アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―

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第二章 軍属大学院 入学 編

148.知らぬが故に知り得ぬ感情-Ⅲ

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 そうして一人納得していると、背後から唐突に聞き覚えのある少女の声が飛んできた。

「何をブツブツ呟いているんですの。気色が悪いですわよ」

 このどことなく棘のある言い方は――

「――あれ、メアリーちゃん? どうしてこんな所に……?」

 予想していた通り、声の主はメアリーであった。
 自分の問いかけに対して、メアリーは少しムッとした様子で答える。

「私は訓練の長休憩はいつもここで過ごしているんですの。そんな事よりもこんな出入り口の真ん前で突っ立たれていると邪魔ですの。扉が開いたら突然気味悪くブツブツと何か呟いている男の背中が目の前にあったという、先ほどの私の心情があなたに理解できまして?」

「ご、ごめんね……?」

 あまりの正論に思わず謝罪の言葉が漏れる。
 確かにそれは中々に気味の悪い光景だろう。
 何だかいつにも増して言い方が刺々しいのも納得といったものだ。

「――くださいまし……」

「え? 今なんて……?」

 何か小声で呟いた様だが、上手く聞き取る事が出来なかったので聞き返す。

「――何でもありませんわ。それよりわかったなら早くどいてくださいまし。次の人が来るかもしれませんわ」

「あ、うん、そうだね……」

 こころなしか先ほどより語勢が弱まったその物言いと、ほんの少しだけ逸らされた視線に戸惑いを覚えつつも、言われるがままに脇にずれて道を空けると、メアリーは特に何も言わずに通り過ぎて行く。
 自分はその小さな背中をただ見つめて――

「ね、ねえっ!」

 気がつけば呼び止めるために声をあげていた。

「な、なんですの……?」

 突然呼び止められた事に驚いたのか、メアリーはぎこちなくこちらへと横顔を向ける。

「いや、その……」

 別に"なにか"明確な要件があって呼び止めた訳ではないために言葉に詰まる。
 ただ強いて言うなれば、いつもとどこか違うメアリーの様子に"なにか"あったのではと、胸騒ぎがしたのだ。
 しかし、なにかあったのかと自分が問うたところでメアリーの事だ。
 きっと素直に答えてはくれないだろう。

 いや、そもそもよく考えてみれば「いつも」と言えるほど自分はメアリーと関わっていないはずだ。
 せいぜい今回を含めても四度といったところである。
 だとすれば何故自分はこうも度々、メアリーに対して不安にも似た胸騒ぎを覚えているのだろうか。

(いや、今はそれを考えてる場合じゃない)

 相変わらず自分の感情に対する疑問は尽きないが、何にしてもとにかくここでメアリーをそのまま行かしてしまっては、なにかあったのかどうかも、感情の正体もわからないままだ。

「そ、そうだ! この庭園でどこかオススメの場所とか無いかな?」

「お、オススメの場所……ですの?」

「う、うん、ここに来るの初めてだからさ。結構広そうだし、案内してもらえると嬉しいなぁ……なんて……」

 自分としては短い時間の割りには中々良い理由を捻り出せたと思ったのだが、言っているうちにだんだんとこれでは駄目な気がしてきた。
 「なんで私がそんな事をしなくてはならないんですの?」などと返されて断られそうだ。

「ほ、ほら、この前みたいにキュウを――」

「まあ、良いですけれど……」

 どうにか断られづらく出来ないものかとキュウを引き合いに出そうとした所でしかし、返ってきたのは予想とは裏腹に随分と素直な了承の言葉だった。
 思わず自分の口からも素直な驚きの言葉が漏れる。

「えっ!? 良いの?」

「自分から頼んでおいてどうしてあなたが不思議そうにしてるんですの? 別に、案内がいらないのでしたらいたしませんけれど?」

「い、いやっ、してほしいんだよ!? ありがとう、是非お願いするよっ!」

「……そう必死に求められると、何だかそれはそれで気持ち悪いですわね」

「そ、そう? ご、ごめんね……」

「……」

 怪訝そうに少し眉を寄せたメアリーを見て、慌てて取り繕っただけだったのだが、返って悪い印象を与えてしまったようだ。
 取り繕えば取り繕うほどに空回りしてしまう。
 ままならないものである。
 機嫌を損ねてしまったのか、メアリーも俯いて押し黙ってしまったために、重い沈黙が場を支配した。

(ど、どうしよう……)

 自分はメアリーと交わす気兼ねの無い会話が、その関係性が心底気に入っていた。
 しかしその関係性は、自分の浅慮から生じた軽率な言動によって崩れ去ろうとしている。
 いや、そもそもそんな関係性など存在していなかった可能性だってある。
 結局の所、メアリーも憎からずそう思ってくれているだろうなどという自分の希望には、一切の根拠など無いのだ。
 刺々しい言葉を使うのは、単純に自分の事を嫌悪しているからという可能性だってあるのだ。

(いや、寧ろそう考える方が自然か……)

 ただ姉の恩人だから無下にあしらうわけにもいかぬと、無理をして相手をしているのかもしれない。
 だとしたら、それは自分の本意とする所では無い。

(……苦しめるくらいなら苦しんだ方がマシだ)

 そう思い至り、断りの言葉を発しようとしたのだが、開きかけた口は同時に聞こえてきた溜息とも取れる小さな吐息によって、実に簡単に噤まされた。
 溜息の主は言わずもがなメアリーであり、続けてメアリーは口を開く。

「……私、度胸はそれほど無い方ですの」

「え……?」

 意味がわからず素で聞き返してしまうと、一瞬場を静寂が支配する。
 それ以上どう反応して良いものか判別がつかずそのまま見つめていると、メアリーは徐々に顔を朱に染めていき、小刻みに震えだしたかと思うと堰を切ったかのように喋り出した。

「ああもうっ! 相変わらず察しが悪いですわねっ! いいからさっさとその子を寄こしなさいですの!」

「え? あ、はいっ!?」

「キュウッ!?」

 勢いよく差し出された両手にビクリとしつつも、言われた通り慌ててキュウを受け渡すと、メアリーはこれまた勢いよくこちらに背を向けて、庭園の奥へと足早に歩を進めだした。

(な、なんか……恥ずかしがってる?)

 怒りとは明らかに違うその様相に呆気にとられて立ち尽くし、その後ろ姿をただ眺めていると、少し離れた所からメアリーが自分を呼ぶ。

「早く着いてきなさいまし! 置いていきますわよっ!」

「ご、ごめん! 今行くよ!」

 慌てて後を追い横に並ぶと、尚も朱に染まったままのメアリーの俯き気味な横顔が目に入った。
 改めて見ても、何かを恥じらっている様に見える。
 相変わらず希望的観測のままであるが、どうしても自分と共に居る事を嫌悪している様には感じられなかった。

「……別に――」

 そんな顔色がようやっと平常に戻った頃、相変わらず俯き気味のままのメアリーが唐突に口を開いた。
 そこまで言って一度は口を噤んだが、何か決意をするかの様に一拍呼吸を置いた後、再び言葉を紡ぎ始める。

「……別に、あなたが悪いわけではありませんわ」

 それだけ言うと、メアリーは再び口を噤んだ。
 結局わからない事だらけのままではあったが、ただその言葉に心底救われた気持ちになった。

「――ありがとう」

 気がつけば、そんな感謝の言葉が口を突いて出ていたのであった。







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