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第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
2.7th Trigger-Ⅰ
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「寒くなってきたなぁ……」
すっかり暗くなった公園の畔を歩きながら、防寒具を着込んだ武は独り呟いた。
街灯が少ない道の中、歩道を一人で歩く武は踏みしめる足の感触とたまに通りすぎる車のライトに照らされた部分から、歩道には落ち葉が積もっているのだろうと理解する。
昼間降った雨を落ち葉がまだ下に確保しているのか、空気はどことなく湿っており、冷たい空気と相まって一層寒々しい。
辺りには静寂が広がり、湿った枯葉を踏む足音しか聞こえないため、たまに通る車の音がなければ森の中に居ると錯覚してしまいそうである。
今もまた遠く後ろの方からする車の音が武の意識を引き戻したところだ。
大学からの帰り道、今日の武はいつもはあまりしない居残り勉強なるものをしていたために時刻は夜八時を少し過ぎていた。
普段と違う事をしたというちょっとした気分の高揚からか、遠回りをして帰ってみようという考えに至ってしまった十五分ほど前の自身を少し恨みながら白い息を吐き出す武は、ふと何か気になったようで公園の中に視線を巡らせた。
(まあ、こんな時間に人なんて居ないわな)
事実、人なんて居なかったわけだが、結果的にこの行為が武の運命を決定付けた。
(ッ!?)
唐突になったトラウマを駆り立てる音。
トラックのエアブレーキ特有の空気の抜ける音が武の耳を貫く。
「うおっ……」
公園の方に向けていた顔を反射的に後ろに向けたため、無理に捻ってしまった武の体は足場の悪さも相まっていとも簡単にバランスを崩してしまった。
なんとか踏ん張ろうとする足は二度ほど地面を捉えたが、無情にも湿った落ち葉で滑ってしまう。
むしろ捉えてしまったがためにある程度の推進力を得てしまった体は、何かに引っ張られるように道路へと飛び出してしまった。
(あぁ……これは死んだな……)
耳にはけたましいクラクションの音を、目には眼前に迫るトラックの眩いライトの光を感じながら、そんな場違いな程に冷静な思考を浮かべ、武はゆっくりと目を閉じるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
――ごめんね……。
そんな誰かの声を聞いた気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――
「んぅ…………ん?」
目を閉じてから体感として数秒が経過していた。
左半身には枯れ葉の落ちた地面の感触を感じ、まぶた越しに感じる光は多少柔らかくなったように思う。
肌には幾分か暖かみを感じ、何よりあのけたましいクラクションの音とトラックのエンジン音が聞こえなくなったと理解した辺りで流石に疑問に思い目を開けた。
「…………え?」
自分の周り五メートルほどには枯れ葉が広がり、その先にはまだいくらか枯れ葉を携えた木が、見える限りどこまでも立ち並び、広がっている。
どうやら自分が今いるのは森の中で、木々の間のちょうど枝の重なりの少ない場所のようだ。
陽気も非常に心地よく、日向ぼっこにはもってこいの場所だろう。
「…………昼だ」
そう、自分の頭上には燦々と太陽が輝いているのである。
(どういうことだ……? と、トラックは!? てかここどこだよっ!?)
答えの出ない問いが頭の中を巡る。
(待て、まずは落ち着いて深呼吸だ……よし)
焦って慌てていても現状は変わらないどころか、寧ろ時間を無駄にして状況悪くしてしまうだけだ。
澄んだ森の空気を胸一杯に吸い込んでは吐くという動作を何度か繰り返し、落ち着いたと思ったところで再び思考を開始する。
(取り敢えずまずはここがどこなのか把握しないとだよな……。そのためには道路に出ないと……。実は轢かれた衝撃で気絶した僕をトラックの運転手が死んだと思って山中に遺棄したのかもしれないし)
冷静になったつもりでいたが、そう簡単にこの不可思議な状況下では冷静になれないようで、突拍子も無い思考がさらに頭の中を掻き乱す。
後から思えば、自分の体に痛みが無いという事実にまず気が付くべきであっただろう。
「道路……どっちかな? 携帯は……圏外だし……」
辺りを見回しても、もうあまり葉のついていない木々が存在しているばかりで、一向に手がかりが掴めない。
そんな時、一点に定まることのない自分の視野に一本の折れた枝が飛び込んできた。
「原始的だけど、わりと真っ直ぐだしこいつの倒れた方に進むか。……なんかいい匂いするなこれ」
枝は自分の身長よりも少し高いくらいには長さがあり、重心がどこにあるのかもよくわからず、均等に倒れるかはわからない。
しかし、そんなことを気にしている余裕もないため、早速枝を地面に垂直に立てて手を離してみた。
「……右か」
倒れた枝を拾いなおし、側面についた土や枯れ葉を払い落とす。
今一度枝の倒れた先を見据えるが、見えるのはただ枯れ葉を幾分か携えた木が立ち並んでいる風景だけだ。
「まあもう運に身を任せるしかないか……」
こうして宛もなく香木の枝一本をお供に歩き始めたのであった。
すっかり暗くなった公園の畔を歩きながら、防寒具を着込んだ武は独り呟いた。
街灯が少ない道の中、歩道を一人で歩く武は踏みしめる足の感触とたまに通りすぎる車のライトに照らされた部分から、歩道には落ち葉が積もっているのだろうと理解する。
昼間降った雨を落ち葉がまだ下に確保しているのか、空気はどことなく湿っており、冷たい空気と相まって一層寒々しい。
辺りには静寂が広がり、湿った枯葉を踏む足音しか聞こえないため、たまに通る車の音がなければ森の中に居ると錯覚してしまいそうである。
今もまた遠く後ろの方からする車の音が武の意識を引き戻したところだ。
大学からの帰り道、今日の武はいつもはあまりしない居残り勉強なるものをしていたために時刻は夜八時を少し過ぎていた。
普段と違う事をしたというちょっとした気分の高揚からか、遠回りをして帰ってみようという考えに至ってしまった十五分ほど前の自身を少し恨みながら白い息を吐き出す武は、ふと何か気になったようで公園の中に視線を巡らせた。
(まあ、こんな時間に人なんて居ないわな)
事実、人なんて居なかったわけだが、結果的にこの行為が武の運命を決定付けた。
(ッ!?)
