アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―

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第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編

26-A.魂の交差地点-Ⅴ

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「…………あ」

 自身の腹部から伸びる黒々とした爪を見て、遅まきながら状況を理解したアイラの口から漏れたのは、そんな他人事のような感嘆詞と自身の血液であった。

 爪を引き抜かれ、アイラはその場に崩れ落ちる。

「あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛――――」

 サキトは獣のような咆哮を響かせながら動かぬはずの右足で地面を爆発させ、大土竜との距離を一瞬で詰めて、左足で全力の蹴りを放った。
 サキトの捨て身の一撃をくらった大土竜は凄まじい速さで吹き飛び、木に衝突する。
 それと同時にサキトもアイラの隣に落下した。
 元々ボロボロだった両手に加え両脚からも血が吹き出し、その上蹴り際に追加で呪い傷を受けたため、呪印はさらに複雑に絡み合いながら体全体に広がっていく。
 酷い有り様であったが、そんな事はもう関係がなかった。
 サキトは唯一動く顔だけ動かし、隣で口から血を流すアイラを見やる。
 瞳からは雫が零れ落ちた。

「ごめんアイラ、ソフィア……ごめん兄貴、姉ちゃん……俺っ……約束……守れな……守れ、なかったっ……」

「アイラちゃんッ!? サキトくんッ!?」

 四匹の蜜蜂型の魔物の相手を、相棒のロンドと共にしていたソフィアが状況に気がつき、悲痛な声をあげながら駆け寄る。

「ロンド! 『風塵壁』を展開してっ!」

「ピィッ!」

 ロンドが『風塵壁』を展開すると、半径五メートル程の半球状の吹き荒れる風の刃でできた壁が形成される。
 触れたものを風の刃で切り刻み塵に変える、攻撃にも防御にも使える風属性中級魔法『風塵』を、ひたすら周囲に展開させることで外側と内側を隔てる防御術である。
 しかし常に展開し続ける性質上、精霊の魔力量と言えどそう長くはもたないのが欠点である。

 魔力が無くなるとは、つまりは抵抗する力を失うことに他ならないのだが、今のソフィアはそれどころではなかった。

「駄目よアイラちゃんっ……駄目よサキトくんっ……! 死んじゃ駄目! お願い死なないでっ……! 死な……ないでっ……」

 二人を失うかもしれないという恐怖でソフィアの瞳からは涙が溢れ、視界がボヤけるが、それでも諦めず治癒魔法を使い続ける。
 傷を塞ぎ、ひたすらに生命力の回復を図る。
 ソフィアの魔力特性は治癒特化であるため、その治癒能力は常人のそれとは一線を画す効果がある。
 それでもこれだけの傷――致命傷となるといくら治癒特化とは言え助けられる確約はない。
 ソフィアは"自分ならまだ救える筈なのだ"と、信じて祈る他なかった。
 そうしてソフィアがひたすら治癒魔法をかけ始めてからどれほどの時が経ったであろうか――

「…………んぅ……」

 治癒特化であったからか、はたまた祈りが通じたからかはわからないがアイラの顔に僅かに生気が戻る。

「ソフィア……俺はもう良いから……アイラに治癒をかけろ……」

「駄目だよ! それじゃあサキトくんがっ……!」

 サキトの傷はもう癒えている。
 しかし彼は呪いを受けすぎたのだ。
 どんなに元気であろうと呪いが体に回りきれば死んでしまう。
 呪いとはそういう力なのだ。

 アイラが万全とは言えないが、ある程度安定した領域まで戻って来たのを確認したソフィアはサキトの解呪に全力を注ぎだした。

(なんて複雑な呪いなの……)

 何度か解呪を経験したことはあるソフィアだが、サキトの負った呪いの解呪の難易度はどう考えても中型種の呪いのレベルではなかった。

(これは大型種の呪いを複数受けたような……)

 ソフィアの全力を持ってしてもほんの少しずつしか解呪していけない。

(ピカレスの薬でもないとこれは……確か薬は引率の兵士が……)

 そこでソフィアは初めて、ソルの遺体が無くなっていることに気が付いた。
 戦いの余波でどこかに行ってしまったのだろうかなどと考えもしたが、どちらにしても薬が手に入る見込みもない。
 どうにかならないか必死に思考を巡らせていたが――

「ピィ……」

 弱々しい鳴き声と共に、ソフィアたちを囲んでいた風のドームが消え、ロンドがソフィアの肩の上で横たわる。
 恐れていた事態が――魔力切れが起こったのである。
 ロンドから魔力の供給を受けて使っていたソフィアの治癒魔法も発動しなくなった。

「そんな……」

 それと同時に、先程までは風が渦巻いていたために聞こえていなかった音が――絶望的な羽音が聞こえてきた。

「ッ――――!?」

 前を見るソフィア達の目には雀蜂型の魔物が自身らに針を向けて魔方陣を展開しているのが映る。


――"魔方陣は見る見るうちに大きくなる"


「ッ!? ソフィア! アイラ連れてさっさと逃げろ! 俺はもういい!」

 叫ぶようなサキトの、懇願と焦りが入り交じった声に、しかしソフィアは拒否の意を示した。

「そっ、そんなこと! 出来るわけ無いよ!」

 魔物の魔法が放たれて尚もその場から動かざれば、自身らが生き残る事は万にひとつも無いということは明確である。
 だとしても親友とも呼べる彼をソフィアが見捨てる事など出来ないのもまた明白なのだ。
 しかしそれはサキトにも言えることであり――

