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ネグレクトに効く薬毒4
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ドゥが通りすがりの野良犬を喰ってしまうまでにそうそう時間はかからなかった。
全てを飲み込んでしまう異次元にも通じる大きなドゥの口は一口で野良犬をくわえこみ、キャインという悲鳴とともにの野良犬は消えてなくなった。
獅音はほっと息を一つついて安堵した。
ドゥが野良犬を飲み込んで片付いたとばかりに獅音の方へ振り返った。
獅音は不思議そうな表情でドゥを見つめている。
「親はまだ来ないか……この寒空にな……」
ドゥはまたトットットと身軽に獅音の側まで駆け上がっていき、獅音の膝の上に乗ってやった。柔らかで暖かいドゥの毛皮に獅音は嬉しそうな顔をして、おずおずとドゥの背中を撫でた。
その獅音の首元を強い力がいきなり引っ張った。
「野良猫なんぞ触ってんじゃないよ!汚い!」
流歌がドゥから獅音を引き剥がした。
衝撃と同時にドゥは獅音の膝の上から飛び退き、すぐ近くの積み上がった廃車のボンネットの上に着地した。
「ニャーオ」
背中を丸めてフーっと威嚇する。
流歌は獅音の頭をばしっとしばいた。
「猫の毛がつくだろ! ノミやダニも!」
子供の洋服に猫の毛がつくのを嫌がるような潔癖な親なら、粗大ゴミ捨て場で留守番をさせるべきではないだろうに、とドゥは侮蔑の意を込めてカーッと牙を向いて吠えた。
柳瀬はそのドゥへ捨ててあった野球のバットを振り回してきた。
身軽なドゥはひらりとその攻撃を避けてもっと高い場所へと飛んだ。
そこから見下ろす人間達は酷く汚い言葉をドゥに投げかけた。
自分の産んだ子供すら粗末に扱うこの人間達がドゥのような小動物をどのように扱うかは予想するに難しくない。
だがむやみに人間を襲うのは禁忌でもあるので、ドゥはケッと呟いてから人間達に背を向けた。三次元の方向へ逃げれば人間達では到底ドゥを捕まえる事などできない。
「ドゥ! 何を遊んでやがるんでい」
と声がして、骸がのそりと姿を現した。
それも流歌と柳瀬の足下からだ。
「骸……何だ」
「ハナちゃんが事切れそうだ。早急に心臓がいる」
「ほう」
ドゥの金色の瞳がキラリと光った。
「それならいい具合にここに二匹の獲物がいる」
「あん? こいつら喰ってしまってもいいのか?」
骸がふんふんと鼻を鳴らしながら、流歌と柳瀬の匂いを嗅いだ。
「ああ、生きててもしょうがない人間どもさ。骸、とりあえず男の心臓をハナちゃんに届けてくれるか?」
「いいぜ」
小さなお座敷犬ほどの骸が小さな口をパクッと開けた。
みるみるうちにその口は大きく伸び、にゅうと生えた白い牙、分厚い真っ赤なベロもとげとげの突起が突き出ている。
骸は柳瀬を頭からぱくりとくわえ込んだ。
「ひいっ!」
流歌は犬の形をした化け物に一口で喰われた柳瀬を見て悲鳴を上げた。
「先に帰ってるぜ。ドゥ」
口の周りをぺろぺろと舐めた骸がドゥを見上げた。
「ああ、頼む」
骸はぎろっと流歌を睨んでおいてから、闇の中にその姿を消した。
残ったのはポカンとドゥを見上げる獅音と恐怖のあまりにぶるぶると震えている流歌だった。
「お前みたいな人間を生かしておいちゃ、ろくな事にならない。まだ、施設にでも入る方がましじゃねえか、そのガキも」
とドゥが流歌と獅音を見下ろしながら言った。
「いや……やめて……」
流歌が後ずさりながら、恐怖に震える声で言った。
「何、これ……何なの……」
「じゃあな」
ぐわっとドゥの口が開いた。
細く長い舌に尖った牙、先程、野良犬を喰った為か、しなやかなはずの黒い毛皮は血で湿り、その口元からはまだ新鮮な肉塊と血が滴り落ちるほどだ。
