孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

147.孤独の魔女と爆裂!激怒のエリス

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突如として引き起こされたエリス誘拐事件、ラグナからしてみればまさしく寝耳に水 だが同時に今になって思う

これは 恐らく予定が早まっただけなのだと

二日前 このアルクカースに帰国した俺とエリス、帰ってきてみればいつの間にやら俺とエリスが結婚した なんて噂が周りに蔓延っていて、最初は嬉しいながらも傍迷惑な話だな と苦笑いしていた

…だが俺 事の重大さにようやく気がついた、噂でもなんでも今この国ではエリスは俺の妻として扱われている、つまりアルクカース大王の正妻 所謂王妃だ、この国で俺に勝るとも劣らない要人なのだ

それが誘拐されたってことはどういうことだ?、相手が態々エリスを狙って誘拐してきたんだ、…これはつまりアルクカース王家 延いては王国そのものに対する過激な宣戦布告だ

犯人は宗覇会と呼ばれる胡散臭い武門の連中、そして そいつらを支援していると言われるパレストロ伯爵を含めた俺に反逆する連中だ

そいつらが裏で俺の後ろ指差してんのはまぁ許すよ、俺だって遍く人間に好かれる完璧な人間かと言われれば怪しいところがある、だが それでもだ

アルクカース王国の王妃として扱われる人物を攫うってことはオイ、お前俺に喧嘩売ってんだろ?、殴られる覚悟で殴ってきたんだろ?上等だ受けて立つ、ぶっ潰されてから泣き入れんじゃねぇぞ…

そして俺はサイラスの報告を受け 今現在判明している宗覇会のアジトに総攻撃を仕掛けることとなった
王牙戦士団と上位戦士隊を動員し電撃攻撃で全てを叩き潰す算段だ

ベオセルク兄様もガイランド達隊長も各方面に飛ばした、対する俺が向かうのは…


中央都市ビスマルシア、その少し離れた何もない荒野に存在する 大塹壕だ、ビスマルシアが数百年前諸侯の反乱を受け攻め込まれそうになった時作られた防衛戦線のうちの一つ、地面くり抜いて作られた蟻の巣じみた地下施設

アルクカースにはこういう戦争のための施設が放置されあちこちに点在している、作るだけ作って戦争終わったらポイってのはアルクカースの通例で、探せばこういうのは結構あるし なんだったら管理もされてない

後ろめたい奴にとっては格好の隠れ場所だ

「ここか…」

馬を飛ばせばさしたる時間もなく辿り着く、荒野のど真ん中にこんもりと浮き出た小さな小山 そのど真ん中に分かりやすく扉がついてる、更にとても分かりやすいように見張りまでいる…隠れる気も隠す気もないってか、なめ腐りやがって

「さて、どう動く?ラグナ」

俺の隣で囁くように言うのは鉄仮面の剣士 ラクレス兄様だ、あのくらいの施設 落とすなら俺一人でも十分だが、敵の規模も分からない以上俺一人はやばい、どれだけ強くても一人にできる範囲は限られるからな

って事で手勢は僅かながら連れてきた、ラクレス兄様も合わせて全部で5人 全員第一戦士隊クラスの精鋭だ

「ノックして入るってのはナシとして、ラクレス兄様なら ああいうのはどう攻めます?」

「…そうだね、地下施設だ 入り口で干し草でも焼き煙を入れてやれば、敵はコロコロ出てくるだろう そこを処理すれば撃破は簡単だ、だが…」

ああ、それは無理だ エリスが中にいるかもしれない、牢の中で身動きできないエリスが煙に巻かれるかもしれない、その想像が頭にある限り そう言うことはできないな

エリスならきっと自力で脱出してくれるはずだが、それを邪魔する可能性もあるし、無事が確認できるまではそう言うのはナシだ

「となれば、結局は正面から攻めるしかないだろうね」

「ですよね、軽く突いて 敵を表に引きずり出せば エリスも逃げやすいかもしれない、それで行きましょうか」

今は一刻を争う、敵が何かに気がつく前にあの塹壕を攻め落とす、それがエリス救出につながると信じて、俺は馬から降りる 

「んじゃ、行くか」

馬を降り 人を率い呑気に塹壕へと向かう、先制攻撃は仕掛けない お前らから仕掛けてこい そう挑発するようポケットに手を突っ込みながら歩く、背後のラクレス兄様は剣を抜き 戦士達も槍や斧を構える

その只ならぬ気配を察知し見張りの兵士…いや、格好的に部門の門下生か それが慌てた様子で塹壕の中に声をかければ、まぁぞろぞろと中から人が出てくる出てくる

数にして50人はいるか、こんな人数が下に隠れていたとは まるでアリだな

「…ラグナ大王だな」

「見て分からないか?」

「何をしにきた」

「見て…わかんねぇかって言ってんだよ」

ポケットから手を抜く頃には既に俺たちは門下生達に囲まれている、半裸のバトルスタイル 武器は持たず徒手での構え、飽くまで武術にこだわるか

「言っておくが 我等はお前への恭順の姿勢は示さない、お前の戦争を否定するあり方は アルクカースの伝統に反する」

「そうだな、俺もそう思う」

「我らは戦ってこそのアルクカース人、戦いを否定する王政を潰すために我等は集うている、それは知っているな…」

「ああ、お前らが何者で 俺が嫌いで 宗覇会っつー胡散臭い武門叩いて強さを求めてるのも知ってるし、テメェらが 俺に喧嘩売ったのも よーく理解しているつもりだ」

「宗覇会はこの魔女大国を根底から崩す為の同志の集う組織!、アルクカース本来の姿を取り戻すために生まれた 新たなるアルクカースそのものだ!」

聞いてもないことをベラベラと、余程誰かに言いたかったんだろうな

なるほどねぇ、お前のアルクカースが気に入らないから俺のアルクカースを作るってんだ、珍しい話じゃない 父上の世代でもあったらしい、で 父上はそれを黙らせて国王として居座り続けた

これは所謂アルクカース国王の通過儀礼なんだ、歴代の王様達はこう言うを力で叩き力を示し代々絶対王政を作ってきた、そこはいい そこはいいが…ちょいと行き過ぎだ、子供や無関係のエリスを巻き込むのはいただけない

何より、仕掛けたからにはやられる覚悟もちゃんとあるんだよな、お前らは

「分かった、言いたいことは理解した…、で?その気にいらねぇ俺が この場に現れた、その意味がわかるよな」

「ふっ、妻と子を取り戻しにきたか」

…ん?、妻…と 子?、妻はエリスだよな でも子供?俺はエリスと子供なんて まだ作ってない、まさかいつらリオス達を俺とエリスの子供と勘違いして…ああなるほどそう言うことね

まぁいい、訂正も面倒だ それでいいや

「そうだ、…今返せば許してやるが」

「無論、返さん!ここで貴様を亡き者にしてくれる!!、総員!空風の構え!!」


む、一斉に揃うように構えを取る宗覇会門下生達、風のように揺らぎ かつ強固な構え、形意拳か…思ったよりもしっかり鍛えられているぞこいつら

周囲に漂う濃厚な殺気、今からするのは喧嘩じゃねぇ 殺し合いだと言わんばかりのバシバシ伝わる敵意、これだ これこそ戦いだ、学園でやるようなガキの喧嘩じゃない

「ははは…」

学園でもそりゃ戦いは続けてた、けど どこまで行ったってありゃ喧嘩だ、戦いじゃない それは相手の実力に関わらず、命のやり取りをしないなら それは子供の喧嘩に他ならない

