アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―

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第二章 軍属大学院 入学 編

89.肩書はあくまでも肩書-Ⅱ

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 隣で横断のタイミングが来るのを待つテッチに目的地まであとどれ程かを尋ねる。

「さてテッチ、グランツ商会ってどこにあるの?」

「ワウッ」

「え? 『もうすぐ着く』って……あぁ、あれか」

 横断用に車止めが作動した音につられて、大通りを挟んだ対面側へと目を向けて、交差点の角から少し離れた場所に位置する大きな建物を見た瞬間に、それが『グランツ商会』の店であるのだと理解した。
 三階建ての巨大な建物の二階部分に掲げられた立派な看板に「ショッピングモール・グランツ」と書かれているから一目瞭然だ。
 自分はまだこの帝都のほんの一部分しか見ていないのだが、それでもそれなりに多くの店などを見てきた。
 しっかりと建物を構えて商品を売っている店もあれば、移動販売をしていそうな屋台や、果ては道に布を敷いてその上に商品を並べているだけのような店もあった。
 まさに『貿易都市』という名に相応しい程に商売が盛んな事は存分に感じられたわけなのだが、この店はこれまで見てきたものとは格が違うものなのだという事が素人目にも見て取れた。
 建材は周辺の他の建物と違いなく木や石やレンガなのだが、明らかに敷地面積が違い過ぎる。
 大通りを横断して店の目の前まで移動し、改めてその巨大な外面を見渡すが、セールの宣伝用の垂れ幕などがいくつも垂れ下がったその姿は完全に複合型商業施設のそれだ。
 入口と思わしき場所からはひっきりなしに人々が出入りしており、まだ朝のそれなりに早い時間だというのに商売が存分に繁盛している事が見て取れる。
 こんな朝からいったい何を買いに来ているのかと気になって観察してみると、食品を買っている人ばかりだという事が分かった。
 朝は生鮮食品などが新鮮でお得なのかもしれない。

(でもこの人の量だと……とても待ち合わせには……)

 待ち合わせ場所の指定を間違えたのではないだろうかと心配していると、脹脛に例の電流がピリピリと流れ、テッチが一鳴きする。

「ワウッ!」

「え!? ここじゃないの!? でもここがグランツ商会だってさっき……」

「ワウゥ……」

「『そんな事一言も言ってない』って――確かに言ってないね……」

 どうやら自分の早とちりだった様だ。
 人の数が多すぎてどう考えても待ち合わせには不向きであったので、一先ずここが目的地では無いという事に安心する。
 じゃあどこなのだろうかと不思議に思いながら人混みを掻き分けながらテッチの後に続くと、数分ほど後には答えを得られた。
 ショッピングモールの端を過ぎた所でテッチは足を止めた。
 巨大なショッピングモールの隣には小さな――いや、店として考えれば十分大きくはある楽器店と思わしき二階建ての建物があり、品のある『グランツ商会』と記された看板が掲げられていた。
 人通りが多い通りに面しているのにも関わらず、何故かその店の前だけは奇妙な空間が生まれており、まるで人々がわざと少しばかり避けて通っているかの様にも見える。
 しかしきっと、それは悪い意味で避けられているのでは無いだろう。
 寧ろ自分も、ここが待ち合わせ場所でなければ少し避けて通ってしまうかもしれない。

「ワゥ」

 テッチが『そんなに緊張しなくてもいい』的な事を言ってくるが、こればかりはどうしようもないだろう。
 そう、自分は今"緊張"しているのだ。
 今までの人生で所謂"高級店"なんてものには一度も行った事は無かったし、何ならちゃんと見た事すら無かったのだが、それでもこの『グランツ商会』という店がそういう店なのだという事が、その風貌からひしひしと感じられたからだ。
 明らかに自分はこの店では場違いな人間になると、入らなくてもわかってしまうのだ。

(ここ……本当にアイラの実家なの……?)

 失礼極まりないし申し訳ないとも思うが、あのアイラがここで生活しているとは到底信じられない。

(いや、別にアイラがガサツだとか思っているわけではないけど、何て言うかもっとこう親しみやすいというか……ね?)

 誰に向けるわけでもない言い訳じみた思考を巡らせていると、この数日で思わず安心してしまう程に聞きなれた鈴の音の様な声が鼓膜を揺らす。

「あれ? タケルくん?」

「え? ああ、ソフィアか。おはよう」

「はい、おはようございます! 待ち合わせの時間までまだ結構ありますけど、随分と早めに来られたんですね!」

「ピィッ!」

 声の主はソフィアであった。
 美しい翡翠色の髪をいつも通りアポロ色のリボンでワンサイドアップにした彼女は今日は私服の様で、制服を着ているところしか見たことが無かったので少し新鮮だ。
 確かにどこか気品は感じられる気もするが、特に派手に着飾っている様子も無い。
 話に聞く限りはかなり偉い貴族の一員らしいが、正直自分にはただの一人の女の子にしか見えない。
 きっとこの親しみやすさがソフィアらしさなのだろう。
 肩には彼女の契約精霊であるロンドが乗っており、片羽を広げて挨拶を返してきている。

「うん。この時間帯は人が多いって聞いたから早めに家を出たんだけど、ちょっと早すぎて迷惑かな?」

「いえ、たぶん大丈夫ですよ! ――あっ……。あの、とりあえず中に入りましょうか」

 会話の途中でいきなりソフィアの表情が少し曇った。
 どうしたのだろうかと不思議に思ったが、その答えはすぐにわかった。
 道を行く人の中に、ソフィアに対してどこか不躾な視線を送る人々がちらほらと居るのだ。
 悪意の籠った類のものではない様だが、自分でさえもこれほど露骨に感じられるのだ。
 好奇の目を向けられている本人であるソフィアはたまったものでは無いだろう。
 自分にとっては一人の女の子だが、帝都の人々からしたらひょっとしたら有名人の様な存在なのかもしれない。

「うん、そうだね。じゃあ入ろうか」

 そう言いながら店の入り口に手をかけ、開けたドアの先へとソフィアを先に入れ、自分も後に続く。
 店内に入ると大通りを行き交う人々の雑踏による喧噪は一切聞こえなくなり、視線も感じられなくなる。
 店内にはどこからか聞こえる何かの弦楽器が奏でるような低くゆったりとした曲が流れており、先ほどまでの緊張が嘘のように落ち着いてくる。

(なんだ、高級店も大したことないな)

 誰かに聞かれれば「何をいけしゃあしゃあと」と言われそうな感じの感想を抱いていると、ソフィアが振り向いて口を開く。

「すみません。タケルくんも巻き込んじゃって……。立場上ちょっと人に見られやすいと言いますか……すみません」

「いや、僕は別に気にしてないよ。実はちょっと店に圧倒されちゃって入りづらかったからさ。ソフィアが来てくれて良かったよ。ありがとうね」

「――はい。ありがとうございます」

 ソフィアは少しきょとんとした後、柔らかく笑いながらそう返答してきた。
 よくわからないが、やはり曇った表情よりも笑っている方がソフィアには似合う。
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