孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

146.孤独の魔女と騒乱、動乱、大狂乱

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微睡む意識 何もかもがぼやけてうまく定まらない、エリスは…今何をしてるんだっけ…、何かを考えなきゃいけないような気が 何かをしなきゃいけないような気が…

「ーーーっ!ーーー!!」

誰かが呼んでいる、言葉は分からないがエリスを呼んでいる気がする、誰だ?

なんだか体が揺らされて…エリスは今起こされている?、誰に?メルクさん?ラグナ?デティ?…ああこれから学園でしたか…

「えりうー!!」

「はっ!」

その呼び声に呼応し覚醒する、しまった 気絶していた…!ふと首を持ち上げれば 心配そうにエリスを見つめる小さな子供、リオス君とクレーちゃんが見える…二人が起こしてくれたのか

「すみません、心配かけましたね…エリスは大丈夫ですよ」

そう言って起き上がろうとして、うまく立ち上がれない事に気がつく 見れば両手が縄で縛られているのだ、しかもこれ 魔力封じの縄だ…こいつのせいで魔力が上手く外へ出ていかない、魔術が使えない…

魔術師を捕まえる時のお決まりセットだ、つまり完全に拘束されている…、慌てて周囲を確認する

独房だ 檻が見える、今エリスが格子の外にいるか中にいるか 考えるまでもあるまい、どうやらエリスは捕まってしまったようだ、全く何度目の牢屋だ むしろ安心感さえ覚えるぞ

「いつつ…、ここは…」

「えりうー…」

「あぃぅー」

くるりと周りを見回せば石の壁が見える、やはり独房か 目の前にはリオス君とクレーちゃん…見た所傷つけられてはいないようだし エリスのように縛られてもいない、こんな子供拘束するまでもないと見ているようだ

「うぅーお母さん…」

「怖いよ…」

「ん?」

ふと見てみれば エリスとリオス君達以外にも同じ独房に子供が閉じ込められている、皆5歳から8歳くらいの小さな子供、彼らもみんな同じように拘束されておらず 怯えてみんなで縮こまっている…、エリスと同じように 捕まったのか

「………」

エリスはあの時、謎の濡れ坊主と交戦したんだ いきなり襲われリオス君達を人質に取られ気絶させられた、そして目覚めたらこれだ 誰がエリス達を捕まえたかは明白…、多分あの乳母も濡れ坊主の協力者だろう

魔獣がいるなんて嘘ついて 隊長達を引き剥がし、子供を盾にエリスを捕らえる、…最近エリス捕まってばっかだな、ははは

「よいしょっと」

徐に靴を脱ぎ自分の足 いや足の爪を確認する、これを記憶と照らし合わせて…うん 伸び具合から見て気絶させられてから丸一日ってところか、よし 状況確認完了っと

「えりう…」

「えりうー」

「はい、エリスは大丈夫ですよ…必ずリオス君とクレーちゃんを逃がしてあげますから」

まぁ、何にせよやることは一つ この子達だけでも家に帰してあげないと

すると、独房の外の扉が古い音を立て 開かれる…



「目覚めたようであるな、エリスよ」

「む、貴方は…濡れ坊主!」

独房の外の扉を開け 檻の前に立つこの男、こいつは妖怪濡れ坊主 湖に半裸で現れ女子供を攫う度し難い変態だ

「違う!我こそはソーマ!ソーマ・アクアヴィテ!誇り高き武人である!!」

「半裸で子供攫う男が誇り高ければ 路地裏のチンピラは聖人ですか?」

「これも我が野望のためよ!ぬはははは!」

何がぬははだふざけやがって…、ソーマと名乗る男はゲタゲタと檻の中のエリスを見て笑う、しかし野望か…まぁ狙いがなけりゃこんなことしないよな

「貴方、何が狙いなんですか エリスをどうしようっていうんですか」

「お前自体に何かしてもらおうという気はない、だが約束であったからな ここに来れば全てを教えるとな」

するとソーマはドスンと腰を落とし座り込む、しかしながら尻の下には何もない 空気椅子だ、偶にラグナがやるやつ こいつはまるで尻の下に椅子でもあるように足を組み、その上で頬杖をつき ツルツルテンの頭をペシンと叩く

何かの魔術…じゃないなこれは、純粋な身体能力でやってるんだ、出来たからなんだという話だが

「我はソーマ 宗覇見形拳の流祖にして開祖 そして宗覇会の総師範を務める男である!」

「宗覇会!?」

いやまぁだと思ってたけどさ、まさかこんなにいきなりぶつかることになるとは…、こいつら パレストロ伯爵が抱えている武門だったかな?、そしてこいつは件の宗覇会の親玉と…

「宗覇会の話は聞いたことはあるか?」

「あまりいい話ではありませんが…」

「くはははは!まぁだろうよ!何せ我ら宗覇会 魔女に仇なすマレウス・マレフィカルムの一角…」

「マレフィカルム!?」

それは意外だった、あまりの驚きにソーマの言葉を遮ってしまうほどに、大いなるアルカナと同じ魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムの一角だと言うのだ

だが まぁ不思議はない、エリスが絶賛敵対している大いなるアルカナも言ってしまえば巨大な機関マレウス・マレフィカルムのほんの一部でしかない、大いなるアルカナだけがマレフィカルムじゃない、他の組織や部隊も別で動いていても不思議はないのだ

そしてその一角がこの宗覇会

「…に なる予定だ、まだマレフィカルムではない!」

「違うんですか!紛らわしいですね!」

「魔女排斥機関とは子供のごっこ遊びではない!加入したいからとタダで加入できるものではない!、我らはこれより魔女排斥機関にその力を示し 鳴り物入りで加入する予定なのだ!ぐわははははは!」

まだマレフィカルムじゃないだけで 活動自体は奴らと変わらないと言うことか、謂わば魔女排斥機関予備軍とでも呼ぼうか、魔女と敵対しようとする奴は世の中にご満といる その受け皿がマレフィカルムなのだろう

「…何故魔女と敵対するか、聞いても?」

「知れたこと、魔女と戦うには敵対するしかないのでな」

「たったそれだけのことでですか?」

「女子には分かるまい、力を尽くして挑みたい益荒男の勇き闘争心を」
 
「傍迷惑な闘争心ですね」

「なんとでも言え、…だが 我ら宗覇会がマレフィカルムに加入するには まだ組織としての規模が足りん、我が意思に同調した門下生達はまだ弱く数も少ない…このままちまちま増やしていては時間が勿体無いのでな、そこで我は妙案を思いついた!」

というとソーマはこちらを指差す、いや エリスじゃない エリスの後ろのリオス君やクレーちゃん そして怯えて縮こまる子供達を指差しニタリと笑うと

「子供を攫い それに教育を施し我らに従順な兵隊に変えようとな…」

「なっ…、貴方 自分が何言ってる分かってるんですか!、子供を利用して その将来を食い物にするつもりですか!」

「そのつもりよ、子供の時から我が宗覇見形拳の教えを施し 我に従順な門下生とする、育ちきる頃にはそこらの兵士など片手であしらえる程の強者達で構成された大軍隊が出来上がる予定だ!フハハハハハ!!!」

こいつ思ったよりもクズだぞ、こんな小さな子供達を攫って 自分の目的と戦いのための道具にするなんて、許されざる行いだ 子供は人類の宝だ、それを奪い弄ぶなど 殺人に勝るとも劣らない悪事だ 極悪事だ!

