アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―

わらび餅.com

文字の大きさ
42 / 163
第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編

37.急転-Ⅱ

しおりを挟む
「キュウちゃんは随分と人懐っこいですね」

 ソフィアが肩のロンドを人差し指で撫でながら話しかけてくる。

「うん。他の精霊がどうなのかは知らないんだけど、キュウは"楽しい"とか"嬉しい"とかそんな明るい感情が好きみたいでね。――何度も救われたんだ。本当に可愛い奴だよ。他の精霊ってどうなの?」

「ロンドも本当は人が笑ってるのを見るのが好きなんですけど、この子はちょっと恥ずかしがりやで……。ロンドもキュウちゃんみたいにすればいいのに」

「ピィッ」

 そう言ってソフィアはロンドの頬を指で突っつくが、ロンドは照れたようにそっぽを向く。
 実に微笑ましい光景である。

 同じく微笑ましそうにその光景を眺めていたおじいちゃんが、ふと何か思い出したかのように口を開く。

「そういえばお前さんたち、何故この森に来ておったんじゃ?」

 確かにそれは気になっていた。
 半年過ごしてきたこの森だが、自分の知る限り人が入ってくる事はほとんどどころか全く無かった。
 この家のある場所は森の端からそれほど離れた場所ではないのに、だ。
 そんなおじいちゃんの問いに答えたのはソフィアであった。

「高等学院の卒業認定と軍属大学院の入学認定を兼ねた実技試験として、この森への遠征任務に来てたんです」

「ほう。しかし生徒三人だけでこの森の探索をするのは些か危険じゃと思うんじゃが……」

 三人の表情が沈む。
 キュウが突然変わった空気に戸惑っている中、重い口を開いたのはサキトであった。

「……二人引率として兵士の人が付いてきてたんッスけど……片方の人は逃げて……もう一人の方は亡くなったッス」

「そうか……すまんの、辛いことを聞いてしもうたわい。ひょっとしたら遺品が残っておるかもしれん。後で回収しにもう一度昨日の場所まで行こうかいの」

「はい……。ありがとうございます」

 助けきれたと思っていたが、自分は間に合ってなかったわけだ。
 悠長に森を飛び回っている間にでも、異変に気付いて向かっていれば、ひょっとしたら助けられたのかもしれない。
 そもそも気付けた可能性が低いという事はわかっていても、どうしてもそう考えてしまう。
 あの場で失われた命があることに、心がズキリと痛んだ。

「そっか……。ごめんね、間に合わなくって……」

 無意識口から出たそんな言葉は助けられなかった人――死んだ人に届くはずもない。
 こんな言葉は無意味だ。
 ならば何故にこんな言葉を紡いでしまったのか。

「タケルは悪くねぇよ! そもそも近くに居た俺たちにもどうすることも出来なかったんだし……」

 それは、こうやって誰かに否定してもらうがためであろう。
 自分の心の弱さが嫌になる。
 自分が痛みから逃げるために人を出しに使うなど、見下げ果てた行為に他ならない。
 事実、自分の行為の結果として残っているのは、力足らずで助けられなかった事を思い出し、自身の無力を呪う彼らの表情だ。
 何が"誰かを護れるような生き方をする"だ。
 こんな心持ちでいったい何を護れると言うのだ。
 今一度自分を戒めねばならない。

 暗く、重い空気が蔓延する中、再びおじいちゃんが問いかける。

「さて、"後で"とは言うたが、森の中を探すなら出来るだけ明るいうちの方が良いじゃろうから、もう今から遺品の回収に向かうとするかのぅ。……言うのが辛ければ言わなくとも良いのじゃが、具体的に昨日起こった事について聞かせてはくれんかの? どうにも気になる点があるでのぅ……」

「は、はい。大丈夫です。案内お願いします」

 そこで、昨日はよくわからないために無視した事を思い出した。
 時間が経ちすぎると手掛かりがなくなるかもしれないから、この際同行して調べてしまった方が良いであろう。

「おじいちゃん。僕も一緒に行っても良い? 僕も少し気になる事があるんだ」

「ん? タケルも当事者じゃからの。もちろん良いぞ」

「ありがとう」

 同行の許可を貰ったところで、食べ終わった後そのままにしてしまっていた食器を片付けてから、留守番のテッチ以外の全員で昨日の地点まで向かったのであった。

―――――――――――――――――――――――――――――

「……結局見つからなかったわね」

 時刻は既に夕暮れ時。
 今は家へと帰っている途中である。
 既に結界の中に入っているので、魔物などの心配はない。
 結果として、ソルという人の遺品は見つからなかった。
 せめて何か小さなものでもと長時間目を凝らして探していたにも拘らず、何も成果が無かったためか、皆の足取り――特にソフィアとアイラとサキトの三人の足取りは重たいものとなっていた。

