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Act.10 いざ、敵の本拠地へ
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グルシエス邸敷地からフィオベルハムとの国境までは、馬車だと約5日の道のり。
その距離をたった二、三刻、シルフの力で俺たちは飛んだ。
国境の街から徒歩で数時間くらいの場所にある森の中に、俺たちは一旦地上に降りる。
何故って? それはだな……。
「………………」
「ディラン~!! 死なないで~!!」
地面に降り立った瞬間へたり込む俺。そんな俺を見て、抱きつきながらギャン泣きし始めるクリストファー様。
はっきり言おう。クリストファー様の見目が傾国レベルじゃなきゃあ、ただの地獄絵図だ。
『あらあら……。大丈夫? 国境を渡ったらまた私の力で飛ぶのよ?』
小鳥姿のシルフが、地面で俺を見上げる。
……心配してくれるだけありがたい。なんせ他の精霊達は、笑い飛ばしたり、我関せずだったり、完全に無視だったりと、まあ当人からすれば無情と思うような態度だからな。
ここで時間を食っているわけにもいかない。俺は深呼吸しながら体を起こした。
「……大丈夫、ありがとうございますシルフ。……クリストファー様」
「ん……」
未だぐずぐずとしているクリストファー様。
片手を俺の頭に、もう片手を自身の頭にかざした。
ふわりとした<魔法素>の流れを感じたかと思うと、クリストファー様の髪の色がすぐに変化する。
今では廃れたという古代魔法の一種、【幻惑魔法】だ。
「……よし」
「黒髪ですか」
「ディランは暗めの金茶髪にしたよ~」
普段の俺たちと反対だね~、ともの凄く嬉しそうに笑いながら、クリストファー様はもう立ち上がった俺の腕に絡みついてきた。
「……ちなみに、瞳の色は?」
そう訊いてみる。深い紫の瞳で見上げてきたクリストファー様。
いつもと違う色彩、雰囲気ががらりと変わったその姿に、一瞬ぎくりとする。
俺は今、本当にクリストファー様と一緒にいるのかと思って。
「ふふ、ディランの目は青にしたんだ」
いつもの俺とお揃いだね、なんて蕩けるような笑顔で言われるものだから、俺の心臓が思わずどきりと跳ねた。
『おう、小僧ども、準備が終わったんならそろそろ行くぞ』
立ち上がって話をしている俺を見て大丈夫と判断したのか、イフリートが言う。
ウンディーネもひらりとクリストファー様の側に寄り、シルフはクリストファー様の肩の上に留まる。
ノームはめちゃくちゃなジャンプ力で俺の背にしがみついた後、頭によじ登ってきた。
パッセルは変わらず俺の肩の上から動いていない。
俺たちはこくりと頷いた。
クリストファー様が左袖をめくる。手首には、魔鉱銀素材の細身のバングルが嵌まっている。
「じゃ、発動するよ」
俺も頷いて、左のガントレットの手首内側に収納されている同じバングルを露出させる。
このバングルは、イリーナ様とクリストファー様が共同開発した魔導具だ。
イリーナ様は自分のゴーレムを全機破壊、クリストファー様は俺を一瞬殺された。その恨みは相当だったらしく、二人揃って「アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」と悪魔のような高笑いを上げながら開発した力作だ。
……屯所全体にその高笑いが轟いていたから、お化けや怪談が苦手な団員のトラウマになったらしい。……なんかごめん。
バングルには、丸印に一つの矢印が入っていくマークと、逆に矢印が出ていくマークとが刻印されている。
矢印が入っていくマークに指をあてながら、俺たちは揃って詠唱した。
「【魔力封印、90%】」
印が光る。
瞬間、魔力神経の弁が次々に閉じていく感覚がきた。魔力が閉じ込められ、押さえ込まれるようなそれ。
だが、長々とは続かずにすぐ収まる。同時に印の輝きが収まった。
俺は周囲を見渡す。それまで肌感覚で分かっていた<魔法素>や<属性>が読み取りづらくなった。
「……よし、魔道具もバッチリ。これで、俺たちはどこから見ても一般人だ」
クリストファー様も同様のようで、すぐに袖を元に戻していた。
「はい。まさか俺たちの鍛錬が終わるまでに仕上げてくださるとは思っていませんでした」
「イリーナ義姉上は場所が場所なら、絶対国の歴史に残るほどの魔道具技師だからね。……まあ、俺の無茶な要望を通した分、合間の発狂具合も凄かったけど」
「……ははは」
……そう。高笑いを上げながら、クリストファー様はイリーナ様にこれでもかとばかりに、この魔力封印具に機能付与を依頼し倒した……らしい。