「そしてその育った我に忠実な兵を率い…手始めにこのアルクカースを落とす」

「アルクカースを…!?」

「ラグナ大王確かに民衆には好かれているが 闘争本能を持て余す貴族達は例外だ、デルセクトとの戦いを取り上げられてより 反ラグナを掲げる貴族が多くいるのはお前も知っていよう」

知らないよ、なんでエリスがそんなアルクカースの内情に詳しい前提で話ししてるんだ

「その貴族達の代表 パレストロ殿に頼まれてな…、アルクカースを真の姿に戻したいから力を貸してくれと、そしてアルクカースを落とした暁には 我にアルクカースの軍勢を全て貸し与えてくれると!、手勢を欲する我にはまさに渡りに船!、アルクカースの軍勢と我が育てた門下生!そして争乱の魔女の弟子の首があればマレフィカルムとて我を無碍には扱わぬ!、ぬははははは!」

なんて奴だこいつ、…ラグナがせっかく勝ち取った平和を潰し 子供の将来を潰し…剰えラグナ自身さえも殺そうとするなど!、絶対に許せない…!
しかも裏に貴族まで、そいつらも一枚噛んでるのか…パレストロ…、そういえばそんなの舞闘会にいたな

怒りで手に力が篭り 縄を引きちぎろうと暴れるが…、やはりその程度では縄は千切れてはくれない

「アルクカースを落とすなんて そう簡単ではありませんよ、ラグナは強いですからね!」

「分かっておる、だがパレストロ殿が率いる反ラグナ派の貴族達の軍勢と我の育てた門下生、そして…そこにいる赤子、アルクカース王家の血を引く逸材があれば 分からんぞ?」

「ッ……!」

「あうぅ…」

「我が知らぬとでも思ったか?、アルクカース王家は至高の戦士の血を継いでいる、それを我が弟子として育てれば…くくく、どのような強者に育つか 我にも想像がつかぬ!ラグナ大王とて凌駕できる存在になるに違いない」

咄嗟にリオス君達を隠す、なるほど 確かにベオセルクさんは王座を捨てたがその血は王家の物、アルクカース家は代々国を守護する為絶大な力を持ち続けてきた…その血を引くこの子達の素質は他の追随を許さない

それを狙うなんて…

「そんなことさせるわけないでしょう」

「いいやさせてもらおう、その子供達は我が弟子にして 魔女と戦う尖兵にさせてもらおう!ゥワハハハハハハハハ」

とんでもない悪事だ、ヘットのように即座に被害が出るものではないが 同じくらい許しがたい物だ、許せない…許せない、が…

「でも、それでなんでエリスも攫ったんですか?」

「んん?惚けおって」

惚けてないんだが…

「その双子が将来我に逆らわぬように母親を人質に取るのは当たり前のことだろうに」

「は…母親?それ…もしかしてエリスのこと?」

「だから惚けても無駄だというに!、その双子が貴様と大王ラグナの間に生まれた子供である事は知っておるのだ!、貴様らが恋仲にありこの国に婚約の儀をしに戻ってきたことなど 誰だって知っておる!」

こいつ!勘違いしてやがる!エリスとラグナが結婚しているというデマを鵜呑みにした上で!リオス君とクレーちゃんがエリスの子供であると!、どんな勘違いだ!エリスがそんな…こんな子供産んだように見えるか!まだ14だぞ!?、結婚も何もしていない!

「違います!この二人はエリスの子供ではありません!」

「しらを切って子供を助けようとしても無駄だ、その子供の特徴的な赤毛 それはアルクカース王家特有の物だ」

「エリスが戻ってきたの昨日ですよ!」

「お前がこの国に戻ってきたと聞いた瞬間からこれは千載一遇のチャンスと思ってな、この機を逃すまいと迅速に行動に移したのだ!我が宗覇見形流のモットーは思い立ったら即行動!思考二の次!三の次!ぬはははは!」

バカだ!こいつすげー傍迷惑なバカだ!、なんつー勘違いを ちょっと調べればこの子達がベオセルクさんの子供だって分かるだろうに、エリスのラグナの関係がどういうものか分かるだろうに

それでも分からないのは 彼の言った通り、思考が二の次になっているからだ、このツルツルバカ坊主が…

「何をどう惚けても お前は生涯ここで過ごすのだ、その赤子が将来我らの尖兵になっても 逆らうことがないよう、人質として 枷としてここで過ごしてもらう、悪く思うな!これも我が野望のため!ぐはははははは!」

「何が野望ですか!くだらない!」

「女子には分かるまいと言ったはず!、まあいい 迎えが来るまでここで大人しくしておれ」

そういうソーマは立ち上がり笑い声を響かせながら独房から出て行く、部屋の向こうから話し声が聞こえるから…多分見張りはいるんだろうな、当然ながら

「…くそっ、濡れバカツル坊主…もっと考えてくださいよ」

誰もいなくなった檻の向こう目掛け呟く、…とんだ勘違いをされたもんだが、寧ろ好都合かも知れない、ここでエリスが母親ではないと奴らに知られれば 今度はあいつら アスクさんを捕まえに行くかも知れない、そう考えれば勘違いでエリスが捕まったほうがいいのかも知れないな

