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本物の令嬢

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 リリアンの言葉に落ち込むけど、仕方ない。
 それからしばらく抵抗したり、脱出を試みたりしたけど、どうにも動けず、眠っている時間が増えてきた。
 時々、目を覚ますとリリアンが茶を飲んでいたり、おっさんと語り合っていたり。
 侯爵との間はぎくしゃくするばかりで、エルダとの事も何の解決もしないままだった。
(自分の正しいと思う事をやりますわって言ってなかったっけ。何もしてない……雪だるま作って遊んでるし)
 私はリリアンの中にいるので、リリアンと共に歩き動く。
 辺境の貧しい村の暮らしをリリアンは楽しんでいるようだった。

 エルダはというと、小屋で眠りについている。
 数日前、エルダは子を人質に小屋で立てこもりを開始した。
 誰の意見も、父親である村長の言葉にも耳を傾けようとしない。
 無理にでも中へ押し入ろうものなら……実際、力尽くでドアを破った際に村人が見たのはエルダがジョーイの首を締めている場面だった。
「殺すつっただろ!」
 がなり声でわめき散らすばかりだった。
 もう後は魔法で眠らせるくらいしかなく、おっさんの妖精の魔法でエルダを眠りにつかせた。
 その後、どうするか、目を覚ましたらまた暴れ出すだろうが、永遠に眠らせるわけにはいかない。その答えが出るまで、彼女には眠っていてもらおうとおっさんが言ったのだ。


「ダゴン様、私、エルダさんと話をします。話し合えば分かっていただけるかと」
 とある日、リリアンが言った。

「え、そりゃ、無理ちゃうか。こう言っちゃ悪いけど、あのエルダって女は……ちょっとあれやで。今は身体に邪気が増えすぎて魔族みたいな雰囲気がある。元々のあの女に魔力はないだろうけど、ああいう思考、執念になったら、土地の悪しき者を呼び起こす。更にそれに影響を受けるからなぁ」
「ふふふ、私は聖属性の魔法が使えるのですよ? 邪気などは追い払えますわ」
「そうやなぁ」
 とおっさんも納得したのかしてないのか、あやふやに肯いた。

 リリアンの呼びかけに対し、村長がエルダを連れて村長の村の広場にやってきた。
 エルダも子供達も痩せ細り、やつれ、亡者みたいになっている。
 
「出て行け……お前は村から出て行け……でないとあたし達は死ぬ。お前が殺すんだ! あたし達を!」
 とエルダが言った。
「まだそんな事を? 貧しい村で数少ない人達と暮らしていくのですから、もう少し分別をお持ちになったらいかが?」
「うるさい! 出て行け! ダンはあたしの物だ! 城になんか連れて行かせない! このクソ淫売のあまぁ!」

 リリアンはため息をついて、
「子供を助けて貰った分際で、更に貴族である私に対するその言葉は何なの? こんな女を野放しにするお前にも村の長に足る資格がないんじゃなくて?」
 と村長を睨んだ。

「も、申し訳ございません……」
 村長が困った顔で頭をさげている。

 リリアンは手を大きく振りかぶった。
 次の瞬間にはエルダが吹き飛んでいた。
 
「やめなさい! 人を鞭で打つなど!」
 の声は侯爵だった。
 侯爵は私の手を掴み、私の手は鞭を持って大きく振りかぶっていた。

 え、何なの、これ、とは思ったけど、私は自分で腕も動かせず、口を開く事も出来ずにいた。

「侯爵様、あなたがここでこの無礼な田舎者を娶るのならそれで構いませんわ。ですが、この女は侯爵夫人である私に無礼を働いたのですわ。食料を分け与え、そのしつけのなっていない子供が行方不明になった時も力を貸してやったこの私に」
「だがそれでも鞭で打つなど! 例え、奴隷だとしても私は許していない!」
 と言ってから侯爵はおやっという顔をした。
 侯爵が代替わりしてから、ウエールズ領では奴隷制度をよしとしておらずきちんとした契約書を持って労働力としての売買になっていた。衣食住の確保、体罰の禁止など、侯爵の命を受けてオラルドが領内に厳しく御触れを出している。

