ヤクドクシ

猫又

文字の大きさ
7 / 59

小児性愛に効く薬毒7

しおりを挟む
 翌日倒れている継父を発見したのは母親だったが、医者につれていくでもなく放置した。
 どうせ酔っ払って眠っているだけだろうと判断したと思われる。
 せかせかと仕事に出て行く母親を美優は無表情で見送った。
 継父はともかく、杏里は夕べ高熱を出し母親はそれを知っているはずなのに。
 朝には杏里の熱がすっかり下がったからよかったものの。
「今日は学校を休もうか」
 と言うと、妹は不安そうに首を振った。
 視線は流し台の前に倒れた継父を見る。
 学校へ行けばいじめられるが、家にいて継父のおもちゃになるよりはるかにましだと判断する。
「じゃあ、お風呂……は無理かな。身体を拭いて新しい服に着替えよう?」
「でも」
「ね、杏里、あたし達は未来を変えなきゃならないんだよ?」   
「みらいを?」
「そう。それの第一歩。もうあんな男の事なんか怖がらないし、いじめになんかにも負けないの。だから、ね?」
「うん」
 と杏里は不安そうに肯いた。
 新しい洋服など近頃では買ってもらった事もなく、それでもまだ洗濯してあるましなトレーナーを取り出して美優は杏里に着せた。
 鞄を持って、台所で倒れたままの継父の横を通る。母親は酔っ払って眠っていると思ったようだが、継父の目は大きく見開かれ、口からは泡をふいている。
 顔色は青黒く小刻みに身体は動いているが、起き上がる事は出来ないようだ。
 母親すら心配もしていないのだから、美優と杏里が何かをする義務もつもりもない。
 継父の目線が美優の向いて、何かを訴えるように見つめてくる。
 美優は唇を噛んでその視線を見返した。
 美優が助ける素振りさえもしなかったので、継父の目が怯えたような表情になった。
 美優は杏里の手を握って、継父の側を通り過ぎた。 
 杏里はビクビクとしながら顔を伏せて、継父を見ないように美優の後をついてきた。
 アパートの部屋を出て鍵をかける。
 鍵は美優だけが持っている。
 ろくに働きもしない継父がたいていは家にいるので鍵を使うこともなかったのだが、これからは使うようになるのかもしれない。
 今日、学校から帰るまでに継父が死んでいれば。
 どうして急にあんな風になってしまったのかは分からない。
 でも、どうかあのまま死んでくれますように、と美優は腹の中で思った。
 

 杏里を小学校へ送り届けて、美優は学校へ向かった。  
 ハナに起こった出来事を話してどうすればいいのか聞きたかったが、そのハナが学校を休んでいたので、美優は不安な気持ちで一日を過ごした。
 下校時間はあっという間にやってきて、また家に帰らなければならない。
 小学校へ杏里を迎えに行き杏里が出てくるのを待つ。
 杏里は青白い顔でうつむき加減で校舎から出てきたが、美優を見ると少し笑った。
 慌てて校門の美優の元へ走って来て、
「お姉ちゃん」
 と言った。
 それはちょっとした変化だった。今までは美優にも笑顔さえ見せずもくもくと後をついてくるだけだったのだが、今日の杏里は嬉しそうだった。
「杏里、熱、大丈夫だった?  苦しくない?」
「うん、平気」
 美優は杏里の額に手をやってから、さほど熱もなさそうなのでほっとした。
 そして杏里の笑顔を見て、自分は間違ってなかったと思った。
 継父があのまま死んだら私のせいかもしれない。
 でも死んでてくれますように、と願いながらも一方では酷く不安だった。
 だが杏里を助ける為にはこれでよかった、と美優は思った。
 後悔はない。  


 美優はアパートに着いて、玄関の鍵を開けた。
 入ってすぐの台所を覗くと、今朝倒れていた場所には継父の姿はなかった。
 嘔吐と失禁の臭い匂いがしていた。
 杏里を玄関に待たせて、中へ入る。
 その奥のガラス戸を開けても継父も母親の姿も見えず、もう一つの姉妹の部屋にも誰もいなかった。
 不安な思いと同時にほっとして窓を開けて空気の換気をする。
「杏里、誰もいないから、入っても大丈夫だよ」
「うん」
 おずおずと杏里が部屋に入ってくる。
 鞄を置いて、二人ともが床に座り込む。
「おとうさん、どうなっちゃったの……」
 と杏里が呟いた。
「あんな奴、おとうさんなんて呼ばなくていいよ」
 と美優が言うと、杏里は目を丸くして美優を見た。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「どうもこうも、あたしが間違ってたって気がついたの。杏里を犠牲にして……お母さんだってそうだよ。何の為にあの男をこの家に入れたのかさっぱり分からない。働きもしない、いやらしい目で杏里を見て、でもそれを咎めないお母さんが一番悪い。見ない振りしていたあたしも最低!」
「でも、姉ちゃんは助けてくれたよ」
「もっと早く助けるべきだったよ。ごめんね」


 ガチャガチャっと音がして、玄関の鍵が開く音がした。
 杏里はさっと美優の方へ身を寄せた。
 美優も慌てて周囲を見渡し、三段ボックスに置いてあった彫刻刀の小箱を取り上げた。
 蓋を開いて、一本取り出そうとしているうちに、
「美優ぅ? 杏里ぃ? いるの?」
 と母親の声がした。
「うん」
 二人は身体を硬くして寄り添ったままで、同時に小声で答えた。
 母親は部屋の中に入ってきて、押し入れのふすまを開けた。
「お父さんが入院しちゃったのよ。救急車を呼んでもう大変だったんだからぁ。お母さん、着替えとか持ってまた行かなくちゃならないけど、大丈夫よね?」
「生きてるんだ」
 と美優が小声で言った。杏里は美優の腕をぎゅっと掴んだ。
 美優は杏里の手を優しくさすってから、立ち上がった。
「あたし達は大丈夫だよ。でも、お金頂戴。生活費。杏里の面倒はあたしが見るから。お金だけくれたらいい」
 美優は今まで母親に言ったことのない要求をした。
 母親にはほぼ無視されていて、機嫌如何によっては食事もなかった。
 学校へ納めるお金すら滞納がちで、継父に渡す無駄な金はあっても子供達の事には無関心だった。
 母親は面食らった風に、
「ああ……そうねぇ」
 と財布を取り出している。千円札を一枚取り出したところで、美優はすぐ母親の目の前に立った。中学二年生だ。母親との背丈はそう変わらない。酒や睡眠薬で毎日を誤魔化している母親よりは若く、力もある。
 美優はようやくそれに気がついた。
 そして母親もそれに直面したようだ。
「み、美優?」
「お金、頂戴」
「わ、分かったわよ。これで何か食べなさいよ」
 と言って母親は一万円札を何枚か美優に渡した。
「ありがとう。お母さん」
 美優はそれを受け取って母親に背を向けた。
「杏里、着替えて何か買いに行こう。何が食べたい? 今日はお風呂も入ろうね?」
「うん」
 母親はぽかんとしていたが、やがて気を取り直して荷物を作り部屋を出て行った。 
                                            
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...