「そんなこと言ってる場合かっ! 早く――」

 二人だけでも生き延びてくれと、この状況下で何も成せぬ無力な自分など捨て置けと、尚も主張しようとするサキトの震える叫びを遮ったのは、弱々しい少女の――

「ふざけんじゃ……無いわよ」

 アイラの声であった。

「――アイラ!?」

「アイラちゃん!」

 僅かにしか生気の乗っていないか細い声で、しかしアイラは強い意志を帯びた言葉を発する。

「この中の誰かを見捨てて生きるくらいなら……死んだ方がましだわ……。本当はあんたたちには生きててほしいけどね……」

「ッ――」

 アイラの言葉にサキトが押し黙る。
 お互いがお互いを想い合うが故に、三人は絶望から逃れられないのだ。


――"魔方陣が輝き始めた"


「まあ……あんたたちとパーティー組めて……一緒に過ごせて……楽しかったわ」

(なんで涙が止まらないのかしら……)


――『最期は笑って終われるような人生にしたかった』


「……私もっ……本当に、楽しかったよ……」

(もっと一緒に居たかったな……)

――『"ただ一緒に過ごしたい"というのは過ぎた願いなのだろうか』


「俺もっ……俺はっ……」

(なんて無力なんだろうか……)

――『せめて、二人だけでも助けたかった』


――"漆黒の光が収束する"


――"閃光ぜつぼうが自分たちに向けて放たれた"


――"死が目の前に迫ってくる"


――"暖かい光が見える"


――――"アポロ色の光が"


「……えっ――」

 瞬間、轟音と共に爆発が巻き起こりソフィア達の周囲が真っ黒い光に包まれる。

 吹き荒れる暴風に目を細めながらも三人の目には確と焼き付いていた。

――絶望の光から自分たちを"護る"、アポロ色の煌めきが。


―――――――――――――――――――――――――――――


――暗闇が晴れ、視界が広がり、音が聞こえ、呼吸ができる。

「生き……てる……」

 三人が自身らが生きている事実を認識しはじめていたその時――

「おわっ! あわわわっ!?」

 素っ頓狂な声と共に、魔物たちの頭上を越えて人が――黒髪の少年が何か慌てた様子で飛び込んできた。
 少年はソフィア達に気が付くと体を捻り脚を広げ、靴の裏に何かの魔方陣を展開して地面を削りながら着地し、ちょうどソフィア達の手前で後ろ向きに静止する。
 ソフィア達三人が呆気に取られていると、少年の懐から何か小動物が飛び出して着地し、とんぼ返りをするように少年に飛び付き体を駆け上がり、彼の肩に乗った。

「おお、大丈夫だったかキュウ?」

「キュウッ♪」

「え? 楽しかった? ――って、そうじゃなくって!」

 少年は慌てて後ろを振り向き、困惑するソフィア達三人を見回し、安堵の表情を浮かべた。

「良かった。間に合ったみたいだ」

「えっと……あの、ッ!? 危ないっ!」

 ソフィアの目には正面から突進してくる大土竜の姿が映っていた。

 実際には四人を取り囲むように展開した魔物たちによる八方向からの包囲攻撃だったのだが――


「大丈夫、安心して」


――少年の微笑みは優しく、安心感を与える。


 消耗しきったソフィアらの心を動転させぬようにと、その温もりは優しく緩やかに、しかし根深く浸透した。


「絶対に助けるから」



――言葉に籠る意志は揺るがぬ力強さを秘めて魂を揺らす。


 魂の底から湧き上がってくる様な激情に身が震えるが、それは先程までの恐怖と絶望によるものとは明らかに違っていた。



「『ポルテジオ』」



――少年の声と共に放たれた力は音も無く、しかし荘厳にその姿を顕現した。

 音は無いはずなのに、温かく柔らかい音色にさらされたかのように心が震える。

 顕現した力はその音色とは裏腹に硬質な音を響かせ、四人を包囲した八方向からの攻撃のその全てをアポロ色の煌めきによって防いでいた。

 いったい何が起きているのかと、未だに理解の及びきらないソフィア達三人の耳に、正面の大土竜を見据えて背を向けている少年の小さくも力強い声が届く。


「"護るために手にいれた力"だ」


 それが少年の意志なのだと。

 それを成すための力なのだと。

 ソフィア達三人は改めて自身らを囲み護る煌めきへと目を向ける。

――その煌めきは、絶望に染まっていた心に降り注ぐ希望の様で――


「――綺麗……」

 ソフィアはそんな感嘆の言葉を無意識に漏らしていた。



 その日、その魂たちは出逢いを果たした。

 世界中で毎日のように起こる数えきれない程の出会いのうちのほんの一つでしかないが、結果的に多くの人にとっても、彼ら自身にとってもこの出逢いは特別なものとなる。



「さて、護るぞ。キュウ!」

「キュウッ!」


 須藤 武

 ソフィア・リブルス・ラグルスフェルト

 アイラ・グランツ

 サキト・アヤサキ

 後の世で『護り人ポルテジオ』と呼ばれる事となる彼ら彼女らの魂が交わった瞬間であった。


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