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第二章 軍属大学院 入学 編
139.正体不明の感情-Ⅳ
しおりを挟む「それで、何のお話をするんですの? というより今更ですけれど、その鳥を肩に乗せているという事は……お姉様だけでなく曾おじい様まで誑かしたのですわね」
まさかのメアリーの方からの話題提供である。
やっぱりそれなりに自分との会話を楽しんでくれているのだろうか。
それにしても――
「た、誑かしただなんて人聞きが悪いなぁ……」
確かに嘘をついている事や言っていない事はあるが、悪意は一切無いのだ。
「せめて『丸め込んだ』って言って欲しい……いや、これも何だか人聞きが悪いような……」
そもそもディムロイさんに関しては自分の行動によって信用を勝ち取ったわけではないので、丸め込んだと言うのもおかしい気がする。
いや、ソフィアにしても別に丸め込んだつもりはないのだが。
「その上ティスト様にまで手を出してるだなんて……見境がありませんわね」
「へ? いや、ティストさんにはどちらかと言うと手を出されてるんだけど……」
特訓の際は基本的に自分は一方的に攻撃されているだけだ。
こちらから手を出す余裕なんて殆ど無い。
「ててててっ、手を出されてる!? てぃ、ティスト様がそんな事するわけないじゃありませんの!」
「え? めちゃくちゃ手出してくるけど……?」
特訓という名目の上でストレス発散のために嵐のような暴力を向けてくるのだが――
「ああ、メアリーちゃんはティストさんの本性知らないのか。ソフィアが知ってるからてっきり知ってるかと……」
「お、お姉様が知ってる!? という事は本当にティスト様は年下の軟弱男が好みなんですの……?」
「ん? 好み……? メアリーちゃん何の話をして――」
「いえ、ティスト様のように高潔でお強い方ほど柔な者に惹かれてしまうのかもしれませんね……」
何だか凄い勢いで貶されている気がしなくもないが、とりあえずそれは良いだろう。
「ねえメアリーちゃん、何か勘違いしてない?」
「ふえ? 何がですの?」
「いや、『手を出されてる』っていうのは暴力を振るわれているっていう意味なんだけど……」
「……」
予想通り勘違いをしていた様で、メアリーは徐々に顔を赤くしていく。
「やっぱりメアリーちゃんはおませさんだなぁ」
「まっ、また『おませさん』って言いましたわね!? そもそも勘違いしてしまうような言い方をするあなたが悪いんですの! それにあのティスト様が無闇に暴力を振るうだなんて信じられませんの! はっ!? まさかあなたティスト様にまでそんな失礼な事を言って怒らせているんじゃ……」
確かに自分の言い方が悪いというのは一理ある。
現に「暴力を振るわれている」なんて言い方をしてしまったせいで、ティストさんがチンピラだと言っているみたいになってしまっている。
確かにティストさんは言動はチンピラみたいに粗暴な所があるが、別に理不尽に暴力を振るう様な人ではないのだ。
「いや、僕がティストさんにお願いしてやってもらってるんだよ。メアリーちゃんの言ってる通り無闇に暴力振るう人じゃないから安心して!」
確か以前サキトがティストさんは人気者的な事を言っていたはずだ。
口ぶりからしてメアリーもきっと憧れているのだろう。
夢を壊してはならないと思い、慌てて誤解を解こうとそう訂正したのだが――
「わざわざ頼んで暴力を振るってもらってるんです……の……?」
メアリーが表情を引きつらせている。
誤解を解こうとしてさらに誤解を生み出すとは、なんと末恐ろしい才能だろうか。
「い、いや、違うんだよ。ただお願いして特訓をつけてもらってるだけでね……?」
「ま、まあ、そういう事にしておきますの……」
どうしよう、誤解が解けていない気がする。
「そ、それより、あなたはパーティーの方に戻らなくてもよろしいんですの?」
しかもメアリーが気を遣って話を変えてしまった。
とりあえず今誤解を解くのはもう無理そうなので、質問に答える。
「ああ、ちょっと今すぐには戻れないかなぁ……」
「どうしてですの? まさか何かやらかしたんですの?」
