ヤクドクシ

猫又

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ネグレクトに効く薬毒3

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「ハナ?」
 ハヤテが彼女の部屋の前で声をかけた。 
 今日は朝から一度も顔を見ていないからだった。
「開けるぞ?」
 断っておいてから、ハヤテは部屋の襖を開いた。
 六畳一間の部屋にベッドが一つあるだけの質素な部屋だ。
 姿を変えて薬毒を売るために日本中を旅する二人には人間のような生活用品は必要がない。その気になれば人間を襲い、その血肉を喰らえばそれで生きながらえる事が可能だ。
 人間のように暮らしていても、本質は変わらない。
 だが、ハナは人間を喰らうのを嫌った。
「ハナ?」
 ベッドの中で横たわっているハナの顔をのぞきこんで、ハヤテは唇を噛んだ。
 真っ白いしわしわの肌、唇だけがやけに赤く、すでに若い姿を保つことすら出来ない。
 ハヤテの角を心臓に突き刺してから二百年生きた姿だった。
 ほぼ死に向かっている鬼の顔だ。
 そっと触れた頬は氷のように冷たい。
 首筋を撫でさすって、ゆっくりとした鼓動を確認してからハヤテはほっと息をした。
「生きてる」
 薄らと開いた瞳がハヤテの顔を見て、それからハナは少しだけ微笑んだ。
「それもそろそろだ。ハヤテ、今度こそ終わりにして」
「ハナ」
 ハヤテはハナの側に跪いて、冷たいハナのしわくちゃの手を握った。
「俺を恨んでるか。寿命が短いとはいえ、お前は鬼だ。鬼の死は消滅。あのとき、人間であるうちにお前を逝かせてやらなかった俺を」

 人間から鬼に変化したハヤテは自らの銀色の爪で、己の身体を切り裂いた。
 鬼の血が流れ出る。 
 真っ赤な血だ。
 それをハナの口元に落としてやる。
 ぼたぼたと血がしたたり落ち、ハナの口元や顔を真っ赤に染めた。
 力ないハナの口元が少しだけ動き、ぺろりとその血を舐めとった。
 口元が緩み、ハナはかすかに「おいしい」と呟いた。
 だがハナの身体はもう再生しなかった。

「ハナ……俺を一人にしないでくれ!」
 ハヤテがハナの手を握りながら言った。
「サクラ……お嬢さんに鬼の子をいっぱい……産んでもらいな」
「ハナ……」
「まあ……楽しかったよ」
「ハナ、すまん」
「いいんだ……」 
「ハナ! ハナ!」

 ハナは深い眠りについた。
 脆く弱い人間の身体はすぐさま腐り始め、かすかに残った魂の残骸もやがては消えていく運命だ。
 子供の頃から育ててきた可愛い娘であり、最愛の雌だった。
「ハナ!」


「ハヤテさん、入りますよ」
 と襖の向こうから声がして、そっと開いた。
 ハヤテはハナの手を握ったまま、振り返りもしない。
 入って来たのは、インテリ風な人間に化けている男で骸の主である鬼の壱だった。
 にこりと優しげな笑みを浮かべてはいるが、本性であるその禍々しさを隠そうとはしない。
 足下からとことこと骸が入って来て、
「ハナちゃんよぅ」
 と遠吠えをした。
 身動きしないハヤテに壱がハナの顔を覗き込み、その顔に手を触れた。
「ハヤテさん、もう一度、ハナさんを鬼にする方法を試すかい?」
 それを聞いたハヤテが素早く壱の方へ振り返った。
「まだ方法が? 何度入れ替えてもハナの心臓はすぐに弱る。俺の角で強化してももう駄目だ」
「そうさ、問題は心臓だ。人間の心臓では話にならない。強い心臓が必要だ。だが、鬼の心臓なら?」
「鬼の心臓?」
「ああ、そうだ。鬼を一匹、ハナさんに捧げるのさ。それで解決。人間だってやってる事だ。心臓移植ってやつさ。我々鬼には医者は必要ないがね」
「鬼の心臓?」
「そうだ、ハヤテさん、ハナさんに強い鬼の心臓を与えたらいい。強い心臓なら…すぐに回復して……ハヤテさんの子鬼をたくさんで産んでくれるようになる、きっとね」
「鬼の心臓か……しかし」
「仲間を襲うのは御法度だし、問題もある。けどそれをクリア出来るような事案を耳に挟んだんでね」
 と壱が言った。

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