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男を虜にする薬毒
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ガタガタっと砂を噛んだような音がして表の引き戸が開いた。
「にゃーお」
とドゥが薄目を開けて小声で鳴いた。
「あ、よかったぁ、おばーさんじゃないわ」
と女が入ってきた。
「いらっしゃい」
とハヤテが声をかけると、女はうふふと笑った。
「この間、ハナちゃんがけんもほろろに断ってた客だ。ばあさんには色仕掛けが通じなかったが男なら何とかなるってか?」
とドゥがひょいと頭を上に伸ばしてから言った。
「ならねえよ、そんなもん」
とハヤテが答えた。
「いらっしゃい、何の薬が欲しいんだい?」
「ええと、媚薬が欲しいの。結婚したい人がいてぇ、絶対に逃したくないの。この店に来たら何でもあるって聞いたの。この間いた店番のおばーさんは二百万て言うんだけど、もう少しどうにかならないかなぁ」
くねくねとシナを作って、女が言った。
可愛いといえば可愛いが、どうもその可憐な姿の中で目だけが貪欲で笑っていない。
「うちの媚薬は特別な薬草を使ってるから高ぇんだ。効き目抜群だからな。だから割引はやってねえんだ。余所を当たってくれ」
ハヤテは素っ気なく断った。
「え……どうしてもですかぁ?」
笑っていない目元もフル稼働でハヤテを落としにかかる。
じっとりとした視線の元が潤みだし、瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「本物にはそれだけの価値がある。あんたも心から欲しいと願う物にはちゃんとそれだけの代価を支払うべきだ」
「えー信じられない。私、どこのお店でもお金なんか払ったことないんですよぉ。少しくらい負けてくれてもぉ」
「何でも男達に買わせてるような生活なんだろうな? ここへもそいつを連れて来て買って貰えよ」
「そんな、媚薬を買って欲しいなんて言えないですよぉ。ここのお薬高すぎるし。本当にお金ないんですっ。あのぉ、よかったらデートとかしてもいいですよぉ」
「……」
ハヤテは一瞬、この娘が何を言っているのか理解出来なかった。
デートをしてやるから薬毒代金を負けろと言っているのだと気がつくのに少し時間が掛かった。
確かに、人間の男なら鼻の下を伸ばして食いつくかもしれない。
可愛い女の願いを叶えてやるために、更に金を払ってデートしてもらう、そういう男が増えているから女が図に乗るのだろう。
「断る」
「え?」
と娘が言った。非常に驚いているような表情をしている。
まさか自分の申し出を断る男がいると思わなかったのだろう。
「でも、私とデートすると皆さん、ブランドのバッグ一つ分くらいのプレゼントが必要なんですよ」
「ならそっちを当たってくれ。興味のない女とデートするほど暇でもないもんでね」
とハヤテは言った。
娘はしばらくぽかんとして自分が振られた事実に気がついて悔しそうに唇を噛んだ。
「自分で働いた金で買うんだな」
素っ気ないハヤテに女は頬を膨らませてしばらくハヤテを睨んでいたが、諦めたのか店を出て行った。
「なんだあの女、喰っちまおうか?」
膝の上のドゥが前足をペロペロと舐めながら言った。
「放っておけ。うちはどんな薬毒でも揃ってるが、気に入らねえ客には売らねえ」
とハヤテが答えた。
「鬼の薬毒といやぁ古の民族から将軍家、はたまた皇室まで御用達なんだからにゃー」
「俺たちにはそんなたいそうなお家柄からは声がかからないけどな」
そう言いながらハヤテはまた新聞を開いた。
「にゃはははは、庶民派だもんにゃあ」
ドゥもハヤテの膝の上で体制を立て直し、また丸くなって目を閉じた。
薬毒店から出てきた女はぶつぶつと悪態をつきながら歩いていた。
女の名前は田島留美子、二十三歳、職業はキャバ嬢だ。