身体は積みあげられた廃車の上の方にあるが、大きく開かれたドゥの口は地面を這うように逃げ出し始めた流歌まで伸びている。
「た、助けて! 誰か!」
「お前はこれから鬼に喰われる。二度と人には生まれ変われない。鬼の糞になって消滅しろ。いい気味だ」
ぞっとするほど冷たい声でドゥはそう言い、流歌の姿をぱくりとその巨大な口に飲み込もうとした。
「ねこたん……ママ……」
小さくうずくまっていた獅音が小さい声でドゥに呼びかけた。
「ねこたん、ママ、食べないで……」
ドゥの動作が止まり、流歌を喰うのを止めた。
「ほう? では代わりにお前が喰われるか?」
とドゥが言った。
「ガキは喰うとこが少ないが人工着色料とニコチンで臭い大人の肉よりはよほど美味だ。どうだ? お前が鬼に喰われるか? その母親の代わりに?」
流歌はドゥと獅音を唖然とした状態で見比べている。
獅音は流歌を見てにこっと笑ったが、「うん、いいよ」と言った。
「哀れな。だがお前の汚れない魂と肉塊を鬼は喜ぶだろう。この女のように薄汚れた人間など何万回輪廻転生してもクズにしかならないだろうしな」
ドゥはそう言いながらも巨大な口とその奥に見える牙を引っ込めた。
そしてまた元の小さな黒猫の姿に戻った。
「ねこたん……」
「まあいい、鬼の回復にどれだけ肉塊がいるか分からないうちはお前に預けておく。せいぜい飯を食わせて太らせとくんだな」
とドゥは言って、ドゥはギラリと流歌を睨んだ。
「今晩くらいは添い寝してやんな。よーく眠れる薬をやるからよ」
ぽとりと白い薬包を流歌の前に落として、ドゥはその姿を闇に消した。
流歌は腰が抜けたままで呆然としていた。
柳瀬が喰われてしまった事も頭の隅にはあるが、それに対して動くすべを知らなかった。
獅音がトコトコと歩いて、ドゥの落としていった薬包を拾った。
「ママ、おうち、帰ろ」
獅音に言われて、流歌ははっと我に返った。
急に身体がぞっとして、一刻も早くこの場から立ち去ろうと流歌は立ち上がった。
全てを飲み込んでしまう異次元にも通じる大きなドゥの口は一口で野良犬をくわえこみ、キャインという悲鳴とともにの野良犬は消えてなくなった。
獅音はほっと息を一つついて安堵した。
ドゥが野良犬を飲み込んで片付いたとばかりに獅音の方へ振り返った。
獅音は不思議そうな表情でドゥを見つめている。
「親はまだ来ないか……この寒空にな……」
ドゥはまたトットットと身軽に獅音の側まで駆け上がっていき、獅音の膝の上に乗ってやった。柔らかで暖かいドゥの毛皮に獅音は嬉しそうな顔をして、おずおずとドゥの背中を撫でた。
その獅音の首元を強い力がいきなり引っ張った。
「野良猫なんぞ触ってんじゃないよ!汚い!」
流歌がドゥから獅音を引き剥がした。
衝撃と同時にドゥは獅音の膝の上から飛び退き、すぐ近くの積み上がった廃車のボンネットの上に着地した。
「ニャーオ」
背中を丸めてフーっと威嚇する。
流歌は獅音の頭をばしっとしばいた。
「猫の毛がつくだろ! ノミやダニも!」
子供の洋服に猫の毛がつくのを嫌がるような潔癖な親なら、粗大ゴミ捨て場で留守番をさせるべきではないだろうに、とドゥは侮蔑の意を込めてカーッと牙を向いて吠えた。
柳瀬はそのドゥへ捨ててあった野球のバットを振り回してきた。
身軽なドゥはひらりとその攻撃を避けてもっと高い場所へと飛んだ。
そこから見下ろす人間達は酷く汚い言葉をドゥに投げかけた。
自分の産んだ子供すら粗末に扱うこの人間達がドゥのような小動物をどのように扱うかは予想するに難しくない。
だがむやみに人間を襲うのは禁忌でもあるので、ドゥはケッと呟いてから人間達に背を向けた。三次元の方向へ逃げれば人間達では到底ドゥを捕まえる事などできない。
「ドゥ! 何を遊んでやがるんでい」
と声がして、骸がのそりと姿を現した。
それも流歌と柳瀬の足下からだ。
「骸……何だ」
「ハナちゃんが事切れそうだ。早急に心臓がいる」
「ほう」
ドゥの金色の瞳がキラリと光った。
「それならいい具合にここに二匹の獲物がいる」
「あん? こいつら喰ってしまってもいいのか?」
骸がふんふんと鼻を鳴らしながら、流歌と柳瀬の匂いを嗅いだ。
「ああ、生きててもしょうがない人間どもさ。骸、とりあえず男の心臓をハナちゃんに届けてくれるか?」
「いいぜ」
小さなお座敷犬ほどの骸が小さな口をパクッと開けた。
みるみるうちにその口は大きく伸び、にゅうと生えた白い牙、分厚い真っ赤なベロもとげとげの突起が突き出ている。
骸は柳瀬を頭からぱくりとくわえ込んだ。
「ひいっ!」
流歌は犬の形をした化け物に一口で喰われた柳瀬を見て悲鳴を上げた。
「先に帰ってるぜ。ドゥ」
口の周りをぺろぺろと舐めた骸がドゥを見上げた。
「ああ、頼む」
骸はぎろっと流歌を睨んでおいてから、闇の中にその姿を消した。
残ったのはポカンとドゥを見上げる獅音と恐怖のあまりにぶるぶると震えている流歌だった。
「お前みたいな人間を生かしておいちゃ、ろくな事にならない。まだ、施設にでも入る方がましじゃねえか、そのガキも」
とドゥが流歌と獅音を見下ろしながら言った。
「いや……やめて……」
流歌が後ずさりながら、恐怖に震える声で言った。
「何、これ……何なの……」
「じゃあな」
ぐわっとドゥの口が開いた。
細く長い舌に尖った牙、先程、野良犬を喰った為か、しなやかなはずの黒い毛皮は血で湿り、その口元からはまだ新鮮な肉塊と血が滴り落ちるほどだ。
身体は積みあげられた廃車の上の方にあるが、大きく開かれたドゥの口は地面を這うように逃げ出し始めた流歌まで伸びている。
「た、助けて! 誰か!」
「お前はこれから鬼に喰われる。二度と人には生まれ変われない。鬼の糞になって消滅しろ。いい気味だ」
ぞっとするほど冷たい声でドゥはそう言い、流歌の姿をぱくりとその巨大な口に飲み込もうとした。
「ねこたん……ママ……」
小さくうずくまっていた獅音が小さい声でドゥに呼びかけた。
「ねこたん、ママ、食べないで……」
ドゥの動作が止まり、流歌を喰うのを止めた。
「ほう? では代わりにお前が喰われるか?」
とドゥが言った。
「ガキは喰うとこが少ないが人工着色料とニコチンで臭い大人の肉よりはよほど美味だ。どうだ? お前が鬼に喰われるか? その母親の代わりに?」
流歌はドゥと獅音を唖然とした状態で見比べている。
獅音は流歌を見てにこっと笑ったが、「うん、いいよ」と言った。
「哀れな。だがお前の汚れない魂と肉塊を鬼は喜ぶだろう。この女のように薄汚れた人間など何万回輪廻転生してもクズにしかならないだろうしな」
ドゥはそう言いながらも巨大な口とその奥に見える牙を引っ込めた。
そしてまた元の小さな黒猫の姿に戻った。
「ねこたん……」
「まあいい、鬼の回復にどれだけ肉塊がいるか分からないうちはお前に預けておく。せいぜい飯を食わせて太らせとくんだな」
とドゥは言って、ドゥはギラリと流歌を睨んだ。
「今晩くらいは添い寝してやんな。よーく眠れる薬をやるからよ」
ぽとりと白い薬包を流歌の前に落として、ドゥはその姿を闇に消した。
流歌は腰が抜けたままで呆然としていた。
柳瀬が喰われてしまった事も頭の隅にはあるが、それに対して動くすべを知らなかった。
獅音がトコトコと歩いて、ドゥの落としていった薬包を拾った。
「ママ、おうち、帰ろ」
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急に身体がぞっとして、一刻も早くこの場から立ち去ろうと流歌は立ち上がった。
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