「しかしどうしたものか…」

だとしてもこのままだと子供達に危害が加わる、リオス君とクレーちゃんにも何をされるか分からない、一刻も早くここを抜け出したいが…と 胡座を組んで考える

ラグナはこの事をもう知っているのかな、エリスとリオス君が消えればガイランドさん達が気づいて動いてくれるだろう

彼等だって素人じゃない 立派な軍人だ、異常事態が起こればラグナに話を届けるはずだ とすればもうラグナはこの事態を察知し動いていると考える方がいいだろう

ここで待機すればラグナが助けに来てくれるか?…なら今は大人しくすべきだろうか…

「いや、ソーマはエリス達を移動させる心算みたいだし、それにラグナが間に合う保証がないし ラグナに勘付かれたと察知したソーマ達がどんな手段に出るか分からない」

下手すれば エリスやリオス君達の身柄を盾に動くかも知れない、ラグナの足かせになりたくないが この身がソーマの手の中にあるうちはラグナも迂闊には動けない、となればやはり自力の脱出が望ましいだろう

あと期待できることとすればレグルス師匠やアルクトゥルス様の到来だが、エリスが攫われて丸一日経っても現れないということは、多分この先待っても現れないだろう、なんで助けに来ないかはわからないが どうせこのくらいなんとかしろ的な事だろうな

「えりうー…」

「えりう…えりうぅ」

「ああ、ごめんなさい 怖い顔していましたね、大丈夫ですよ…リオス君もクレーちゃんも、エリスが守りますから、他のみんなも 絶対に家に帰してあげます、約束しますから」

不安そうにエリスにしがみつくリオス君とクレーちゃん、そして怯えた目でこちらを見る子供達、この子達を助けられるのはエリスだけだ エリスがなんとかしないと…

そう考えたところで、何処か 妙な懐かしさを覚える、この光景に この状況に

なんだ、何が懐かしいんだ?いや 確か…昔こんなことがあったな、似たような事が

(…ああ、そうだ レオナヒルドに捕まった時と同じなんだ)

私欲で子供を攫う悪人により 子供達と共に牢屋に入れられる、この感じ レオナヒルドがエリス達を牢屋に閉じ込めた時と同じなんだ

…思えば、エリスの戦いと旅は あれによって始まったと言ってもいい、エリス最初の冒険…世間ではエリスが山賊達を倒したと伝わっているが、その真実は惨憺たるもの エリスはあらゆることを失敗し、結果命を落とす寸前で師匠に助けられた

あの時エリスは失敗した、それから10年近い年月が経って 今もう一度同じような場面に直面している、今度は師匠が助けてくれる確証はない…敵は当時よりも強い

だが、同時にエリスは成長した 多くを知り多くを経験し、多くの敵と戦い多くを切り抜けてきた、今なら…いや違う 今こそ示すのだ、己の成長を

「…今度は必ず、助けますから」

今度こそ エリスは立ち上がる、今までの自分に嘘をつかないために、今度こそ助けようと思った人間を自分の手で助けられるようになったことを 過去のエリスに教えてあげるために

エリスは この牢屋の子供達と共に脱出する

…………………………………………………………………………

「ラグナ様ァッ!我らが!我らがついていながら!エリス様と総隊長のご子息達の身を守り切れず!、なんと…なんと償いをしていいか!!私は己が愚かさが憎い!!」

アルクカース中央都市 ビスマルシアを守護せし魔女大要塞フリードリスの厳かな軍議場に悲痛な叫びが轟く、部屋に入ってくるなり揃って俺の前に跪く六人、エリスの護衛を担当していたガイランド達だ

…エリス達が姿を消して丸一日経った、その報を受けラグナ達は瞬く間にフリードリスに戻り、状況把握の為方々の戦士達を動員し情報をかき集めているのだが エリス達の情報は今だに入らない

エリス達の身に何かあったのは必然と見るべきだろう とラグナは一人、軍議場の一際大きな椅子に座り頬杖をつく、別に怒ってるわけじゃない ガイランド達をこの場で叱りたてて状況が改善するわけがない、処遇云々の話は後だ

それに、ガイランド達は上手く動いてくれた 異常を察知し即座に俺達に報告を飛ばしてくれたおかげで俺達は直ぐにカバーに動けた、ガイランドの報告が遅れていれば初動はもっと遅れていただろう

それに、丸一日経ってから戻ってきたところ見るに 彼らも彼らでエリス達を探していてくれたみたいだしな、そこはちゃんと理解してやらないと

「詫びとして…この腹!掻っ捌いて! あたっ!」

「今そういうことしてる場合か?」

「す すみません、ラグナ様!」

全員揃って自害しようとするのを手刀で軽く打ち据えて止める、そういう責任を決めるのは エリス達が戻ってきてからでいい、もしこれでエリスが無事戻ってきてもガイランド達全員死んでました じゃああまりにもあんまりだ

「それよりこの一件の解決を急ぐ、六隊長 席につけ!」

「はっ!」

命令一つ 号令の一つでガイランド達は即座に顔色を変え 軍議場の椅子に着く、俺の隣に控えるベオセルク兄様もまた椅子に着くが…ううん、やはり兄様は凄いな こんな時でも冷静だ、怒ってはいるが冷静だ

「さて、兄様 現在の状況の説明を願えますか?」

「おう…、今王牙戦士団の連中を総動員してビスマルシアで痕跡を探している、誘拐したやつの顔も分からん以上完全に手探りになるが、やましい事がある人間ってのは往々にして怪しく見え、怪しい奴ってのは必ず目を引くからな」

「成果は?」

「ねぇ、だから冒険者協会や傭兵団にも話を通している、あと 奴隷市場にも声をかけた、エリス達の風貌を教えて そんな奴が売られてきたらこっちに話し通せってな」

状況としては大まかにはそれだ、王牙戦士団を全て動かし街の中を探させている、もしかしたら犯人は街の外へ逃げているかも知れないが、だとしてもその痕跡を探す意味はあるし、何より足元も調べてないのに遠方を捜査できない

ベオセルク兄様の報告を受けた後は、当事者達に話を聞く方が良いだろう、俺が手で発言を促すと 代表としてガイランドが立ち上がり、口を開く

「我々は乳母オリアーナの報告で森に魔獣が出た という話を聞き、森の中に魔獣討伐に向かったのですが…どうやらこれは虚偽であったらしく、魔獣の姿は見つからず 湖に戻ってきた頃には、エリス様達もリオス様達も乳母の姿もありませんでした」

