ヤクドクシ

猫又

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石女に効く薬毒4

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「智恵子さん、行ったんでしょ? どうだったの?」
 昼休憩にお弁当を広げていると、優子さんが自分のを入れるついでに私にもお茶を入れてくれた。
「ありがと。行ってきたんだけど……」
「駄目だったの?」
「ううん……ねえ、優子さん、私に薬屋さんを教えてくれた時に一人で行きなさいって言ってたわよね? あれ、どういう意味?」
 優子さんは私の横に座って、自分もハンカチに包んできたお弁当箱を開いた。
「あなた……言われなかった? 餓鬼が赤ん坊を喰ってしまうって……」 
 と優子さんが言った。
「え? 優子さん……それじゃあ」
「うん、そう。あれ、知り合いの話って言ったけど、自分の話なのよ。四年前になる。うちも子供がなかなか出来なくて……義母が聞いてた薬屋さんに相談に行ったの。そしたらやっぱり餓鬼がね、赤ん坊を喰ってしまうって言われて」
「え、でも、あなたのおうち、皆さん、お元気よね? じゃあ、十万円の薬包で餓鬼に負けない赤ん坊が授かれたの?」
「ううん、使ったわ。赤い薬包、二百万」
「う……そ……餓鬼も寄生主も殲滅するって方?」
「そう」 
 優子さんは卵焼きを一切れお箸ではさんでぱくっと食べた。
「あなた、誰に餓鬼が憑いてるって言われた? お姑さん? それとも亜紀美さん?」
「亜紀美さん……でも、亜紀美さんが連れてくる餓鬼がお義母さんにも憑いてて……お義母さんが私に子供が出来るのを望んでいないから餓鬼が私の赤ん坊を喰ってしまうって言われたわ」
「そう、うちの場合は舅だったわ」
「え?!」
 確かに……私が結婚した頃に吉森家の舅が亡くなった。
「舅はね女好きで借金持ちでどうしようもない人間だったの。癇癪持ちでいつも自分が一番で皆の中心にいなくちゃ気が済まない人だった。うちの義母も夫もずっと泣かされてきた。薬屋さんに行く前に一度自然妊娠したんだけど、舅の暴力で流れてしまってね。そこから難しくなってしまったの。義母も夫も土下座して泣いて謝ってくれたわ。だから薬屋さんでその話を聞いた時に何の躊躇もしなかった。私、すぐさま赤い薬包を握ったわ。二百万、義母が全額出してくれた。うちは義母も夫も私の味方で、赤ん坊を望んでくれてた。だからうまくいったわ。私も義母も夫も誰も後悔してない。舅があんなだったのも餓鬼のせいかもしれないけど、あんな人間だから餓鬼なんかに取り憑かれるのよって思ってる」
「そうだったの……」
「ええ、それで、あなたはどうする? ご主人はあなたの味方?」
「……どうしよう」
「悩んでるのね」
「え、ええ」
「そうよね、恐ろしい事よね。私の事、恐ろしい?」
 と優子さんが言った。
「いいえ! 違うの。そうじゃない。私が悩んでるのは……善悪の問題じゃなくて、そこまで主人の子供が欲しいのかって……事。私、意地になってお義母さんに対抗して……子供を産まなくちゃって……今の家庭にしがみついて……私、あんなに好きだった仕事まで辞めてしまって、何やってんだろうって」
「そっか、お仕事、何やってたの?」
「広告代理店でデザイナー」
「まあ、凄いじゃない! デザイナーなんて」
「とても好きな仕事だったの。でも主人と出会って……好きになって結婚して、なかなか子供が出来なくて、すごく悩んで不妊治療して……出来ても育ちにくいっていわれて、何度も流産して、それが亜紀美さんの餓鬼のせいで。夫もそんな義母と私の間に挟まれて、口数も少なくなって……会話もなくて。家に帰ってくるのが嫌みたいで、ずっと仕事か飲み会とかで……」
「ねえ、別居したら? 少し離れたらどうなの?」
 私は首を振った。
「餓鬼は一度覚えた赤ん坊の味を忘れないって……どこに逃げても駄目みたいね。そんなことを考えたら、離婚もありかなとかも思うし」
「確かに他の人なら元気な赤ちゃんを授かれるかもしれないものね。うちは義母と一緒に行っちゃったしその選択肢はなかったけど。とにかく敵は舅だけだったから。むしろみんなで、やっぱり、納得、みたいな展開だったわ」
 優子さんはくすっと笑った。
「優子さん、ありがとう。ちゃんと考えてみる」
「ええ、悔いのないようにね」


「ただいま」
 玄関のドアを開くと主人の靴があった。
 珍しい、まだ五時過ぎだというのにもう帰ってるなんて。
 私はそっと靴を脱いで、玄関から上に上がった。
 義母は夫の前では私の悪口を言わない。
 子供が出来ない女は離縁されて当たり前だ、と私の前でははっきりと言うのに、夫の前では言葉を濁しながらぼやっと言うだけだ。
 台所で夕飯の支度をしなければならないので、居間の横を通り過ぎようとした時に、三人の話し声が聞こえた。
「あんたもまだ三十代なんだから、早いところ決断した方がいいわよ? 子供、欲しいんでしょう? 智恵子さんには悪いけど、やっぱり健康な若い人と再婚したらどうかとお母さん、思うのよ」
「そうよ、お兄ちゃん。こんな可愛い子供、自分の子供を抱きたいでしょう?」
 と義妹の声もした。
「ママ、ママ」
 と義妹の子供の声がする。
「うん……」
 とはっきりとしない夫の声もした。
「実は……いるんだ、子供」
「え?」
 夫の言葉に私はふすまの前で息が止まった。
 何を言ってるのか脳は理解していないのに、全身の気配を消して次の言葉を待った。
「……今日、ちゃんと話をしようと思って……浮気相手に子供が出来ちゃって……決断してくれって言われててさ」
「んまあ! そうなの?」
「それでそれで?」
 義母と義妹の歓喜の甲高い声よりも、夫の申し訳なさそうな絞り出すような声の方が神経に障った。
 私はそのままゆっくりと後ずさり、玄関まで戻った。
 私の人生でこんなに息を潜めたことなどない。
 そっと靴を履いて、そっと家を出た。
 そのまま車に乗り込み、決意をするという意識もなく、本能の動きのまま私は私の身体の行きたい場所へと向かった。

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