エルダーストリア-手垢まみれの魔勇譚―

秋山静夜

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第三譚:憎悪爆散の魔人譚

殴りたいのは

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 今から遡ること5日前、

 目が覚めると俺とカタリナは何もない平原で、よく分からない女と3人きりにされていた。

 女は確か、アスキルドで大暴れをしていたとんでもない奴だ。

 俺たちは、一応コイツに助けられた形になるのだろうけど、自分の本能が訴える。

 コレはいつ爆発するか分からない危険物だと。

 つまり、いざとなったら敵とか味方とかそういう括りは一切関係なくみんな一緒に被害迷惑を被るヤツだ。

 そうコイツを評価した時点で、俺はカタリナの手を取って迷うことなく


 逃げた。


 殴られた。


 というか反対側に勢いよく振り向いた瞬間にあの女が目の前にいた、なんて悪夢だ。

 それに他人を、それも子供を迷いなく殴ることができるとか、人としてどうかしていると思う。


 頭にきた俺は目一杯の恨みつらみをこの女に叩きつけた。


 父が殺されたこと。

 仲間が殺されたこと。

 カタリナが傷つけられたこと。

 憎い勇者に救われてしまったこと。

 尊敬する魔王様が、──幻想に過ぎなかったこと。 


 そんな状況でなぜお前たち人間に付き合わなければいけないのか。

 あらゆる怒りを込めて吐き出した。


 女は、涼しい顔で受け止めていた。


「だから? 何? 納得がいかないのなら戦えばいい。」

 一切の逡巡もなく、魔法使いの女はそう言い切った。

「納得がいかないのなら戦いな。アンタらの親父どもはイリアと戦って死んだ。」

「アンタらの魔王様もイリアと戦って封印された。」

「それぞれが納得がいかない何かに対して自身を対価として戦った。」

「その結果、何を手に入れ何を失ったにしろ、そもそも戦いの土俵にすら立っていないアンタらに、あの子らをとやかく言う資格なんてないんだよ。」



 悔しかった、納得がいかなかった。


 この苦しみが、この憎しみが、他人なんかにとやかく言われたくなかった。


 だから戦った。


 この女と、




 ボコボコにされた。


 ちょっと絵にはできない感じでコテンパンにされた。


 そもそも負けさせてすらくれなかった


 まいったと言おうとした口を殴り飛ばされた。


 平伏して降参しようとした顎に見事なアッパーカットを叩きこまれて無理やり立たされた。


 土下座して負けを願い出たら、頭にかかと落としが来てその反動で立ち上がらされた。(どうなってんだ?)


 ようやく敗北を認めてもらえたのは、命懸けの白旗チャレンジが二ケタに達する頃だった。


 今回得た大きな教訓は、『弱い者は負け方すら選ばせてもらえない』ということだ。



「どうだった? 戦ってみて、」

 大の字で地面に横たわる俺に声がかけられる。

 応えられるほどの気力はもはやない。


「弱いとつらいね。手に入るモノよりも、零れ落ちていくものの方がはるかに多い。」

 一体何に向けてか、女はそう呟いた。

「ま、だけどアンタは運が良かった。ちゃんと戦って、それでも死ななかった。」


「…………アンタの父ちゃん達は、運が悪かった。他にも死んでいった多くの人間と同じように。─────何かの『死』に、誰が悪かった何が悪かったとか言い始めたってキリがないんだよ。だってみんないつかは死ぬんだから。」

 答える、余力はない。
 女の、エミルの言葉が正しいのかは分からない。

 いや、こいつはそもそも自分が正しいことを言っていると思って喋っていない。

 ただ、今の俺を見て思ったことをそのまま口にしているだけ。


「だから、アンタは運良く助かった自分の命をどう使うかだけ考えなよ。」


 殴られ過ぎて鈍った頭で考える。


 自分が一番憎かったのは誰だったのか、

 自分が一番殴ってやりたかったのは、



 バキッ


 渾身の一撃が俺の顔面に入る。


「何してんのさ?」
 優しく、呆れたようなエミルの声。

 もちろん、今殴ったのはコイツじゃない。

 今俺を殴ったのは俺自身だ。


 俺が本当に憎かった者、

 それはイリアでもなく、魔王様でもなく、

 弱く、力もなく、何もできなかった自分自身だ。


「俺は、弱い自分が一番許せない!!」
 涙混じりの声で叫ぶ。


「そう、……まあ、そんなときもあるさ。」
 それをエミルは、笑うでも嘲るでもなく、風のように受け流す。

「なくしたモノはアタシにはどうにもできない。……けど、アンタが強くなりたいっていうなら、アドバイスくらいはしてやるよ。」

 くやしい、

 すごくくやしい、

 だってその言葉を聞いて、悔し涙を流しながら笑ってる自分がいたのたがら。


 この日、生涯の宝となる『敗北』を貰った。


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