その報告は既に受けている…がしかし、重要な情報であることに変わりはない

やはり乳母のオリアーナが犯人…の一人と見るのが正しいだろうな、一応オリアーナの素性も調べておいた、王家に仕える乳母だ 一応身元もちゃんとしている人間だった

だが調べてみるとちょっと面倒な事実も見つかった…

「ありがとうガイランド、お前達の報告を受けてからあの乳母の素性についても調べてみたが…どうやらあの女、元ラクレス派側の人間だったらしい」

「ラクレス様の派閥の人間ですか?」

ああそうだ、と言ってもこの件にラクレス兄様は関係ない、ラクレス派とは言ってみれば継承戦の時ラクレス兄様に力を貸していた連中のことだ、別にそれはいい 継承戦当時俺に求心力がなかっただけだしな

問題は『デルセクトとの全面戦争を望む側の人間』だったという事、俺は今 そのラクレス派…いや言い方を変えよう 戦争推奨派 反王政派の貴族達と反目している

恐らくだが、犯人達は戦争推奨派の誰かだと思う、エリスを攫い その身柄を盾に俺に対して宣戦布告し 再びアルクカースに戦乱を呼び込もうって算段だろうな

じゃあ容疑者が絞られたかといえばそんなことは断じてない、戦争推奨派の数は多い…俺の不徳の致すところだ

「オリアーナの行方も追ってるが 結果は言うまでもない」

「でしょうね、…エリス……」

エリスが不意を突かれたとはいえ連れ去られるとは考えにくい、いやまぁ彼女は初見の敵に弱いという弱点がある、彼女が勝つ戦いは大概がリベンジマッチだ 、彼女の今までの旅路を聞くに 勝った回数よりも負けた回数の方が多いらしいし、そこを考慮するなら遅れをとることもあるか?

まぁそれでも、その負けから敵の弱点を見抜き最後には勝ち今日まで生き延びてきた彼女が弱者であるなんてことは断じてないんだが

「ふむ…」

思考が逸れた、今はエリス達の行方を探さねばいけない…一応帰ってきてから師範に話を通そうと思ったが、話を聞いてもらえなかった… レグルス様と一緒に酔い潰れていたんだ

魔女が酔いつぶれるわけがない、あれは恐らく今回の一件に関与しませんよというポーズだ、あの人達は頼りになるが 隠者のヨッドの時同様、弟子の問題は弟子に解決させたがる節がある

なんでも師匠が出て 全部解決…じゃあダメだからな、だからこの一件も俺の力で解決する必要があるんだが…

如何にせよ手がかりが足りない、いいのか?このままで このままの捜査法で、何かもっと犯人を特定できるような何かを考えた方がいいんじゃないか?、ああくそ こんな時メルクさんがいたら…

「どうする?ラグナ」

「…っ」

ベオセルク兄様の目がこちらを向く、いや兄様だけじゃない ガイランド達も指示を待っている、だが待ってほしい もう少し考えさせてくれ、ここで下手を指示を出すわけにはいかない

けど、このまま待機していていいわけもない、何か…何かないか …何か



そう、悩み考える俺の苦悩を察知してか、或いは天の助け偶然か…、軍議場の扉が 開け放たれる

「お困りのようですな!若!」

そう、自信満々の声が 真打ち登場とでも言わんばかりに到来する、いや…いいや?実際そうだ 待っていたさ、お前の到来を 真打の登場を

扉を開け放つその男の姿を見て、思わず頬が緩んでしまう…相変わらず ここぞという時には頼りになる男だ

「遅いじゃないか、サイラス」

「おお!サイラス補佐官殿!」

「我輩!参上であーる!」

最近ファッションで伸ばし始めたちょびっとした口髭を撫でながら胸を張るこの男、俺の古くからの側近であり 王牙戦士団の中でも隊長に並ぶ存在 国王直属補佐官兼 王牙戦士戦士団の頭脳…サイラス・アキリーズだ

サイラスはムフフンと笑いながら椅子に座る、いや 彼だけじゃない その隣には俺のもう一人の補佐官の姿もある

「遅れてきたのに随分偉そうっすね、まぁ ウチらもタダで遅刻したわけじゃないんで、そこんとこわかってねー」

もう一人の国王補佐官にして俺の右腕 テオドーラ・ドレッドノート、サイラス同様 俺がまだ子供の時からずっと支えてくれている戦士だ、二人が来てくれた 二人が来てくれたならもう大丈夫だ

理由はない、だが 俺はこの二人と今日までやってきた この二人がいるからこそ俺は立てた、この二人がいるなら…なんとでもなる

「サイラス テオドーラ、よく来てくれた 状況は分かるか?」

「無論聞いております、エリス誘拐事件…彼女が誘拐されたと聞いたときは驚きましたが、直ぐに我輩も手勢を率いて捜査いたしました、犯人の目星はついておりました故な」

「本当か!分かったのか!」

「若…我輩を誰だと思っているのですか?、国王を補佐するこの国のずの…」

「そういうのは後でいいから!誰だ!犯人は!エリスはどこにいる!」

「サイラス空気読めてないっすよ」

「あうぅ、我輩頑張ったのに…、犯人は宗覇会の師範 ソーマ・アクアヴィテです、奴らが最近秘密裏に子供を攫っているという話を聞いてちょいと見張っていたのですが、どうやら 奴らエリスと共にリオス君とクレーちゃんの身も攫ったようです」

「なんだと!リオスとクレーの身も狙ってやがったのか!、あいつら!、くそっ!早々にぶっ潰しておくんだった」

宗覇会か、その話は聞いていたが なるほど…、狙いは子供か 恐らくエリスは二人を守ろうとして戦い、子供を人質に取られたんだろうな

「宗覇会は表向きにはただの武門ですが、裏ではパレストロ達元ラクレス派と結託し武器を揃え 人員を揃え、この王国を崩そうと画策する組織であることも、調べがついています」

「なるほどな…、実態は反政府組織ってか」

「はい、そして武門にあるまじき規模を誇り 宗覇会のアジトはこの国の至る所に存在しています、そのうちの一つが この近辺にあることが分かったのです、恐らく三人はそこでしょう」

「そうか、…よくやった サイラス」

「若の右腕として当然のことをしたまで」

「若の右腕はウチっすよ!サイラスは精々若の左乳首っすよ!」

「お前今回何にもしてないだろう!ってやめて!無言で関節決めようとしないで!」

犯人は分かった 居場所も割れた、あとはどう動くかだけだ助けるのは当然のことながら、じゃあとりあえず突撃 で解決する事柄かどうかを見極める必要がある

宗覇会がただの武門ならばここまで悩まんだろう、だが宗覇会は俺と敵対する貴族達と深く結びつきまた繋ぎ止めている、恐らくだが宗覇会と一口にはいうが 奴等はラクレス兄様を祭り上げ戦争をしたがった連中の残党 全てを丸め込んでいるだろう

