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第二章 軍属大学院 入学 編

68.身に余る新居-Ⅲ

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 振り向くとそこには、清潔感の漂う黒いスーツ――とは少し趣の違った正装、所謂執事服と呼ばれるようなものに身を包んだ白髪で細身の男性が立っていた。
 見た目の年齢はおじいちゃんより少し若いくらいだろうか。
 髪がある分若く見えるのかもしれないが、場合によってはおじいちゃんよりも年上の可能性があるので、この世界では見た目の年齢はそれほど信用ならない。
 しかし確かに言えるのは――明らかな強者であるという事だ。
 おじいちゃんと似た雰囲気がひしひしと感じられる。

「そちらの方は――初めて"視る"御仁ごじんですな。おや? テッチ殿以外にももうお一人精霊がいらっしゃいますな。……これはまた随分と膨大な……」

 その老人は開いているのかわからない程に細い目をこちらに向けてそう言った後、恭しく一礼をしながら続けて発言する。

「紹介が遅れましたな。わたくしはこのお屋敷の維持管理を主より任されております『ハヴァリー・ギーザクルス』という者でございます。本日はどのようなご用件でこちらにおいでになられたのでしょうかな?」

 明らかな年長者からこれほど丁寧な物言いをされるとは思っておらず、呆気に取られていると、テッチが電流を流してきて一吠えする。

「ワウッ!」

「え? ああ、おじいちゃんの手紙? 渡せば良いの?」

 そのやり取りを見たハヴァリーさんとやらが、目は細めたままだが少し驚いたように声をあげる。

「てっ、テッチ様と契約を結ばれておられるのですか!?」

「え、いや、違いますよ!? 僕の相棒はこいつです!」

 相変わらず契約というのが何かはわからないが、少なくとも自分と契約を結んでいるのだとしたら、それはキュウだ。
 そう言ってキュウの脇を抱えて見せつける。
 どうだ、可愛いだろ。

「キュウッ!」

「は、はぁ……しかし今先ほど、テッチ殿と会話をされてはおりませんでしたかな?」

 なるほど、それで勘違いをしたわけだ。
 でも、驚くような事なのだろうか。
 見た目で人を判断しきってはいけないが、もっと冷静な人なイメージがあったのでちょっと意外である。

「その、何となくわかるといいますか……そんな感じです」

「な、なるほど……。失礼、取り乱してしまいましたな。それで、手紙とはいったい何の事ですかな?」

 本当に今の説明で納得したのだろうか。
 とは言え自分でも何故テッチと意思疎通できるのかはわからないので、こうとしか言えないから仕方がない。
 マジックバッグからおじいちゃんに渡されていた二通の手紙を取り出して、テッチに尋ねる。

「ねえテッチ。どっち渡せば良いの?」

「ワゥ」

「え? どっちも? えっとじゃあ、これがおじいちゃんからの手紙です」

「"おじいちゃん"……ですか……。それではお手紙、少々拝借いたします。――なるほど、そういう事でしたか」

(速っ!?)

 ハヴァリーさんは二通の手紙の片方を開封すると二秒程で読みきったのかこちらに顔を向けてきた。

「こちらはお返しいたします。もう片方はティスト様宛でございますので、私が責任をもってお届けいたしておきますゆえ」

「あ、はい」

 もう一つは別の人宛の手紙のようだ。

(なんかどっかで聞いた名前の気もするけど……どこだっけ?)

 思い出せそうで思い出せない。
 ごく最近聞いたような気がするのだが。
 そうしてハヴァリーさん宛の手紙を受け取った瞬間、脳に情報が流れ込んできた。

 自分とおじいちゃんが森で出逢い、共に過ごし、家族となった事。
 自分の"誰かを護れるような生き方をしたい"という夢を叶えさせるために軍属大学院に送り出す決意をした事。
 これからの自分の生活の世話をしてやってほしいという事。
 友人がいる事や自分に出来る事、心配や期待などと色々流れ込んできたが、ひと際強く流れ込んできたのは――。

――ただひたすらに、元気で楽しく過ごせる事を――僕の充実を願う気持ち。

 きっとこの手紙は、意思や思念を触れた相手に伝えるような物なのだろう。
 おじいちゃんの気持ちは知っていたつもりだったが、実際に感じるとこれ程までに熱を持ったものだったのかと驚いてしまう。

「どうぞ、お使いください」

 ハヴァリーさんがハンカチを差し出してくる。
 また自分は泣いてしまっているのだろう。
 仕方ないではないか。
 こんなの嬉しくないはずがない。
 心に響かないはずがない。
 ハンカチを受け取り、涙を拭く。
そんな自分にハヴァリーさんはゆっくりと語り掛ける。

「我が主、セイル様からの直々の"願い"にございます。私はこれより、あなた様を全力でサポートさせていただきます。ですのでどうかあなた様も、その想いを努々ゆめゆめ忘れずに、たゆまぬ努力を積み重ねてくださいませ。あなた様の夢は主の夢、主の夢ならば私めの夢でもございます」

 一拍呼吸を置いてさらに続ける。

「それに、あなた様のその夢は――個人的にもとても尊いものであると感じますゆえ」

 そう言って彼は微笑む。

「さあ、それでは長旅でお疲れでしょうから、お屋敷へと案内いたしましょう。……失礼、お名前をまだ伺っておりませんでしたな」

「あっ! 武って言います。こっちは相棒のキュウです!」

「キュウッ♪」

「かしこまりました。それではタケル様、参りましょう」

 こうしてまた一人、自分の夢に賛同し、協力してくれる人に出会えたのであった。

 些か大きすぎる家ではあるが、この際この家も精一杯活用してやろう。

――次に会った時、自分が如何に元気に充実した生活を送れていたかを話せるように――。




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