僕は魔王と旅をする〜最強魔王と僕の物語〜

Sirasu

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2話

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 馬車に乗りかなりの時間が経った。馬は歩を緩めることなく進んでいて、このまま城に着くのはそう時間のかからない事だろう。

「しっかし、今回の犠牲者は物音一つ立てねぇよな」
「全くだな。俺達が気づかないうちに逃げ出したんじゃねぇかと思って後ろを覗いたがバッチリいやがったし、あそこまで静かだと逆に俺達が怖くなってくるってもんだ」

 御者席ぎょしゃせきに座っている護衛の話し声が聞こえてくる。こっちの心境は察しもしないで遠慮もなく会話しているが、仮にここで怒って声を荒げようが無意味な行為なんて誰もがわかることだろう。

「……っと、見えてきやがったな」

 唐突に護衛の一人がそう言い始めた。僕が乗っている場所は布がかかっていて周囲の状況は掴めないが、今まで能天気に話していた声に緊張が籠もった様子から察するに、おそらく魔王城が見えてきたのだろう。

「何度見ても慣れない不気味さだな。あんなに馬鹿デカい建物のくせに完成まで誰も気付けないなんて誰が信じるよ?」

 護衛が話していることは事実だ。魔王城は僕が生まれて間もない頃に突如出現したらしいのだが、不可思議なことに遠目からだとその城は認識出来ず、未だに実態を見た人は国から派遣された調査団達と贄の護衛しかいない。
 
 そこからは護衛の口数が途端に減り、聞こえるのは鳥の鳴き声と蹄の音くらいの状態で進んでいった。
 突如馬車が揺れ動きが止まる。どうやら着いたらしい。

「おい、ボサッとせずに荷台から降りろ」

 馬車の外と内を隔てていた布を捲られ護衛に強い口調でそう言われた。久しぶりの光に目が眩みながらも荷台から降りる。
 馬車内の埃だらけの空気とは一転し澄んだ風が体に当たる。辺りは森に囲まれ、馬車の歩く道だけしっかりと舗装されていた。森の奥には多種の花や鳥がチラホラとあって、散歩したら気持ちがいいのだろう、などと考えてしまう。

 ……もっとも、約1キロメートル先にそびえ立つ禍々しいものを除けばの話しだが。

 高さはざっと50メートルはあるんじゃ無いだろうか。色は黒を基調に紫や赤色の装飾品が所々に散りばめられている。光を呑み込んだように黒い外壁は威圧感を出し、死ぬことは覚悟していた僕でも足がすくみそうになる。
   
「ここからはお前だけで行け。間違っても逃げようなんて思うんじゃねぇぞ」
「えっ……?」
 
 護衛の一人がこちらに向かって突然そう言い放った。魔王城まではまだそれなりに距離がある。口では注意しているが、ここまで距離が空いていれば城へと向かわず逃げることだって可能だろう。

「えっと……なんであなた達はついて来ないんですか?」
「もう一度言うが逃げようとは思うな。この付近に町や村なんてない以上、手足を拘束されているお前が俺達の村に戻るなんて不可能だ。加えてこの森の中には村付近とは比べ物にならない魔物が住んでいる。この道を進んでいる間は危害を加えない事を魔王は約束しているが、怖じ気付いて森に逃げようもんなら魔物に生きたまま喰われるだろうよ」

 僕について来ない理由を聞くと護衛はそう言い返してきた。
 しかし、どう考えても護衛の言っていることに整合性も納得のしようも無い。たとえ魔王が約束をしていようが恐ろしい魔物が住んでいるなら尚更贄としての僕を守るべきだし、一人魔王城へ歩いている最中に気が狂って森に入らない保証だって存在しない。そこから考えられることなんて一つしかない訳でーー

(……つまるところ、”俺達はこれ以上進むのは怖いから一人で行け”ってことか)

 こんな僕でも気持ちはわかる。生きることを半ば諦めた僕でもこの城を目にした瞬間に冷や汗が止まらなくなった。それ程のものを生きたい人が目にしたのなら全力で避けようと逃げるのは至極当然だ。