思わず笑ってしまう、久しぶりの戦いだ、俺はこの国で戦争を律する側に立っている、だからって 戦い自体が嫌いなわけじゃない

寧ろ、大好きだ

「上等ぉ…やるか、ククク」

「ラグナ、ベオセルクのように下品に笑うな」

「えぇっ!…またか」

ラクレス兄様に注意され顔を触る、どうにも 気が高ぶると俺はあの人みたいに笑う節があるようだ、あの獣みたいな笑い方だぜ?やっぱり嫌じゃん?エリスもベオセルク兄様のことは怖がってるし、もしかしたらエリスに嫌われるかもしれな……

「しゃあぉぉぉぉ!!!」

「おっと」

唐突に放たれる上段蹴り、速い上に鋭い その辺の樹木くらいならボッキリいけそうだ、まぁ避けるが

「生かしては返すな!、こいつをここで始末し!再びラクレス様に王座を獲得してもらうのだ」

門下生達が叫びながら殺到するように迫ってくる、ラクレス様を王座にって ラクレス兄様ここにいるじゃん、ああ 鉄仮面つけてるから誰か分からんのか

「…………」

ちなみにラクレス兄様はちょっとドン引きするくらい無反応だ、おっかねぇ ああいう何考えてるか分からん時の兄様程相手にしたく無いものはない

迫る門下生を相手にラクレス兄様も連れてきた戦士達も応戦する、精鋭を連れてきてよかった こいつら思いの外強いからな

「よっしゃ!相手してやる!」

外套を放り投げ拳を握る…、戦闘開始だ!血が滾る!

「でりゃぁぁああ!!!」

迫る門下生を前に細かくステップを踏む、宗覇見形拳だったか?聞いたことない武術だが その中身は殊の外しっかりしたものらしい、踏み込みも基礎は抑えてあるし 何より打ち込みも基本が出来ている

俺の急所狙って放たれる 諸手 手刀 貫手の連打をステップによるスウェイで躱し その動きを観察する、徒手がメインの武術 すり足で動きつつ地面を叩くように踏み込みどんどん攻め立てる

前へ前へ攻めていく様はまるで風のようだ、いいね 武闘家とやるのは何だかんだ初めてだ、ホリン姉様は武術を使うが あの人は武闘家じゃないからな

「っ!」

放たれる正拳を腕で払いがら空きになった胴に一撃叩き込み、怯んだその一瞬に首筋に手刀を放ち 続けざまに顎先に裏拳、その連撃で目の前の男は目をぐるりと白く染め泡を吹き後ろへと倒れこむ

「しゃぁっ!、次来い!」

「ぐぬぅ、流石は魔女より武術の手ほどきを受けた男!見事な手練!我らも負けはせん!」

「おう来い!」

仲間がやられた 仇を討てと俺に筋骨隆々の門下生達が殺到する、奇声を上げ気炎と共に放たれる技の数々を潜り抜ける

飛んでくる上段回し蹴りを避けながらその勢いで蹴りを放ち吹き飛ばす、俺を投げ飛ばそうと裾を掴む男を逆に掴み投げ飛ばし地面へ叩きつけその隙を突き背後から放たれる拳を避け裏拳

乱闘 乱舞 乱撃、乱れ飛ぶ拳 乱れ狂う蹴り、まさに乱取り稽古だ 倒しても倒しても次々お代わりが来る、しかも…

「ちぇやぁっ!」

「っちちっ!」

門下生の拳が俺の頬を掠め熱を帯びさせる、気を抜くともらいそうになる、当然ながら一人一人が強い

お前を倒して俺は学園のトップに立つぜー!と息巻いて向かってくる学生なんかとじゃ比べ物にならない強さだ、気迫も威圧も段違い 手加減なんか出来ない

「いてぇだろうが!」

お返しとばかりに相手の髪を掴みそのまま膝に叩きつける投げ捨てる、お前らの王が誰なのか 分からせてやるべきなのだ、こいつらには

「オラどんどん来い!俺はアルクカース国王!ラグナ・アルクカース!テメェらの頂点に立つ男だぞ!、雑魚並べて戦いになると思ってんのか!」

手近な門下生の首を掴みそいつを振り回し周りの敵を一掃する、踏み込みは大地を砕き 一撃は骨を砕き 強さは意思を砕く、それでも奴らは向かってくる 勝てないから戦うのをやめる、そんなことする奴はアルクカースにはいない!

俺は誇らしいぜ?今は敵だが お前らみたいな国民持ててよ!

「くっ!凄まじい強さだ…仕方ない!師範を呼べ!早く!」

「だ だが今は稽古の時間で…」

「関係あるか!早く! ぐごぁっ!?」

「ボス呼ぶなら早くしろよ、ここにいる連中がいなくなったら 俺は遠慮なく踏み込むぜ?」

肘を鉄槌の如く振るい叫ぶ、早いとこ親玉を出せと 恐らく、親玉が出てくれば話は早い 俺に喧嘩売ってエリスを攫ったことを後悔させる

そんな俺の言葉に反応して 一人の門下生が塹壕へと潜り、…そして直ぐに戻ってくる、大量の援軍と 一際大きな坊主頭を連れて

「うぬぅぅぅん…、我が門下生を叩きのめしているのはぁ…お前かぁぁぁ!!!」

「イキのいいのが来たな」

「むぅ、お前がラグナ大王か よくもよくも我が可愛い弟子達を!許さん!!」

一際体の大きな筋肉むきむきのマッチョマンなハゲ頭は地面に転がる門下生達を見て怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にする、こいつが例の師範 宗覇会の親玉…エリス誘拐の犯人か

「テメェか、ここのボスは…」

「然り!我はソーマ!宗覇見形拳の開祖にして流祖!総師範!ソーマ・アクアヴィテである!!」

「俺はラグナ・アルクカース…テメェが喧嘩売った国の王だよ!、…テメェ エリスを攫ったな?」

「耳が速いな!そんなに妻が大切か!、だが奴にはこれから一生 我らの為に働いてもらうつもりなのだ!、そう簡単には返せぬわ!ぐはははは!」

何がグハハハだぶっ殺すぞ、しかし ただ単に人質にするためだけに攫ったわけじゃないのか?…

「お前、何が目的だ…」

「我が目的は一つ!魔女への挑戦!その為にマレフィカルムへ加入する事!、それには軍がいるのでな!子供に教育と鍛錬を積み我が子飼いの兵とするのだ!無論!お前の子供もな!」

「なるほど…なるほどね」

色々わかった気がする、こいつら…いや ソーマ自身の目的は優秀な兵士を集めマレフィカルムに加入する事、そしてそれに乗っかったのがパレストロ達や他の門下生だ

ソーマと門下生達の目的は違う、ソーマはマレフィカルムに加入し魔女と戦うことを目的とし、パレストロと門下生はその力と組織力で俺を倒し玉座を簒奪する事

結局どっちも魔女大国に喧嘩を売るって点じゃあ一致してるから、手を組んでるってところかな…、パレストロ達王政反対派を動かす程度にこの男は強いって事だ

「ややこしいな、組織で目的を一致させろよ」

「うむ?、門下生達から話を聞いたのか…奴らはお前を倒す為に鍛錬を積んでいると言っていたな、まぁ 我としても魔女の弟子は敵であることに変わりはないからな、魔女の弟子の首を手土産にすれば マレフィカルム内でも重用されるであろうからな」

ああそっか、こいつも俺の命自体は狙ってんのか…ん?

