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UMA男子に懐かれているようです? 本編
#1 伊狩沙和は、昼休みも推し活で忙しい。
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#1 伊狩沙和は、昼休みも推し活で忙しい。
広い社員食堂、窓際の隅のテーブル。
少し影になるぶん、かえって落ち着くその席。
そこが、経理課所属、入社8年目の社員、伊狩沙和の定位置である。
「あー、お腹空いたっ」
沙和は自作の弁当の包みを開きながら、思わず呟いた。いや、呟きと言うには声は大きいが。
今の社食はそれほど混んでいない。ピークタイムは12時から13時だ。
出勤時間はフレックス制も導入されているので、昼休憩も個人と仕事のペースで取ることになっているのだが、多くの人が正午頃に休憩をとっている。
ただ沙和はゆったりと1人で過ごしたい。なので、時間をわざとずらし、13時過ぎから休憩を取ることにしていた。
――お昼食べながら、推しの動画見られるの最高!
沙和は、習慣の推し動画鑑賞をしながら弁当をつつく。顔がにやけそうになるのを抑えながらだから、少し大変だ。
CMに入り、ふと視線を上げると、視界の端に見慣れた人が映った。
――天宮くんだ
同じ経理課の後輩、天宮淳平が、ちょうど沙和の対角線上に座って昼食を食べていた。癖のない長めの前髪が、四角いメガネにかかっている。彼もスマホを見ながら食べていて、こちらに気づく様子はない。
――休憩中だもん。話しかけないほうがいいよね
休憩は就業時間外だ。個人の自由であるべきだと、沙和は思っている。
だから、互いにリラックスしようねと心の中でうなずきながら、沙和は推し動画の世界へ再び没頭していった。
翌日の昼食時、沙和はまた13時に社食のいつもの席に落ち着いた。弁当を出して、スマホをスタンドで立て、推し鑑賞の準備は万全である。
社食は休憩室も兼ねている。格安で様々なメニューを食べることができるが、沙和は弁当派だ。
その理由はただ一つ。少しでも出費を減らして推し活に使いたい。世の中の多くのオタクなら同感してくれるであろうその動機に、親友でルームシェアをしている透子には、『その情熱には感服するわ』と呆れながら言われたことがある。
――透子だって推しができれば絶対分かってくれると思うんだけどなあ
透子にも趣味はあるが、沙和とは方向性が全く異なる。沙和の趣味が、興味のある第三者に対する投資であるなら、透子の趣味は自分への投資である。
『えー、じゃあ透子は疲れた時どうやって自分を癒すの?』
『ん? 駒を持てば疲れなんて忘れるわよ』
『え、分からん』
透子の趣味は将棋だ。小学生の頃からやっていると言っていた。よく将棋サロンへも通っていて、その中でどうしても勝てない相手がいると悔しそうに沙和に話していた。
――方向は全然違うけど、打ち込める趣味があるのはいいことだよね
さて、と沙和はいつものように動画鑑賞をしようと、再生ボタンに手を伸ばした瞬間、視界にまたあの姿が映った。
「天宮くん」
今回は思わず口に出していた。昨日も同じテーブルで、今日もまた同じテーブルに座っていた。10人がけの広いテーブル、1番窓際に沙和、窓際から3番目の向かいに天宮淳平がいた。
「あ……どうも」
沙和の声に気づいたのか、天宮が頭を下げる。通路側の端の席、つまり昨日天宮が座っていた席には、他の社員が座っていた。
天宮に軽く手を振り、沙和はスマホに目を戻した。
――天宮くんもここのテーブルが好きなのかな?
端っこだし、何となく居心地がいいもんねと一人で納得し、今日も今日とて推しの姿に癒される一時を送るのであった。
休憩後に自分のデスクへ戻ると、天宮は既に席についていた。天宮と沙和は、デスクが隣同士である。
中途で半年前に採用された天宮の指導担当として沙和がついていたので、隣同士になったのだ。
今現在も、沙和の補佐をしてもらっている。
「天宮くん、同じテーブルだったね」
「伊狩さんはいつもあそこですよね」
「えっ? 知ってたの?」
「はい。毎回幸せそうにスマホ眺めているので、声かけそびれてました」
――エエエエエエ!!
心の叫びを抑えるのに長けているのは、オタクの特性だ。心臓がドキドキと早打ちしていながらも、沙和は表面上、天宮に微笑んだ。
「あそこのテーブル、落ち着くから、顔も緩んじゃうのかも」
「それは分かります」
「うふふ、だよねー」
――よし、動画の内容は突っ込まれなかった!
