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Act.10 いざ、敵の本拠地へ

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「は?」

 急に何の詫びか分からないことを言われ、俺は思わず立ち止まった。
 それにあわせてカルムも立ち止まる。
 ひたりと、濃灰色の目で見つめてきた。

「……俺はさ、お前にちょっとばかり嫉妬してたんだ」

 ……ん?

「お前は昔っからクリストファー様の魔力制御の余波で結構な怪我をしてたな。それこそ、2、3歳のチビが負うようなモンじゃない大怪我も含めてだ。なのにお前は、それを全部笑顔で受け入れてた。痛いって泣き喚くことも、家族に泣きつくことも、クリストファー様を嫌うことも怖がることもなくな」
「……当たり前だろう。クリストファー様が俺のことを自分の唯一だと選んでくださったように、俺にとってもクリストファー様は当時からそういう存在だったんだから」
「俺には、それが到底信じられなかった」

 ざぁ……、と風が吹く。

「正直、俺はグルシエスの方付きになるには、覚悟も忠誠心も足りないほうだろうな。頭領殿やヒューゴ兄ぃのようにガキの頃から覚悟が決まってるわけでもなけりゃ、お前のようなナチュラルボーン狂人でもねえ。ただ、選ばれたから。それだけでデイヴィッド様に仕えてるんだ」

 ……こいつ今、俺のこと精神異常者扱いしなかったか?

「それと同時に、羨ましいとも思った。俺もお前ぐらいの忠誠心がありゃあ、息苦しくなかったのかな、ってよ……」
「……俺たちサヘンドラの者にとっては、グルシエス家の方に自分の専属として選ばれることは何よりの誇りだろ。カルムはそうじゃなかったってのか?」
「……俺は広い世界を見てみたかった。だから、自由に飛び回れる風属性の妖精と契約出来たのかもな」

 俺は何も言えなかった。
 俺が自分の力不足に子供の頃からずっと悩んでいる間、コイツはコイツで悩みを抱えていたんだな……。

「まあ、そんな考えもすぐに吹っ飛んだよ。なんせ、俺よりもチビのお前が、瀕死の怪我が治ってすぐに戦う力を身につけたいだのなんだのって、大人の騎士団員に混じって大人用の訓練しようとしてたんだからな」
「ああ、そんなこともあったなあ。若気の至りだったよ」
「……あの時期のことをそれだけで済まそうとするから、お前は狂人だって言われんだよ」
「そんなことないだろ、何言ってんだよ」

 本当に失礼な話だ。それに、珍しく両親が取り乱しまくって、泣いてるのか怒ってるのか分からないテンションで説教してきたから、俺は年齢に合わせた訓練を受けることに同意したってのに。

「……お前より年上の連中サヘンドラ一族は、お前が危なっかしくて見ていられなかったんだよ。……グルシエス家の方々には、俺たちみたいなすぐ側に控えて守る侍従だけじゃなくて、影から護衛する奴らもいるってのは知ってると思うが」
「ああ」
「お前とクリストファー様に至っては、お前らがガキの頃から今に至るまでずっと、通常の倍の人数が割かれてんだ」

 そう。見張りのつもりか、ふとした拍子で俺とクリストファー様の魔力が暴走したときに備えてすぐに殺せるようにか、今もずっと見えないところか俺に視線を送り続けてる人たちがいる。
 騎士団諜報部隊の人たちだと思うんだが、未だにその人数は減らない。
 だから思わず、皮肉をこめて言ってしまった。

「俺かクリストファー様か、どちらかが魔力暴走で自我を失い暴れ始めた場合に備えてか?」

 まあ、そうなるつもりはないが、あらゆる事態を想定しておくのは重要だ。だからこその備えと言えるのだろうし。
 ふと、カルムと、何故かその頭の上に移動した小鳥妖精が揃って俺を、苦味を囓らされたような顔で見ているのに気づいた。

「……なんだよ」
「……そうじゃねえんだよ。お前らを危険人物として見張ってるんじゃねえ」

 わしゃっ、とカルムは俺の頭を無遠慮に撫でてきた。

「お前らが自分自身をぶっ壊す程の無茶をやらかさないか、それが心配でみんな見張ってるんだよ」
「……は?」

 わしゃわしゃとカルムは俺の髪をめちゃくちゃにしながら続ける。
 ていうか、初めて聞いたんだが!?

「お前はガキの頃からずっとむちゃくちゃな鍛錬ばかりしてやがるし、クリストファー様は教会騎士団にやられてからずっと、今にも連中を殺しに行きかねねえような雰囲気全開だしよぉ……。気が気じゃなかっただけなんだよ」

 ぱすんぱすん、と俺の頭を軽く叩くカルム。その表情は、いつもの雰囲気じゃなかった。

「いつもは冷静沈着なはずの連中が、寄ってたかってお前らの周囲に危険がないか見張ってんのは、お前らが愛されてるって証拠だよ」

 ……なあ、その視線の中には、お前や兄貴も混ざってたときがあったんだけど。
 お前も兄貴も、俺のこと、疎ましく思ってはなかったってことなのか……?

「……まあ、そういうわけで、な。俺の隊での姉御分がさぁ……お前の妖精貸してやれってクッソうるさかったんだよ」

 それだけ言うと、ふいとそっぽを向いてさっさと歩き出したカルム。
 だけど、耳が赤くなっているのが見えた。
 ……そうか。監視されてるのかと思ってたけど、心配されてたのか、俺。
 多分、俺の始めてにして二番目三歳の頃の大失態の後から、ずっと。

「……心配してるならしてるって、素直に言えばいいのにな」

 思わず、そう呟いてしまう。
 早く来いよオメー! って叫んでるカルムの様子からして、絶対俺の前では言わないんだろうけど。
 ……でも、何でだろうな。妙に嬉しいのは。
 空を見上げると、もう夏の抜けるような青空になりつつあった。
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