「じゃあエリスの首でもいいんじゃねぇのか?」

「…?、なぜお前の妻の名が出る…」

「いや妻じゃないが…、でもあいつも魔女の弟子だろ」

「…………なにっ!まさかエリスとはあの孤独の魔女エリスのことだったのか!?てっきり別人とばかり…、そう言えば古式魔術使ってたようなぁ…」

こいつひょっとしてアホか?…

「しまったぁ…ならもっと厳重に捕らえておくべきだった…!」

「アホかお前…、まぁいい どの道エリスに手ぇ出したやつには容赦しないって決めてんだ、地獄落ちる覚悟一つ 出来てるよな!」

「くぅぅ、…まぁいい!お前をここで倒し!エリスの首も持っていけば良いのだ!うむ!そう思えばなんだか全て上手くいく気がしてきたぞ!、ぬははは!覚悟せい!」

「幸せな頭してんな!お前!」

拳を握り構えを取れば ソーマもまた構えを取る、手を広げ 脱力したように手を構え…そう、まるで蟷螂のようなポーズで…

「しゃぁぁぁ!蟷螂の構え!」

「チッ…」

「ちぇいやぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

まるで鎌でも振るうかのような大振りの横払い、大振りは大振りだが 速い 門下生とは比べものにならん、オマケに払いの切れ味も鋭く…ええい!

「動きがうざったいんだよ!お前!」

「ぐぶっ!?」

突き刺さる、俺の拳がソーマの連撃の隙をつき 深々と突き刺さり、ピューと鼻血を吹きながら蹌踉めく、結構本気で打ったんだが 倒れないか…

「や やるではないか、我が攻撃を避けたのはお前で18人目だ」

「結構いるな…、律儀に数えてんのか」

「だが我をそこらの武闘家と同じと思ってもらっては困る 、…この程度心頭滅却すれば何するものぞ、ぐぶぶ」

「あんまり心頭滅却出来てる感はないぞ」

「認めよう、お前は武闘家としてかなりの高みにいる、故に…我も禁じ手を使うことを許せ」

そういうとソーマは腰にぶら下げた何かに手を伸ばす、…あれは 瓶か?何液体が入っているように見えるが、…するとソーマはその瓶の蓋を開けニタリと笑う

「まさか、薬か?…」

「否 我は飽くまで肉体のみで戦うことを是とする、薬の力には頼らん…これは酒だ、お酒」

「酒?…戦闘の最中に飲酒とは余裕だな、ツマミもいるか?ここにたんとあるぜ?」

そう言いながら拳を握るが ソーマはそれを無視してぐびぐびと酒瓶を仰ぎ始める、聞けよ
…、しかしなんだ 禁じ手って 、いや酒?そういえば武術マニアのホリン姉様から聞いたことがあるな

酒と武術…とくれば

「酔拳か…!」

「ぐびぐび…ぷはぁっ!、然りィ!我が最も得意とする形意は酔拳!、酔えば酔うほどに…ヒック、強くなる!」

なるほど、それが禁じ手か…いや 

「なんで酔拳が禁じ手なんだよ、普通に得意技なら使えばいいだろ」

「ふふふ、我がこの技を禁じ手としている理由か?それは…ウプッ…ヴォぇぇぇぇぇ!!!」

「酒弱いのかよ!!!!」

「ウプッ…この酒キッツ…おぇぇぇぇ」

「飲めねぇなら飲むなよ!!」 

いきなり四つん這いになってげろげろ吐き始めるソーマ、いや…いやいや なんだそりゃ、一気に気が抜けたぞ…、こいつ大丈夫か?もう戦うどころじゃないんじゃないのか?、勝手に自爆して なんか…高まってたボルテージが一気に冷めちまった

「おい、もう戦えねぇんならとっととエリスを…」

「うぃー…」

「え?」

徐にヨロヨロとふらつきながら立ち上がったソーマの手が 俺の服に引っかかり…、俺の体が 宙に浮く

「なっ!?」

「うぃーー、よいしょっ!!!」

そのまま俺に手を引っ掛けたまま後ろに倒れこむように俺の体を地面に叩きつける、ただ倒れただけじゃねぇ 倒れるように俺の体を投げたのだ、事実あんなにふらついているのにソーマは倒れていないし 俺の体は地面を砕く勢いの衝撃に襲われる

「ぐがぁっ!?」

「おろおろ…おぇぇ…!」

地面へと埋もれる俺の体の上でよろめきながら一撃、凄まじい勢いの蹴りが叩き落される…こいつ 本気で強くなってるぞ!?、今にも倒れそうなのに 踏み込みはしっかりしているし、何より不規則なのに衝撃は真っ直ぐ俺の体を射抜く

「くそっ!」

踏みつけられながらも立ち上がる、ただの酔っ払いじゃねぇ!油断なく構え 目の前でフラフラ揺れるソーマ目掛け蹴りを放つも

「おっとっと…!」

「チッ!、当たらねぇ…!」

フラフラと不規則に動くソーマ、あんなにもデカイ図体の癖して俺の蹴りも拳も全部避けやがる、読めない 動きが 千鳥足で動くせいで歩法が読みきれない!

「おりょりょ…?」

そしてくるりと片足で回転しながら自由に投げ出した腕が裏拳となり俺の横っ面を射抜く、あんなフラフラした一撃なのに芯が震える…

「ぐっ…、強いじゃないか お前」

「今頃気がついたかぁ、我ぁ強いのだ…」

「チッ」

酔拳思ったよりも厄介だな、どういう武術なのかイマイチ掴めない、というか酒飲んだだけで強くなるのか?
昔ホリン姉様が教えてくれたことはあるが、それはまだ俺が王になるよりも前 しかも俺は聞き流していたせいであんまり覚えてない

真面目に聞いとくんだったな…

「このまま嬲り殺してやろうか…!」

「ナメんなよ…、テメェが本気出すならこっちも出すまでだ」

打たれた頬を腕で擦り立ち上がる、上等だ こっちだって師範から武術の手ほどきは受けている、こいつが作った武術ごときに遅れは取らん

「ナメるなは…こちらのセリフよ!!!」

「はぁっ!!!」

ソーマの連撃、まるで蛇のように ゴムのようにクネクネと不規則に飛ぶ突きを手で受ける、叩き落とし真っ向から向かう 下手に考えるから面食らうんだ、攻撃は攻撃 そこは変わらん

故に…

「むっ!」

「酔って手元が狂ったか?」

打たれた拳を一つ掴む、面倒な動きすんならそれを封じてやれば良いのだ…、この野郎が俺をいくら殴ろうともこの手は離さないし こいつがいくら抵抗しようが俺は倒れない、テメェが死ぬまで決してこの手は離さなねぇからな…!

「ぬぐぅ…!は 離さぬか…!」

「テメェが死んだらな!」

「この …ならば!」

ソーマの拳が腕が肉体が隆起する、力技で俺を振り解こうというのだ やはりこの状況は奴にとっても辛いらしい、だが むしろこの状況…望むところなのだ、超至近距離で殴打戦乱打戦、確かにこの距離なら俺はお前の拳を避けられない だがそれはお前も同じだろ?

悪いが純粋な耐久勝負じゃあ負けねぇぜ、ソーマに答えこちらも拳を握る、さぁやろうか…

「貴様をこのまま打ち倒さん!」

「上等だよ!やってみろや!!!」

めんどくさいの抜きの、至高の殴り合いを……!!


「ぶげぇっっ!?!?」

「へ?」

俺の拳とソーマの拳が 今まさに互いに激闘しようとする瞬間、ソーマが血を吹きながら悲鳴をあげぶっ飛ぶ、俺の手をすっぽ抜け飛んでいく…あれ?俺まだ殴ってないんだけど、と半端に突き出した手をニギニギ握る

まさか師範の言う究極の拳…ついに俺は殴らず殴る境地に至ったか?