パレストロ伯もそのうちの一つだ、だからそこを切り崩して宗覇会を潰すつもりだったんだが 先手を打たれた形だ、…先日国に来たばかりのエリスを捕らえたりする辺り 宗覇会の師範とやら相当な切れ者なのだろう

厄介なのがエリスが奴らの手の中にあるということ、エリスやリオス達を盾に使われたら 俺たちも手出しできない、どうにかして敵に動かれる前にエリス達を助けたいが…

いや、違うな

「みんな、武器を整えろ…出るぞ」

「もう動くのか?、打って出るにしてもまず救出の算段を整えてからの方が良くないか?、リオス達は言っちまえば人質だ…敵がそれを利用しないとは限りねぇ」

俺がそう立ち上がれば ベオセルク総隊長が進言する、が違う そうじゃない、俺達がすべき事はエリスを助ける事じゃない

「俺達は宗覇会を潰す方向で動く、救出は後回しだ」

「なっ!見殺しにするのか!俺の子供を!、そりゃ…いくらお前でも許せんぜ?ラグナァ!」

「違います、きっとエリスなら自力で脱出します、俺達はエリス達が脱出しやすいように宗覇会を叩き注意を引くんです」

俺達が宗覇会を叩けば奴らとて多少の混乱はする、その混乱があればエリスならきっと脱出してくれる、子供達を連れて 俺達のところに確実に戻ってくる

なら俺達はそれを信じて エリスが動きやすいように動く、それこそが救出の糸口になる

「エリスがしくじったら…」

「エリスは俺の朋友です、確実にやり遂げます」

「………………」

きっとエリスも同じことを考えているはずだ、同じように自力での脱出を図っているはずだ、なら俺はそれを信じる きっとエリスならそうする、あの子はただ助けられるだけの子じゃない

「…分かった、至急王牙戦士団を招集する、第一戦士隊から第五十戦士隊まで動員して 各地に存在する宗覇会を叩く、多分パレストロ辺りも文句言ってくるだろうから それも蹴散らす、それでいいな ラグナ」

「ああ、ガイランド!お前達は各地に散らばり宗覇会の根城とやらを叩け、サイラス テオドーラ、お前達は宗覇会に与する貴族達を牽制しろ」

「かしこまりました、若は?」

「俺はエリスの居る宗覇会のアジトに向かう」

「手勢は?」

「必要最低限でいい、攻めるのは俺だけでも十分だ」

「なるほど、確かにその方が早いか…分かりました、では我輩の調べた宗覇会の根城を共有しましょう、奴らはアルクカース全主に反ラグナ王政派の貴族達の領域に根を下ろしています、そしてエリスは…」

というとサイラスは地図を広げてあちこちに赤い目印をつけていく、恐らくここに宗覇会の渋谷は根城があるんだろう、本当にあちこちにある…俺が思っているよりもでかい組織みたいだな

「エリスは ここにいると見ていいでしょう」

そして、サイラスはビスマルシアの目の前の何もない荒野を指さす、…建造物も何もない荒野、いや 確かこの辺りには…なるほど、彼処にアジトがあるんだな エリスがいるんだな、リオス達が囚われているんだな!

「…よし、ならこれから俺の治世に牙を向こうとする宗覇会と俺の王国に文句つける貴族どもぶちのめしに向かう、全員 俺の敵は一人として逃すな、わかったな」

その言葉に反応し、その場にいる誰もが抱拳礼を取り  …

「我が王の意のままに!」

答える、吠える 俺の敵を潰すと…彼らはこれから俺に喧嘩を売った宗覇会とそれを助ける者を潰しかかるだろう、容赦はしない エリスを攫ったことを、俺の女に手を出したことを後悔させてやる…

……………………………………………………

「さてと」

そう一息つきエリスは立ち上がる、きっとラグナは動く 宗覇会を潰すために、その前にエリス達はここを出る、そうしなければエリス達は宗覇会に人質として使われてしまう、ラグナの足を引っ張ってしまう

それはしたくない、エリスはラグナの隣に立ちたいんだ 守られるだけの存在になるのは嫌だ

だから、今すぐここから抜け出す必要がある…

「ふーむ」

立ち上がり壁に耳を当てる、手を縛られてるからちょっと動き難いが このくらいの自由はあるからね、…壁に耳を当てれば 何も聞こえない

壁の向こうからは何にも、つまり この向こう側には何もないということだろう、恐らくは地下…、ここは地下の独房なのだろう、壁をぶち抜いての脱出は無理か

「ふむふむ」

続いて目の前の鉄格子を蹴飛ばす、硬い 見た目の割にしっかりしてるな、材質は鉄…この手を魔力封じの縄で縛ってる辺り耐魔合金で作られてるって事はなさそうだ、魔術を使えば壊せるな

「えりうー?」

「しー…」

リオス君が何をしてるの?と言わんばかりに首をかしげる、しかしこの子達は強い子だ、こんな状況になっても泣きもしないし喚きもしない、流石はベオセルクさんの子供だ

とはいえ立って走るなんて事はまだできない、連れて逃げるなら抱いていく必要があるな…

「さてと、そろそろここから出ますか」

あんまりゆっくりしてる時間はない、とっととここから出てしまおう、檻から出るには魔術を使う必要があるが この魔力封じの縄がある限りエリスは魔術を使えない、魔術を使えない魔術師なんてネズミみたいなもんだ…

と、ソーマ達は思ってるだろう、だが侮ったな エリスは今まで何度も檻にぶち込まれた経験がある、手を縄で縛られたこともある…だから、こんな縄 抜けるなんかわけないんだ

「えーっと…うん、きつく縛ってありますが 縛り方は雑ですね、これならここをこうして…ああしてと」

手を動かした感触で縛り方を把握すれば後は簡単、スルスルと腕を動かし こうしてああすればあら不思議、エリスの手を縛る縄が手袋みたいに簡単に外れる、縄抜けなんざお手の物よ

