ヤクドクシ

猫又

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若返りに効く薬毒6

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「甘ぁい」
 ハナは顔中に降り注いだ人間の血を手でぬぐってそれをべろべろと舐めた。
 空腹時に極上のご馳走を出されたようなものだった。
 ハナの瞳はハヤテを写さず、ただ獲物である人間の腕を見上げていた。
 ぺろりと舌で舐めとる血の甘味なこと。
  ハナが人間の血に興味をそそられたのを見て、ハヤテは少し笑った。
 そして高く掲げていた新鮮な腕をハナの目の前に下ろした。
 無理矢理に引き千切った人間の腕はハヤテには骨付き肉にしか見えず、ハナにもそうである事を望んだ。
 ハヤテはハナの胸の手に人間の腕を持たせた。
 ハナの前にぷんと甘い匂いが薫る。 
「啜ればいい。思う存分、血肉を啜って再生するんだ。もう時間がない」
 ハヤテは自ら女の腕肉を喰らい千切り、口移しにハナへ食べさせた。
 濃厚で新鮮な人肉、しかも若い女の柔らかい肉がハナの口の中一杯に広がった。
 だが、ハナはその肉塊を吐き出した。
「ハナ……半分だけとはいえお前は鬼だ。人を獣を喰らって生きる鬼だ! 喰え! そうしないと死んでしまうんだぞ!」
 とハヤテが言った。
 ハナは少しだけ笑って頭をかすかに振った。
「ごめんね、でもどうしても……喰えない」
 ハナは人肉が喰えなかった。
 鬼の血で育ったものの、どうしても人間の肉を喰らう事を身体が拒否する。
 それは元々ハナが人間であるからだ、と鬼の里の皆が結論つけたし、ハヤテもそれでよしとした。寿命の短い人間のハナはいつかハヤテよりも先に逝くし、そしてまた人に生まれ変わるのだ。ハヤテはハナを育てる為に、獣を狩り肉を焼き、人里から卵や野菜を盗ってきてハナに与えた。


 その時、ハナの時間が終わった。
 ハナの心臓は鼓動を止め、身体中の生きるエネルギーが抜け、やがて、少しずつハナの身体が崩れていく。肌や爪や骨の細胞が崩壊し、サラサラと細かな細粒となる。
「ハナ!」
 ハヤテはハナの死と彼女の崩壊を眺めるつもりはない事を改めて自覚した。
 ハナを人間のまま死なせてやるなどあり得ないのだ。
 ハナが事切れた瞬間、ハヤテは自分の心臓がぎゅっと痛んだ。
「ハナ!」
 ハヤテは素早く周囲を見渡した。
 両腕両足を千切られた女が血を流しながら蠢いている。
 ハヤテの腕がにゅうっと伸び、女の身体をひっくり返した。
 あお向けになった女はうへへへへうへへへと笑いながら亀のように残った短い手足をばたばたとさせた。
 ハヤテの手が女の肌を破り、心臓を掴み取った。
 女は「ぎゃあ」とだけ言って、目を剥いて息絶えたが広間の中の村人達は誰もそれに注目せず、快楽に耽っている。
 ハヤテはハナの心臓をつかみ出し、女の心臓と入れ代えた。
 女の心臓がどくんと鼓動した。
 すぐにハナに全身に新鮮な血が巡り、ハナの身体に赤味が戻ってきた。

 ハヤテはもう一度、ハナの口の中に人肉を詰め込み、そして自らの頭の上の鬼の角をポッキリと折った。
「死なせはしないぞ。絶対にな。お前を人間としてなど死なせはしない……」
 ハヤテはそう言うと自分の角をポキンと折りハナの心臓めがけて突き刺した。
 角は簡単にハナの新しい心臓に突き刺さった。
 ドクン! とハナの身体が跳ねた。 
「ぎゃあああああ!」
 とハナが叫んで、暴れた。
 弱ったハナの身体と他人の心臓。
 それらには鬼の角は強力過ぎた。
 角に宿った妖力がハナの身体に注入される。
 鬼の角などむしろ毒の塊。
 一欠片舐めただけで小動物などは死に至るが、逆に精製すれば万能薬、さらに不老不死に近い効能を持つ。
 最初の一撃で息は吹き返したもののハヤテの角がハナを救うかどうかは不確かだった。
 強すぎる鬼の角がハナをむしろ得体の知れない化け物に作り替えてしまうかもしれないのだ。   
「ぐわあああああ! 痛い! 痛いよ!」
 ハナの顔は凄まじく歪み、酷くハヤテを睨みつけた。
「ハナ!」
 暴れるハナの身体をハヤテはぎゅっと抱き締めた。
「ハヤテ……ハヤテ……」
「ハナ!」
 ハナは真っ二つになるほどに身体をのけぞらせて暴れていたがやがて意識を失った。
 ハヤテはハナの胸に耳を近づけてその鼓動を聞いた。
 角はずぶずぶとハナの心臓の中に没入していきその効力を発揮したかのようだ。
 意識を失ったままのハナの変化が始まった。
 再び白髪は黒髪に、衰えた肉体は張りを取り戻し、白い肌、赤い唇に。 
                     