「大丈夫ですか?、ラグナ…」

「んぉ?、おお!エリス!」

ふと目の前を見てみると片足を上げた状態で立っているエリスがいた、ああ さっきのはエリスが蹴り飛ばしたのか

彼女の近くには攫われたとも思わしき子供やリオス君とクレーちゃんの姿もあった、怪我もなさそうだ

「エリス、君なら脱出してくれると信じてた」

「はい、ラグナも 貴方ならエリスを助けに来てくれると信じていましたよ」

「えりうー!」

「おうさま!おうさまだ!本物!」

「子供達も助けてくれたんだな…ありがとう、エリス」

「いえ、…ただ 裏にはパレストロという貴族もいるらしく…」

「知ってる、そっちにも手は回してあるよ」

「流石です」

少し、顔を綻ばせ微笑むエリス…クールな微笑み、なんて可憐…じゃなくて

「エリス、君は子供達を連れてここを離れるんだ ソーマの野郎は俺が倒しておく」

今の強烈でソーマは吹き飛んだが、目を向ければ普通に立ち上がってきているのが見える、まだ戦いは終わっていない、もうエリス達という盾はない とっととこんな戦い終わらせる そのためにもエリスには一旦避難してもらって…

と言いかけて 止まる、エリスの目がこれ以上ないくらい険しくなっていたから

「あのハゲはエリスが倒します」

「なっ!?だけどお前…」

「初戦の借りがあります、それをラグナに取られたくありません、それとも…エリスはラグナに守ってもらわないとならないくらい、弱い存在だと思っているんですか?」

「そうは言わないが…」

俺戦ってる最中だし…面白くなってきたところだし、でも言えない エリスの顔が怖かったから、多分 キレてるんだ

負けたからじゃない、恐らくソーマという人物に対して 激烈な怒りを覚えているんだ…、エリスは温厚な物腰とクールな人柄をしてはいるが、その実 怒ると何するか分からないレベルで怖い

エリスの沸点が低くはないが、何か彼女の怒りの琴線に触れることがあると、一瞬で沸点に到達し沸騰する、怒るとなりふり構わずピエールに襲撃をかけるような苛烈な人間なのだ

それを止めたら …と思うとちょっと怖い

「…分かった、お前の獲物だってんなら お前が決めろ」

「ありがとうございます、ラグナ…苦労をかけます」

「いやいいさ、元を正せば俺がきちんと王様やってりゃこんなことにはならなかったんだかりな、その尻拭いを君にさせてるようなもんなんだから」

エリスはぺこりと頭を下げると子供達を俺の方へやると彼女は籠手を嵌め直し首の関節を鳴らす、ここまでマジなエリスは久しぶりに見るな…

学園生活では良くも悪くも相手が全員学生ということもあり、俺達は本気を出していない…そういう点ではノーブルズとの戦いでも、エリスは加減しながら戦っていたと言える

気になるな、長旅の修行を乗り越えた エリスのガチを

「ほら、みんなこっち来い 戦いに巻き込まれるぞ」

「は はい!、おうさま!」

「たああうあー!」

子供達からリオス君とクレーちゃんを受け取りその場から離れる…対峙するエリスとソーマの二人を置いて

既に門下生は全てラクレス兄様が倒している、あとはあの師範だけだ…

……………………………………………………

エリスが子供達を連れて外に出ると、既にラグナが宗覇会と戦っていた ソーマとラグナの戦い、それが見えたのだ

ここでエリスが子供達を連れて戦線を離脱すれば、ラグナは遠慮することなく宗覇会を潰してこの一件は終わりだろう、裏で一枚噛んでるパレストロにも手は打ってあるとラグナは言っていた

だが、これはエリスのワガママになるが ここでソーマの撃破もラグナに任せてしまっては、よくないと思ったのだ

エリスが攫われて巻き起されたこの事件、その解決の全てもラグナに任せれば エリスはただのお荷物としてこの国に来たことになる

それはダメだ、自分の始末くらい自分でつける、その為にもエリスはソーマだけでも倒しておかなければならない

ラグナにとっては面白い話ではないかもしれない、ここ一番でやってきて美味しいところだけ掠め取るコソ泥のような行い、それでも…それでも

エリスはこのソーマという男に、許しがたい程の激怒を感じている

子供を攫い 平穏を崩そうとし、剰え 我が友の命まで狙った、女子には分かるまいと突き放し 理解しがたい理屈を振りかざすこの男は、是が非でもこの手で打ち据えねばならないのだ

「やはり…牢から抜け出ておったか」

「あんな牢屋 エリスからしてみればないも同然です」

「ふんっ、そこで大人しく逃げておけば良いものを…また我に負けにきたか」

「そうですね、試してみますか?…前回と同じかどうか」

エリスの一撃を受け立ち上がるソーマ、その男はラグナと戦っていた…あのラグナと近接戦で戦い渡あっていた、その上 アルクカース貴族から協力を求められる程の強者だ

間抜けな見た目だが 弱くはない、だが今度は負けない…ゆっくり腰を下ろし構えればソーマもまた構え…ない

「…?、何をしてるですか?」

「何、酔いが覚めてしまったのでな酒を飲もうと思ってな、お酒を」

「は?酒?」

「エリス!気をつけろ!そいつは酔拳の使い手だ!酒を飲めば飲むほど強くなるぞ!」

酔拳、聞いたことがあります…確か昔師匠がそんな拳法の名を言っていましたね、当時は胡乱な拳法だと聞き流していましたが

ちゃんと、覚えていますよ、そのタネを

「ククク、良いのか?酒を飲めば我はさらに強く…」

「いいですよ、飲んでください?」

「は?…いや ならば飲もう、遠慮なくな」

するとソーマは酒瓶をこれ見よがしにぐびぐび飲み干すと、途端にフラフラと足取りが悪くなり

「ぅ…うう、やはり…酒はにがて…うぉぇぇえぇぇえ!!!」

「………………」

「おぇぇえ……ぇぇ?」

酒を飲み 四つん這いになりげろげろと口から嘔吐するソーマを見て、思わずため息が出る 茶番を…

「心配してくれない感じか?」

「はぁ、役者ですね…本当は酔ってないんでしょう?」

「なっ!?何をいうか!我はものすごーい下戸で…」

「その中身、水でしょう?水を飲んでどうやって酔うんですか?」

「なにっ!?」

酔拳とは別にお酒を飲んで酔っ払って戦う拳法ではない、こいつらは物事を拳法の型に落とし込む形意拳の使い手 虎の動きや鷹の動きと同じ 酔った動きの模倣、酔拳とは 酔った動きの真似をしているだけで別に本当に酔うわけじゃない

あの酒瓶の中身も水だ、口に含んでそれを吐いただけだ、その一連の動きで敵の戦意を削ぎ 千鳥足でフラフラした動きで敵の油断を誘うだけの拳法、不規則に動きとトリッキーな攻撃を掛け合わせれば これが存外敵を混乱させられる

だがタネが分かれば普通の拳法となんら変わりない

「あれ酔ってなかったのか、俺ぁてっきり酔っ払ってるもんとばかり…」



「存外詳しいのだな、…だが 我が酔拳が破られたわけではない!行くぞ!全身全霊の拳!受けてみよ!」

「…ぶちのめします」

トコトコと左右に前後に揺れるような不規則な動きで歩法を取りながら構えるソーマ、ゆったりとした動きをしていると思えば、突如 機敏に動く 迫ってくるのだ

ただし、正面からではない、背面から 背中を向けたままこちらに走ってきた、通常の拳法 否 戦法ではあり得ない背面の攻め

「とととっ…よっと!」

刹那、ソーマはぐるりと万歳の姿勢で背中を反り返し拳を叩き落とす、本来の武術ではあり得ない姿勢からの攻撃、面を食らうのは必定…奴が酔っていると油断していればの話だがな