「次は…」

以前 レオナヒルドに捕まった際 エリスは脱出を優先するあまり子供達へのケアを怠って、混乱させてしまった 思えばあれが失敗の原因だった

ここでエリスが檻を壊してさぁみなさん逃げましょう、と言っても恐怖で誰も動かないだろう

だからここですべきは、子供達の心のケアとエリスを信じてもらうこと、なので

「皆さん、怪我ありませんか?」

「ひう…」

近寄る、ソーマ達に連れてこられた子供達に、皆 エリス達と同じように無理やり親から引き離されて檻に閉じ込められているんだ、怖いよな 分かるよ…檻の中はとても怖い

子供の人数はひいふいみい…全部で九人か、皆一箇所に丸々ように集まって身を縮こまらせている

エリスが近づけば子供達はさらに身を縮まらせる、もう触れる者全てが怖いんだろう、こういう時は…

腰に手を当てれば、うん エリスのポーチは無事みたいだな、エリスは不測の事態に備えるため普段から多くの物を持ち歩いている、先頭に役立つ物から 役に立たないものまで

「…どうぞ」

「…お菓子?」

取り出すのはクッキーだ、デティが美味しいと絶賛してたクッキー 、糖分補給の非常食として取っておいたそれを子供達に差し出す、この子達もお腹が空いているだろう そんな中差し出される甘いクッキー、その誘惑には勝てまい

「くれるの?」

「ええ、お腹空いているでしょう?」

「…うん」

「とても甘いクッキーですよ、エリスの友達の大好物です、味は保証します」

「…………っ!」

すると差し出したクッキーをパッと素早い動きで子供達が受け取ると、みんなで数枚のクッキーを分け合いサクサクと食べ始める、甘味とは心を落ち着かせる 緊張と恐怖を和らげてくれる

この子達がクッキーを食べ終わるまで待っていよう、大丈夫 途中で見張りが入ってきてもうまくごませる

「えりうー」

「ん?なんですか?クレーちゃん」
 
「みるうー」

「みるう…ミルク?ああクレーちゃん達もお腹空いたんですね、でもすみません エリスまだお乳出ないんです」

みんなが食べてればそりゃクレーちゃん達も食べたいよな、でもエリスはミルクでないし…かと言ってクッキーは硬いし、と断ると エリスの言葉を理解したのかクレーちゃんとリオス君の目がみるみる潤んで行き

「ぅっ…えうっ…みるうー、まんまぁ…」

「あ!」

やべっ!泣く!、なんか食べさせないと!、でも牛乳とか持ち歩いてないし、あるのは水…ああそうだ と思い至った瞬間慌てて手に持つクッキーを水で湿らせ柔らかくなるまでほぐして

「はい、クレーちゃん」

オートミールのようにほぐしたそれを指に乗せクレーちゃんに差し出すと

「あーん」

ぐぉっ!?可愛い!?、クッキーの乗ったエリスの指をチュパチュパしゃぶり、美味しかったのか嬉しいそうにホニャホニャ表情を和らげる

「あうあー!」

「はいはリオス君もね、はい」

「あーん…んふふー」

可愛い…、子供って何でこんなに可愛いんだ、とっととこんなところ抜け出してどこか面白いとこに連れて行ってあげたい、お小遣いもあげちゃう…

「おねーちゃん」

「ん?」

ふと呼ばれてみてみると子供達の方もクッキーを食べ終わったようで、やや申し訳なさそうにこちらを見ている、まだ怯えているが 子供達の視線がこちらを向いた、一歩前進だな…後は

「美味しかったですか?」

「うん、ありがとー…」

「いえいえ、…では ここから出てお父さんとお母さんのところに帰りますか」

「か 帰れるの?、外にいる人たとっても怖いよ…」

「お姉さんはもっと強いので…って言っても分かりませんよね」

エリスは強い 遅れをとったがその辺の見張りなんか軽く蹴散らせる、がこの子達にそれを言っても伝わらない、何言っても怖いもんは怖い だが、エリスを信じてもらおうしか今は方法がないんだ

「さてどうしたものか…ん?」

ふと、攫われた子供の中に見覚えのある子がいる、この子の顔見たことあるぞ…いつ?昨日だ どこで?ラグナの演説の時だ、エリスとラグナの交際について聞いてきた女の子だ、この子も攫われてたのか

「ねぇ、お姉ちゃんのこと誰か分かる?」

「え?…あ」

思い出したか、或いはようやくエリスの顔を見てくれたか、ともあれエリスのことを知る人間が一人いた これは重要な糸口に…

「おひめさま!」

なんでやねん、どないやねん

何故 どうやったら 何を罷り間違ったらエリスがお姫様になるんだ、いやまぁ彼女の中でエリスはラグナ大王のお嫁さんだから、まぁお姫様ってことになるのか

訂正したいが…訂正したいが、今は都合がいい 微笑みで濁しておこう

「君 名前はなんていうの?」

「ユリナ…」

「ユリナちゃんか、昨日は挨拶できなくてごめんね?」

「ううん、おひめさまはえらいからいいの」

いやユリナちゃん、エリスはお姫様ではないんですよ…と心の中で逐一訂正する

「しってるの?」

「うん、この人王様のお嫁さんなんだって ものすごーく強いっていわれてるんだぁ」

「このひとが…」

エリスの言葉は届かなくとも同じ子供ならばどうか?、少なくともエリスよりはこのユリナの話をみんなは聞いている、物凄く強い それはアルクカースでは尊敬に値する人間にのみ使われる言葉、信用に値する言葉…それを受け 子供達の視線から棘が消えていく

「でもなんでそんな強いひとが僕たちと一緒に捕まってるの?」

「それは…」

油断して子供達を人質に取られ無様に捕まりました…ではなく

「みなさんを助けるためここに来たんです」

嘘も方便とはよく言ったもの、バレなきゃ嘘は真実と同じ色をする、実際みんなを助けたいのは事実だしね そういうことにしておく

「僕たちを…!」

「ええ、ですがエリス一人では難しいです、みんなの力が必要です」

「僕たちの…でも…」

「大丈夫、みんなは強い子です 誇り高きアルクカースの戦士達なんですから」

ね? と言い聞かせるように、そして内心祈るように微笑む 、この子達はただの子供じゃない アルクカースの子供だ、強い子達なんだ それを思い出させてあげれば…きっと

「…うん、僕 やるよ」

一人の子供が強く頷く、強い戦士 それはアルクカース人全員が目指すもの、なればこそ こんなところで怯えてはいられまい、一人が頷けば皆もそれに流されるように僕も私もとコクコク頷いてくれる

よし、発破はかけられた、なら後は外に出るだけだ

「では皆さん、今からエリスが外に出るので 逸れずついてきてください」

「うん!分かった!」

「あと…そこの君」

子供たちの中で比較的体の大きな子達を選ぶ…この子達には仕事を頼みたい、重要な仕事だ

「僕達?…」

「二人はこの子達を抱っこして連れてきてあげてください」

「この子…お姫様の子供の?」

「たうあー!」

「ま…まぁ、そんなようなもんですかね」

任せるのはリオス君とクレーちゃん、この子達はまだ一人歩きが精々だ 走ったりとかは無理、かと言ってエリスが抱えて となるとそれは厳しい、だから子供達に任せることになる ちょっと不安だが そうはもうお任せするしかないんだ

エリスが頼めば子供達は『未来の王様…』とやや緊張の面持ちでリオス君とクレーちゃんを持ち上げる、その子たちに王位継承権はないんですが…まぁいいか

「では行きましょうか」

「たうー!えりうー!」

エリスよ!檻を壊せ!と言わんばかりにクレーちゃんが手をバッ!と前に出すが、壊さんよ?

