余命百日の僕は庭で死ぬ

つきの麻友

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臆病者でも恋をする

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「おはよ」

「い、いらっしゃいませ」

「……一人?」

「え?  あぁ、まだ一人だよ」

「ふぅん、まだねぇ」

 意味ありげに言いながらも、桜井さんはいつもの席に腰掛けた。勿論、前の席には俺が座っていた。

 いつもと変わらない様にコーヒーの準備をしながらその間、受け取った袋から取り出した洋菓子を店に陳列をする。

 昨日、軽蔑の眼差しのまま立ち去った彼女が今日来てくれる保証はなかった。ただ、いつもの商品を届けなければならない仕事だけが頼みの綱だった。子供じゃないんだし、公私混同していては大人気ない。それでも、ただ商品を置いたら直ぐに帰ってしまうのではないかと不安があった。俺に出来るのは、いつもと変わらない空気を作って待つとこだけだった。

 出来上がったコーヒーをテーブルに持って行き、俺はクッキーの袋を開けて食べ始めた。暫くの沈黙は、クッキーを食べる事に集中をしてやり過ごす。それでも沈黙は続いたので、俺は思わず聞いてしまった。

「怒ってるの?」

「なんで私が怒るの?」

「ですよね」

 今、二つの発見があったことに俺は気付いた。

 一つは、無気力だと自覚している俺が、自ら話を切り出したかと。これが成長なのか沈黙の重圧に堪えられなかったのかわからないが、こと桜井さんに関して言えば人並みに近いくらいには、感情と行動がアクションを起こそうとする。

 もう一つは、桜井さんは怒っていること。正確には、怒っていることを抑えていること。その理由が、彩乃ちゃんに関連することは明白である。

 昨日、桜井さんが帰ってから決まったことを当然、本人は知らないはずだ。そのことを明確に伝えなければ怒りは更にヒートアップするだろう。だが、一番犯してはならないのが「どうして、若い娘と一緒にバイトすることで、私が怒らないといけないの?  嫉妬してると思ってるの?」等という俺の勘違いによる、絶対に言わせてはいけない台詞だ。

 これが俺の勘違いではなく正真正銘の嫉妬だった方が、俺的には良い知らせなのだろうけど。あまり高望みの希望は持たない方が懸命である。そう自分に言い聞かせなければならない。

「彩乃ちゃんは十一時からの出勤なんだ」

「……ふぅん、そうなの」

 聞いてないしどっちでもいいけど、といった感じの返事が返ってくる。それは想定内だった。彩乃ちゃんの事に関して聞きたいけども聞けず、かといって聞かれてないからこっちも言わないなんて、我慢比べの様な事を繰り広げても仕方のないことだとわかっていた。だったら、こっちからその話題を提供した方が、桜井さんの内心は少しでも穏やかになるのではないかと思ったからだ。
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