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第二章 軍属大学院 入学 編
72.全力と死ぬ気の差-Ⅰ
しおりを挟む「んあ? なに驚いてんだボウズ?」
「ッ――」
言葉が出てこない。
何故人を殺そうとした事を彼女は何の悪びれも無く認められるのだろうか。
そんなの普通は――
「おいボウズ。まさかお前――試験だから殺されねぇだなんて思ってねぇだろうな?」
「な、何を言って……?」
依然として理解の及ばない自分に対して彼女は続ける。
「はぁ……ジジイもテッチも甘いったらありゃしねぇなおい。しょうがねぇから優しい優しい姉弟子様がボウズにもわかるように説明してやるよ」
彼女はそう言うと、一足で自分のそばまで接近して格闘戦を仕掛けてきた。
驚異的な練度の身体強化から放たれる手刀に貫手に回し蹴り、その他諸々の流れるような攻撃が正面のみから凄まじい速度で繰り出される。
しかしいくら手数が多かろうと、一方向だけからの攻撃などポルテジオ一つで事足りる。
何も怖がることなんてない。
なのになんで――
(――なんで僕は逃げてるんだっ……!?)
攻撃は全て彼女との間に展開されたポルテジオが防いでくれているのに、体が勝手に後退を選択する。
自分の中の何かが叫ぶように音をたてているが、彼女から放たれる自分に対する明確な"殺意"のせいで何もわからない。
ただの一撃も当たっていないのに、全ての攻撃をくらっているような気さえしてくる。
攻撃の手を緩めることなく彼女は語り掛けてくる。
「逆に聞きてぇよ。なんで殺されねぇと思った? ジジイが頼んだからってすんなり学院に入れて何の覚悟も無しに軍人になれるとでも思ってたのか? この程度の攻撃と殺気でそんだけビビってよぉ。結局その程度の考えで来たって事だろ? 何が"誰かを護れるような生き方をしたい"だ!」
決してそんな考えで来たつもりではないはずなのに、自分の大切な夢を貶されているのに何も言い返せない。
確かに軍人という職に対する自分の想いはそこまで強いわけではない。
だが、誰かを護りたいという想いに嘘なんてないはずだ。
その為にずっと全力で励んでいたはずだ。
森でおじいちゃんやテッチにやってもらっていた特訓は、絶え間なく続く多方面からの攻撃に全て対処するというものであった。
魔力制御力と瞬時の判断力、そして経験と持久力を高めるための一番の方法だとおじいちゃんは言っていた。
二人は自分がギリギリ対応できるかできないかのラインを正確に見極めて攻撃をしてきていたため、今も自分は五体満足でこの場に立てている。
二人の技量のおかげで自分が重症を負う事は無かったわけだが、だからと言って安全だからと特訓に対して甘い考えで臨んだ事は無いつもりだ。
何故なら二人の攻撃はその全てが、もし対応に失敗して直撃すれば問答無用で自分は死んでしまうような攻撃だったからだ。
だからこそ、自分は常に特訓に対して全力で臨んでいたのだ。
それはきっと正しい事だったはずだ。
だが彼女は言う。
「よく『言われてやるのは二流、言われなくてもやるのが一流』なんて言うが、だとしたら勝手に"殺される事はねぇ"なんて考えちまうボウズは一流の甘ちゃんってとこだよなぁ?」
そうなのかもしれない。
自分は彼女の言う通り、"殺されない"と高を括って日々の鍛錬に臨んでいたのかもしれない。
おじいちゃんやテッチはきっと、自分に死に至るような攻撃はしても、殺すことはないだろうと。
事実きっと二人が自分を殺す事などないだろう。
でもせめて、自分の心は、臨む姿勢だけはそうあるべきではなかったのだろうか。
「もう一度聞くぞ。"なんで殺されねぇと思った"? 軍属大学院に入学しようと、軍人になりてぇって思ってるガキ共は全員、死ぬ可能性だって大いにある試験を受けて入学するんだぞ」
そうだ。
ソフィアたちは実際にその試験の途中で死にそうな目に遭ったんじゃないか。
唐突に向けられていた殺意が消え、思わず膝から崩れ落ちる。
攻撃の手を一度止めた彼女は自分を見下ろしながらさらに言葉を続ける。
「そいつらの高等学院での三年間。もっと言えばその前の子期学院を含めた六年間の、場合によっちゃあそれ以上の時間の努力を差し置いて入学しようってボウズが――なんで試験に死ぬ気で臨まねぇ?」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事だ。
自分の認識の甘さに愕然とする。
そうわかった今であっても、『殺されなくて良かった』と心のどこかで安堵する自分がいる事に反吐が出そうだ。
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