数回分の上級魔法が打てる魔力を貯めておく緊急用魔力タンク。不意の攻撃のために三回だけ物理攻撃・魔法攻撃をはじき返す【反射魔法】発動機能。俺たちが行動しやすいように相手の印象に残りにくい・残ったとしてもぼんやりとしか記憶できない【隠形魔法】オート発動。などなど……。
とにかく、イリーナ様の恨みと知的好奇心、クリストファー様の恨みと俺に傷一つでもつけさせないという蛇のような執念で、この魔力封印魔道具は出来上がっている。
さっきの怪談が苦手な団員が、俺のガントレットを見た瞬間、「怨念ッッッッ!!!?」と隣の団員に飛び上がってしがみついたのは、到底忘れられない。
背後に迫る天敵に気づいた小動物みたいでな……。当人、身長180セトルくらいあるのに……。
……いや、お二人の怨念と執念の塊と言っても過言じゃないかもしれない、これ。
そう思ってしまい、思わず乾いた笑みが出てしまった。
「よし、デネブラ義姉上や皆からの支援物資もオールオッケー! そろそろ行こっか」
マジックポーチの中身を確認していたクリストファー様が言った。これは平民向けの値段の巾着袋に見た目を偽装している。
ちなみに、何故クリストファー様がマジックポーチを携帯しているのかというと、人前でクリストファー様自身の【空間収納魔法】なんか使えないからだ。亜空間展開時の魔力痕跡で、一発でクリストファー様の実力がバレる。
そこで、俺とクリストファー様は今回、クリストファー様の【空間収納魔法】と亜空間を共有しているマジックポーチを持つことになった。
これの調整でも、イリーナ様の雄叫びが騎士団屯所をつんざいたのは言うまでもない。……今度、何かの形でお礼を弾まなくては……。
さて、そろそろ街に入っておきたいのは俺も同じだ。
肯定の旨を返答し歩き始めようとしたとき、「あ、そうだそうだ」とクリストファー様が俺に言った。
「ここからは用意してもらった旅券の名前で呼び合おうね。あとため口!」
……ああ。とうとう、あの設定を発動するときが来たか……。
クリストファー様の頭上と肩上で、他人に見えないように姿を消した三精霊が、ニヤニヤと俺を見てくる。
……俺は、深い深ーいため息をついた。
「……おう」
……虚無の声が出た気がする。
でもクリストファー様は輝く笑顔。
がっし、と俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「よ~し。じゃ行こっかシグルド!」
「……ああ、リーヴ」
……さて、行くか……。
その距離をたった二、三刻、シルフの力で俺たちは飛んだ。
国境の街から徒歩で数時間くらいの場所にある森の中に、俺たちは一旦地上に降りる。
何故って? それはだな……。
「………………」
「ディラン~!! 死なないで~!!」
地面に降り立った瞬間へたり込む俺。そんな俺を見て、抱きつきながらギャン泣きし始めるクリストファー様。
はっきり言おう。クリストファー様の見目が傾国レベルじゃなきゃあ、ただの地獄絵図だ。
『あらあら……。大丈夫? 国境を渡ったらまた私の力で飛ぶのよ?』
小鳥姿のシルフが、地面で俺を見上げる。
……心配してくれるだけありがたい。なんせ他の精霊達は、笑い飛ばしたり、我関せずだったり、完全に無視だったりと、まあ当人からすれば無情と思うような態度だからな。
ここで時間を食っているわけにもいかない。俺は深呼吸しながら体を起こした。
「……大丈夫、ありがとうございますシルフ。……クリストファー様」
「ん……」
未だぐずぐずとしているクリストファー様。
片手を俺の頭に、もう片手を自身の頭にかざした。
ふわりとした<魔法素>の流れを感じたかと思うと、クリストファー様の髪の色がすぐに変化する。
今では廃れたという古代魔法の一種、【幻惑魔法】だ。
「……よし」
「黒髪ですか」
「ディランは暗めの金茶髪にしたよ~」
普段の俺たちと反対だね~、ともの凄く嬉しそうに笑いながら、クリストファー様はもう立ち上がった俺の腕に絡みついてきた。
「……ちなみに、瞳の色は?」
そう訊いてみる。深い紫の瞳で見上げてきたクリストファー様。
いつもと違う色彩、雰囲気ががらりと変わったその姿に、一瞬ぎくりとする。
俺は今、本当にクリストファー様と一緒にいるのかと思って。
「ふふ、ディランの目は青にしたんだ」
いつもの俺とお揃いだね、なんて蕩けるような笑顔で言われるものだから、俺の心臓が思わずどきりと跳ねた。
『おう、小僧ども、準備が終わったんならそろそろ行くぞ』
立ち上がって話をしている俺を見て大丈夫と判断したのか、イフリートが言う。
ウンディーネもひらりとクリストファー様の側に寄り、シルフはクリストファー様の肩の上に留まる。
ノームはめちゃくちゃなジャンプ力で俺の背にしがみついた後、頭によじ登ってきた。
