47 / 129
第二譚:灼銀無双の魔法譚
舞い上がる幸せ
しおりを挟む多くの人で賑わうアスキルドの城下町を、白銀の長い髪をした少女がキョロキョロと周りを見渡しながら歩いている。
彼女の本来の目的はかつての仲間である魔法使いの情報を集めることなのだが、今現在の彼女の興味は別のところにあった。
立ち並ぶ飲食店、見目麗しい装飾品たち、職人が丹精込めて作り上げた武具の数々。大国の城下町なだけあってどれも一流の店ばかりである。
白銀の少女、イリアは見た目相応の年端のいかない女の子のように装飾店を眺め、屋台を回ってはアスキルド名産の出し物を買い漁っていた。
今では彼女の両手いっぱいに土産物や、食べ物が溢れている。
今までイリアはどこの国を訪れた時もこんな振る舞いをしたことはなかった。
イリアの出身であるキャンバス村は清貧を旨としており、幼少の頃から出店を回るようなこともなかったし、勇者として諸国を巡るようになってからは連戦の日々で、とても観光をするどころではなかった。
人間領域から魔族を撤退させてから一年をかけて各国が復興を果たした今、ようやくイリアはゆとりをもって観光を楽しむ機会を得ることができたのであった。
もちろん彼女の外見年齢が幼くなったこともそれに拍車をかけているだろう。
今の彼女を見て勇者だとわかる者は誰もいない。彼女の両肩に無意識の内に乗っていた重しがとれ、口煩い聖剣も眠りについている今、イリアの心は自由だった。
「おい、君。」
後ろから声を掛けられてビクッとするイリア。
声をかけてきたのは軽装で身を固めた衛兵らしき人物だった。
運び屋のオヤジに言われた言葉を思い出す。
決してトラブルを起こすな。
自分の振る舞いが何か怪しかったのかと、自問自答しイリアは焦る。
「ほら。これ、落としたよ。」
衛兵の男性は柔らかい物腰でイリアが落としたであろう袋包みを渡してくる。
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして。せっかく買ったんだ。ゆっくり味わうといいよ。キレイな銀髪だけど見ない子だね。最近この国に来たのかい?」
優しい声音で衛兵は聞いてくる。
「え、あ、はい。……人浚いに会いまして、今日アスキルドに連れて来られました。」
内心で冷や汗をかきながらイリアは答える。
初日でこんなに買い物を満喫する奴隷がどこにいるんだと思いながら。
「そうかい、それは災難だったね。だが安心するといい。この国は奴隷だからといって差別しないし、もしかしたら前の生活よりもいい思いができるかもしれない。」
「帯剣しているようだけど、その歳で戦闘もするのかい? 君の主人は厳しい人なのかもしれないけど、何か困ったことがあったら迷わず相談するんだよ。」
衛兵はそう言って通りの奥に消えていく。
「ほっ。」
イリアは改めてこの国の平和さを実感した。
奴隷の子供に暖かく声をかけ、今さらながら奴隷が帯剣してるというのにさして疑問にも思わない。
奴隷の国というイメージだけでアスキルドに偏見を持っていた自分を恥じる思いだった。
「ん、おいし~。」
気を取り直してイリアは先ほど拾ってもらったアスキルドの名産、じゃがいものバター焼きを実に美味しそうに頬張る。
両手いっぱいにショッピングの戦利品を抱えながら、頬が落ちんとばかりにニコニコとお土産を食べる光景。
他人が見たら、この光景にこそ「幸せ」と名付けるのだろうか?
イリアはふと、ある男の言葉を思い出した。
お前の人生は、お前の幸せは、一体どこにあるのか。
確かそんな意味合いの言葉だったはずだ。少なくとも彼女は彼の慟哭をそう捉えていた。
今なら、彼のその言葉が何を指していたのか、少しわかりそうな気がしていた。
誰の為でもなく、自分の楽しみの為に、時を、お金を費やすこと。
生まれて初めてのこの行為は、イリアの小さな胸を今までになく昂らせていた。
ある意味、世界で一番幸せであろう一人の少女。
誰にも侵すことのできない幸福な光景。
しかしそこへ、
「きゃあ! 誰か、誰か! 私たちを助けてください!」
世界の全てに見捨てらながらも、なお救いを懇願するような悲鳴が響いた。
イリアが声のした方へ振り向くと、赤いローブを羽織った二人の少女が小太りの男と揉めているようだった。
いや、あれを揉めているというのは語弊があるだろう。少女たちと男は明らかに対等な関係ではなかった。
何しろ少女たちには鎖の着いた首輪が付けられており、その鎖を男が握って少女たちを引きずっていこうとしているのだから。
ローブを羽織った少女たちは顔立ちが似通っており、どうやら姉妹のようだった。姉が今のイリアと同じくらいの歳で、妹はその2つほど下だろう。
男を怯えた目で睨み付けて、姉らしき女の子が必死に妹をかばって叫んでいる。
「やめてください! 私たちに乱暴をしないでください。お願いです私たちを森に返してください。誰か、お願いします。どうか助けてください!」
「お姉ちゃん。お姉ちゃん!」
少女の必死の懇願は胸が張り裂けてしまいそうなほどの叫びであり、彼女の喉は繰り返される叫びに耐えられず、声は徐々に掠れていく。
その光景の何が異常かと言えば、助けを必死に乞う少女たちの姿以上に、そんな少女の叫びを耳にしながらも一切の関心を示さずに変わらない日常を送っている周囲の人々こそが異常だった。
「チッ、うるせぇガキどもだ。おめえらは、里から出たとこを捕まった時点でもうとっくに俺の所有物なんだ。本当に大変だったんだぜぇ、魔法使いの隠れ里を探すのはよう。いいか、もうお前らの人生終わったんだ。諦めてガタガタと騒ぐんじゃねえよ!」
「ったく、こんなことなら昨日のウチに売りさばいときゃよかったぜ。この街じゃ魔法使いは貴重だってのになかなか値が上がらねえんだもんな。変に欲かいて売り渋ったもんだからケチがついちまったぜ。今日のオークションもイベントが終わるまでは開催されないっつうし、ホント散々だ、な!」
そういって男はとくに理由もない憂さ晴らしの為に姉の方の少女の顔を殴りつけた。
「キャア!」
男に殴り飛ばされて、少女は左の頬を押さえている。
「大丈夫!? お姉ちゃん!」
そのような様子が繰り広げられても、誰一人として魔法使いであるという少女たちを助けようとする者はいない。
彼女たちが羽織る赤銅のローブは下位とは言え一人前の魔法使いの証。
この街において、嫌悪の対象たる魔法使いに差し伸べられる救いの手などひとつもなかった。
いや、それも間違いだ。
たった一人、銀色の髪をした少女が駆け出していた。
「魔法使いに関わるな」そんな約束など完全に忘れて、
「困っている人は迷わず助ける」そんな勇者としてのお約束を守るために。
両手に溢れるほどに持っていた戦利品を投げ捨てて。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる