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出会い編
4.裏切り者
しおりを挟む「こら、ジン!待ちなさい。」
遠くから男の声が聞こえてくる。
声が聞こえてもしばらく歩いていた美云は今日で何回目か分からないため息をつくと後ろを振り返る。
少し後ろに先ほどの男性が。自分の足元にはフリスビーを咥えてうれしそうにしている犬が佇んでいる。
あまりにもうれしそうにしているものだから、咥えてるフリスビーを受け取って男性の方へ投げてやろうかと思ったけど、キレイに投げる自信が無くて、男性が追い付くまで立ち止まって待つことにした。
「もう。なんで・・・」
「いつもこうなんですか?」
「ええ。いつも私はフラれるんです。」
「えっ?」
「いえ、なんでも。いつもは遊びに夢中になるんですけど・・・もしかしたら貴女を心配して付いていったのかもしれません。」
ジンが咥えていたフリスビーを受け取ると獅朗はそれをリュックにしまい歩き始める。その後を追うようにジンが付いていく。
先を歩いていた美云を追い越し、数歩歩いてから後ろの美云を振り返る。
「下山しないんですか?」
「・・・します。」
サングラスで隠れているけれど、少しうんざりしたような声で女性が答えると獅朗はクスリと笑ってから再び歩き始める。
しばらくしてから振り向くと、恨めしそうな雰囲気で女性が数歩後ろを歩いている。
時々、ジンが女性にちょっかいを出しに後ろに行くたびに女性が遊んでくれているようだから、彼女は犬が嫌いと言う訳ではなさそうだ。
と言うことは、嫌われてるのは己か?
女性に好かれたり気に入られたりすることは多いけど、嫌われるのはあまり無いんだけどなぁと前を向いたまま新鮮な経験にニヤニヤする。
特に会話もなく二人と一匹は黙々と歩き続けるが獅朗はこの沈黙は嫌いではなかった。
………
なぜか見ず知らずの男性の犬に好かれてしまった美云は、時折りじゃれつきにやってきては主人の元へ戻る犬をかわいいと思っている自分に驚く。
よし。靴をあさっての方向に持っていったことは許してあげよう。許してあげる代わりに写真を一枚撮らせてもらおうとスマホをポケットから取り出す。
今のところ犬は主人の足にじゃれつき遊んでもらってるようなのでこちらに来る気配は無さそうだ。
だからといって、主人ごと写真を撮るのは気が進まない。なぜなら美云はイケメンが苦手だからだ。
過去の苦い記憶をふと思い出す。遠い昔の片想いの相手はそれはそれはハンサムだった。関係を持ったあとにあっさりフラれてしまったけれど。。。そんなことを思い出したくてここに来たわけではないのに。
嫌な記憶を振り払うように頭を左右に振っていると犬がこちらにやって来る姿が見えた。
よし、シャッターチャンスだとばかりに、うれしそうにこちらにやって来る犬の写真を撮るとパシャリとシャッター音が響く。
しまったと思っても後の祭りで、前方を恐る恐る見てみると、こちらを振り向いてクスリと笑っている視線とぶつかった。
うっ。
見られたことは恥ずかしかったけど、もうやけくそだと言わんばかりに犬を撫でさする。撫でられるのが好きなのか犬が落ち葉の上に寝転びお腹を見せてきた。
「お腹、さすってあげて下さい。」
数歩前から男性の声が聞こえた。えっ?と思い、そちらを見れば男性がにっこりと微笑んでいる。うっ。優男の笑顔とか罪過ぎる。
「ジンは貴女のことが好きみたいなので、さすってあげて下さい。」
美云はジンと呼ばれた犬を見下ろし、思いの丈を込めてお腹をさすってやった。
………
そろそろ登山口に着く頃だろう。獣道から整備された道に変化した道を歩きながら獅朗は思った。
朝、登ってくる時は、駐車場には己の車しか停まっていなかった。この女性はどうやってここまで来たんだろう?バスで来たのだろうか?だがバス停らしきものは見えなかったなぁと、なぜか女性の足(移動手段)を心配する。
おそらく聞いても答えてくれなそうな気がする女性を振り向けば、完全に飼い主を交換する気でいるのかジンがずっとまとわりついていた。
「ジン!おいで。」
それからしばらくジンと共に歩いていると、とうとう登山口に戻ってきた。
ふと駐車場を見ると、獅朗が停めた車から数台分離れたところに一台の車が停まっているのが見えた。
ププっとクラクションが小さく鳴る。
おや?と思い後ろを振り返ると、女性が弱々しく手を振っている。
カチャと音がして、運転席から男が手を振りながら出てくるのが見えた。
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