パッセルは変わらず俺の肩の上から動いていない。
俺たちはこくりと頷いた。
クリストファー様が左袖をめくる。手首には、魔鉱銀素材の細身のバングルが嵌まっている。
「じゃ、発動するよ」
俺も頷いて、左のガントレットの手首内側に収納されている同じバングルを露出させる。
このバングルは、イリーナ様とクリストファー様が共同開発した魔導具だ。
イリーナ様は自分のゴーレムを全機破壊、クリストファー様は俺を一瞬殺された。その恨みは相当だったらしく、二人揃って「アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」と悪魔のような高笑いを上げながら開発した力作だ。
……屯所全体にその高笑いが轟いていたから、お化けや怪談が苦手な団員のトラウマになったらしい。……なんかごめん。
バングルには、丸印に一つの矢印が入っていくマークと、逆に矢印が出ていくマークとが刻印されている。
矢印が入っていくマークに指をあてながら、俺たちは揃って詠唱した。
「【魔力封印、90%】」
印が光る。
瞬間、魔力神経の弁が次々に閉じていく感覚がきた。魔力が閉じ込められ、押さえ込まれるようなそれ。
だが、長々とは続かずにすぐ収まる。同時に印の輝きが収まった。
俺は周囲を見渡す。それまで肌感覚で分かっていた<魔法素>や<属性>が読み取りづらくなった。
「……よし、魔道具もバッチリ。これで、俺たちはどこから見ても一般人だ」
クリストファー様も同様のようで、すぐに袖を元に戻していた。
「はい。まさか俺たちの鍛錬が終わるまでに仕上げてくださるとは思っていませんでした」
「イリーナ義姉上は場所が場所なら、絶対国の歴史に残るほどの魔道具技師だからね。……まあ、俺の無茶な要望を通した分、合間の発狂具合も凄かったけど」
「……ははは」
……そう。高笑いを上げながら、クリストファー様はイリーナ様にこれでもかとばかりに、この魔力封印具に機能付与を依頼し倒した……らしい。
数回分の上級魔法が打てる魔力を貯めておく緊急用魔力タンク。不意の攻撃のために三回だけ物理攻撃・魔法攻撃をはじき返す【反射魔法】発動機能。俺たちが行動しやすいように相手の印象に残りにくい・残ったとしてもぼんやりとしか記憶できない【隠形魔法】オート発動。などなど……。
とにかく、イリーナ様の恨みと知的好奇心、クリストファー様の恨みと俺に傷一つでもつけさせないという蛇のような執念で、この魔力封印魔道具は出来上がっている。
さっきの怪談が苦手な団員が、俺のガントレットを見た瞬間、「怨念ッッッッ!!!?」と隣の団員に飛び上がってしがみついたのは、到底忘れられない。
背後に迫る天敵に気づいた小動物みたいでな……。当人、身長180セトルくらいあるのに……。
……いや、お二人の怨念と執念の塊と言っても過言じゃないかもしれない、これ。
そう思ってしまい、思わず乾いた笑みが出てしまった。
「よし、デネブラ義姉上や皆からの支援物資もオールオッケー! そろそろ行こっか」
マジックポーチの中身を確認していたクリストファー様が言った。これは平民向けの値段の巾着袋に見た目を偽装している。
ちなみに、何故クリストファー様がマジックポーチを携帯しているのかというと、人前でクリストファー様自身の【空間収納魔法】なんか使えないからだ。亜空間展開時の魔力痕跡で、一発でクリストファー様の実力がバレる。
そこで、俺とクリストファー様は今回、クリストファー様の【空間収納魔法】と亜空間を共有しているマジックポーチを持つことになった。
これの調整でも、イリーナ様の雄叫びが騎士団屯所をつんざいたのは言うまでもない。……今度、何かの形でお礼を弾まなくては……。
さて、そろそろ街に入っておきたいのは俺も同じだ。
肯定の旨を返答し歩き始めようとしたとき、「あ、そうだそうだ」とクリストファー様が俺に言った。
「ここからは用意してもらった旅券の名前で呼び合おうね。あとため口!」
……ああ。とうとう、あの設定を発動するときが来たか……。
クリストファー様の頭上と肩上で、他人に見えないように姿を消した三精霊が、ニヤニヤと俺を見てくる。
……俺は、深い深ーいため息をついた。
「……おう」
……虚無の声が出た気がする。
でもクリストファー様は輝く笑顔。
がっし、と俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「よ~し。じゃ行こっかシグルド!」
「……ああ、リーヴ」
……さて、行くか……。
応援ありがとうございます!
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