 沈みかけの夕陽に照らされた花畑はまだ目視で花の姿を確認できる程度の明るさをたたえているが、なまじ普段の明るさを知っているだけに、かえって暗さが際立って感じられてしまう。
 その暗さはまるで彼らの心象を表しているようで、どうにかしてあげたいが上手い方法が思いつかない。
 花畑が再び明るさを取り戻すには月が昇るのを待つしかないように、彼らの心象が明るさを取り戻すのにも時間を要するしかないのかもしれない。

 もしかしたら自分が精霊化した時の魔法で焼き尽くしてしまった可能性もあるだけに、下手な事を言えないのもある。
 きっと自分がそのことを気にしていると知れば、彼らは気を使ってしまうだろう。

(あの時魔力探知からは人型のものなんて感知できなかったんだけどなぁ……)

 実際に死んだ人の感知なんてしたことがないから、確信をもって言えるわけでもないが、あまり人を巻き込んだとは思いたくない。

 そんな空気を換えようとしたのかはわからないが、おじいちゃんが質問をしてきた。

「そういえばタケル。気になる事があると言うておったが、それについては何かわかったのかいのぅ?」

「ああ、うん。さっき昨日の事説明してた時に少し離れた所に別の反応があったけどよくわからなかったって言ったの覚えてる?」

「おお、確かに言うておったな」

「その反応があった辺りを調べてみたんだけど、どうも人と何か大きな動物が一緒に居たみたいなんだよ。しかも特に争ってたりした形跡もなかったんだ……」

「ふむ……。不自然じゃのぅ」

 それに、"よくわからなかった"っという点も気になる。
 人が居たなら何かしら魔力の色が見えるはずだし、動物が居たなら居たでわかるはずなのだ。
 他にも、争っていなかっただけでなく、何かしらの靴の跡と、明らかに巨大な動物の足跡が"隣り合って"付いていたのもおかしい。
 熊のような動物と仲良しの人間が偶然あの場所に立っていたという可能性もあるが――

(いや、無いな……)

 他にも気になる点があった事を思い出したので、聞いてみる。

「そういえば、さっきも言った雀蜂型の魔物以外の魔物が魔力を捕食しなかったんだけど、そんな事ってあるの?」

 自分の言葉を聞いたアイラもそれに続いてきた。

「それ私も気になってたわ。魔法を分解されたんだけど、捕食はされなかったのよね……」

「なんじゃと……!? それはわしも初めて聞いたのぅ……。魔物が九体も連携して戦った上に、魔方陣魔法を使ったというだけでも十分異常じゃというんに……」

 どうやらおじいちゃんも聞いたことがないくらいにイレギュラーな事だったようで、少し考えこんでいる。
 そうして少し考えたあと、再び口を開いた。

「ソフィア嬢ちゃんたちはいつ頃帝都に戻らねばならんのじゃ?」

「ああ、それについては、体調もお陰様でもう万全ですので明日の朝にでも出発しようと思っています」

「ふむ。では帰ってから急いで帝都宛に手紙を書くから配達を頼まれてはくれんかのぅ?」

「はい。わかりました」

 どうやら既に三人で話はしていたらしい。

(もうお別れなのか……)

 せっかくできた友人とこんなにも早く別れることになるとは、仕方ない事とは言えやはり少し寂しい。
 大人数でする食事も、談笑も、長らく経験していなかった楽しみであっただけに、寂しさも一入ひとしおである。

「キュウ……」

 そんな感情を読み取ったのか、肩に乗るキュウが頬を擦って慰めてくる。

「ふふっ、ありがとな……」

 いつかおじいちゃんに帝都に連れて行ってもらった時にでも会えるだろうか。
 また一つ楽しみにしておくことが増えると考えておけば、これはこれで良いのかもしれない。

 気が付くと既に家の目前まで来ており、部屋の中からはテッチが付けておいてくれたのか、魔力灯という前の世界でいう蛍光灯のようなものの明かりが漏れている。

(せめて寝るまでの間だけでも、三人ともっと色々と話しておこう)

 そう考えながら、室内へと入るのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】剣の世界に憧れて上京した村人だけど兵士にも冒険者にもなれませんでした。

もる
ファンタジー
 剣を扱う職に就こうと田舎から出て来た14歳の少年ユカタは兵役に志願するも断られ、冒険者になろうとするも、15歳の成人になるまでとお預けを食らってしまう。路頭に迷うユカタは生きる為に知恵を絞る。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...