「甘いですよ!油断はしませんから!!!」

「ぬぅん!?」

背面から振り下ろされる拳をしゃがんで避けるとともに斧のように足を振るい、そのがら空きの足を払う 、不規則であるがゆえに防御もまたおざなりになる、エリスの足払いに堪らずソーマはぐらりとバランスを崩し倒れる…

「ちゃいやぁぁぁあ!!!」

と思いきや倒れると同時に転がるような姿勢で蹴りと拳を乱打してきたのだ、まるで転がる大岩 それが怒涛の勢いで拳と足を突き放す、どう飛んでくるか読み切れない…が

これも師匠から聞いている、酔拳の真髄は地攻拳…足場の悪いところで戦うことを想定し寝転んで転がりながら地面を這うように戦うところにある、特殊な拳法に部類される拳法の一種だ、足払いをされてもソーマからしてみれば別の攻撃姿勢に移っただけ

だが、知っているからこそ エリスにはやりようもある!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

飛ぶ 空高く、地面を這う彼では到底届きもしない 空へ高く、地攻拳は地対地の拳 空は埒外、故に届かない 地面へ倒れている彼では ここには

「なっ!?卑怯だぞ!拳の届かないところに行くのは!」

「武闘家に言ってくださいそれは、エリスは違うので…」

「何を…!!!」

「…最後にいくつか伺いたいのですが、いいですか?」

「む?、なんだ!」

「貴方は、子供達を攫い その後どう扱っているのですか?、いるんですよね にも攫った子が」

こいつは 子供達を他にも攫っているような口ぶりだった、だから 聞きたいんだ、こいつが子供をどう扱っているか

「無論!鍛え直しておる!、最近の子供は軟弱ゆえな!直ぐに親に会いたいだのやめてくれだの言うが そんなナメた根性 我が叩き直してやっておる!!」

「泣いていたんですか?その子達」

「最初だけだ!、直ぐに泣かなくなるわ!」

「それは…怯えて泣くことさえ諦めているのではないのですか!!」

子供が泣いているうちはいい、だが 泣くことさえ諦めるとは、もはや生さえも諦めているに等しい、こいつに分かるのか!泣いても誰も助けてくれないと悟った子供の辛さが!、暗い地獄に閉じ込められて 痛みと苦しみだけを与えられる 子供の辛さが!

その傷は 一生残る!一生癒えない!

「全ては我の野望のため!仕方なきこと!」

それを…こいつは…こいつは何も!

「…リオス君達も そういう目に合わせるつもりだったんですか?」

「無論!、より一層厳しく育てるつもりだ!!」

「そうですかそうですか、いえ ありがとうございました もういいです」

「ならば降りてこい!我と戦え!」

「………………」

こんにゃろうには借りがある、リオス君たちを危険に晒したという罪もある、子供達を利用しようとした事 動乱を巻き起こした事 挙げ列ねればきりがない程、こいつには借りがあんる!、遠慮はなしだ ぶちかます!ぶしのめす!ぶっ飛ばす!

「焰を纏い 湧き上がれ閃雷 、我が声に応え隆起し 眼前の敵を消し去れ白炎 煌めけ雷光、爆炎雷電 壊烈現界 滅私亡敵、その威とその意が在る儘に、全てを抹消し 天まで届く怒りの咆哮を響かせろ!『鳴雷招』!!!」

両手に雷を集め、天空から叩き落とすように地面へと放つ、火雷招 黒雷招に続く八つの雷の一つ、名を『鳴雷招』

火雷招が熱に特化し 黒雷招が破壊に特化するなら、鳴雷招は衝撃に特化した一撃、雷の爆音と熱の急激な膨張を伴いながら放たれる白雷は真っ直ぐ 地上のソーマ目掛けて走り…

「ぐっ…ぅぉぉぉおぁぁぁぁぁぁっっ!?!?」

その姿を雷光によって隠す、ソーマを中心に地面は割れ 隆起し浮き上がると共に砕け散る、辺り一帯を遍く叩き砕く まさしく天の鉄槌が容赦なく地面を叩く

「ぐっ…ごぁあ…」

光が終息し、辺りに砂埃が立ち込める中 粉々に砕けた大地にソーマはいる、…立っている 全身黒焦げになりながら、なおも立っている

「ぬぅーーあははははは!、素晴らしい!素晴らしいぞ!このような威力の一撃!受けたこともないわ!、だが!心頭滅却すればこの程度…おがぁっ!?」

「まだ足りませんか!!!」

立っているなら続けるまで、そこから旋風圏跳で急降下し膝蹴りを叩き落とす、心頭滅却か何か知らないが 耐えるなら耐えられないまで叩きのめす!

「ぐぉぁ…このぉっ!!!」

「『煌王火雷掌』!!」

「ぬぐぉぁっ!?」

膝蹴りを受けても腕を振るうソーマの一撃を紙一重で躱すと共に叩き込む熱雷の拳、それは爆裂と共に彼の体を吹き飛ばし遥か彼方までぶっ飛ばす…が、このまま逃すわけがない

「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』」

蛇の如く唸る魔術の縄は吹き飛ぶソーマを絡めとり中空で押し留める、逃すか!

「おらぁぁぁぁあ!!!心頭滅却してみろぉぉぉぉ!!!!」

「なっ!ちょっ!?」

そのまま縄を掴み振り回すぐるぐると竜巻のように 荒れ狂うように、振り回し振り回し!地面へ叩きつけ空に踊らせ 再び叩きつけ、隆起した岩をソーマの体で次々とくだきていく

それでもなおも止まらぬこの怒り、何が心頭滅却だぁおらぁぁ!!!




エリスの激乱、それは子供を攫い 閉じ込め痛めつけるという所業が何よりも許せなかったからだ、リオス達を攫ったのも許せない 子供達を攫ったのも許せない この国に動乱を巻き起こしたのも許せない

だが、己の幼少期と重ねて 彼の行いを見てしまったエリスには、もうソーマへの一抹の容赦も残すことは出来ない

ということも重なり、それは一方的な戦いとなった……

「『風刻槍』!!!」

「ぐぉぉぉお!!??」

「『火雷招』!!!」

「ぃひぃぃぃぃ!?!?」

「まだまだぁぁぁ!!!」



「エリス…荒れてんなぁ…」

そんなエリスの戦いを見て、ラグナは冷や汗が伝う 以前エリスと戦った時のことを思い出す、カリストに操られ ラグナと戦った時のことだ、あの時ラグナはエリスを相手に優位に立てていたが

…こりゃ、エリスの真髄を見た気がするな…あの時戦ったエリスよりも今のエリスの方が恐ろしい、彼女はキレると怖い…

キレたら強くなる、というより 彼女の中で何か…普段セーブしているものが外れるのだ、もう相手を倒すためなら形振り構わなくなる、彼女がリベンジマッチで強いのはこういう意味もあるのかもしれない、あの状態のエリスが相手ならラグナとて無傷ではいられないだろう

