迷い猫物語

真宵荘

僕は家を飛び出して一心不乱に走った。
息が切れることも、脚がもつれて転びそうになるのも気にせず走り続けた。

どのくらい走っただろう。
入り組んだ路地に入った事までは覚えていた。僕はそれからどう進んだんだろうか？
もうクタクタで足を動かすのも辛い。
｢お前も迷い猫か？｣
後ろから声がかけられて慌てて振り向いた。
そこには短めの栗色の柔らかそうな髪に猫の耳のようなくせっ毛が印象的な同い年くらいの女の子が大きな瞳で僕を見つめていた。
｢えと…迷い猫？｣
｢…自分の居場所を見失って困っている人のことだよ｣
声の方を見るとそれほど古くなさそうな二階建てのアパートの階段を降りてきた黒よりちょっとだけ明るい髪の色をした少しチャラそうだけど、嫌な感じはしない青年がそう言いながら僕の方へやって来た。
確かに僕に居場所はなかった。
家にも。学校にも。
でもどうしてこの人たちはその事を知っているのだろう？
｢そんな目で見ないでくれよ｣
と青年は肩をすくめた。
｢ここは迷い猫たちが行き着く場所なんだ｣
彼は続ける。
｢いろんな迷い猫が居場所を求めていつの間にかたどり着く。そういう所だよ｣
二人は口を揃えて言った。
｢ようこそ！真宵荘へ！｣