「尻尾を巻いて逃げてきた」と素直に答えられる勇気を、自分は持ち合わせていない。
「いや、別にそういう訳じゃ無いんだけど……ぼ、僕の事なんかよりも――メアリーちゃんはどうして参加してないんだい?」
そうしてただ話題をそらすだけのつもりでとっさに紡いだ言葉が、失言であるという事に自分が気がつけたのは、既に全てを言いきった後であった。
自分の知る情報など微々たるものであるが、この子が大好きな姉であるソフィアの祝い事に自ら望んで参加しないなんて事があるわけが無いという事くらいはわかる。
「……」
「ご、ごめん、別に言いたくなければ言わなくてもいい……よ?」
十一歳の女の子が俯いて押し黙る姿にビクビクしている自分の姿は、傍から見れば情けない事この上ないだろう。
何故こんなご機嫌取りみたいな態度を自分は取っているのだろうか。
もちろん、出来るだけ人に嫌われずに生きてはいきたいものだが、それだけでは説明のつかない衝動的な感情に先ほどから苛まれているのだ。
このまま口を聞いてもらえないかもしれないと思うと、胸の奥の方が不規則に揺らぐ。
この感情を人は『不安』と呼ぶのかもしれない。
だからこそ、メアリーは沈黙を破った瞬間の表情を自分が見逃す事は無かった。
その表情は、地雷を踏んだかもしれないと危惧していた自分の予想とは裏腹に、随分と悲しげで――
「別に、言えない事というわけではありませんわ……。ただ、お姉様に参加を禁止されただけ……毎度の事ですわ……」
あのソフィアが、意地悪で参加を禁止しているなんていう事は万に一つもありえない。
絶対にメアリーを想っての行動のはずだ。
だとすれば、自分の拙い経験と知識から予想するに、あの欲望渦巻く空間にメアリーを晒したくないのではなかろうか。
「メアリーちゃん、多分ソフィアは君の事を想って――」
姉妹のすれ違いを解消すべく、口をついて飛び出したその言葉を――
「そんな事わかってますわ」
――そんな予想外な言葉が遮った。
「貴族の集まり事というものが、決して快いものでは無いという事くらい私でも知っておりますし、お姉様が私にそれを体験させたくないという事もわかっております。馬鹿にしないでくださいまし!」
「じゃ、じゃあなんで……」
そんな悲しげな表情をしているのかと、そう自分が口にする事をわかっているかのようにメアリーは答える。
「それでも……大切な人のお祝い事にはちゃんと参加したいですし、私の代わりにお姉様が害を被っているというのに、私はその害がどれほどのものなのかも知らず、その上どうする事も出来ないというのは……悔しいし情けないのですわ……」
逃げ出した自分には、耳の痛くなる話だった。
「いや……それで終わらしちゃ駄目だよな……」
大切な人の下に行きたくとも行けぬと、助けになりたくともなれぬと、目の前で十一歳の女の子が言っているのだ。
その想いを前にして、いつまでも悪意に怯えている訳にはいかない気がしたのだ。
第一、そのメアリーにとっての大切な人は、自分にとっても大切な友人だ。
尚更、いつまでも逃げている訳にはいかない。
「どうしたんですの急に……?」
「ん? いや、メアリーちゃんのおかげで少し勇気が出たってだけだよ。ありがとうね」
「なんで私の情けない話を聞いて勇気を出してるんですの!? お礼を言われても全く嬉しくないですわ!」
また何か誤解を産んでいる気がするが、まあ別にもういいだろう。
「やっぱり僕はそろそろパーティーに戻るよ。お話に付き合ってくれてありがとね」
「な、何だか納得いきませんけど……あなたは貴族でも何でも無いのですから、まあせいぜい楽しめばいいですわ!」
本当に気遣いの出来る優しい子である。
きっと自分はあのパーティーを楽しめないというのが少し申し訳ないが、その言葉だけでも救われるものだ。
「また今度お話しようね」
「ふん! 気が向いたらしてあげてもいいですわ!」
そんな相変わらず少し棘のある物言いに不思議な心地よさを感じながら、キュウと共に庭園を後にし、パーティー会場へと戻ったのであった。
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