「…おひめさま かっこいい」

「えりうー!あうあー!」

「おりゃぁぁぁぁ!子供達にあやまれぇぇぇぇ!!!!」

子供達にはかねがね好評なようだ、周りの門下生達も鬼神の如きエリスを見て目の色を変えている、あれがこの国の 我らが王妃か…と、アルクカースの母とは強いもの 王妃とは即ちこの国の母

つまり、何が言いたいかというと…エリスの奴 反ラグナ派の連中を全員力尽くで屈服させやがった

「分かった!分かった!我が悪かった!もう降参だ!許せ!」

「許してくださいだろぉぉぉがぁぁぁぁ!!!!」

…まぁ、俺もああいう姿にはちょっとキュンと来ちゃう辺りアルクカース人なんだろうな、…取り敢えず帰ったらデティにはエリスは怒らせないよう言っておくとしよう



…………………………………………………………

その後の顛末を簡単に語るならば、問題解決 というより問題が起こるよりも前に事前に解決した と言える

ソーマはエリスにボコボコにされた後白旗を振り 縄目についた、尋問すると彼は二年ほど前にマレフィカルム存在を知った他国の人間であり、マレフィカルムに加入したいなら力を示せ と言われ今回の計画を実行したらしい

と言っても発案者は彼じゃない、マレフィカルム側がアルクカースの王政の不満に漬け込んで反乱を起こし 子供を攫い戦力を手に入れろと入れ知恵したらしい、まぁ ソーマ自身があまり頭が良い方ではないからマレフィカルム側も定のいい捨て駒として使ってやろうというのが分かる

そしてそれにまんまと嵌められたのがアルクカース貴族パレストロ 以下4名の貴族達、ラグナの不在にかこつけてソーマの宗覇会を隠れ蓑に力をつけ一致団結し 王政転覆を試みたらしい

が、その企みは頓挫した、何故か ソーマの暴走だ、昨日の騒ぎ…ラグナとエリスの結婚騒動を耳にした彼は誰にも相談せずエリスの誘拐とその側にいた子供を連れ去ることをその場で思いつき実行してしまった

そのせいで今まで内密に動いていたパレストロも他の門下生の努力も水の泡、存在がラグナ側に露呈し 剰え完全に敵視危険視されてしまうという最悪の事態を招くこととなった

結果、ソーマはラグナとエリスによって撃破され せっかく着々と築いていた宗覇会の拠点は全て陥落、パレストロ達もベオセルクの活躍により撃破され 状況を理解したパレストロは即ゲロった

そしてパレストロ達は領地の大幅没収とソーマ自身の投獄でこの一件は幕を閉じる事となる、スピード解決と言ってもいい、本当ならこの一件が表層化するのはラグナが帰ってくる数年後になる予定で

その時にはパレストロもソーマも もっと力つけている予定だった、その時戦っていれば もう少し苦戦しただろうが、残念 ソーマ一人の暴走で全て無駄になってしまった

全無視解決だ…、余すことはない 思い当たる懸念もない

反ラグナ派は領地を押収されはしたものの、彼らとて武人 アルクカース人、計画が上手くいかなかったのは自分たちが弱かったから ラグナが強かったから、弱い者は強い者に従うものと彼らも納得し 矛を収め謝罪してくれた

ソーマも獄中でその悪事…主に誘拐に関する事柄を全て吐いてくれたおかげで 今まで誘拐されていた子供達は全て救出することができた、幸い 心に深い傷を負ったものの取り返しがつかないほどの子はいなかった

誘拐された子達は皆親元に帰った…、リオス君とクレーちゃんも含めて

ソーマの捕縛と門下生の尋問とか…まぁ、一連の仕事がひと段落し 俺たちはようやく攫われた子供達を連れて、ビスマルシアに戻ってくることができた


「リオス!!クレー!!」

「あうあー!、ぱーぱー!」

「よかった…無事で…」

「んんああー、まーまー」

手っ取り早くパレストロをぶちのめし帰ってきたベオセルク兄様と用事を終わらせ血相変えて帰ってきたアスク義姉さんの元へ双子を送り届ける、二人ともエリスから子供を受け取るなり 涙を流して無事を喜んでいた

「すみません、エリスがしっかりしてないといけなかったのに」

「何言ってんだ、お前が俺達の子を連れ出してくれたんだろうが、他のやつと一緒じゃ どうなってたか」

「そんな…でもエリスは…」

「あうあー!えりうー!」 

「クレーちゃん…、慰めてくれているんですね…ありがとうございます」

エリスは子供達を守りきれなかったことに罪悪感を感じているらしい、自分がもっと強ければあんな牢屋に連れて行かれることはなかったと、だが…こういう言い方をするとちょっとあれかもしれんが

エリスが攫われてくれたおかげで、ソーマ達の存在は露呈し その危険な因子を摘むことができた、結果オーライだよ …とさっきエリスに伝えたら、睨まれた 子供を危険に晒して何言ってんだと

しかし、エリスがあんなに子供が好きとは知らなかったな…元々世話焼きではあるけどさ

「ラグナ」

「ん、受け渡しは終わったかい」

「はい、預かった子はきちんと親のところへ」

ふと、視線を戻すと俺の元へと戻ってくるエリスが見える、彼女は責任を持って子供を親に送り届けた、危険には晒してしまったが それでも戻せた、結果がいいなら不都合な過程からは目を背けようじゃないか

「リオス君もクレーちゃんも強い子ですね」

「ん?そうか?」

「ええ、二人とも 捕まっている最中一度も泣きませんでした、流石はベオセルクさんの息子さんと娘さんです、将来有望ですね」

「そうだなぁ」

兄様は、将来あの二人を俺の あるいは俺の子供の護衛の戦士として育てたいと言っているが、ぶっちゃけ 俺はあの二人のうちどちらかが王位を継ぎたいといえば喜んで応じるつもりだ

まぁ、継承戦に参加する権利を与えるだけだけどな、あの二人がまたアルクカース姓を名乗りたいなら好きにすればいいと思ってる、どうなるかは分からんけどな

「しかし…ラグナ、聞きましたか?」

「何がだ?」

「り リオス君達がエリスとラグナの子供だと…」

「あー…うん、聞いた」

思わず顔が熱くなってそっぽを向いてしまう、ソーマはリオス達を俺とエリスの子供だと勘違いしていたらしい、ちょっと考えれば ちょっと調べれば分かるだろうことだが、奴はそれを信じきっていた

それもこれもホリン姉様がくだらないデマを流布したからだ、いや元を正したら全部あの人のせいじゃないか?、エリスが俺の妻と勘違いされ攫われたのも リオス達が俺の息子と勘違いされ攫われたのも…

後で少し話をしておかねば…

「嫌ですよね…ラグナは、エリスとじゃ」

「え?嫌?別にそんなことは…」

「…相変わらずラグナは優しいですね」

なんか、力なく微笑まれた…あれ?俺返事間違えた?、結構決死の返答だったんだが

「………………」

なんかエリスの目が力なく冷たく、遣る瀬無い雰囲気を纏っている…ううむ、エリスの意思を汲みきれなかったようだ、女心は難しいな…

なんて考えていると ふと、エリスの目の端に涙が煌めくのが見えて…って、ええ!?泣いてる!?

