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第二章 軍属大学院 入学 編

106.姉弟子は照れ屋さん-Ⅰ

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「ぐすっ……ふぅ……ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした。楽しんでいただけた様で何よりですわ」

「あはは……堪能させていただきました」

 自分の食後の挨拶にエフィさんがニコニコとしながら答えた。
 対する自分も表情は笑顔になっていると思うのだが、目元には涙が浮かんでしまっている。
 別に辛い料理を食べたからなどではない。
 例の如く料理が美味しすぎて思わず涙がでてしまったのだ。
 料理を口にした直後は、得も言われぬ程の清々しさから思わず涙を流し、もう食べる事以外は何も考えられなかったのだが、こうして落ち着いてくると何とも自分の現状に対して違和感を覚えてしまう。

「まあなんだ、その内慣れるから安心しとけ」

「な、慣れるんですか……。というか凄く今更ですけど、いらっしゃったんですねティストさん……」

 経験則からなのか自分の内心を見透かしたそんな言葉をかけてきたのは、自分の対面で椅子に片膝を立てて座っているティストさんだ。
 恐らく自分が食事をとりはじめてから少しした頃に部屋に入ってきたと思うのだが、食事に夢中だったため正直あやふやだ。
 最初は自分の肩に乗っていたはずのキュウがいつの間にか隣の椅子の上で寝始めているのにも全く気が付いていなかった程だ。
 せっかくの美味しい料理なのだからキュウも食べれば良かったのになどと考えていると、ティストさんが自分の言葉に返答する。

「んあ? まあここより美味い飯が食える場所なんてそう無ぇからな。たぶんこれからもちょくちょく邪魔するぜ」

「は、はぁ……。まあ作ってくださるのはエフィさんですから、僕がどうこう言う事はないですけど……」

「おう! 物わかりの良い奴は嫌いじゃないぜ」

 ティストさんは骨付き肉を銜えながらそんな調子の良い事を口にする。
 手掴みで肉を頬張るその姿からは、帝国全土で人気を博する程の可憐さなどとても感じられたものでは無い。

(実はサキトの言っていたティストさんとこのティストさんは別人なんじゃ……?)

 自分が脳内でそんなティストさん別人説を唱えようとしていると、耳にするだけで背筋も凍るような声音が聞こえてきた。

「まあタケル様がどうこう言われずとも、わたくしはどうこう言いますけれどねぇ。どうやらここでの生活から離れすぎて、食事のとり方すら忘れられたようですねぇティスト様ぁ?」

「ッ――!?」

 直接向けられたわけではない自分でさえもひしと感じられる、エフィさんのそんな静かな怒りは、向けられた張本人であるティストさんにもしっかりと伝わったようで、ティストさんは静かに椅子から足を下ろしてちゃんと座りなおした後、骨付き肉の両端を両手の指の腹で押さえながら上品に食べ始めた。
 いや、結局手掴みなので上品では無いのだが、何だか上品に見えなくもない。

(何かに似てる様な……。ああっ! リスだ!)

 小さなティストさんが恐怖で縮こまって微妙に震えながら両手を使って物を食べるその様は、さながらドングリを両手で持って食べているリスの様なのだ。
 なるほど確かにこの様な姿ならまだ幾分か可憐さを感じない事も――

(――いや、やっぱり骨付き肉じゃなぁ……)

 どうしても荒々しさが出てしまう。
 何ならば可憐さが出るだろうか。

(可愛らしさ……。スイーツ……。シュークリームとか?)

 確かにあの骨付き肉の部分がシュークリームだったならば可愛らしくなるかもしれない。
 頬の方に付いた肉汁が生クリームに置き換わりなどすれば、もう見た目だけなら愛嬌しか感じられないだろう。

(うん、これが正解だな……)

「おいボウズ……なんか失礼な事考えてねぇか……?」

「へぇっ!? ま、まさかそんなわけっ!? そ、そう! ちょっと今日聞いたティストさんの話を思い出してただけですよ! やだなぁもう、ははは……」

「……ほぅ? その聞いた私の話ってのはいったいどんな話なんだ?」

「え? ティストさんが可憐だとかいうふざけた話ですけど……?」

「明らかに誤魔化した癖に結局失礼じゃねぇか! なんだ? 逆にそれが失礼じゃねぇなら最初いったいどんだけ失礼な事考えてやがったんだ? おら! 言ってみろ!」

 何か気に障ったようで、ティストさんはそう怒りながら食べ終えた骨を自分へと突き付けてきた。
 余りの気迫に思わず答える。

「い、いや、なんかリスみたいだなぁって……」

「なんで誤魔化した方が失礼なんだよ! 寧ろなんでそれが失礼だと思った!? ちくしょうふざけやがって!」

 そう言うとティストさんは自分へと突き付けていた骨を握りつぶした。
 予想していた怒られ方と方向性が何だか少し違う気がするが、結局は気に障ったようだ。
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