですね」
その言葉に、彼は目に見えて動揺した。その反応に驚き、再び田中さんの方に目を向ける。
すると彼は真っ赤になって、あわてた様子でシャツのボタンを締め直した。
「いや、あの……。これは、違うくて。恋人とかじゃなくて、その……」
「は? 恋人じゃない……?」
ちょうど信号待ちのタイミングだったから車を路肩に停めて、彼の華奢な手首を掴んだ。
「恋人じゃないって、田中さん。まさかその相手って、セフレってことですか!?」
ただの部下でしかない自分には、こんな風に彼を問い詰める権利なんてない。
そんな当たり前が吹っ飛ぶくらいに、彼の言葉は衝撃的だった。
「セフレっていう言い方は、あまり好きじゃない。……少なくとも僕は、彼のことが本気で好きだからね」
ふぅとため息をひとつ吐き、彼は開き直ったように笑った。
「彼、ってことは。……その相手はもしかして、男ですか?」
自身の失言に気付き、彼は顔色を変えた。
「なんだ、そっか。……田中さんも、こっち側の人間だったんですね」
いつも彼の前では、猫を被っていた。でもそれも、もう限界だった。
乱暴に彼の後頭部を掴み、引き寄せてキスをした。
すると田中さんは、必死な様子であがき、俺から逃れようとした。
無理やり舌をねじ込み、さらに貪ろうとしたところで突き飛ばされ、彼は涙目で俺のことを睨み付けたまま言ったのだ。
「本当に最低だな、君は。……今夜のことは、忘れてやる。だけどもう二度とこんな真似、僕にはしないでくれ」
そのまま彼は唖然とする俺を放置したまま車を降りて、ちょうど通りかかったタクシーに向かい手をあげた。
***
その翌日。職場での田中さんの態度は、驚くほど普通だった。
だけど俺が謝罪しようとしたら、全力で避けられてしまった。
だから彼にとってあのキスは、完全になかったことにしたい最悪な記憶ということだろう。
でもそれも、当然のことかもしれない。田中さんは相手の男のことを、セフレだなんて言いながら心から愛しているのだろうから。
……俺なら絶対に彼のこと、セフレなんかじゃなく恋人として全力で愛するのに。
その一方で太郎に対しても似たような想いを抱く俺に、そんなことを言う権利がないということは嫌ってくらいよく分かっているけれど。
金曜の夜。太郎はきっといないと知りながら、いつものバーを訪れた。
すると俺の姿を見つけた清将が、嬉しそうに席を立ち声をかけてきた。
「わぁ、聖君だ! 平日に来るの、久しぶりじゃない?」
しなだれかかるようにして、腕に腕を絡める清将。
甘ったるい香水の香りに苛立ちながらも、ひとりでいるよりはマシだと思ったからその腕を振りほどくことなく受け入れた。
「そう? 暇だったしね、清将もひとり?」
「うん、ひとりだよ。一緒に飲も!」
いつもよりも速いピッチで、ウィスキーを飲み進めていく。
すると清将は俺の顔をのぞき込んだまま、少し心配そうに聞いた。
「聖君、大丈夫? さすがにちょっと、飲み過ぎじゃない?」
「うるせぇな。いいだろ、たまには」
クスクスと笑いながら彼の顎先に指をやり、上を向かせてキスをした。
「聖君ったら……」
ほんのり赤くなりながらも、嬉しそうに媚びた笑みを浮かべる清将。
「ねぇ、聖君。……久しぶりに俺と、ホテル行く?」
太郎と出会う前の俺は、この男と何度も関係を持っていた。
どの道太郎は今日ここには来ないと思うと、夜の相手はもう誰でもよかった。
「うん、いいよ。行こっか?」
「わーい、やったぁ! 聖君、大好き!」
俺がクスクスと笑いながら答えると、彼は嬉しそうに抱きついた。
この最悪なタイミングで、バーの扉が開いて。……そこには俺と清将のことを、信じられない目で見つめる太郎が立っていた。
かなり酔っていたせいで鈍った、思考と体。
そのせいで俺が動くより早く清将が席を立ち上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべて太郎に声をかけた。
「あれ? 君、来たんだ。でも、残念だったね。これから俺たち、ホテルに行くところだから」
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