「え エリス!?どうした!?俺何か失礼なこと言ったかな!?」

「え?ああ…いえ、ラグナは悪くありませんよ、ただ あれを見てたら泣けてきちゃって」

と言いながら指をさす先は 再会した親子が涙ながらに抱き合っている場面だ、親は子との再会を喜び 子もまた親と再会し泣きながら喜ぶ、普通の光景だ だってそうだろう、親は子を愛すし 子は親を愛する、だからこそ 離れれば悲しいし再び巡り会えば嬉しいものだ

俺も昔、母様が戦場から帰ってくる都度、ああやって出迎えた…と聞く、記憶はあんまりない、けど 嬉しかったのは朧げに覚えている

「…親子の再会ですか、…やっぱり 嬉しいものなんですかね」
 
「え?、そりゃそうだろう」

「そうですかね、エリスにはよくわかんなくて…ただ ああいう場面を横から見ると、よかったなぁと思えてきて」

わかんないって…

「エリスにもいるだろう、両親それと久々に再会したら、嬉しくないか?」

「さぁ、分かりません」

何やら触れて欲しくなさそうな雰囲気だ、やはり昔のことは触れて欲しくないみたいだ、なら聞くのはやめよう 昔決めたじゃないか、エリスの過去について深掘りするのはやめようって

「おう、ラグナ エリス、解決したみてぇだな」

「師範!?」

すると話し込む俺とエリスの間に割って入る筋肉の巨躯、何食わぬ顔で現れるのは俺の師 魔女アルクトゥルス、脇には申し訳なさそうに縮こまるレグルス様もいる

「師範!!今更出てきて何のつもりなんですか!、俺たち大変だったのに!」

「何が大変だよ、あのくらいテメェらで何とかしやがれ」

「やっぱり酔ってなかったんですね!、演技だったんですね!」

「ああそうとも、そして見てたぜ?ラグナ お前の無様な戦いもな!、あんな猿芝居にいいように騙されやがって!オレ様のが見抜けたなら何で敵のが見抜けねぇ!」

「うぐっ…」

猿芝居とはソーマの酔拳のことだろう、奴の酔ったようなフラフラした動きに俺はまんまと騙され戦意を削ぎ思わずしっぺ返しを食らってしまった、

あれは反省点だ、相手の搦め手にも反応出来るようにしておかないと、最近力技で何とかなる場面が多すぎたから 、油断していたな

「すまなかったなエリス、本当は助け行きたかったのだが…」

「大丈夫です、最終的にはエリスを信じてくれたんですよね?」

「まぁな…、今のお前なら問題ないと踏んだ」

「えへへ、それもこれも師匠のおかげです」

 「フッ…」


「いいなぁあっちいいなぁ!師範もああいう風にクールになってくれませんかねぇ!」

「お前こそあれくらい愛嬌良くしてみろってんだよ!お前心のどっかじゃオレ様のことナメてるだろ!」

「敬われるような人物だと思ってるんですか!?!?」

「こいつぁっ!!!」

師匠と弟子 その関係性も十人十色なのだ、エリスとレグルス様みたいに 爽やかにお互いを信じあう師弟もあれば、理不尽にコブラツイスト決めてくる師匠もいる  、いやまぁ師範は尊敬できる人物ではあるんだよ?、だけどなぁ 褒めるとなぁ、調子乗るしなぁ

ともあれ、謀らずしてアルクカースに潜む反乱因子と国家転覆企む危険人物の掃討に成功しこの一件は幕を閉じる事となる、パレストロ達も俺を王として認めてくれたみたいだし 暫くはアルクカースも平和が続くだろう

なにもかも 全て、万全に解決 これで俺も優雅に長期休暇を楽しめる事だろう…そうだ、何せ全員捕まえて……

ん?、そういやソーマと行動を共にしてたって言う乳母のオリアーナ…あれどこに行ったんだ?……


………………………………………………………………

エリス達によって子供達が解放され、ビスマルシアの街中でその再会が祝われている最中、そんな様を遠くから眺める影がある

「………………」

鉄の兜でで口元以外全てを覆った剣士、通称を鉄仮面の剣士 本名をラクレス、アルクカース四兄弟の長男であり、今はラグナに仕える剣客の一人として軍に名を置いている

彼はかつて目的の為国の大事な資源である鉄材や国の宝である鍛治師を奴隷同然の扱いをし、剰え 国そのものさえも攻撃しようとした罪を問われ 地方の砦に一人幽閉されていた

まぁ、その罪も今はラグナの恩赦により免除され 王子ではなく一介の剣士として弟に仕える日々を送っている…

「……ラグナ」

幼き頃よりの相棒エリスと並びながら魔女に絡まれ苦笑いする弟を見て、小さく ラクレスは口を割る…すると

「ラクレス様…」

「…………」

誰の目にも映らない、建物と建物の間 影と影が折り重なる隙間 街という人の営みの中偶然生まれた深き闇の中から一人の女が姿を現わす

…彼女の名は乳母オリアーナ、かの王城ではただ乳母と呼ばれ 乳母として在り、乳母として働いていた女が頭を垂れながら現れる

彼女はかつて ラクレスに仕えた女だった、直接的に仕えていたわけではない ラクレスが下につけていた貴族 それが雇っていた乳母だ、ラクレスにとっては部下の部下 オリアーナにとっては主人の主人とも言うべき関係性だ

「申し訳ございません、失敗しました」

そう彼女は陳謝する、失敗とは何か?考えるまでもない オリアーナは此度の騒動にて反ラグナ派と結託した宗覇会と共に子供を攫い 拐かし、遂に王族の血を引くリオスとクレーの誘拐の一助を担った女だ

ソーマが捕まった以上 パレストロが敗れた以上、彼女も日の目を浴びれば瞬く間に捕まり投獄される身の上にある、それでもなお こうして姿を現したのは…全てはラクレスの為

「宗覇会を裏から操り…パレストロを唆し、反ラグナ派を纏め上げると言うラクレス様のご指示、完遂出来ませんでした」

「…………」

ラグナは 今回の一件の黒幕はパレストロだと思っている、或いはソーマか…この何方かが話を持ちかけこの一件が始まったと思い込んでいる、いや 或いは当事者のパレストロ達もそう思っているだろうが 真実は違う

事の発端、真の黒幕はこの女 いや オリアーナに指示をしたラクレスだ、ラクレスがオリアーナに対し指示を行い パレストロにはソーマの使いとして接し ソーマにはパレストロの使いとして接し、この国に存在する反ラグナ派 或いはそれになり得る存在を繋ぎとめたのだ

全てはラグナの王政を潰す為のラクレスの大軍団を作り出し、ラクレスこそが真なる王として返り咲く為に

「ですが、私が無事で ラクレス様がラグナ達から疑われていない以上まだ勝機はあります、私めにお任せを…必ずや再び 反ラグナの勢力を再び纏め上げ、今度こそ…貴方の世を実現させて見せます」

…この女は、ラクレスという人物が玉座に座れば 今よりも世の中が良くなると本気で信じている、自分はやりたいことが出来るし 気に入らない人間は淘汰されるし いい事づくめの世の中だ、自分が幸せなのだからきっとみんなも幸せだ みんなが幸せならそれはきっと良い国と呼ぶのだろう

そんな、あやふやで曖昧な妄想に固執し ただ今の国のあり方を否定したいだけなのだ…、そのためならこの女はなんでもするだろう、それこそ 王族に楯突くことさえ厭わないし恐れない

「…ラグナは甘い、敵であれ 戦いが終われば許し、人を憎みきれない…一度倒した相手が再び自分に牙を剥くことを、考えられない 甘い人間だ」

ラクレスは一人呟く、甘いと…優しさは人には美徳だが 王には時として毒にもなる、慈悲と無慈悲とは等間隔に並べるからこそ意味がある、どちらかに比重を傾けてはいけない…

