聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第二章

41.仕込み

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「…………これを口にしなきゃならないのか?本当に?」


 敵のように丸薬を睨んでいたジェラルドが重苦しく口を開いた。彼の中であの薬湯は味も記憶もほろ苦いらしい。
 薬を嫌がる子どものようで微笑ましいが、私はここで『薬はまずい』という認識を改めなくてはならない。あの薬湯は急ごしらえだからなったけど、丸薬はきちんと服用者のことを考えた親切設計である。
 現代日本の錠剤だって、わざわざ水に溶かして飲むと苦い。つまりはそういうことなのだ。


「あんなに苦くなっちゃったのは本来と違う飲み方をしていたからよ。丸薬のまま飲み込めば平気なんだから」
「そういうものなのか……?」
「ははっ、ジェラルドがここまで嫌がるのは初めて見たよ。私は気絶していたからか、そんなに拒否感はないな」


 そう言うと、クロヴィスは丸薬をためらいなく口に放り込んだ。
 あまりにも速いその動きに、一拍遅れて状況を理解したジェラルドはみるみるうちに有名な絵画のような顔をした。実際にシャウトしないだけの理性は残っているようだが、誠に失礼な反応である。


「でんッ、く、クロヴィス様!?」
「ジェラルド、大げさだよ。私は元気――どころか、むしろ残った痛みが引いていくくらいだ」


 効果は説明したが、それでもクロヴィスは不思議そうな顔で身じろぎした。それを見たミハイルはじっとクロヴィスを見つめているから、おそらくステータスを確認しているはずだ。
 彼には丸薬ではなく直で治癒魔法をかけたし、今の丸薬でほとんどの傷が回復しただろう。一応確認のためミハイルに視線を投げれば、腕で丸を作って答えてくれた。


「くっ、こうなれば俺も……!こんな丸薬など恐れていては護衛など務まらん!」
『戦場に行く戦士の顔をしているな。立派な心構えだ』


 フブキさん、その人は薬を飲もうとしているだけなんですよ。別に戦に行こうとしてるわけじゃないんです。
 思わず遠い目をしていると、険しい顔をしたジェラルドは目をつぶって丸薬を飲み込んだ。そして上を向き、すごい勢いで水をがぶ飲みした。図体の大きい子どもである。


「……………………む。に、苦くない……だ、と?」
「だからそう言ったでしょ」
「……すまない、コハクさんの味覚を疑っていた」


 一応悪い自覚はあるのか、ジェラルドと目が合わない。
 そのまま視線をクロヴィスにスライドさせれば、まるで打つ手なしといった風いい笑顔で肩をすくめられた。なおミハイルは端っこで声も出ないほど笑っていた。


(まあ、正直なのいいことだよね!)


 それはそうと今後ジェラルドには薬湯しか出さないけど。
 私は大きくため息を一つ吐いて、この空気を変えるべく半ばやけで話を進めた。


「とにかく、丸薬は本来こういうのみ方をするのよ。ポーションと違って液体じゃないから、より長い時間お腹に留まっていられるの」


 薬草を消化している時間があるということだ。
 ポーションは飲んだらそこまでだけど、薬草に練りこまれた治癒魔法は完全に消化されるまで効果を残す。私は、これが丸薬をのんだ後に生まれる無敵時間の原因だと考えている。
 検証はなかなかできないでいるけど、魔法の『ふしぎぱわー』よりは納得できる理由だ。


「その分効果が長いから、飲んだ後もしばらくは黒い死にかからないってことか?」
「それが本当ならもちろん素晴らしい薬だね。だけど、黒い死が治ったってどうやって判断するんだい」
「もし発症していた場合、丸薬をのむと体から黒い斑点が消えていくの。ケイン村は小さな村だから、全員にのませるつもりですが」


 そう答えれば、クロヴィスは再び考え込んだ。
 王子である彼からすれば黒い死は悩みの種だっただろうし、治る術がない恐ろしい病だったんだ。いきなりこんな田舎の小娘が見たこともない薬を持ち出してきたところで、手放して喜べるわけもない。


「……そうか。君はいい薬師だから、この村は安全だね。私たちも安心して休める」


 クロヴィスはにこやかにそう言うと、一度言葉を区切った。


「ところで、その口ぶりだとこの村はまだ黒い死と戦っているということでいいのかい?あ、責めているわけじゃないんだ」
「ふふ、分かっているよ。何しろ気づいたのが昨日だったから、今日が本番だね」


 言外に今から治療しに行くよという意味を込めて、丸薬の瓶を揺らしてクロヴィスたちに見せる。
 するとクロヴィスは一瞬視線を瓶に向けると、申し訳なさそうに笑った。


「そうとは知らず、引き留めて悪かったね。この薬局を使うのかい?」
「患者を移動させたくないので、私が村を回っていくつもりです。……その、薬局を空けることになるので、二人には申し訳ないのですが」


 実際にはミハイルが姿を消してずっとクロヴィスたちを見張るわけだが、もちろんそうとは言わず二人は自由だと思わせる。
 そうなれば、余裕のない彼らがチャンスを見逃すはずがない。例え罠だとわかっていても、きっと動くはずだ。

 そんな私の期待に応えるように、クロヴィスはこれまでと違う、どこか陰のある笑顔を浮かべた。


「いや、私たちの事は気にしなくていいんだ。君は黒い死に集中してくれ。――――いい報告を待っているよ」


 
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