前回エリスは成り行きで壊してしまったが、壊せば音が鳴る 音が鳴れば人が集まる、だから壊すのは最終手段だ

「ちょっと待っててください」

ポーチの中から取り出すは細い鉄の棒…ピッキングツールだ、残念なことにエリスはよく檻に入る、何の間の言ってこの先もきっとたくさん入るだろう事は容易に想像できる、故にこそ脱獄用のアイテムも技術も取得済みだ

「うん、これなら簡単に開錠出来ますね」

牢屋の中から外に付けられた錠を確かめ頷く、アルクカースの錠は頑丈だが作りが単純だ、この国の人間にピッキングして忍び込もうって発想のやつはいない、忍び込みたいならみんな鍵を壊すからね

これがデルセクトとかだと難儀する、あそこは鍵の作りも非常に複雑だから、幸いここに使われている鍵はアルクカース製の安物だ、簡単に開錠出来る

「よっと…開いた、みんな そーっとついてきてください?」

ゆっくり 取り外した鍵を地面に置いて 、慎重に檻を開ける うんうん、いいぞ ここまで順調だ

ひょいと檻の外を見回す、ここはこの独房一つだけの部屋らしく、部屋の中に見張りはいない、が扉の向こうに気配がある…

檻に見張りをつけず外に見張りをつけるとは、おそらくエリス達より助けに来るだろうラグナ達の方を警戒しているようだ、大方魔術を封じた魔術師と子供なんか取るに足らないと思っているのだろう、連中がバカで助かった

「では行きますよ」

「はい…!」

ユリナ達九人の子供達を連れそっと扉の前の壁に張り付く、このまま扉を開ければ外の見張りとかち合うことになる、だからまずは壁に耳を当て気配を探る…見張りの人間一人 廊下を歩く音はしないから巡回の見張りもいない

随分お粗末だな、いや 外側を見張る方に人数を回しているのか

「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』…」

手の中に魔術で縄を作る、決して千切れずどこまでも伸びどこまでも締め付ける魔術縄を結び輪っかを作り…扉から少し離れつつ子供達には静かにしてもらい

「…ああー!リオス君!檻から出ちゃいけませんよ!」

「あうっ!?」

いきなり名前を呼ばれ驚いたリオス君が俺!?と顔を上げる、ごめんね 急にダシに使って…でも、騒ぎに気がついた見張りが慌てて檻の中に入ってきて…

「おい!、あんまり騒ぎを起こすな!」

「ごめんなさいね」

「なっ!?むぐっ!?」

見張りが扉を開けた縄で作った輪を見張りに被せ口に噛ませ 塞ぐ、と同時に見張りの首を掴み引き倒し 頭をひねると共に気絶させる、面食らった男一人 意識を刈り取るくらいならこんなもんだろう

「おおー…」

エリスの早業を前に思わず声を上げる子供達、いやいや照れますよ…なんて冗談はほどほどに、追加で魔術縄を作り見張りを簀巻きにした上で檻に入れ鍵をする、いや ついでに鍵穴も溶かして埋めておくか

本当は見張りの服を奪って成り代わろうと画策していたのだが…

「なんですかここは…」

見張りの衣装を見てため息をつく、男は服を着ていなかった、ズボンだけで上半身は裸でムキムキの筋肉を晒している、凄まじいスタイルだ こんな格好で普段過ごしてるのか?、こいつら裸大好きだな…

まぁいい、ここからは時間との勝負 バレる前に出来る限り外に移動しておこう

「では皆さん、移動しますよ 出来限りしずかーに、お願いしますね」

こくこくと頷く子供達と共に外に出る、部屋の外は暗い廊下…右にも左にもずーっと続いている、さてどちらに行ったものか、指を立てても風は感じない…この地下施設 結構深いところにあるようだ

続いて地面を見る、まるで土や岩を削って作ったような、いつ崩れておかしくない壁と床だ、整備され整えられた床じゃな故に残足跡が…

「…右ですね」

右から来る足跡の量が多い、人間とは入り口から入って奥に向かうものだ、逆はない つまり来ている方が出口ということになる

「皆さん、こっちです」

「は はい」

「たうー、あうあー」

神経を研ぎ澄ませながら道を定め向かう、巡回する人間はいないようだし、下手に搗ち合っても声を出される前に仕留めれば脱獄の露見は防げるだろう

…子供達を連れて廊下を音を立てず進みながら 考える、当然緊張は保ったままだが…気にせずにはいられない

この施設、なんたんだ? 地下に作ったというより急拵えで用意したような雑な道の作り方、けど出来たのは最近じゃない 結構昔からある、宗覇会のアジト…なんだろうけど、聞いたところによると宗覇会は各地に住処を持つと言われている

そのうちの一つか?分からん 、まぁ脱出には関係ないから思考するのはそこそこにして…むっ

「伏せて…」

「っ…!」

咄嗟に屈み子供達にも伏せるよう指示する、声が聞こえた、地下だからか声が反響するのだ…結構な大声だ、まさかもう脱出したのがバレたか?だとしたら急いだ方がいいか

そう考えつつ耳を澄ませる、何を言っているのか …探りを入れる

すると

『腕立てー!やめーっ!』

『押忍!!』

ソーマの声 そしてそれに答える複数の声が聞こえる、感じ的に鍛錬している声だ、バレてるわけじゃなさそうだな、一応伏せながら進めば 煌々と明かりに照らされるお 大部屋に辿り着く…

部屋の中は廊下と違い整備されており、壁には龍の彫刻と物凄い数の松明 そして三十人近い半裸の男と女が構えを取りながら並んでいる…、その視線の先には

「うむ!、ではこれより型の稽古に入る!」

ソーマだ、なるほど ここは宗覇会の訓練場 いや道場か、師範であるソーマと門下生達が鍛錬を積んでいる部屋のようだ、物凄い数の松明に照らされテラテラと汗を輝かせる宗覇会の人間達ひしめく大部屋を、覗き込むように顔を出す

みんな鍛錬に夢中で気がつく様子はないな

「知っておると思うが 我ら宗覇見形拳の極意は模倣!、獣や事象を模倣し体得し己が力と変える武術である!」

「押忍!」

「鍛え抜かれた体に摂理を宿し敵を打ち倒す!それこそ宗覇見形拳!」

部屋の奥で門下生達を指揮するソーマはクネクネといろんなポーズを取っている、成る程所謂象形拳か、ラグナの使う武術 アルクトゥルス様伝来の古式武術も元を正せば象形拳 形意拳に部類される

風や大地 蟷螂や獅子をモチーフしイメージした構えで戦う武術、エリスと戦った時ソーマが使ったあの人外地味た動き 蛇のような構えもそれだろう、蛇拳ってとこか?

