僕は魔王と旅をする〜最強魔王と僕の物語〜

Sirasu

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3話

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 背筋が凍る。まるで一語一語に体中が突き刺されているような感覚。声を出すなんてできる訳もなく、そもそも考えること自体も放棄していた。

「珍しいこともあるものだ。その姿を見るに例の村からの供物だろうが、この部屋まで自ら歩いてきたのはお前が始めてだよ」

 そう発しながら玉座に座る魔王はわざとらしく手を叩く。まるでこちらの気など気にも留めていないような、いや、実際に気に留めていないのだろう。

「随分と静かじゃあないか。これじゃまるで借りてきた猫だな。しかし久方ぶりに人と話せると思ったがこれじゃ会話に張り合いがない。そうだな……まずは名前でも聞いておこうか」
「ァ……う……」

 口から言葉が出ない。声を出そうにも喉からははそのまま空気が流れていく。
 確かに僕は覚悟をしてきたし死ぬこと自体に怖いことはなにもない。それは今でも同じだ。


 だが、こんなのは想像も出来なかった。


 魔王城を見たときにも少し感じていたが、この恐怖は一般的な『死』や『未知』なんかとは異質で強大過ぎる。
 言葉で表すのは不可能に近いが、あえて表すとしたのならその『存在』自体が畏怖する対象なのだ。例えこの場で目を閉じようが耳を塞ごうが、”ソレ”がある事を理解してしまえば大抵の人間の心なんて一瞬で砕け散るだろう。

「おいおいそんな小声だと何て言ってるのか聞こえないな。もう少し大きく喋れないのか?」

 遠慮もなしに魔王が催促してくる。声が聞こえない、と言っていたがそもそも僕が出しているのは声ではなく音だ。心のなにか大事な部分が壊れたような感覚と共に、最早考えることすら出来なくなっていた。

「…………待ってたら埒が明かんな。自主的な会話を期待してたんだがこれではしょうがない。ーー少し口を割らせてもらうぞ」

 魔王が玉座の肘掛けから右手をこちらに突き出した。そのまま人差し指だけを立てまるで杖のように一瞬振るったかと思うとーーーー

「…………ゾラン。ゾラン=クレメンツです」

 口が勝手に言葉を発した。当然自分の意思ではなく、おそらく魔王が魔法を使い操ったのだろう。

「クレメンツ……ゾラン=クレメンツだな。ではゾラン、お前はなぜここに来た?」
「村の決まりで……半年ごとに生贄を出さなきゃいけないから……」

 こちらから何もせずとも自然に口が動く。これが勇者なんかなら抵抗するのだろうが、僕はただの村人であり生贄だ。ここで抗う必要もない。

「ああそれは知っている。毎年2回、そっちの村の妙な決まりで人間が一人送られて来るんだからな。まったく、急に村総出でこの城に続く道を整備したかと思ったら、それが人間を生きたまま投げ捨てる慣習を作るためなんて私でも思いもよらなかったぞ」 

 やれやれ、といった口調でため息を漏らした。その言葉にこちらを責めるような意図は入っていないような雰囲気で、どうやら単純に気苦労があるだけのようだ。

「だが、私が聞きたいのはそんな事では無い」

 突如、魔王の口調が変わる。まるで今までのは『会話』でこれから話すことは『問答』なのだと知らせるように。

「お前が贄としてこっちに来るのは周期だから当然知っていた。だが、私が聞きたいのは、という事だ。今まで差し出された生贄は全員魔王城から反対方向へ逃げ出すか森に突っ込むかの二択だった。だが、お前はこの城の扉をくぐり、それどころかこの玉座の間まで辿り着いた。その理由を聞きたい」

 僕は、それを聞いて考え直した。僕がここまで来た理由は何だったのか。
 この部屋に入った瞬間に頭の中は真っ白になりそんな事は忘れていた。確か、始めて魔王城を見たときも、そしてこの城に入ろうとしたときも同じ感覚を味わったはずだ。もちろん今の比では無かったが、その強弱がどうであれ僕が決意を固めたのはあの瞬間だった。

「僕はーーーー」

 口が動く。魔王に操られてではなく自分の意志で

「僕は、きっと、みんなのためになりたかったんだ。それが押し付けられたものだとしても、感謝なんてされなくても、僕だけが犠牲になって皆の生活が守れるならそれでいいと思ったんだ」

 始めて、自分の気持ちを他者に話したかもしれない。
 村で働いていた頃は相手の要望を聞いて実行だけだった。それで他者は救われていたし、僕の気持ちは関係ないことだったからだ。

 僕の声が部屋に響く。一時の静寂。その後、魔王が一呼吸をおいてから話し始めた。

「……ふむ。では、もう一つだけ質問をしよう」

 落ち着いた口調のまま、魔王は続けた。

「ゾラン、お前は

 ーー理解するのに少し時間がかかった。
 満足しているのか?自分が村のために死ぬことについてだろうか。
 それなら既に結論は出ている。自己犠牲で大人数が助かるのは素晴らしいことだ。加えて病を罹っている身にとって、この役回りは天職ともいえる。だから僕の答えに間違いは無い。口を開けて僕の意思を魔王に伝えーーーー


 ーーそこまで考えて、違うとわかった。


 そうだ、確かに今の僕に出来ることの中ではこれが最上の選択だろう。
 だが、この魔王が聞いていることはきっと違う。
 魔王は”満足しているか”と聞いたんだ。今この瞬間だけでなく、生まれてからこの時までが充実していたのか、今死ぬのが本望なのかを聞いている。

 喉まで出ていた言葉を殺し言い直す。満足しているかと聞いているなら答えはきっとこうだ。

「…………僕は、僕は生きたいです。人のために何かをしても見返りなんてなくて、逆に笑われることなんかもあったりして。そんな事が続いていくうちにどんどん自分自身の心も腐っていきました。だけど、やっと、今ここでやっとわかったんです。僕はもっと生きて誰かの役に立ちたい。もう一度やり直せるなら、もう一度やり直せるならーー!」

 一度口を開けてしまえば言葉が止まることは無かった。今までの人生を振り返り、悔いや過ちを魔王に吐露する。こんなものは僕の一人語りでしかないが、それでも魔王は全てを聞き入れた。
 
 話し始めてどれくらい経っただろうか。数十秒だった気もするし何時間も話していた気もする。そして、僕が最後まで話し切った事を確認してから魔王は高らかに笑い始めた。

「クハハハハハ!……最初は赤子をあやしている方がマシと思える程つまらなかったが、なかなか面白い話も出来るんじゃ無いか」

 依然魔王の顔は見えない。だが、明らかに先程の重い雰囲気は纏っておらず、自分自身も全てを暴露したせいか清々しい気持ちさえある。

「…………さて、つまるところお前は”生きたい”ということだろう? それなら、丁度私にも悩みのタネがあってな。ーーつまりだ」

 そう言い切ると魔王は体を動かし始めた。
 重い腰を上げるように上体を少し前に倒し、曲げている膝を起き上がらせる。玉座から身を離し立ち上がったと思えばーーーー


 その魔王の右手が僕の心臓を貫いていた。

「まあ少し痛いのは我慢しろ。その身体だと流石について来れんだろうからな。」

 反論してる暇なんてなかった。口からは大量の血が流れ視界はグルングルンと動転している。手足の感覚は一瞬で消えていて、今も動いているのかはわからない。
 一刻も経たないうちに意識が薄れていく。無抵抗に身体が倒れていく最中、見えたのはーーーー
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