聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

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第三章

53.グロスモント王都へ2

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 ミハイルの言葉に従って、みんなで即席の魔法陣の上に立つ。
 魔法から縁遠そうなジェラルドは始終落ち着かない様子だったが、フブキとクロヴィスは至って平静だった。クロヴィスに関しては、顔に出していないだけかもしれないが。


「それじゃ、いくよ」


 ミハイルの呪文に合わせて、魔法陣が徐々に光を帯びていく。やがて光の輪は強くなり、視界がぼんやりと歪む。ふと足元がふらつく感覚に襲われるが、何とか踏ん張って耐えた。
 そうして一瞬の浮遊感が過ぎ去れば、足裏に確かな地面を感じる。
 先ほどまで立っていた木造の薬局ではない、肩そうな石畳の感触。少し遠くで、都会のような喧騒が聞こえる。


「成功、したのか……」


 声を震わせるジェラルドにつられるように目を開ければ、目の前に広がる光景に息をのむ。


「すごい……ここが、王都……」


 世間知らず丸出しの反応だが、そんなことは気にしていられなかった。
暗い路地の先に見える景色だけでも十分にワクワクしている。わずかに見える情報だけでも、現代日本とまるで違うのが分かるのだ。
 遠くに見える巨大な白亜の城に、バラのような深紅の尖塔。それを取り囲む中世らしい街並みに、見慣れない服装を纏った人たち。漫画でしか見ないような風景が、目の前に確かな存在感を伴って広がっていたのだ。


(ヨークブランで罪人として馬車に押し込められて森に捨てられたから、ちゃんとした都市は初めて見るわ……!)


 グロスモントは新興国、物資が足りないと色々聞かされていたが、予想よりもずっとしっかりしたところだ。
 ミハイルたちから離れないようにしつつ、忙しなく周りに視線を向ける。そんな私にクロヴィスは微笑ましそうな表情を浮かべた。


「せっかくミハイル殿が作ってくれた時間だ。急いで城に向かうよ」
「ぼくは透明化した方がいい?敵国の魔導士がいるって、君たちも困るでしょ」
「透明化って……よくもまあそんな上級魔法をぽんぽんと」


 ジェラルドが呆れたように肩をすくめる。
 今日だけで大きな魔法を何回も使っているから、私も心配の気持ちが勝つ。ミハイルほどの魔導士なら魔力枯渇なんてミスは起きないと思うが、無理をしている可能性だってある。
 ちらりとクロヴィスの表情を伺えば、何やら考え込んでいるようだった。


「一応聞くけど、王城に入らず別行動……はできないんだね?」
「うん。コハクちゃんを一人にするつもりはないよ」
『俺もいるが』


 迷う素振りも見せず、ミハイルはばっさりとクロヴィスの提案を切る。さりげなく除外されたフブキが不服そうに声をあげるが、答えるわけにはいかないので華麗にスルーされた。


「なら、ミハイル殿のことは後で私の方から説明するよ。変に隠れられるより、堂々と入ってきた方が余計な疑いを産まなくて済むからね」
「そう?いきなり兵士に囲まれるのは勘弁だからね」
「幸い、君はあまり公の場に顔を出さないからね。黒死病で有能な臣下はみな王城から遠ざけているし、すぐに正体がばれることはないはずさ」


 ミハイルほどの美形なら一目見ただけでも忘れられないと思うが、クロヴィスが問題ないと判断したのならそうなのだろう。ここはクロヴィスの権力を信じるしかない。


「まあ、王城にいる間は大人しくしているよ」


 そうお互い納得したところで、私たちはそろって移動を始める。
 ジェラルドを先頭に、目立たないように人通りの少ない道を進む。遠くで聞こえる喧噪に気を引かれながら迷いのない足取りについていけば、数十分もしないうちに酒場のような店についた。


『人の気配がするな。たったの三人だが……全員かなりの手練れだ』


 耳をピンと立たせ、フブキがうなる。
 まだ営業時間じゃないからというのもあるが、王都の隅にひっそりと建っている店はずいぶん閑散としていた。店の外観も古く、あまり王族が利用する店には見えない。
 そんなところにフブキが反応するほどの人がいることに、浮かれていた気持ちが一瞬にして冷静になる。


「ここは……?」


 思わず漏れた言葉に、クロヴィスが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「王城への転移地点だよ」
「え!? こんな誰もが入れそうな酒場が?」
「ふふ、そう見えるから意味があるんだよ。実際に営業しているのは国の騎士だから、安心してよ」


 驚きで目を丸くする私をよそに、クロヴィスは慣れた様子で店の扉を開けた。
 閉店の札が掲げられていたが、一切気に留めていない。何だか悪いことをしている気分になって、恐る恐るそのあとをついていく。
からん、と入店をしらせる鈴の音が響いて、カウンターの奥にいたマスターらしき初老の男性が警戒したように顔を上げた。

 しかしクロヴィスとジェラルドに気付いた途端、マスターの目から鋭さがいくばくか消えた。それでも完全に気を緩めないのは、私たちの姿があるからだろう。


「彼女たちは大事な客人だからね。奥でゆっくりくつろいでもらうよ」
「はい、準備は整えております」


 畏まった様子で頭を下げるマスターの代わりに、奥から若い男性が二人出てきた。両者とも制服のような格好をしているが、クロヴィスの話からすると従業員のふりをしている騎士のはずだ。
 フブキが言っていた気配も、この三人のものだろう。


「営業前なのに、すまないね」
「客入りが少ない店なので、いつでも大歓迎ですよ。さ、こちらへ」


 必要以上に言葉を交わさず、私たちは案内されるまま店の地下に通される。
 飲食店に動物が入るのはどうかと現代の価値観が邪魔をするが、男たちはフブキをちらりと見ただけで何も言わなかった。


(見るからに関係者以外立ち入り禁止って感じだけど、むしろ表よりも綺麗ね)


 入り口は粗末な酒場に見えたが、奥へ進むにつれて内部の様子が少しずつ変わっていく。掃除の手が届いているというか、しっかり管理されているというか。
 誰一人として口を開かない状況で階段を下り切れば、すぐに木箱や樽で入り口が塞がれている空間に出た。ここまで案内してくれた男の一人が樽を手前に退かすと、大きなオーブ……エダの小屋にあったワープと似たような装置が目に飛び込んでくる。

 この部屋は物置として作られたようだが、奥のスペースにはそれしか置かれていない。おそらく手前にあった荷物もカモフラージュで、こっそりとワープを置くための部屋なんだろう。


「では、ごゆっくり」


 男たちはそれだけ言うと、中に入った私たちを置いて部屋から出て行く。その際に荷物も戻していったから、おそらく後は勝手にしろと言うことだろう。王族がここにいるのに、ずいぶんさっぱりとした人たちだ。
 まあ、そういう人だからここで働いているのだろうけど。


「このワープは王族の魔力にしか反応しないから、あまり私から離れないでくれ」


 オーブに手をかざすクロヴィスに近寄れば、フブキとミハイルが私の両隣を陣取る。最後にジェラルドが向かい側に立つのを確認して、クロヴィスは私に視線を向けた。

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