聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱

文字の大きさ
61 / 64
第三章

54.グロスモント王都へ3

しおりを挟む
「このワープは発動したら、直接王城の一室に転送される。準備はいいかい?」
「ええ、覚悟はできているわ」


 クロヴィスは私の返答に満足げに頷くと、オーブに魔力を込めた。
 それと同時に、強い風が足元から湧き上がり、私たちを包み込んだ。これまでのワープや転移とはまた違った感覚に驚く暇もなく、視界が白く染まる。ひと際強い風に煽られたと思えば、次の瞬間には見慣れない場所に立っていた。

 目の前に広がるのは、高級ホテルすら霞むような豪華な部屋だった。大理石の床は美しく磨き上げられ、本物のシャンデリアの柔らかな光が緋色の絨毯を温かく照らす。


「ここは……」


 ソファーとローテーブルが真ん中に鎮座する部屋は、まるで応接間のようだった。てっきりこの世界に召喚されたときのような場所に出ると思っていたから、周りに人影がないことに驚く。


「王太子宮の一室だ。ここは殿下の管理下にあるが、くれぐれも変な真似はするな」


 見慣れぬロイヤルな空間でキョロキョロしていれば、ジェラルドがやんわりと注意してくれた。王城内だからか、周りに人がいなくとも村に居た時より居住まいを正している。
 ミハイルも自分の立場を顧みて、いつになく物静かだ。その隣でフブキは落ち着かなさそうに鼻を鳴らしている。


『妙な匂いがするな……これも黒い死の症状なのか?』


 すんすんと控えめに匂いを嗅いでみるが、香しいフローラルな香りしか分からない。
 フブキが言う匂いが感じられず、かといってクロヴィスたちの傍では気軽に尋ねることもできない。私は分からないという意思表示として、小さく首を傾げた。


『む……であれば、引き続き注意しておこう』


 この世界の黒死病を完全に把握しているとは言えないので、どんな情報もありがたい。できれば黒い死と関係ないことであってほしいけど、変に期待しない方がいいだろう。
 フブキに頷き返して、私はクロヴィスたちの後に続いて王城の中を進んでいく。一度森の中で襲われたからか、自国のお城の中にも関わらず、ジェラルドは周囲を警戒している様子だ。

 緊張感を胸に王太子宮を抜けて、大きな庭園を抜けていく。酷く入り込んだ道だったが、その代わり道中誰ともすれ違うことがなかった。運がいいというよりも、クロヴィスたちが道を選らんでくれたのだろう。

 そのまま重厚な門を抜けて、先ほどよりもずっと美しく長い廊下を進む。さすがに何人かの使用人とすれ違ったが、みなクロヴィスを見るなり頭を下げるので、私たちの存在に艮宮されることはなかった。


(私なんて村娘って感じの格好だし、フブキは獣の姿をしているわ。何人かは眉をひそめていたけど、王子を前に黙ったという感じだもの)


 改めてこの見目麗しい青年が貴族だということを実感する。ちょっと貫禄のようなものは足りないが、クロヴィスに信頼されているジェラルドも凄い人なのだろう。
 ぼんやりと前を進む二人の背中を眺めているうちに、私たちは城の奥――国王がいる療養室に辿り着いた。部屋の前に居たメイドはクロヴィスの姿を見るなり、泣きそうな表情で頭を下げる。


「お待ちしておりました、殿下!本当に、お戻りになられてよかったです!」
「挨拶はいい。父上の容体は」
「っ、昨日からさらにお悪くなられ、今朝方には高熱も出始めました。エダ様の指示のもとでポーションを投与しておりますが、意識は朦朧としたままで……」
メイドの声が震えており、その場にいる全員の表情が暗くなった。症状が悪化しているのは明らかだ。
「わかった、ありがとう。薬師を連れてきたから、もう心配はいらないよ」


 クロヴィスも不安だろうに、それを一切面に出さない。
 それに勇気づけられたメイドは顔を上げると、ふと視線を私に向けた。途端、その目に訝しむような色が浮かんだ。


「ええと、そちらの方は……」


 口調こそ丁寧だったが、明らかに不審がっている。フブキをその視界に収めても声をあげないのはさすがだが、警戒するような視線が突き刺さる。


「彼女は薬師のコハクだ。エダさんの弟子で、素晴らしい実力を持っているよ。フェンリルは彼女の使い魔で、その隣の男はエダさんの助手だ」
「弟子と助手、ですか……そのような方たちがいらっしゃるとは伺っておりませんが」


 やはり急に現れた私に疑念を抱いているのだろう。クロヴィス直々の言葉にも関わらず、メイドは警戒を緩めない。


『グルル……気絶させて中に入るか?』
『やめた方がいいね。人目があるし、今後の計画を進めるためにはコハクちゃんの実力を証明する必要がある。世話係を気絶させたとなれば、信用がガタ落ちだよ』


 テレパシーでフブキと会話するミハイルを横目に、この場を切り抜ける方法を考える。鑑定でメイドを視てみても、黒い死に感染している感じはない。しかし体力仕事で体に不調はあるようで、彼女は膝をかなり痛めているようだ。


(ハウスメイドニーだっけ……膝関節の周りに炎症が起きる職業病のはず)


 床に長時間膝をついて作業するから、圧力や摩擦が原因で引き起こされる病気だったと思う。これなら丸薬で完治まで行かずとも、症状を軽減することはできる。未知の薬への抵抗も薄れるし、少しは警戒をとくことができるかもしれない。

 現代であれば治療に同じ丸薬が使われることを疑われるだろうが、この世界は全てポーション頼りだ。
 メイドが鋭い視線を緩めない中、私は安心させるように微笑みかけた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

処理中です...