「帰れよ! お前らが来たせいでむちゃくちゃだ! ダンは連れてかせないよ! 連れてくならあたしを殺せ! ああ、子供も一緒に殺してしまってくれ!」
 とエルダは憎々しく私を睨みながらそう叫んだ。
 エルダの足下には子供が二人、しがみついて私を睨んでいる。
「ダン! あんたもだ、この女と一緒に行くってんなら、あんたらが出て行ったあと、あたしは死ぬからね! 子供を殺して死んでやるからね!」
 とエルダは侯爵に言った。
 侯爵は青くなって固まっているし、村長も、そしてそれを取り巻く村人も困惑の顔を浮かべるしかなかった。

「恐ろしい事、自分の欲の為に子供まで殺せるなんて。でもそれで貴方の気がすむならそうなさればいいわ」
 と私……いや、私に成り代わったリリアンが言った。
「なんだって!」
「子供の命を盾にしてまで、側においた侯爵様が変わらずあなたを愛してくれるのなら、あなたの勝ちでしょう。でも、あなた、お気づき? 侯爵様のお心はあなたから離れる一方。この村には鏡もないのね? あなた、ご自分の姿を最近、見ました? 醜悪で評判のゴブリンよりも醜いですわよ。欲望を吐き出し、自分勝手な都合ばかり、あなた、魔獣よりもおぞましいわ。そのうち、肌が緑色になって、空腹には子供すら食うんじゃないかしら? 人が魔獣に変化する前例はいくらでもありますのよ? どうぞ、お子様を殺して食べてしまいなさいよ。子殺しのあなたを討伐しても誰も私を咎めませんわよ? さあ、どうぞ? 母親に殺されるなら本望よね? 子供を殺す母親なんていくらでもいますわ。貴族でも村人でも関係ない。脅迫され罵倒され、部屋の中で飼い殺しにされるくらいなら、いっそ、生まれ変わらせてやって頂戴! そしてあなたも討伐されればいいんだわ!」
 という口上をきっぱりと言いのけたリリアンだったけど、(こんだけ弁が立つなら、いじめられっ子って設定なんだったのかしら。十分、普通に生きて行けたんじゃないの、いや、でも、いくらなんでもエルダを殺すとかちょっと無理じゃない?)と私は思った。

(ふふふ、久しぶりにしゃべったら疲れちゃいました。やっぱり私には無理かな。ごめんね、リリアン、あなたの中にある記憶をすっかり読ませてもらいました。たくさんのライトノベル? 面白かったですわ! そこで悪役令嬢も学びましたのよ。上出来でしょう? ああ、楽しかった。でも、やっぱり私には傍観者が似合ってるかも。あなたの冒険は私の冒険ですわ。これからも楽しみにしています!)
 とリリアンが言った瞬間、私は私の身体の重力を感じた。
 ずしっと身体が重くなってよろけた。
 ぱっと顔を上げると、固まっている村人達と私の腕を掴んだままの侯爵。

「え、ここで交代って!」
(大丈夫、あなたなら出来ますわ。ただ、あなたも侯爵様も優しすぎる。エルダの事も村も捨てられないからどうにもならないのですわ。全てを救うなんて無理でしょう? エルダ一人の死で解決するならそれが正解ですわ。そうでしょう?)
(駄目よ、エルダを殺すなんて)
(では一生、ここでにらみ合いをして過ごしますの?)
(それは……)
(それとももっとよい方法がおあり? あなたは自分が悪役になりたくないだけ。あなたはいつだって良い子で、皆があなたを好きですものね。悪役になりたくないなら、侯爵様を諦めてエルダに差し上げたらいいのですわ)
(それは……それが解決策だとは思えないわ……エルダの横暴は許せないし、侯爵は国が必要としている……)
(ではエルダ一人の死で解決ですわね? この村の人やエルダの子供達には恨まれるかもしれませんが、まあ、時がたてば良かったと思いますわ)
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