ヤクドクシ

猫又

文字の大きさ
40 / 59

ネグレクトに効く薬毒4

しおりを挟む
ドゥが通りすがりの野良犬を喰ってしまうまでにそうそう時間はかからなかった。
 全てを飲み込んでしまう異次元にも通じる大きなドゥの口は一口で野良犬をくわえこみ、キャインという悲鳴とともにの野良犬は消えてなくなった。
 獅音はほっと息を一つついて安堵した。
 ドゥが野良犬を飲み込んで片付いたとばかりに獅音の方へ振り返った。
 獅音は不思議そうな表情でドゥを見つめている。
「親はまだ来ないか……この寒空にな……」
 ドゥはまたトットットと身軽に獅音の側まで駆け上がっていき、獅音の膝の上に乗ってやった。柔らかで暖かいドゥの毛皮に獅音は嬉しそうな顔をして、おずおずとドゥの背中を撫でた。
 その獅音の首元を強い力がいきなり引っ張った。
「野良猫なんぞ触ってんじゃないよ!汚い!」
 流歌がドゥから獅音を引き剥がした。
 衝撃と同時にドゥは獅音の膝の上から飛び退き、すぐ近くの積み上がった廃車のボンネットの上に着地した。
「ニャーオ」
 背中を丸めてフーっと威嚇する。
 流歌は獅音の頭をばしっとしばいた。
「猫の毛がつくだろ! ノミやダニも!」
 子供の洋服に猫の毛がつくのを嫌がるような潔癖な親なら、粗大ゴミ捨て場で留守番をさせるべきではないだろうに、とドゥは侮蔑の意を込めてカーッと牙を向いて吠えた。 
 柳瀬はそのドゥへ捨ててあった野球のバットを振り回してきた。
 身軽なドゥはひらりとその攻撃を避けてもっと高い場所へと飛んだ。
 そこから見下ろす人間達は酷く汚い言葉をドゥに投げかけた。
 自分の産んだ子供すら粗末に扱うこの人間達がドゥのような小動物をどのように扱うかは予想するに難しくない。
 だがむやみに人間を襲うのは禁忌でもあるので、ドゥはケッと呟いてから人間達に背を向けた。三次元の方向へ逃げれば人間達では到底ドゥを捕まえる事などできない。
「ドゥ! 何を遊んでやがるんでい」
 と声がして、骸がのそりと姿を現した。
 それも流歌と柳瀬の足下からだ。 
「骸……何だ」
「ハナちゃんが事切れそうだ。早急に心臓がいる」
「ほう」
 ドゥの金色の瞳がキラリと光った。
「それならいい具合にここに二匹の獲物がいる」           
「あん? こいつら喰ってしまってもいいのか?」
 骸がふんふんと鼻を鳴らしながら、流歌と柳瀬の匂いを嗅いだ。
「ああ、生きててもしょうがない人間どもさ。骸、とりあえず男の心臓をハナちゃんに届けてくれるか?」
「いいぜ」

 小さなお座敷犬ほどの骸が小さな口をパクッと開けた。
 みるみるうちにその口は大きく伸び、にゅうと生えた白い牙、分厚い真っ赤なベロもとげとげの突起が突き出ている。
 骸は柳瀬を頭からぱくりとくわえ込んだ。
「ひいっ!」
 流歌は犬の形をした化け物に一口で喰われた柳瀬を見て悲鳴を上げた。
「先に帰ってるぜ。ドゥ」
 口の周りをぺろぺろと舐めた骸がドゥを見上げた。
「ああ、頼む」
 
 骸はぎろっと流歌を睨んでおいてから、闇の中にその姿を消した。
 残ったのはポカンとドゥを見上げる獅音と恐怖のあまりにぶるぶると震えている流歌だった。
「お前みたいな人間を生かしておいちゃ、ろくな事にならない。まだ、施設にでも入る方がましじゃねえか、そのガキも」
 とドゥが流歌と獅音を見下ろしながら言った。
「いや……やめて……」 
 流歌が後ずさりながら、恐怖に震える声で言った。
「何、これ……何なの……」
「じゃあな」

 ぐわっとドゥの口が開いた。
 細く長い舌に尖った牙、先程、野良犬を喰った為か、しなやかなはずの黒い毛皮は血で湿り、その口元からはまだ新鮮な肉塊と血が滴り落ちるほどだ。
 身体は積みあげられた廃車の上の方にあるが、大きく開かれたドゥの口は地面を這うように逃げ出し始めた流歌まで伸びている。
「た、助けて! 誰か!」
「お前はこれから鬼に喰われる。二度と人には生まれ変われない。鬼の糞になって消滅しろ。いい気味だ」
 ぞっとするほど冷たい声でドゥはそう言い、流歌の姿をぱくりとその巨大な口に飲み込もうとした。
「ねこたん……ママ……」
 小さくうずくまっていた獅音が小さい声でドゥに呼びかけた。
「ねこたん、ママ、食べないで……」
 ドゥの動作が止まり、流歌を喰うのを止めた。
「ほう? では代わりにお前が喰われるか?」
 とドゥが言った。
「ガキは喰うとこが少ないが人工着色料とニコチンで臭い大人の肉よりはよほど美味だ。どうだ? お前が鬼に喰われるか? その母親の代わりに?」

 流歌はドゥと獅音を唖然とした状態で見比べている。
 獅音は流歌を見てにこっと笑ったが、「うん、いいよ」と言った。

「哀れな。だがお前の汚れない魂と肉塊を鬼は喜ぶだろう。この女のように薄汚れた人間など何万回輪廻転生してもクズにしかならないだろうしな」
 ドゥはそう言いながらも巨大な口とその奥に見える牙を引っ込めた。
 そしてまた元の小さな黒猫の姿に戻った。 
「ねこたん……」
「まあいい、鬼の回復にどれだけ肉塊がいるか分からないうちはお前に預けておく。せいぜい飯を食わせて太らせとくんだな」
 とドゥは言って、ドゥはギラリと流歌を睨んだ。
「今晩くらいは添い寝してやんな。よーく眠れる薬をやるからよ」
 ぽとりと白い薬包を流歌の前に落として、ドゥはその姿を闇に消した。
 流歌は腰が抜けたままで呆然としていた。
 柳瀬が喰われてしまった事も頭の隅にはあるが、それに対して動くすべを知らなかった。
 獅音がトコトコと歩いて、ドゥの落としていった薬包を拾った。
「ママ、おうち、帰ろ」
 獅音に言われて、流歌ははっと我に返った。
 急に身体がぞっとして、一刻も早くこの場から立ち去ろうと流歌は立ち上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...