ラグナは慈悲的過ぎる、一度倒した敵にもう一度牙を剥かれると考えていない、その首筋は なんとも無防備だ


「然り、故にラグナは王には相応しくありません…貴方こそが……」

「だからこそ」

続けられるその言葉にオリアーナは眉をひそめる、今 ラクレス様はなんと仰った?、だからこそ と言ったのか?、その言葉の真意を問おうと 下げた頭を上げた時、オリアーナは気がつく

ラクレスが剣を抜いてこちらを見ていることに

「ら ラクレス様?」

「…お前をこれより王政を転覆を図った大罪人として 斬刑に処する事とした…、ラグナ様より 見つけた時は 処遇は私に任せるとも仰せつかっている」

「な!?私を斬刑に…!?大罪人!?、な 何を言っているのですかラクレス様!私は貴方の為を思って…」

「しーっ…静かに、ラグナ達が気がつく…あの子には薄汚い血を見せたくない」

ラクレスはゆっくりと剣を抜きはなちながら闇へと歩んでくる、それに押されるようにオリアーナは一歩また一歩と暗い闇の中へと引いていく

オリアーナは目を回す 混乱する、何故 今私は殺されそうになっているのだ、まさかしくじった罰?否 ラクレス様は一度のミスで部下を斬り殺す男ではない、なら私の首を使って更に地位を盤石に?、ならもっと目立つように殺すはず

分からない 分からない、分かっていない オリアーナは分かっていないのだ 何も

「君が、あの日 私に王座を取り戻す話を持ちかけてきた時…私は好機だと思った」

「好機?そ そうですよ、ラグナは油断しています 今なら貴方がこの国を奪還することも…」

「ラグナに仇なす反乱因子を全て炙り出す好機だとね…」
 
「へ?…」

ギラリと煌めく刃が喉元に突きつけられる、今より一年前 オリアーナはラクレスに話を持ちかけた

ラグナは今油断しております 今なら貴方様が玉座を取ることも叶いましょう と、ラクレスがあの砦より解放され、かつてラクレス派としてあった貴族や戦士達は歓喜した 彼女もまた歓喜した  ラグナが玉座についたのは何かの間違いだ、今ならその間違いを正せると

だからラクレスに話を持ちかけた 反乱の話と計画を、そしてラクレスはその話を受け オリアーナに命じた…

『お前と志を同じくする者達を集め、纏め上げ…一つの軍にせよ』と…、そこまで考え オリアーナは気がつく、ラクレスは最初から自分達と共に今の王政を覆す牙を毛頭なかったことを

「謀ったな…謀ったなラクレス…!」

最初からオリアーナ達 反ラグナ派を殺すつもりだった、否 オリアーナが反ラグナを掲げラクレスに接触した時点で本当は殺すつもりだったのだ

しかし、ラクレスはその場では殺さなかった、むしろ反乱に乗り気な姿勢を見せ 自分の名前を使い 自分を名代に仕立て上げ、反ラグナを掲げる人間を炙り出し一箇所にまとめるつもりだったのだ

その結果がこれ、反ラグナを掲げていたパレストロ達はまんまと行動に移し 危険因子だったソーマはバラバラだったパレストロ達を結託させ 一箇所にまとめ表層化させてしまった

これがなければパレストロ達は闇に紛れ 個々に分かれて活動していた、それを一つ一つ潰していては時間がかかる

だから、オリアーナを使って 反ラグナ派達を誘きだしたんだ…全員纏めて叩き潰す為に、ラクレスは一計案じたのだ

「何故ですか…何故、貴方の王座を 貴方の天下を望む人間を切り捨て、ラグナの為に戦うのですか…!、我らをお捨てになるのですか…!」

「継承戦が終わった時点で派閥も何も無い、この国に住まう全てがラグナに忠誠を誓うべきなのだ、それを反故にしたのは そちら…、私は永遠にラグナに ラグナ大王に仕え続けるつもりだ」

「だから何故…!」

「君たちと同じだよ、君達が 私が王座に座れば世が良くなると信じているように 私もまたラグナが王であることが理想であると信じているからだ」

ラグナの世を邪魔する人間がいるなら 私が排する、その為に私はここいる そう語るラクレスの顔は鉄の仮面で見えないが、オリアーナには見えたことだろう 弟に対して狂信的なまでの忠誠を抱くラクレスの姿が…

「ただ、君をここで逃せば 後の世の憂いになる、君はラグナを玉座から下ろすことしか考えていない、そんな人間は生かして置けない…だがラグナに君を罰するだけの無慈悲はない、だから私が代わりにやろう…ラグナが殺せぬなら私が殺す、ラグナが手を汚せぬなら私が汚す、それが 私の務めだ」

「何故そこま己を失脚させ相手を…信じられる、何故そこまでの忠誠を…」

「灰となり 燃え尽きた私を…、罪を犯した私を それでも必要だと言ってくれた彼に、私はどうやら一人の人間として惚れ込んでしまったようだ、私はもう王子ではない 一人の剣客として 王の道を切り開くと決めたのだ…例え ラグナから忌避されようともな」

「や やめ…っ!?」

闇の中鮮血が舞い 止め処なく溢れる血の海に沈むオリアーナを、血濡れの剣を片手に見下ろす鉄仮面の剣士、その仮面の内もまた 鉄のように揺るがぬ無表情であることは、語るべくもない

ラグナは聖王として国を治め 聖王として国の模範となり 聖王として名を残す、その前に立つ敵は 私が闇から全てを屠ろう、当然ラグナにはこの一件 何も伝えない

これからもきっと、ラクレスは己の行いをラグナには伝えないだろう、いつかバレて 再び私が罰されることがあっても、構うことはない それまでになるべくラグナの目の前から敵を消そう、の手で…

今回の一件でラグナに反する勢力は軒並み消すことが出来た、…だが今後も新たな勢力が現れないとも限らない、その時は…

「…………」

「ラクレス兄様ー!!」

「っ…!」

闇の向こう 光の世界からラグナの声が ラクレスの主人が名を呼ぶ、それを受けラクレスは慌てて剣を捨て 血に濡れた己の手を拭い 声のする方へと戻る…

「ラクレス兄様!」

「どうしたんだい?ラグナ」

影から外へ出れば ラグナが何やら慌ててラクレスを探していた、そんな彼に 努めて声を和らげ返事をする、何やら 嬉しそうなラグナの顔を見てラクレスは安堵する、どうやらバレたわけではないようだ

「今から要塞の方で今回一件を無事終えたと戦勝会をするようですので、ラクレス兄様もどうか一緒に…」

「そうか、わかった なら私は後仕事を終えてから向かうよ、君は先に行って戦勝の音頭を取っていてくれ」

「でも…」

「大丈夫、私などいなくとも君がいれば皆は纏まる、さぁ 先に行きなさい」

ラクレスが促せばラグナはやや残念そうに そして申し訳なさそうにしながらも要塞へと帰る皆に続いていく……

そんなラグナの後ろ姿を見てラクレスは一人 己の顔に手を当てる

……鉄仮面をしていてよかった、今の顔はラグナには見せられまい…、彼はきっと私の手を汚す様を見れば 己の責任と背負いこんでしまうだろうから、彼の荷物は少ない方がいい

「ラグナよ、大道を行け…脇道から迫る邪魔者は 兄が排する、故に 皆が征く大道を率いろ…」

外套を翻し 再び闇へと消えるラクレスはただ想う、弟の為 王の為 国の為、再び尽くすことを許してくださった彼の王に、私がもたらせるものは何かを

…ラグナはこの国に 皆に 私に必要な存在だ、だから 彼を守り続ける事、それが私に出来る 彼への忠心 この国への信心だ

皆を率いるラグナに背を向け、ラクレスは一人 鉄仮面の中で口元を歪める
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