「……わかりました。それでは行ってきます。」

 僕がそう返しても護衛たちは何も反応せず馬車の向きを反転させ村へと戻っていった。その際に護衛達がこちらへと振り向くことは一切なく、ついに馬車の後ろ姿すら見えなくなった。

「薄情な人達だな」

 一言呟いて前を向く。あるのはとてつもない存在感を放つ建築物。凝視なんて出来ない。その一部でも視界に入れると鳥肌が止まらない。
 
 魔王城までの道のりは1キロ程だが酷く長い。手足の拘束によって動きは制限されていることや病で動くのが辛いという理由もあるがそれ些細なこと。ただ、単純に”動けなくなる”のだ。

 魔王城へ向かう為に一歩二歩と進んでいると定期的に体が震えが止まらず足が動かなくなる。『もしここで森に入れば魔物に喰われるだけじゃないか』とか『この道を逆走したら誰かと会えるんじゃないか』と考えてしまう。その考えを払拭することは出来ず一歩が億劫となっていき、それを堪えて進んでも同じような現象が起こってしまう。

 進まなくてはいけないのか? 今ここで死んでも贄云々は僕と関係ないことじゃないのか?
 そうだ、結局死んでしまえばそこまでだ。それで魔王が村を滅ぼそうが僕にはなにもデメリットなんてないーーーー

 そこまで考えて思い出してしまった。僕がどう生きたかったのかを。

 僕は人のために生きたかったが何一つできなかった。しかし、今がまさにその時なんじゃないか。確かに僕が死んでも泣く人なんていないだろうし、贄として行ったんだから当然じゃないかと言う人もいるだろう。しかし、事実として僕は村を救うことができるのだ。感謝があろうがなかろうが他人のために自分を犠牲に出来るのが勇者じゃないのだろうか。

「……行こう」

 顔を両手で叩き全身を奮い立たせる。どれだけ怖かろうがもう関係ない。僕は死ぬために進むのだ。それで大人数が救われるのなら天国で誇れるだろう。
 足が幾分か軽くなる。確かに足が竦むことはあるが立ち直れるのなら問題は無い。

 歩いて1時間以上は経っただろうか。遂に僕は魔王城の目前まで到達し、目の前には自分の背の数倍以上はある扉があった。
 ここまで巨大だと手で押しても開かないだろう。どうするか、と考えながら前へ一歩踏み出すとその大扉は突如音を出しながら開場した。多分魔法を使っているのだろうけど田舎育ちの僕にそんな知識は無い。

 また体が震え出した。歩いている途中にだって何度もあったが、いざその元凶が目の前にあるとなるとそれも一入ひとしおだ。

「……ここまで来てダサいもんだな、僕は」

 城内へ一歩を踏み出す決心がつかない自分自身を笑い誤魔化す。他人が見たら不気味がる行動だけど、それで行動に移せるんなら何度でもしよう。

 なるがままよ、といった感じで一歩踏み出す。魔王がいる位置などわからないが感覚で歩いていく。豪勢なシャンデリア、髑髏のオブジェ、今にも動き出しそうな彫刻を通り過ぎ他とは一風変わった扉が前方に見える。

 ーー瞬間、直感で感じてしまった。

(この先に、いる)

 ここで立ち止まったら一生動けなくなる。脳が理解する前に僕は勢いのまま扉を開けた。
 高い天井の下には足元から一直線に伸びたカーペット。そのカーペットは数段の階段を登り先に見えたのはーーーー

「これはこれは、まさか人間が狂わずここまで辿り着けるなんてな」
  
 声が耳に入った瞬間、頭が真っ白になった。
 顔は影になっていてほとんど見えない。体には布を纏っており間から黒光りする鎧が見える。

 疑う理由はない。ここは僕が目指した場所であり前方で玉座に座っている者こそ僕の命を奪う張本人。

 その魔王は、腰が抜け萎縮している僕に対して妖しく笑みを浮かべていた。
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