「虎はなぜ強いのか!それは強靭な爪を持つからよ!、人間にはないがそれを模倣することはできる!、虎の構え!」

「押忍!」

「獅子の構え!」

「押忍!」

「猫の構え!」

「押忍!」

何が違うんだ…、手を丸め猫っぽい構えを取る門下生達を見て 次いで部屋をぐるりと見回す、おそらく出口につながるであろう道が部屋の向こう側に見えるが、ううむ 部屋にいる人間が邪魔だ、ここを突っ切るのは難しそうだ

なら戻るか?いや向こう側にはあまり足跡がなかった、となれば出口はこちら側だけ…しかし、子供を連れて突破は厳しいぞ

「蝙蝠の構え!蟷螂の構え!」

「師範!大変です!」

すると部屋の向こう側から 出口とみられる側の廊下から門下生らしき人間が血相変えて降りてくる、バレ…たわけじゃないだろうな、奴は外から来た つまり、外で何かがあったのだ

「何事だ!、今は大事な鍛錬の時間だぞ!」

「襲撃です!ラグナが襲撃を!」

「むっ、もうか!?うむ 想定よりも早いな…まだパレストロ殿に子供を引き渡していないというに、あの王を侮っていたか」

「師範!我らでは抑えられません!どうかお助けを!」

ラグナだ!、ラグナが来てくれた!いや早いな 流石だ…、しかしそうか ソーマの奴やはり貴族と繋がっていたか、恐らくここに子供を一時的に匿い 見つかる心配のない所へ護送する

…それが迎えか…、まぁ エリス達の迎えの方が早く来たみたいだが

「うぬぅ!、仕方あるまい!我が出る!他の者も続け!、我らで足止めする間に牢の子供やエリスを連れて来い!、それを盾にして逃げる!、パレストロ殿に引き渡す場所は別と地点へ移す!分かったな!」

「押忍!」

「では行くぞ!叩きのめしてくれる!」

ズカズカと地面を震わせながら揃って出口へと向かっていくソーマと門下生達、それに対して2…いや3人ほどの門下生がエリス達の隠れる廊下へと歩いてくる

あれは倒せねばならない、戦闘は避けられない だがさっきよりマシだ、3人…いけるか?いやいけなければダメだ

「みんな、廊下の奥へ隠れていて」

「おひめさまは…」

「エリスはあいつらを倒します、さぁ行って!」

囁くように 子供達を来た道を引き返させる、後は…

「ん?、今何か聞こえなかったか?」

「何?、奥には見張りしかいないはずだろう」

「あいつめ、仕事をサボっているのか」

迫ってくる門下生達…はぁー…すぅー、よし 壁にひっつき息を整え…

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

「むえ、やはり誰かいる…いや女の声 まさか…!!」

奴等が慌ててこちらに駆け寄る…、その瞬間風を纏い飛び出し 繰り出す、神速の飛び蹴り、いきなりの出来事に対応も出来ず 首にエリスの足が突き刺さり衝撃と共に吹き飛ぶ 門下生…まずは一人!

「ごぶがぁっ!?」

「貴様!牢屋を抜け出していたのか!」

「くそっ!こんな時に…」

「すみませんね、あの程度の牢屋 エリスを閉じ込めるには些かお粗末すぎましたよ」

急所に一撃貰った男は動く気配がない、どれだけ鍛えても急所は急所 人は人だ、しかしもう不意打ちは使えない、真っ向勝負で目の前の門下生二人を仕留めなければならない、出来れば外から増援が来る前にやりたいな

「仕方あるまい!少し痛い目を見てもらう!牙虎の構え!」

「我ら師範より宗覇見形拳を授かりし拳士!侮るでない!」

低く 腰を低く落とし、まるで虎が獲物を狙うがごとき姿勢で構える二人の拳士、それに答えるようにエリスもまた構えを取り…

「ぢぇぇぇぇぇい!!!」

「っ…」

飛びかかってくる、虎の手のように丸められた拳での振り下ろすような拳撃、鍛え抜かれ中身の詰まったあの腕 エリスの細腕では受け止められまい、ならば…!

「むぉっ!?」

後ろに逃げるのではない 横に避けるのではない、向かってくる二人に向け エリスもまた一歩踏み出す、武術の真髄とは踏み込みにある 踏み込み力を得て技を出す、大地とは武闘家にとっての剣だ、だからこそ まず奴等の踏み込む先をエリスが奪う

一瞬 足場を失いたたらを踏む拳士達 その隙を逃す必要はない

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

まず隙だらけの一人に手を突き、旋風圏跳で押し飛ばす、全力の風は筋骨隆々の男を容易く持ち上げ、砂埃をあげながら奥の壁へと叩きつける、その威力たるや 頑丈な岩の壁が砕け散る程の物、二人目!

「このぉっ!!」

「よっ…」

刹那振るわれる最後の一人の拳を見ずに避けれればエリスの髪が拳風に揺れる、甘い…!

「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌』!!」

振り向きざまに拳に魔力を集め、叩き込み爆ぜる 熱雷の一撃、それは激しい音と光と共に集約し拳士の体を吹き飛ばし、次の瞬間には黒焦げになりながら壁に埋もれる男の姿があった…3人、これで終わりだ

「ぅ…ごぁぁ…し 師範…」

「よし、後は外に出るだけですね…みんな!戻ってきても大丈夫ですよ!」

エリスが気絶させた奴等は起きてくる気配がない…、後は外に出てラグナと合流すれば良いが、と 出口の方へ耳を向ければ外から喧騒が聞こえてくる、ラグナが派手にやってるようだ

巻き添えを食わないよう、子供達だけでも安全な場所に向かわせなくては
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