オタクであることを会社では隠しているのだ。隠しているなら観るなというツッコミが透子から来そうだが、推しを補充せずにはいられない。これはオタクのサガだ。仕事の疲れは推しで発散するに限る。
ニコニコしていたら、天宮も口角を上げて微笑み返してくれたように見えた。あまり表情を動かさないこの後輩は、何を考えているのかわからないことがある。
不気味、とまではいかない。彼はとても真面目に仕事に取り組んでいるし、指導をしていても素直で、覚えが早かった。
ただ不思議なことはあったかなと、沙和は思い返した。
天宮に作業を手伝ってもらおうと、声をかけようとして隣を見ると、天宮もちょうど沙和を見ていたとか。
残業で遅くなった帰りに、飴をあげたことがあった。また翌日残業になって、今度は天宮がチョコを持っていたので『ちょうだい』と言ったら、『仕方ないですね』と返された。
――『昨日飴あげたのに~!』って言ったら、結局くれたんだっけ
でも他の日には普通にくれたり、反応がまちまちでよく分からない。気分屋ともちょっと違う。
そんな、なかなかつかみどころのない天宮を、例えて言うなら。
「結論、天宮くんはUMAだと思うの」
「あんたのその突飛な発想嫌いじゃないけど、別に『未確認』ではないでしょうに」
「『未確認』だよ! 本当何を考えているのかって部分が!」
形の良い唇を持ち上げて、透子が笑った。時間が合う時は夕飯を一緒に食べながら、色々と話をする。ルームシェアをしていると、話したいときにすぐ話せる、そんな利点がある。
「害はなさそうだから別にいいんじゃない?」
「それはそうなんだけど-。むしろ仕事ではプラスにしかならない。マジ優秀」
「んじゃネタ枠で可愛がっておけば? それこそUMAなんだから。まあ、沙和は指導役だったんだから、懐かれててもおかしくないよ」
「ん? 懐かれてる? からかわれてるっぽいのに?」
ぽい、というのは、天宮がどこまで本気で言っているのか分からないからである。
「あー、うん、まあ頑張りなさい。色々と」
「そうだね。UMAの考えてること何なのか、理解できるように頑張るよ! 先輩だから意図を汲んであげないとね!」
透子に話すと、いつも良いアドバイスをもらえる。気合いを入れて拳を握り締めると、なぜか透子は呆れ顔をしていた。
広い社員食堂、窓際の隅のテーブル。
少し影になるぶん、かえって落ち着くその席。
そこが、経理課所属、入社8年目の社員、伊狩沙和の定位置である。
「あー、お腹空いたっ」
沙和は自作の弁当の包みを開きながら、思わず呟いた。いや、呟きと言うには声は大きいが。
今の社食はそれほど混んでいない。ピークタイムは12時から13時だ。
出勤時間はフレックス制も導入されているので、昼休憩も個人と仕事のペースで取ることになっているのだが、多くの人が正午頃に休憩をとっている。
ただ沙和はゆったりと1人で過ごしたい。なので、時間をわざとずらし、13時過ぎから休憩を取ることにしていた。
――お昼食べながら、推しの動画見られるの最高!
沙和は、習慣の推し動画鑑賞をしながら弁当をつつく。顔がにやけそうになるのを抑えながらだから、少し大変だ。
CMに入り、ふと視線を上げると、視界の端に見慣れた人が映った。
――天宮くんだ
同じ経理課の後輩、天宮淳平が、ちょうど沙和の対角線上に座って昼食を食べていた。癖のない長めの前髪が、四角いメガネにかかっている。彼もスマホを見ながら食べていて、こちらに気づく様子はない。
――休憩中だもん。話しかけないほうがいいよね
休憩は就業時間外だ。個人の自由であるべきだと、沙和は思っている。
だから、互いにリラックスしようねと心の中でうなずきながら、沙和は推し動画の世界へ再び没頭していった。
翌日の昼食時、沙和はまた13時に社食のいつもの席に落ち着いた。弁当を出して、スマホをスタンドで立て、推し鑑賞の準備は万全である。
社食は休憩室も兼ねている。格安で様々なメニューを食べることができるが、沙和は弁当派だ。
その理由はただ一つ。少しでも出費を減らして推し活に使いたい。世の中の多くのオタクなら同感してくれるであろうその動機に、親友でルームシェアをしている透子には、『その情熱には感服するわ』と呆れながら言われたことがある。
――透子だって推しができれば絶対分かってくれると思うんだけどなあ
透子にも趣味はあるが、沙和とは方向性が全く異なる。沙和の趣味が、興味のある第三者に対する投資であるなら、透子の趣味は自分への投資である。
『えー、じゃあ透子は疲れた時どうやって自分を癒すの?』
『ん? 駒を持てば疲れなんて忘れるわよ』
『え、分からん』
透子の趣味は将棋だ。小学生の頃からやっていると言っていた。よく将棋サロンへも通っていて、その中でどうしても勝てない相手がいると悔しそうに沙和に話していた。
――方向は全然違うけど、打ち込める趣味があるのはいいことだよね
さて、と沙和はいつものように動画鑑賞をしようと、再生ボタンに手を伸ばした瞬間、視界にまたあの姿が映った。
「天宮くん」
今回は思わず口に出していた。昨日も同じテーブルで、今日もまた同じテーブルに座っていた。10人がけの広いテーブル、1番窓際に沙和、窓際から3番目の向かいに天宮淳平がいた。
「あ……どうも」
沙和の声に気づいたのか、天宮が頭を下げる。通路側の端の席、つまり昨日天宮が座っていた席には、他の社員が座っていた。
天宮に軽く手を振り、沙和はスマホに目を戻した。
――天宮くんもここのテーブルが好きなのかな?
