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Act.10 いざ、敵の本拠地へ

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 とうとう、旅立つときがやってきた。
 俺たちの旅立ちは、目立たないように庭から出発することになった。

 一般平民の、ちょっとくたびれた旅装姿をしている俺とクリストファー様。
 クリストファー様の周りには、仮の姿である小動物姿の四大精霊。
 俺の肩には、結局借りることになった小鳥妖精。名前はパッセル。一時的に仮契約を俺と結んでいる。
 その前に、御館様ご夫妻を初めとしたお屋敷におられるグルシエス家の皆様全員と、使用人と騎士団のほぼほぼ全員が見送りに出ていた。

 ……いや、騎士団のみんなはまだしも、使用人のみんなは持ち場に戻れ!! 本邸・別邸含めて、いない人を数えたら片手で足りるぐらいじゃないか!!
 口には出さないけどさぁ……! みんな心配してくれてんのが分かってるだけにさぁ……! でもさぁ……!!
 という葛藤を抑えていると、御館様が一歩前に出てこられた。もう包帯や治癒魔法は必要ないご様子だ。
 御館様はお体が頑丈な上に、自然治癒力も驚異的だ。ただ全身を打っていたから、大事を取って療養期間を長く取っておられたのだ。

「クリストファー、ディランよ。後顧の憂いは気にするでないぞ。それはわしらが請け負った。二人とも、五体満足でリアンと共に帰還せよ。これはグルシエス家当主としての命令であると同時に、父としての願いでもある」
「はい!」
『ちゅん!』

 御館様のお言葉に、俺とクリストファー様は揃って返答する。俺の肩の上で、パッセルまで返事をしていた。
 その様子に、御館様は一つ頷かれた。次いで、四大精霊達に向き合われた。

「精霊様方。不肖の我が末息子とその剣を、どうかよろしくお願い申し上げる」

 そう仰られたあと、深々と頭をお下げになられた。
 精霊達は御館様のご様子にまんざらでもないようだ。
 特に、クリストファー様の頭の上に乗っているイフリートが、得意げに笑っている。

『おう、まだこいつらにゃあ死なれちゃこちとら困るんでな。危ねえと思ったら手ェ貸すぐれぇのこたァしてやるさァ』

 ……本当だろうな?
 まあ、クリストファー様との契約上、リアンを無事に連れ帰るまでは助力を惜しまない、ってのは本当らしいけど。

「頼りにしてるよ? イフリート」
『へッ、フェニックスの背中に乗ったつもりでドーンと任せときなぁ』

 クリストファー様にそう返事したイフリート。例えが独特だなぁ……。ていうか、実在するんだフェニックスって……。

「クリスちゃん、ディランちゃん~」

 リリアンヌ奥様が、御館様のお隣に進み出てこられた。奥様も、もうお体は大丈夫とのことで、安心した。

「リアンちゃんと、精霊様方やパッセルちゃんと一緒に、ちゃんと無事に帰ってくるのよ~。シェフやメイドたちと一緒に、みんなの大好物のお料理やお菓子をたぁくさん用意して待ってますからね~」

 そのお言葉に見送りの人たちを見渡すと、主に厨房勤めの人たちがニヤリと笑ってきた。
 ……これは、無事に帰ってこないと恨まれそうだな。

「へへ、楽しみだなぁ。ね、ディラン」
「そうですね」
『……さて、人間どもォ、見送りはこの辺にしてもらうぜェ! この調子だといつまでたっても出発出来やしねェ!』

 そう啖呵をイフリートが切ったことで、その場の空気が変わった。
 俺たちはうなずき合う。

「……それじゃあ、父上、母上、みんな、いってきます!」
「サヘンドラの名にかけて、必ず使命を果たして参ります!」

 俺たちは宣言し、礼をする。
 見送り組、特に騎士団の面々から口々に、「いけー!」とか「存分に暴れ倒してこーい!」とかいう声が飛んできた。
 頭を上げると、兄貴と目が合った。俺は思わず目を見開いてしまう。
 ……だって、あの兄貴の目に、光るものがあったんだ。あの兄貴に、だぞ!

「シエレも涙ぐんでる」

 ぽそりと告げられたクリストファー様の囁きに、俺は慌てて母さんの方を見た。

『では、参りましょうか』

 ぶわり、とシルフのつむじ風が俺たちを打ち上げた。
 その刹那、本当に母さんがそっと目元を拭っているのが見えた。
 今、母さんが何を感じて泣いているのか分からない。
 教団騎士団と衝突する可能性がある俺たちの無事を祈ってなのか。
 それとも、他の要因なのか。
 訊いても、きっと素直に教えてはくれないだろう。なら教えてくれるようになるまで、気長に待つさ。

 そんなことを思っていると、あっという間に俺たちは遙か彼方、空にいた。
 シルフは風の四大精霊。空にも深い関わりがある。
 俺たち人間二人と妖精一羽、まとめて【飛翔魔法】で空に飛ばすくらい造作もないことだ。

『小僧、手前ェ覚悟はいいな?』

 イフリートにそう言われる。
 ……俺だって、単独飛行できたら便利かな、と【飛翔魔法】を覚えようと試みたんだ。
 でも、ダメだった。原因は酔うから。
 何でだ!! 魔眼フルオープン視界には慣れたのに!!
 でも、ここでもうぐだぐだ言ってても始まらない。
 シルフが【風属性隠蔽結界魔法】をとっくに発動している。飛んで征くしかないのだ。

「……シルフ、やってください」

 言いながら、俺はクリストファー様にしがみつく。
 クリストファー様以外に縋れる相手がいないから仕方ない。
 役得とばかりにニマニマされようが、仕方ないったら仕方ないのだ。

『……分かりました。体調を崩したらすぐに言ってくださいね。降りる場所がすぐに見つかるとは限りませんから』

 その声を最後に、シルフの力で俺たちは国境付近に向かって飛んでいった。
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