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第二章 軍属大学院 入学 編

71.弟子と孫-Ⅲ

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「ささ、参りましょうタケル様」

 ハヴァリーさんに促されて、慌ててティストさんの後についていく。
 そうだ、今から試験なのだ。
 唐突過ぎて全く心の準備は出来ていないが、ここでしくじるわけにはいかない。

(おじいちゃんが大丈夫って言ってたんだ……。ちゃんとこなせば問題ないはず……)

「キュウッ!」

「お、おう! がんばるぞキュウ」

 不安を感じ取ったキュウが「よくわからんが頑張れ」と活を入れてくれた。
 果たしてキュウは今から行われる試験が自身にも関係があるかもしれないという事を理解しているのだろうか。
 しかし前を歩くティストさんは自分に心の準備をする時間をくれるつもりは無いらしく、屋敷に入るなり正面にある大きな階段の側面へとまわり、そこにある扉を開けて中へと入った。
 屋敷を見ている暇もない。
 扉の中を覗くと、壁に一定間隔で設置された魔力灯が地下深くまで続く階段を照らしだしている。
 シンプルでメタリックな階段や壁は、なんだか秘密の研究施設にでも続いて居そうで少しワクワクしてしまう。
 少し見とれてしまったが、ティストさんはずんずんと階段を下りているので、追いつくために少し小走り気味に階段を下りる。
 長い階段の途中、壁にはいくつか取っ手の無い扉の様なものがあったが、それには目もくれずティストさんは下りていき、遂に最下層へと辿り着いた。
 そこには階段と同じデザインの十メートルほどの短い通路があり、側面の壁には両方に二つずつほど階段の途中にあったのと同じ様な扉があり、正面には一際大きな左右にスライドして開きそうな扉――というよりも、重厚なシェルターの入り口の様なものがあった。
 その扉の前に着くとハヴァリーさんは扉に触れて魔力を流し、扉が淡く光ったかと思うと重厚な摩擦音を響かせ――ることは無く、静かに開いた。
 あまりにもスッと開いたもので少し拍子抜けしてしまう。
 しかし、中の様子は想像以上のものだった。
 中にあったのは広大な、それこそ野球が余裕で出来る程の大きな一つの部屋だった。
 床も壁も天井も、通路と同じようなシンプルでメタリックなデザインで、光源は全て天井にあるようだ。
 部屋を見回しながら中央付近まで歩き、誰に聞くでもなく口から疑問を漏らす。

「実験場って言ってましたっけ……?」

「ああそうだ、ジジイが新しい魔法陣魔法とかを試す時に使ってた部屋だ。だからちょっとやそっとじゃ傷すらつかねぇように出来てる。広くて頑丈で他の迷惑にならねぇ――」

 ティストさんはそこまで言うと一拍呼吸を置いて、ニヤリと片方の口角を上げて続ける。

「――戦闘試験にはもってこいだろ?」

 やはり戦闘関連の試験だったか。
 軍人になるための学校に入るための試験なのだから、当然と言えば当然だ。
 試験である以上やらざるを得ないわけだが、自分には懸念事項がある。

「じゃあ始めっぞ~」

「あの、すみません……。僕ろくな対人用の魔法覚えてないんですけど……」

 対人用の魔法どころか、名付きの魔法すら一つとして習得していない自分に対人戦闘での試験を突破することは出来るのだろうか。

「んあ? その辺は心配すんな。この試験はボウズが戦闘において出来る事を見るための試験だ。それに――ボウズ程度の力量で私に攻撃が掠りでもすると思ってんのか?」

 見え透いた挑発だ。
 事実、きっとティストさんは自分なんかよりも遥かに強いだろう。
 ぐうの音も出ないのでせめて挑発には乗らないようにしよう。

「思ってませんよ。確認したまでです」

「なんだよ。どうにか掠りでもしてやろうって程度の気概すらねぇのか?」

 相変わらず挑発染みた口調だ。
 挑発に乗れば減点対象なのかもしれない。

「気概でどうにか出来る実力差ならまだ良かったんですけどね」

「ふーん……。まあ自分と相手との力量差をちゃんと把握できるってのは大事な事だけどよぉ。そんぐらいの気概もって全力でやらねぇと――」

 その言葉の続きは、何故か――

「――ここで死ぬぞ」

 左右と背後から聞こえた。

「ッ――!?」

 警鐘を鳴らす感覚に従ってポルテジオを展開して後ろを向くが、一向に衝撃は来ないうえに右にも左にも目の前にも彼女はいない。
 慌てて魔力探知を広げると、彼女はさっきまでと同じ場所に立っていた。

「おうおう、やっと魔力探知広げたか。わざわざ開始の合図までしてやったのに中々広げねぇからどうしようかと思ったぜ」

 飄々と先ほどまでと同じように彼女はそう話すが、自分はとても先ほどまでのままではいられなかった。
 震えが止まらない。
 呼吸をするように出来ていたはずの軽い身体強化ですら上手く維持が出来なくなるが、本能的になのか前面――彼女のいる方向にはポルテジオが展開されている。
 多方面から攻撃が飛んでくる事には慣れている。
 半年近くそういう特訓をしてきたのだ。
 突然であったとは言え、三方面程度どうという事はない。
 当然であろう。
 しかし、今の感覚を自分は知らない。

(今さっき……この人は……)

 彼女を直視する事が出来ない。
 しかし、臆病な自分は確認をとらずにはいられない。
 嘘であることを願いながら彼女に問う。

「てぃ……ティストさん……あなた今……」

 名前を呼ぶことにすら恐怖を感じて声も震える。

 この日、自分は生まれて初めて――

「僕の事を――殺そうとしてませんでしたか?」

「おう」

 人間の発する"殺意"と言うものに触れたのであった。




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