 ハヤテはしばらくハナを抱き締めたまま動かなかった。
 人間としてハナに輪廻を迎えさせてやるべきだったのは分かっている。
 ハヤテはその機会を永遠に奪ってしまったが、微塵の後悔もなかった。
 
「後悔なんぞしない。お前の心臓を貫いた角がどれだけお前を鬼に近づけるかは俺にも分からない。お前の心臓は次々と新しい物に代えていってやる。人間を全て皆殺しにしても、お前だけは死なせない。何度でもお前生き返らせるぞ。どんな犠牲を払っても、だ」 

 ハヤテはハナの胸元の傷にそっと口づけをした。
 長いしなやかな舌が口先から見え、その舌で傷口を優しくなぞる。
 ぴちゃぴちゃと鬼の唾液が傷口に滴り、やがて傷は薄くなり消えた。
 
 
 深夜、ハナが目を開けると煎餅布団の中でハヤテの腕を枕にしている自分がいた。
 山間の夜更けは凍るような寒さの上に薄いペラペラの布団だったが、ハヤテの腕に抱かれていたのでハナの身体はぽかぽかと暖かかった。
「暖かい」
 ハナが布団の中でごそごそしていると、ハヤテも目を開いた。
「どうだ、身体の具合は?」
「どうして、生き返ったの?」
 ハナは自分の左胸を触った。
 貫かれたはずの胸には傷もなく、まだ幼い乳房も綺麗なままだった。
 ハナは今までの身体のだるさ、重さが少しもない事に気がついた。。
 身体を動かすのが少しも億劫でなく、むしろ軽い。
 力も有り余っている。
 ハヤテの背中に負われて上ってきた山道もひとっ走りで下って行けそうな気さえする。
 ハナが起き上がろうとすると、ハヤテの腕が伸びてきてハナを抱き締めた。

「心臓だ。元々のお前の心臓がもう鬼の血に耐えられなかった。だから新しい心臓に入れ替えた。角は新しい心臓を強化し、お前の身体に合うようにするだろう」
「な、に?」
 ハヤテは布団をバサッとはねのけ、身体を起こした。
「お前を拾ってから鬼の血や雌鬼の乳を貰って育ててきた。だが、それでもお前の身体は人間だ。弱く脆い、壊れやすい塊だ。死んだら転生出来る人間だった。だが俺の角で心臓も身体も強化されたお前はもう鬼だ」
 と言い、ハヤテの手がハナの肩を掴んだ。
「やめて」
「新しい心臓も所詮は人間の心臓だ。そう長くは保たないがこの先何度でも新しい心臓と入れ替えてやる」
 ハヤテはハナの肩を引き寄せて、布団の上に押し倒した。
「嫌だ」
「この先、何度でも新しい心臓と俺の角でお前を生かす」
 バタバタと暴れるハナの身体をハヤテは組み敷き、その力にとてもハナは敵わない。
 鬼の長い舌がべろべろとハナの顔を舐めた。
 ハナの唇を執拗に吸い、首筋を愛撫しながらハナの胸元に下りていった。
「ぐ……」
 とハナが呻いた。
「ハナ?」
「何か、胸が痛い……心臓っぽいとこが痛い」  
 ハナはぎゅっと、胸を押さえて身体を丸めた。
「大丈夫か?」
 と言う心配そうなハヤテの声がハナの耳に届いたが、ハナはハヤテに背を向けてベロを出してから目を瞑った。
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