店の客で今はやりのIT長者に気に入られリッチな生活を送っているが、客が他の娘に目移りする前に結婚まで持っていきたいと考えていた。
資産は千億とも二千億とも言われている三枝悟は留美子よりも十歳上の三十三歳。
容姿も良いし、金遣いも豪快でケチではない。ブランド物に身を包み、何千万もする車で街を走る。そして留美子の欲しい物を買って与える。
だからどこの店で遊んでも女が群がって後を絶たない。
留美子は恋人にまではこぎ着けたが、その先を焦っていた。
恋人と言っても留美子が特別な立場ではない。何番目かの恋人で何ヶ月おきに変わる女のうちの一人に過ぎない事は留美子自身も分かっていた。
キャバクラの同僚から聞いたどんな男も夢中にさせる媚薬があればと薬毒店に足を運んだが、高価な値をつけられ躊躇したのだ。
エステやドレス、アクセサリー、欲しい物はたくさんあって、毎月の稼ぎでは追いつかないほどで、留美子には金がなかった。
三枝は欲しい物は買ってくれるが、留美子に現金を渡す事はしない男だった。
「あーあ」
留美子は歩きながら考えた。
全身ブランドで着飾っていても、財布の中は三千円くらいしか入ってなかった。
毎月毎月カードで買い物をして、給料日にはそれの支払いにすべて消える。
「でも絶対に手に入れないとぉ」
薬毒店の話をしてくれた同僚の美奈代は百キロはあるデブだ。
デブの上に顔も不細工だが、世の中にはそのような容姿を好む男もいる。
デブで不細工だが性格はそうそう悪くもなく常連客もいる。
だがいつまでもキャバ嬢などやっておられず、現在、言い寄ってくる男がいるうちに結婚をしたいと思い詰め、媚薬に頼った。媚薬の効果で常連客の中でそこそこ金持ちの男と結婚し、幸せに暮らしている。
美奈代から効果は抜群であると聞いた留美子は絶対その薬が欲しかった。
「あー、でも二百万なんてないのよねぇ。パパ活でもする? でももしそれが三枝さんに知られたら元も子もないしなぁ。持ってるブランド品を売るのもバレたらやばいしなぁ。なんか安い媚薬とかないかなぁ」
留美子は携帯電話の画面を見ながらとぼとぼと歩いていた。
「にゃーお」
とドゥが薄目を開けて小声で鳴いた。
「あ、よかったぁ、おばーさんじゃないわ」
と女が入ってきた。
「いらっしゃい」
とハヤテが声をかけると、女はうふふと笑った。
「この間、ハナちゃんがけんもほろろに断ってた客だ。ばあさんには色仕掛けが通じなかったが男なら何とかなるってか?」
とドゥがひょいと頭を上に伸ばしてから言った。
「ならねえよ、そんなもん」
とハヤテが答えた。
「いらっしゃい、何の薬が欲しいんだい?」
「ええと、媚薬が欲しいの。結婚したい人がいてぇ、絶対に逃したくないの。この店に来たら何でもあるって聞いたの。この間いた店番のおばーさんは二百万て言うんだけど、もう少しどうにかならないかなぁ」
くねくねとシナを作って、女が言った。
可愛いといえば可愛いが、どうもその可憐な姿の中で目だけが貪欲で笑っていない。
「うちの媚薬は特別な薬草を使ってるから高ぇんだ。効き目抜群だからな。だから割引はやってねえんだ。余所を当たってくれ」
ハヤテは素っ気なく断った。
「え……どうしてもですかぁ?」
笑っていない目元もフル稼働でハヤテを落としにかかる。
じっとりとした視線の元が潤みだし、瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「本物にはそれだけの価値がある。あんたも心から欲しいと願う物にはちゃんとそれだけの代価を支払うべきだ」
「えー信じられない。私、どこのお店でもお金なんか払ったことないんですよぉ。少しくらい負けてくれてもぉ」
「何でも男達に買わせてるような生活なんだろうな? ここへもそいつを連れて来て買って貰えよ」
「そんな、媚薬を買って欲しいなんて言えないですよぉ。ここのお薬高すぎるし。本当にお金ないんですっ。あのぉ、よかったらデートとかしてもいいですよぉ」
「……」