唐突になったトラウマを駆り立てる音。
トラックのエアブレーキ特有の空気の抜ける音が武の耳を貫く。
「うおっ……」
公園の方に向けていた顔を反射的に後ろに向けたため、無理に捻ってしまった武の体は足場の悪さも相まっていとも簡単にバランスを崩してしまった。
なんとか踏ん張ろうとする足は二度ほど地面を捉えたが、無情にも湿った落ち葉で滑ってしまう。
むしろ捉えてしまったがためにある程度の推進力を得てしまった体は、何かに引っ張られるように道路へと飛び出してしまった。
(あぁ……これは死んだな……)
耳にはけたましいクラクションの音を、目には眼前に迫るトラックの眩いライトの光を感じながら、そんな場違いな程に冷静な思考を浮かべ、武はゆっくりと目を閉じるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
――ごめんね……。
そんな誰かの声を聞いた気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――
「んぅ…………ん?」
目を閉じてから体感として数秒が経過していた。
左半身には枯れ葉の落ちた地面の感触を感じ、まぶた越しに感じる光は多少柔らかくなったように思う。
肌には幾分か暖かみを感じ、何よりあのけたましいクラクションの音とトラックのエンジン音が聞こえなくなったと理解した辺りで流石に疑問に思い目を開けた。
「…………え?」
自分の周り五メートルほどには枯れ葉が広がり、その先にはまだいくらか枯れ葉を携えた木が、見える限りどこまでも立ち並び、広がっている。
どうやら自分が今いるのは森の中で、木々の間のちょうど枝の重なりの少ない場所のようだ。
陽気も非常に心地よく、日向ぼっこにはもってこいの場所だろう。
「…………昼だ」
そう、自分の頭上には燦々と太陽が輝いているのである。
(どういうことだ……? と、トラックは!? てかここどこだよっ!?)
答えの出ない問いが頭の中を巡る。
(待て、まずは落ち着いて深呼吸だ……よし)
焦って慌てていても現状は変わらないどころか、寧ろ時間を無駄にして状況悪くしてしまうだけだ。
澄んだ森の空気を胸一杯に吸い込んでは吐くという動作を何度か繰り返し、落ち着いたと思ったところで再び思考を開始する。
(取り敢えずまずはここがどこなのか把握しないとだよな……。そのためには道路に出ないと……。実は轢かれた衝撃で気絶した僕をトラックの運転手が死んだと思って山中に遺棄したのかもしれないし)
冷静になったつもりでいたが、そう簡単にこの不可思議な状況下では冷静になれないようで、突拍子も無い思考がさらに頭の中を掻き乱す。
後から思えば、自分の体に痛みが無いという事実にまず気が付くべきであっただろう。
「道路……どっちかな? 携帯は……圏外だし……」
辺りを見回しても、もうあまり葉のついていない木々が存在しているばかりで、一向に手がかりが掴めない。
そんな時、一点に定まることのない自分の視野に一本の折れた枝が飛び込んできた。
「原始的だけど、わりと真っ直ぐだしこいつの倒れた方に進むか。……なんかいい匂いするなこれ」
枝は自分の身長よりも少し高いくらいには長さがあり、重心がどこにあるのかもよくわからず、均等に倒れるかはわからない。
しかし、そんなことを気にしている余裕もないため、早速枝を地面に垂直に立てて手を離してみた。
「……右か」
倒れた枝を拾いなおし、側面についた土や枯れ葉を払い落とす。
今一度枝の倒れた先を見据えるが、見えるのはただ枯れ葉を幾分か携えた木が立ち並んでいる風景だけだ。
「まあもう運に身を任せるしかないか……」
こうして宛もなく香木の枝一本をお供に歩き始めたのであった。
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