ヤクドクシ

猫又

文字の大きさ
15 / 59

石女に効く薬毒5

しおりを挟む
 薬屋へ着いたのはもう夕方の六時を過ぎて、辺りは暗くなっていた。
 この前と同じように、勝手に奥内へ入り廊下を歩く。
 手に下げたバッグの柄を握る力が入りすぎて手のひらに爪が食い込んで痛かった。
「おやぁ? 子作りの薬を買いに来たのかい? それとも餓鬼殺しの方かい?」
 前回とは違い、帳場格子の中に座っていたのは老婆だった。
 黒いニットのセーターを着ていた。
 若いときにはさぞかし美人だったのだろうと思われる。
「い、いえ。あの薬はいりません……キャンセルします」
 黒猫がにゃーと鳴いて座布団を咥えてきてくれたので、私は帳場の前に座った。
「もういいのかい? 離婚してやり直すのも手だろうしねえ」
「あの……おかしな事を聞きますが……男性を不妊にする薬はありますか」
 私の声は震えていた。
 夫の裏切りを知ってから頭の中で一瞬で立てた計画が恐ろしすぎて、そんな薬などないと断って欲しいと思った。だけど老婆は、
「あるよ。鬼女紅葉の薬包がねぇ」
 と簡単に答えた。
 まるで用意してあったように、すぐ目の前の机の引き出しから灰色の薬包をいくつか取り出した。
「七日、飲ませ続けられたらあんたの勝ちさ。途中で止めたら効果はないよ。何でもいいさ、コーヒーでも味噌汁でも料理の皿にでも一日一包みを七日だ。七日分で十万円」
「あるんですか……」
「あるよ。うちにはどんな薬でもある。何だい? その顔は? うちは薬屋さ、客の望む薬を出すのが商売さ。いいかい? 欲しがる客がいるからうちは売るんだよ?」
 と言った老婆の顔は醜悪に歪んだ。さっきまでは美人とすら思えたのに、今の老婆は誰よりも意地の悪そうな顔だった。
「……子供が出来ないってそんなに悪でしょうか……浮気されてたなんて……それもこれもあの人の妹の餓鬼のせいで妊娠しにくくなってるのに、本人は浮気して……他に子供が出来たって言うんです……酷くないですか……」
「なるほどねえ……」
 老婆は煙管を吸っていたがぽんとそれを置いてから、
「いいさ、いいさ、やっちまいな」
 と言った。
「え……」
「あんたが我慢する事はないさ。何もかも忘れて余所でやり直すって気力もないんだろうね?」
「やり直す?」
「そうさ、あんたの人生さ。何もかもを引き換えに復讐を果たすのもいい」
 私は老婆の顔を見た。
「引き換えに? そうです、私は引き換えに今の自分を選んだんです。私はあれほどやりがいのあった好きな仕事を辞めてまで、あの人の子供を産もうと……もう、今更やり直しなんて出来ないわ……あの仕事にはもう戻れないわ。一人で人生やり直す? この年で正社員なんてどこも雇ってくれないわ。パートでレジくらいしかないわ。それでもあの人と一緒ならそれでもいいと……思って……愛してたんです……」
 私の中の憎しみが一気に噴き出した。 
「そうよ、あの人は顔が良くて、優しくて女性にモテて、会社の中で結婚したい男の一位でした。お給料もいいし、仕事も出来る、だからあの人を射止めた時には鼻高々でした。若い女子社員を差し置いて私が選ばれたと有頂天でした。言われた通りに会社も辞めて、同居もしました。義母や義妹に女中のようにされても耐えてきたのは夫に嫌われたくなかったから。私だって夫の子供が欲しかった。妊娠しても育たない……それが義妹のせいだけでも許せないのに、浮気だなんて……酷いわ……買います。十万円でしたね?」
 今日は給料日だったので、財布には下ろしてきたお金があった。
 生活費だが、もうどうでもいい。
 私は財布から札を抜き出して机の上に置いた。
「まいどあり。あ、そうそう、これをサービスしとくよ」
 と老婆が言い、白い包みを一包だけ机に置いた。
「これは?」
「夢見の薬毒さ。あんたが全て終わったって頃に寝る前に白湯で飲んでみな。あんたの見たい夢が見られるだろうからね」
 老婆がそう言い、膝の上の黒猫がにゃーと鳴いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...