ハヤテは一瞬、この娘が何を言っているのか理解出来なかった。
デートをしてやるから薬毒代金を負けろと言っているのだと気がつくのに少し時間が掛かった。
確かに、人間の男なら鼻の下を伸ばして食いつくかもしれない。
可愛い女の願いを叶えてやるために、更に金を払ってデートしてもらう、そういう男が増えているから女が図に乗るのだろう。
「断る」
「え?」
と娘が言った。非常に驚いているような表情をしている。
まさか自分の申し出を断る男がいると思わなかったのだろう。
「でも、私とデートすると皆さん、ブランドのバッグ一つ分くらいのプレゼントが必要なんですよ」
「ならそっちを当たってくれ。興味のない女とデートするほど暇でもないもんでね」
とハヤテは言った。
娘はしばらくぽかんとして自分が振られた事実に気がついて悔しそうに唇を噛んだ。
「自分で働いた金で買うんだな」
素っ気ないハヤテに女は頬を膨らませてしばらくハヤテを睨んでいたが、諦めたのか店を出て行った。
「なんだあの女、喰っちまおうか?」
膝の上のドゥが前足をペロペロと舐めながら言った。
「放っておけ。うちはどんな薬毒でも揃ってるが、気に入らねえ客には売らねえ」
とハヤテが答えた。
「鬼の薬毒といやぁ古の民族から将軍家、はたまた皇室まで御用達なんだからにゃー」
「俺たちにはそんなたいそうなお家柄からは声がかからないけどな」
そう言いながらハヤテはまた新聞を開いた。
「にゃはははは、庶民派だもんにゃあ」
ドゥもハヤテの膝の上で体制を立て直し、また丸くなって目を閉じた。
薬毒店から出てきた女はぶつぶつと悪態をつきながら歩いていた。
女の名前は田島留美子、二十三歳、職業はキャバ嬢だ。
店の客で今はやりのIT長者に気に入られリッチな生活を送っているが、客が他の娘に目移りする前に結婚まで持っていきたいと考えていた。
資産は千億とも二千億とも言われている三枝悟は留美子よりも十歳上の三十三歳。
容姿も良いし、金遣いも豪快でケチではない。ブランド物に身を包み、何千万もする車で街を走る。そして留美子の欲しい物を買って与える。
だからどこの店で遊んでも女が群がって後を絶たない。
留美子は恋人にまではこぎ着けたが、その先を焦っていた。
恋人と言っても留美子が特別な立場ではない。何番目かの恋人で何ヶ月おきに変わる女のうちの一人に過ぎない事は留美子自身も分かっていた。
キャバクラの同僚から聞いたどんな男も夢中にさせる媚薬があればと薬毒店に足を運んだが、高価な値をつけられ躊躇したのだ。
エステやドレス、アクセサリー、欲しい物はたくさんあって、毎月の稼ぎでは追いつかないほどで、留美子には金がなかった。
三枝は欲しい物は買ってくれるが、留美子に現金を渡す事はしない男だった。
「あーあ」
留美子は歩きながら考えた。
全身ブランドで着飾っていても、財布の中は三千円くらいしか入ってなかった。
毎月毎月カードで買い物をして、給料日にはそれの支払いにすべて消える。
「でも絶対に手に入れないとぉ」
薬毒店の話をしてくれた同僚の美奈代は百キロはあるデブだ。
デブの上に顔も不細工だが、世の中にはそのような容姿を好む男もいる。
デブで不細工だが性格はそうそう悪くもなく常連客もいる。
だがいつまでもキャバ嬢などやっておられず、現在、言い寄ってくる男がいるうちに結婚をしたいと思い詰め、媚薬に頼った。媚薬の効果で常連客の中でそこそこ金持ちの男と結婚し、幸せに暮らしている。
美奈代から効果は抜群であると聞いた留美子は絶対その薬が欲しかった。
「あー、でも二百万なんてないのよねぇ。パパ活でもする? でももしそれが三枝さんに知られたら元も子もないしなぁ。持ってるブランド品を売るのもバレたらやばいしなぁ。なんか安い媚薬とかないかなぁ」
留美子は携帯電話の画面を見ながらとぼとぼと歩いていた。
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