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第二章 軍属大学院 入学 編
127.誤解エール-Ⅰ
しおりを挟む「はい、じゃあ今日はここまで! 二人ともお疲れ様」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました……。あれだけやって随分と元気なのねあなた……」
時刻は夕時。
特訓の終了を告げたリオナさんにお礼を述べると、少し疲れ気味のハルカ先輩にそんな事を言われた。
言われてみれば確かに昨日とは比べ物にならない程に自分は元気だ。
「確かにそうねぇ。安定して魔力を制御していられる時間も少し延びてたし、昨日無理をした甲斐があったみたいねタケル君!」
「いや、お願いですから昨日みたいな事を急にするのはもうよしてくださいね……?」
それに、「無理をした」ではなく「無理をさせられた」というのが正しい言い方だ。
確かに普段の特訓から死ぬ気で取り組むべきだと思い、特訓中はティストさんに殺気を向けられた時の感覚を思い起こしながら防御をしているが――
「――あれ? だったら寧ろやってもらった方が良いのか……?」
「え……何言ってるのあなた……?」
隣にいるハルカ先輩が、信じられないものでも見たかの様な視線を向けてくる。
「あなた、自分が死にかけたって事をちゃんと理解してるの!?」
「えっ!? は、はいっ」
ハルカ先輩のあまりの剣幕に思わずたじろぐ。
いや、実際にはそれほど声が大きかったりしたわけではない。
しかし、普段の抑揚の少ないハルカ先輩の語り口に既に慣れていた自分には、あまりにも感情が籠っている様に感じられたのだ。
痛ましい程の"怒り"の感情が。
「そ、その……すみません……」
半分無意識に、口からは謝罪の言葉が漏れていた。
そんな自分の言葉を聞いてハルカ先輩はハッとし、声を鎮めてどこか焦った表情で返答する。
「ッ――こちらこそ……ごめんなさい。急に……大声だして……」
「い、いえ、そんなに声は……その、大きくなかったですよ?」
「そ、そう……?」
まるで無理やり押さえつけたかの様にぎこちないその語り口に、自分もつられてしまい、会話自体がどこかたどたどしくなってしまう。
そのままどちらも言葉が出ないまま膠着してしまったのだが、しばらくするとハルカ先輩は一つ深呼吸をした後、落ち着きを取り戻した様子で口を開く。
「……もしあなたが特訓が原因で死んだりしたらリオナさんに……延いてはリオナさんに任せたティスト様に……あなたを死なせてしまったという事実を背負わせる事になるのよ……?」
「ッ――!」
表情は乏しく語り口は平坦な普段通りのハルカ先輩の言葉であったが、それが自分に与えた衝撃は相当なものであった。
何故その事実に思い至らなかったのか、到底自分が信じられない。
自分はそれを――人の死を背負うという事の辛さをよく知っているはずだ。
あの痛みを、辛さを、ティストさんたちに与えるなんて――
(違う……あんな痛みで済むわけがない……)
自分たちは既に他人ではない。
知人の命が自身の行いの結果失われるのだ。
想像をしただけで胸の奥深くが潰れそうな程に苦しくなる。
「あなたにもあなたなりの強くなりたい理由があるんでしょうけど……そのためにあんな危険な事はするべきじゃない……と、思う……。そんなもの……誰も背負わないに越したことはないもの……」
「はい……」
どんよりとした沈黙が場を包む。
(ひょっとしたらハルカ先輩も……)
何かを背負った経験があるのかもしれない。
そう思うと、次に何を言って良いものかわからなくなったのだ。
「――まったく……」
そんな沈黙を破ったのは少し悲し気な表情を浮かべたリオナさんであった。
「二人ともまだ若いんだから、『死んだら』なんて悲しい話しないの! 寧ろあなたたちが死なずに済む様に私が教えてるんじゃないの!」
「まあ……彼を殺しそうになったのは、リオナ先生ですけどね……」
良い事を言った風なリオナさんであったが、ハルカ先輩の的確な指摘が突き刺さる。
「うっ……確かにそれはそうなんだけど……」
「……」
「でもほら、わざとじゃないっていうか……」
「……」
「うぅ……ちゃんと反省してるってばぁ……」
言い訳じみた事を述べようとするリオナさんであったが、ハルカ先輩の無言の圧力に屈した様で半べそをかき始める。
立場上は講師であるリオナさんが上のはずなのだが、こうして傍から見ている分にはどう考えてもハルカ先輩が上である。
「ま、まあまあハルカ先輩。リオナさんもちゃんと反省してるみたいですし、その辺で……」
「いやだから……一番先生を怒らないとダメなのは……まあいいわ……」
ハルカ先輩には少しあきれられた様な気がするが、別に自分はリオナさんを責めたい訳でも、リオナさんとハルカ先輩を言い争わせたい訳でもないのだ。
「ほら、僕は別に大丈夫ですから、リオナさんももう泣かないでくださいよ」
「うぅ……優しさが身に染みる……。本当にごめんねタケル君……」
よっぽどハルカ先輩の無言の圧力が怖かったのか、リオナさんは依然としてべそをかいている。
「はい、謝罪はちゃんと受け取りましたから、そろそろ出ましょう。早くしないと次の人が来ちゃいますよ」
「ふぇ……? 今日は別にこの後は入ってないわよ……?」
まだ体力が残っているので本当はもう少し特訓をつけてもらいたいが、後の人に迷惑をかけるわけにはいかない。
そういう考えでそう言ったのだが、ようやく泣き止みかけたリオナさんがそんな予想外の答えを返してきたので思わず聞き返す。
「え? じゃあなんで今日はもう終わりなんですか?」
「だって定時で帰らないとキーくんにご飯作れないじゃない?」
――なるほど。
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