端っこだし、何となく居心地がいいもんねと一人で納得し、今日も今日とて推しの姿に癒される一時を送るのであった。
休憩後に自分のデスクへ戻ると、天宮は既に席についていた。天宮と沙和は、デスクが隣同士である。
中途で半年前に採用された天宮の指導担当として沙和がついていたので、隣同士になったのだ。
今現在も、沙和の補佐をしてもらっている。
「天宮くん、同じテーブルだったね」
「伊狩さんはいつもあそこですよね」
「えっ? 知ってたの?」
「はい。毎回幸せそうにスマホ眺めているので、声かけそびれてました」
――エエエエエエ!!
心の叫びを抑えるのに長けているのは、オタクの特性だ。心臓がドキドキと早打ちしていながらも、沙和は表面上、天宮に微笑んだ。
「あそこのテーブル、落ち着くから、顔も緩んじゃうのかも」
「それは分かります」
「うふふ、だよねー」
――よし、動画の内容は突っ込まれなかった!
オタクであることを会社では隠しているのだ。隠しているなら観るなというツッコミが透子から来そうだが、推しを補充せずにはいられない。これはオタクのサガだ。仕事の疲れは推しで発散するに限る。
ニコニコしていたら、天宮も口角を上げて微笑み返してくれたように見えた。あまり表情を動かさないこの後輩は、何を考えているのかわからないことがある。
不気味、とまではいかない。彼はとても真面目に仕事に取り組んでいるし、指導をしていても素直で、覚えが早かった。
ただ不思議なことはあったかなと、沙和は思い返した。
天宮に作業を手伝ってもらおうと、声をかけようとして隣を見ると、天宮もちょうど沙和を見ていたとか。
残業で遅くなった帰りに、飴をあげたことがあった。また翌日残業になって、今度は天宮がチョコを持っていたので『ちょうだい』と言ったら、『仕方ないですね』と返された。
――『昨日飴あげたのに~!』って言ったら、結局くれたんだっけ
でも他の日には普通にくれたり、反応がまちまちでよく分からない。気分屋ともちょっと違う。
そんな、なかなかつかみどころのない天宮を、例えて言うなら。
「結論、天宮くんはUMAだと思うの」
「あんたのその突飛な発想嫌いじゃないけど、別に『未確認』ではないでしょうに」
「『未確認』だよ! 本当何を考えているのかって部分が!」
形の良い唇を持ち上げて、透子が笑った。時間が合う時は夕飯を一緒に食べながら、色々と話をする。ルームシェアをしていると、話したいときにすぐ話せる、そんな利点がある。
「害はなさそうだから別にいいんじゃない?」
「それはそうなんだけど-。むしろ仕事ではプラスにしかならない。マジ優秀」
「んじゃネタ枠で可愛がっておけば? それこそUMAなんだから。まあ、沙和は指導役だったんだから、懐かれててもおかしくないよ」
「ん? 懐かれてる? からかわれてるっぽいのに?」
ぽい、というのは、天宮がどこまで本気で言っているのか分からないからである。
「あー、うん、まあ頑張りなさい。色々と」
「そうだね。UMAの考えてること何なのか、理解できるように頑張るよ! 先輩だから意図を汲んであげないとね!」
透子に話すと、いつも良いアドバイスをもらえる。気合いを入れて拳を握り締めると、なぜか透子は呆れ顔をしていた。
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